第127話 朱華の森

鬼が封印されていた山を下り、僕たちは北に進路を取った。


僕たちは山間やまあいの街道を抜け、なだらかな丘の上にあるブリックの街にたどり着いた。


街の周囲にはブドウ畑が広がっていた。


ブリックの街は城壁で囲まれ、赤レンガで造られた建物が多く建っていた。


「茶色い街ですね」


「セイジ様。この街は王都とゴールドブルー帝国を結ぶ街道の中間都市です」


ローズマリーさんが教えてくれた。


「そうなんですね」


迷路のような道幅が狭い石畳で出来た道を進んでいると、高い建物に囲まれた広場にたどり着いた。


その広場は扇形おうぎがたをしていてわずかに傾斜していた。


円弧の中央に巨大な塔が建っていた。


「この広場、坂になってませんか?」


「はい。浅い溝が掘られていまして、雨水を集められるようになっています」


「へえ。そうなんですね」


石がかれた地面を見ると確かに9本の浅い溝が造られていて、扇形のかなめに向かって伸びていた。


扇形の要の場所には水をためる穴が開いていた。


広場を見渡してみると、人はたくさんいたが出店は出ていなかった。


「ここは市民のいこいの場として利用されています」


「へえ。そうなんですね」


広場を通り過ぎると白の大理石で造られた竜神教会が見えてきた。


僕たちはその隣にある冒険者ギルドに向かった。


冒険者ギルドは一階が白く、二階以上が赤茶色の石材で出来ていた。


僕たちは開けっ放しの入り口から冒険者ギルドに入った。


僕は冒険者ギルドで、この街の東にあるという朱華はねずの森の情報を集めることにした。


受付さんに聞いたところ、朱華はねずの森はダンジョン化しており、最深部には依り代である聖なる泉があるそうだ。


森の奥には火狼の聖獣がいて、そこを縄張りにしているという。


そのため地元の冒険者は聖なる泉に近寄ることはないそうだ。


依り代の守護者は泉の精霊であり、火狼の聖獣と仲がいいらしい。


朱華はねずの森には、植物系魔獣が多く生息しているそうだ。


アーシェさんたちも他の冒険者から情報収集をしていたようで僕に教えてくれた。


「どうやら森の魔獣の様子がおかしいそうよ。冒険者たちにも被害が出ているみたい。いつもは森の奥にいる魔獣が浅いところに来ているんだって」


「そうですか。注意しないといけませんね」


「そうね。ついでに出来る依頼でも探しましょうか」


「はい」


掲示板を見てみると色々な採取依頼があった。


(お。マンドレイクの採取依頼がある。緑の魔女さんの依頼が一つ片付くな)


「ん?『罪人の実』の採取依頼と言うのがありますね。ローズマリーさん、どんな実か知ってますか?」


「ええ。罪人の実とは、とある魔樹にみのる苦痛にゆがむ人間の顔のような果実のことですね。火属性の果実です」


「へえ。美味しいんですか?」


「それを食べると凄く苦い味がして、胃が燃えるように熱くなります。つまり拷問用ですね」


「なるほど」


すると隣で掲示板を見ていたアーシェさんが話しかけてきた。


「植物系の女性型魔獣もいるみたいね。お兄さん気を付けてね」


「え。どういう意味か分かりませんが、気を付けます」


「普段は木の姿なんだけど、女性の姿に化けて男を誘惑してくるそうよ」


「それはけしからんですね。でも大丈夫ですよ。僕は意志が固いですから」


「そう?彼女の出す香りに催淫効果があるらしいわよ。その魔樹の付ける実にも媚

薬効果があるわ。採取依頼の対象になっているわね」


「強敵ですね。それは女性たちに任せることにします」


「それがいいわ。発情したお兄さんと戦いたくないもの」


「そうはなりたくないですね」


僕とアーシェさんたちは、森で出来る依頼をいくつか見繕みつくろい宿屋に向かった。


僕たちは宿屋の一階で食事にすることにした。


注文した料理は、豚肉をトマトソースで煮込んだ料理とキノコのフライだった。


美味しかったです。



翌朝、僕たちは朱華はねずの森に向かった。


僕の周囲には鬼から頂いた魔剣が3本宙に浮いていた。


「お兄さん。器用なことしてるのね。重くないの?」


「ええ。さすがに4本も腰に差せませんからね。重さは感じませんね。限界はありますが」


「そうなんだ。浮遊魔法か。便利ね。私も購入しようかしら」



街を出て、なだらかな丘をしばらく登っていくと広大な森が現れた。


昼頃に朱華はねずの森に到着した僕たちは、森の入り口でいったん休憩した後、森の中に入っていった。


「催眠性の香りを出す魔樹もいるから、お兄さんが先頭ね」


「え。はい」


「安心して。お兄さんが寝たら彼がかついで逃げるから」


女性冒険者に囲まれているセオさんがこちらを見て「任せてくれ」と親指を立てていた。


「このまま集団で森の中に入っていくんですか?安全ではありますが」


アーシェさんたちはセオさんと5組の女性冒険者パーティーの大所帯になっていた。


「安心して。彼女たちも経験を積んだ冒険者だから」


女性冒険者たちはパーティーごとに適度な間隔で森の中に広がっていった。


「そのようですね。では行きますね」


僕を先頭に森の中を進んでいるとアーシェさんが隣に来た。


「お兄さん。どんな依頼を受けてるか聞いてなかったわ。教えてくれる?」


「そうでした。魔樹の退治です。太くて短い黒い幹の木でつるのような枝がたくさん生えているそうです。普段は蔓で獲物を捕らえるようですね。甘い香りを周囲に放っているので、近づけばすぐわかるそうです。時期が来ると魔樹は数個の赤い実を付け、魔獣がその実を食べると操られるうえに若干姿が変化するようですね」


「へえ。そんな魔樹がいるんだね」


「しかも実を食べると強化され狂暴化するそうなんですよね」


「森が荒れているのはそいつのせいかしらね」


「そうかもですね。森に住むオオカミなどが魔樹の実を食べてあちこちに行っているそうですよ」


「なるほどね。成長すると餌の取り合いになるから近くで死んでもらっては困るんじゃないかしら。そういえばゴールドブルー帝国やアルケド王国で出てたオオカミのような魔獣の討伐依頼って、その魔樹の実を食べたこの森の狼だったのね」


「そのようですね」


「どうやって倒すのかしら?」


すると後ろにいたセオさんが前に来て勢い良く手を挙げた。


「はいっ。勿体もったいないけど塩をまいて倒しましょう」


「倒せるかもしれませんが塩はだめですよ。森に被害が出てしまいますから」


「そうね。セオは黙ってて」


「ごめんなさい」


「それじゃあ、お湯でもぶっかけるのかしら。お兄さんなら可能よね」


「そうですね。実際見てみないと分かりませんけど動かないでしょうから、その場で考えます」


「そう。その魔樹はお兄さんに任せるわ」



しばらく森の中を奥に向かって進んでいるとダンジョンの結界の中に入った。


僕の後ろからアーシェさんがまた声を掛けて来た。


「そうそう。人の声で近くに誘導する魔樹もいるらしいから気を付けて」


「いろんな種類の魔樹がいるんですね。聞こえてきたらどうしたらいいんですかね」


「無視ね。こんな森に一般人はいないわ」


「なるほど。そうですよね」


僕たちは採取依頼をこなしながら森をさまよった。




日が暮れてきたので野営をすることにした。


少し開けた場所を野営地に決め、僕たちは周囲の偵察に向かった。


安全を確認したところで食事の準備に取り掛かった。


夜番の順番を決めることになったが、人数が多いので僕は無いかもしれない二日目の担当になった。



翌朝、僕たちは再び森の探索に向かった。


すると、甘い香りがただよってきた。


僕を先頭に慎重に近寄ってみると太くて短いみきの木が生えていた。


その魔樹は蔓のような枝で巨大昆虫をとらえていた。


「どうやらあれが目的の魔樹ですね。お食事中みたいです」


その魔樹の根元で真っ黒な毛で赤い目をしたオオカミが赤い果実を食べていたが、僕たちの接近に気付き、のそりと立ちあがるとうなり声をあげた。


するとセオさんが僕の隣に来た。


「セイジさん。あのオオカミは僕たちが相手をしますのでセイジさんは魔樹の方をお願いします」


「はい。お願いします。気を付けて」


セオさんは巨大な盾を構えオオカミの魔獣ににじり寄った。


オオカミの魔獣はアーシェさんたちに任せて、僕は魔樹を倒すことにした。


僕は魔樹の近くにテレポートした。


魔樹は捕獲していた巨大昆虫を蔓から放し、無数の蔓を僕に向けて伸ばして襲ってきた。


僕は上空にテレポートして蔓をかわし、大きめの発火を発動した。


ドウンッ ドウンッ ドウンッ


連発した火の玉が魔樹に直撃し、魔樹は燃え盛った。


魔樹が蔓を激しく振り回し暴れていた。


「お兄さん。景気がいいようだけど森に延焼しないようにしてね」


「あ。はい」


僕はテレポートで魔樹に接近し、濃霧を発動した。


僕を中心に濃霧が魔樹と周囲の木々を包み込んだ。


(これで火の勢いは収まるかな。心配だから周りにポーションでもくか)


僕はひょうたんからポーションを出し、ポーション球を作って魔樹の周りの木に向かって射出した。



しばらくすると魔樹が動かなくなったので、魔樹に何度かポーション球をぶつけて完全に鎮火することが出来た。


オオカミと戦っているセオさんたちを見ると、すでに決着がついていて解体が始まっていた。


「お疲れ様です。アーシェさん。セオさん」


「ええ。こちらの人数が多すぎて手ごたえがなかったわ」


「無事に仕留めることが出来ました。セイジさんも倒したようですね」


「うん。お疲れ様。では帰りましょうか」


僕たちは朱華はねずの森を後にした。



街に戻り宿屋の一階の食堂で食事にすることにした。


「アーシェさんたちはこれからどうするんですか?」


「もちろんゴールドブルー帝国にもどります。お兄さんは?」


「僕は東に向かいます」


「そう。だったら途中まで一緒に行動する?」


「ええ。ぜひ」


「マゼンタ王国北部最大の都市カーネリアンまでよろしくね。お兄さん」


「はい。こちらこそお願いします」


翌朝、僕たちは宿を出て冒険者ギルドに向かった。


アーシェさんたちがカーネリアンまでの道すがら依頼をこなすそうだ。


「セイジ様。彼女たちは冒険者らしく依頼をこなすようですよ」


ローズマリーさんの声が僕の背後から聞こえてきた。


「・・・。そうですね。僕も受けようかな」


僕は小走りで掲示板に向かった。


「あら。お兄さんも依頼を受けるの?」


「ええ。冒険者ですから」


「そう。お兄さんの仲間の彼女さん、厳しいのね」


「ええ。聞こえてましたか」


僕が採取依頼を探そうと動き出そうとしたら、アーシェさんに腕を掴まれた。


「お兄さん、これいかが?カーネリアンに向かう途中の大きな街の近くに湖があって、そこで魔獣が暴れているそうよ」


「討伐依頼ですか」


僕はその依頼書を見た。


「馬の頭を持った大蛇ですか」

(ヘビの体に馬の頭?)


「変な魔獣よね。ヘビの頭のままでよさそうなのに」


「そうですね」



その後、僕たちは湖の近くにある街に向けて出発した。


北部に近づくにつれ平地が増えていき山が少なくなってきた。


数日後、湖の近くにある街が見えてきた。


「お兄さんはあの街のこと知ってるの?」


「いえ。知らないです。アーシェさんたちは寄ったんですか?」


「ええ。王都へ行く重要な中継地点だしね」


「そうなんですね」


「あの街はリレッドと言うんだけど、9つの角を持つ星型をしているの」


「え。五芒星ごぼうせいではなく9ですか」


「ええ。土塁で9つの角の星型を作って、街は城壁と堀で丸く囲まれているの。街の中心には6角形の広場があるわ」


「はあ。ずいぶん堅牢に造ったんですね」


「ええ。マゼンタ王国も昔は地域同士の争いが多くてね。ここは前の街と仲が悪かったんだって」


「へえ。そうだったんですね」


リレッドの街に到着し城門から真っすぐ伸びる道を進んでいくと、六角形の中央広場にたどり着いた。


その広場から放射線状に6本の広い道が伸びていた。


「計画的に造られた街なんですね」


「そうね。お兄さん。冒険者ギルドはあそこよ」


僕たちは早速冒険者ギルドに向かった。


街の近くの湖に出没しているという、馬ヘビの魔獣の情報収集をすることにした。


アーシェさんが冒険者ギルドの受付に行ってあれこれ質問していた。


セオさんをはじめとするメンバーに情報を伝えた後、僕たちの所にやってきた。


「お兄さん。馬ヘビの能力が分かりました」


「能力。魔法ですか?」


「ええ。女性の声を奪うそうよ」


「え?女性の声ですか。何のためにですか?」


「その魔獣は言葉を話さないから確かなことはわからないけど、女性の声が好きなんじゃないかしら」


「はあ」


「冗談よ。魔法を盗んでいるのかもね」


「魔法を盗む?声が魔法を記憶しているみたいなことです?」


「かもね。お兄さんの魔道具の義手みたいな仕組みかもね」


アーシェさんが僕の魔銀の義手を見た。


「という事は今回の討伐依頼は僕とセオさんが行って、アーシェさんたちは参加しないという事ですか?」


「何言ってんの?みんなで行くわよ」


「そうなんですか?声を奪われるかもしれませんよ」


「奪われても馬ヘビを倒せばいいだけでしょ」


「そうですかね。戻らないかもしれませんよ」


「その時はその時よ。それから馬ヘビは精霊か妖精を使役してるんだって」


「へえ。魔獣がですか。逆の可能性はないんですか?」


「その可能性もあるみたいよ。まあ、どちらでも一緒ね。私たちが他の冒険者より早く討伐するだけよ」


「そうですね」


僕たちは宿屋に向かった。


「この街は生ハムが特産品ですよ。お兄さん」


アーシェさんが教えてくれた。


「いいですね」


僕たちは宿屋の一階の料理屋で生ハムを堪能たんのうし、その日は休息に当てた。

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