第129話 桃竜

僕たちはローズマリーさんの提案で火の聖地に行くことにした。


空を飛びしばらく行くと森が途絶え岩や砂ばかりの岩山が現れた。


岩山を登っていき、ローズマリーさんの指示で向かった場所は、何もない荒れ果てた大地だった。


大きな石や砂だらけの丘や地面から、広範囲に渡って至る所から火が噴き出していた。


「すごい景色ですね。燃え続けてますよ。地下にガスがまっているんですね」


「はい。ここは『不滅ふめつ灯火とうか』と呼ばれています」


僕たちはその場に座り、少し薄暗くなった景色の中、しばらくあざやかに燃えている炎を見ていた。


「セイジ様は精霊が見えますか?」


「火の精霊ですよね。どこにいるんだろ」


僕は意識して火の中にいる精霊を見ようとした。


すると火の中に羽の生えた虫みたいなものが何匹か飛んでいるのが見えた。


「あれかな?虫みたいですね。サラマンダーではないようですが」


「そうですね。ここの火には虫型の火の精霊がいます」


「ローズマリーさんは見えるんですね」


「ええ。魔力を見ることが出来れば見えますよ」


「そうなんですね」


すると、火の中にサラマンダーが現れ、虫の火の精霊を食べた。


「あ。食べられちゃいましたね」


「そうですね。そういうこともあります。虫の火の精霊を捕まえますか?火属性の魔石を近づけたら入ってくれるかもしれませんよ?」


「そうなんですか。でも捕まえません」


僕は少し考えたが精霊を捕獲することはしなかった。


「そうですか。それもいいでしょう」


「そうだ」


「どうしました?セイジ様」


僕はリュックからしろの『砂の薔薇』を取り出した。


「砂の薔薇の霊体さん。ここはどうですか?火属性の大地で結構よさそうですけど」


砂の薔薇の霊体さんに聞いてみたが反応はなかった。


「駄目ですか。魔力が溜まるかもと思ったんですが、火の精霊だけだと物足りませんか」


「それはしろですよね」


「はい。赤竜さんにマゼンタ王国に設置しろと言われてたんで、ここならどうかなと思ったんですけど。気に入らなかったようですね」


「そうですか。王国は広いですからどこかにその依り代が気に入る場所があるでしょう。それに王国でなくても赤竜様の支配地であればいいのではないでしょうか」


「そうですね」


ローズマリーさんが立ちあがった。


「では、そろそろ帰りましょうか。完全に暗くなってはさすがに進めません。野宿することになってしまいます」


「そうですね」


僕たちは山を下り次の街を目指して進んだ。



しばらく飛んでいると大きな川がゆったりと流れていた。


「川の向こう側から別の領地のカッパーレッド領ですね。まあ、私たちには関係ないことですが」


「そうですね。今まで意識してなかったですね」


「その領地は北部に山脈があり自然豊かな場所です。湖や洞窟が多い土地柄ですね。1万以上の洞窟があるそうですよ」


「えっ。凄い数ですね。探検し放題ですね。そういえば火山地帯ではなくなりましたか」


「そうですね。赤竜様の支配地であることは変わりませんが、北部に行くほど火属性が弱くなっていきますね」


「そうなんですね」


僕たちは川を越え領都カッパーレッドに向かった。


領都は丘を囲むように城壁が造られていて、その丘の上に城があり、その周りに街が広がっていた。


城壁を越え街の中に入ると街中に川が流れていた。


その川に3本の石橋が並んでかっていた。


「何で同じところに3本も橋を架けているんですかね」


「中央が馬車用で、左右の細い橋が歩行者用ですね」


「なるほど」


橋を渡るとその先には広場があった。


広場にはピンク色の壁の竜神教会が建っていた。


「教会の隣が冒険者ギルドです」


広場では市場が開かれていて、新鮮な野菜や果物、お肉や乳製品、ハチミツなどの食品が売られていた。


「この領地は養蜂ようほうさかんで、ハチミツが特産品ですね」


「へえ。そうなんですか」


僕たちは市場を横切って冒険者ギルドに向かった。


露店には色とりどりの美しい花も売られていた。


僕はクルミとハチミツを使ったパンみたいなお菓子を3つ買った。


「美味しそうですね」


ローズマリーさんがそのお菓子をにらんでいる。


「どうぞ」


僕はお菓子をローズマリーさんにあげた。


ローズマリーさんがお菓子をパクパク食べ始めた。


「素朴ですがしっとりとしていて美味しいですね」


「そうですか。あとで食べるのが楽しみです」


僕たちは冒険者ギルドに入った。


冒険者ギルドはあわただしい雰囲気に包まれていた。


冒険者の会話に耳を傾けて見ると、北東に現れた大型魔獣の事ではなく、洞窟に異変が起きているという。


「セイジ様。一大事のようですね。出番です」


「え。そうですね」


僕は受付に行って事情を聴いてみた。


「こんにちは。今この街に着いたのですが、何か起こっているのですか?」


「はい。領都の北部にある山の巨大洞窟の浅いところに桃竜が出現したようです」


「桃竜?」


「はい。普段は洞窟の奥に棲息している大人しい竜なのですが、入り口に向かってきているようなんです。洞窟内で何かあったかもしれませんね」


「桃竜とはどんな竜ですか?」


「目が退化していて桃色の肌をしているという事しかわかっておりません。地元の冒険者もあまり奥まではいきませんので」


「そうですか。今まで桃竜が洞窟の外に出会ことあるんですか?」


「なかったと記憶しております。巨大な竜ですから、もし洞窟の外に出て暴れられたら街はひとたまりもありません」


「そうですね」


「今、冒険者の皆さんに洞窟の調査に向かってもらっています。あなた様の冒険者ギルドカードの提出をよろしいですか?」


「あ。はい」


僕は受付の台の上に置いてある黒い板に冒険者ギルドカードを近づけた。


「第2級冒険者のセイジ様ですね。ぜひとも桃竜の調査に協力していただけないでしょうか」


「はい。ん?2級って言いました?」


「はい。最近昇級されたようですよ。今までの功績と魔人国に行き、魔人国と巨人族の情報を持ち帰ってきたことが評価されたようです」


「はあ。いつの間に情報が」


するとローズマリーさんが僕の耳に口を近づけて小声で教えてくれた。


(セイジ様が赤竜様に話された魔人国でのお話を、配下の者が冒険者ギルドに売っております)


(そうでしたか)


「あのう。ちなみに僕、賞金首ですか?」


「はい。しっかりと」


受付さんは満面の笑みで教えてくれた。


「そうですか。明日の早朝に洞窟に行ってみます」


「桃竜が棲息する洞窟は『退紅あらぞめ洞窟』と呼ばれていまして、山肌に開いた巨大洞窟です。領都から馬車で3日ほどの距離にありますので、十分な準備をなさってから行ってくださいね。洞窟の入り口付近に出店などもありますが値段がお高くなっておりますので」


「はい。ありがとうございます」


「はい。ご武運を」


僕はたち冒険者ギルドから出て宿屋に向かった。



翌朝、領都を出発し山奥にある桃竜が住むという退紅あらぞめ洞窟に向かった。


(桃竜か。発火の攻撃は効くのかな。何か考えておかないと)


僕たちはテレポートを使い、あっという間に退紅あらぞめ洞窟がある山に着いた。


退紅あらぞめ洞窟のある場所に向かうと、そこには建物が立ち並んでいた。


(冒険者たち相手に商売しているお店か)


退紅あらぞめ洞窟の入り口は建物でふさがれていて、外からは洞窟の内部をうかがい知ることが出来なかった。


桃竜目当ての冒険者たちなのかは分からないが、そこには結構な人数がいた。


僕たちは武器屋や雑貨屋などの建物を通り過ぎ、洞窟へ通ずる建物の中に入場料を払って入った。


中にいた人に建物の奥の洞窟へ続く扉まで案内された。


鋼鉄の扉を開けてもらい、僕は発火を発動して灯りを確保して洞窟の中へと足を踏み入れた。


洞窟の中は肌寒かった。


岩間をくぐり抜け先へ進んでいくと、茶色い地肌の巨大な空間が広がっていた。


洞窟内は水が至る所から垂れ落ちていて、天井からつらら上に成長した鍾乳石しょうにゅうせきや床から上に向かって生えている石筍せきじゅんなどが無数に伸びていた。


洞窟内が発火の光に照らされ、幻想的な景色を見ることが出来た。


「鍾乳洞ですか。すごく綺麗ですね」


足場が悪いうえ水のせいでツルツルすべる地面を慎重に歩きながら、僕たちは奥に進んでいった。


すると、奥から誰かが慌てて走ってくる足音が響いてきた。


それは複数の冒険者で、僕たちに気付くと早口でまくし立ててきた。


「おい。桃竜が近くまで来てるぞ。かなりの大きさだった。ありゃ倒せねえ。早くお前たちも逃げるんだ」


冒険者たちは立ち止ることなく僕たちの横を走り抜けていった。


「セイジ様。早く見つかってよかったですね」


「そうですね」


しばらく進んでいると洞窟が二手に分かれていた。


「あれ。どっちですかね」


「どちらでもいいのでは。いなければ戻りましょう」


「そうですね」


僕は左に進んだ。


しばらく進んだところで先ほどの分かれ道は合流していた。


「どちらでも同じだったようです」


すると洞窟の奥で何かが近づいて来る音がした。


見てみると、桃色の巨大な両生類のような生き物がいた。


「大きいですね。あれが桃竜ですか」


桃竜は目が退化していてツルツルの柔らかそうな皮膚をしていた。


すると不機嫌なローズマリーさんの声が聞こえてきた。


「あれはただのヤモリです。竜の名を持つとは、おこがましい。ここの冒険者は本物の竜を見たことがないのでしょうね」


「竜ではなく巨大なヤモリの魔獣でしたか」


桃竜はこちらに向かってバタバタ足を動かし走ってきて、僕たちの横を走り抜けていった。


桃竜は僕たちのことなど気にする余裕もないように見えた。


するとその奥から巨大な泥の巨体が現れた。


「巨人!?」


「泥の巨人ですね。どうやら桃色ヤモリはあの巨人に追われていたようですね」


「巨人族なのですか?」


「いえ。私も初めて見たので詳しくは知りませんが、土属性の妖精でしょうね。土の精霊が泥に宿り実体を得た結果、泥の巨人になったという事でしょう」


「なるほど。つまりあの泥の巨人を倒せば、桃竜も洞窟の奥に戻るという事ですかね」


「おそらくは。セイジ様。泥人形を倒してさっさと戻りましょう」


「はい」



表面がドロドロの泥の巨人は高さ7メートルはあった。


僕は泥の巨人の背後にテレポートした。


(発火っ)


特大の火の玉をお見舞いすると、泥の巨人は避けることもなく直撃した。


泥の巨人の動きは鈍いようだ。


泥の巨人の体から湯気が立ちのぼり表面が若干焦げたようだが、そのままゆっくりと振り返り僕の方に進んできた。


その焦げ跡もすでに泥に変わり元に戻ってしまった。


発火はあまり効果がないようだ。


(泥水の体に少しは効果があるようだけど、威力が足らないか)


泥の巨人は足を止め僕の方を見た。


ちなみに目はない。


泥の巨人は腕を振り上げ僕に向かって降り下ろしてきた。


ッドーーーン。


泥の巨人が地面を殴った衝撃音が洞窟中に響き渡った。


上空にテレポートした僕は次の手を打つことにした。


(発火10発作成。縦に並べてみようかな)


僕は発火をそのまま空中に固定した。


地面にテレポートし泥の巨人の注意をく。


泥の巨人が近寄ってくる。


(水柱っ)


馬ヘビから学んだ水属性魔法を泥の巨人の足元に発現させた。


ドバッ。


湖で見た馬ヘビの水柱とは比べようもない細い水柱が立ち、泥の巨人に命中した。


やはり全く効果がなく、足止めすらできなかった。


(あれ?水が少ないと威力が出ないのかな)


泥の巨人はまた巨大な拳を僕に向けてきた。


テレポートでかわす。


(発火10発作成。固定)


ぼくは魔銀の義手を灼熱化させ、泥の巨人の背後にテレポートし背中を殴った。


ズボッ。


魔銀の義手が泥の巨人の中にめり込んだ。


ジュッーッ。


泥の巨人の泥水が蒸発する音がした。


すると泥の巨人が振り返ることなく、体から泥水の塊を飛ばしてきた。


「っ!?」


僕はテレポートで回避し空中に移動した。


(発火10発作成。固定。五角柱になるように並べていくか)


手ごたえはなかったが、泥が固まったような気がした。


(物理攻撃は効かないのかな。発火10発作成。固定)


僕は発火を10発づつ作成しながら、泥の巨人に攻撃を続けた。


魔銀の義手を強化し、泥の巨人の腕を叩き切ったがすぐに回復し元に戻った。


(削り取るのも駄目ですか。なかなか手強いですね。発火10発作成。固定)


僕はゆっくりと地面に降り立った。


泥の巨人がゆっくりと近づいてくる。


僕はまた泥の巨人の背後にテレポートし『炎霧』を発動した。


炎霧の中から脱出し様子をうかがうと、泥の巨人は湯気ゆげを出しながら炎霧の外に出てきた。


泥の巨人の体表が乾燥している。


(効果はあるか)


僕は炎霧を操作し炎霧の大蛇を作った。


僕は炎霧の大蛇を操り、泥の巨人にからみつかせた。


泥の巨人が腕をばたつかせるが炎霧の大蛇をすり抜ける。


すると炎霧の効果が消え、泥の巨人が姿を現した。


炎霧の時より体表面にダメージがあったようだが、倒せるほどではなかった。


すぐにカサカサの体表が泥水に戻った。


(これくらいでいいかな)


洞窟の天井には僕が作った発火が五角柱状に100発浮いていた。


(火球柱っ!!)


みっちり並んだ100発の火の玉が上空から降ってきて、泥の巨人に直撃した。


ドドドドドドドドドドドドドドオドドドッ。ッドォーーーン。


洞窟内に凄まじい熱風が吹き荒れた。


僕は炎の結界を展開し身を守った。


結界内にはローズマリーさんもいる。


(発火100発は多すぎたかな)


炎がおさまると洞窟の床に砂の山が出来ていた。


「どうやら倒せたようですね。セイジ様。時間がかかりましたが」


「そうですね。始めから百発分の火の玉を出せたらよかったんですけどね」


「魔法名はあるんですか?」


「火球柱と名付けてみました」


「そうですか。そのままですね」


「そうですね」


僕は砂の山から泥の巨人の魔石を回収した。


すると桃竜が戻ってきていて、こちらの様子を伺っていた。


僕たちは桃竜の横を通り過ぎ洞窟の入り口に向かうと、桃竜は洞窟の奥に向かって歩いて行った。



洞窟の外に出るとすでに日が暮れそうになっていた。


「セイジ様のせいでもう夜ですよ」


「すみません。急いで領都に戻りましょう」


「いえ。急いで次の街に向かいましょう」


「え。そうですか。わかりました」


僕たちはテレポートで洞窟から東に向かった。


しばらくして僕たちは山間にある街にたどり着いた。


そこで宿屋に泊まり朝を迎えた。


朝食で街の近くにある湖で捕れた魚を食べ、冒険者ギルドに向かった。


「結局、桃竜の件を報告しないでここに来ちゃいましたね」


「この街の冒険者ギルドで報告すればいいことではないですか」


「そうですね」


僕は冒険者ギルドで報告を済ませ、僕たちは次の領地に向かうことにした。

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