第126話 魔虎の毛皮

鬼神魔王と名乗ったテンゲンさんは、両手に魔剣を持ちゆっくりと構えた。


「お互い名乗ったんだ。始めようぜ。決闘をよう」


「そうですね」


僕はレオナさんから貰った鬼の魔剣を操作し、テンゲンさんに飛ばした。


テンゲンさんは少しびっくりしたようだが難なく回避した。


「うおっ。てめえ。これは俺の剣じゃねえか。きたねえぞ」


「いえ。もう僕の物です」(テレポート)


「ちっ。まあいいか。魔剣の能力も引き出せねえみたいだし。ん?どこいった」


僕はテンゲンさんの背後を取り念動波を発動した。


ボンッ


しかし、テンゲンさんはすぐさま振り返り、魔剣で念動波を切り裂いた。


その後も僕はテレポートを繰り返し、発火や念動波を繰り出すも全くテンゲンさんには届かなかった。


「ふう。動きは信じられないほど早いが攻撃力は全くねえな。逃げてばっかりで戦ってる気がしねえぜ」


「すみません。こういう戦い方しかできないもので」


しばらく戦って時間を稼いだ僕は動きを止めた。


テンゲンさんを坂の上に誘導出来た。


「もういいかな。あまり時間を掛けられないので」


「なんだと?」


その時、テンゲンさんが日陰に包まれた。


「何だ?」


テンゲンさんは空を見上げた。


空から巨大なポーション球が降ってきた。


「なんじゃこりゃーっ」


ドッパーーーーン


テンゲンさんに直撃し地面に激突した大量のポーションが周囲に飛び散った。


アーシェさんやセオさん、そして女性冒険者たちが次々とポーションの波に飲み込まれていった。


地面に押しつぶされていたテンゲンさんも立ち上がった。


「ぐぬぬ。水の重さで押しつぶされたと思ったんだが、傷がないだと。どういうことだ。貴様、何なんだ今の水の塊は」


「回復ポーションですよ」


「回復薬だと?」


テンゲンさんは、重傷を負っていた冒険者たちが起き上がってくる姿を見た。


「なるほど」


「御覧のように、さっきのような魔法は僕たちには効果がありませんよ。おとなしく再封印されてくれませんか?」


「くっくっく。そんなわけなかろう。雑魚ざこが復活してもどうという事もない。せっかくだ。いいものを見せてやろう」


するとテンゲンさんが魔剣で自分の腕を切った。


「!?」


吹き出した血が地面に飛び散り、なんとその血からテンゲンさんの分身が現れた。


その数10体。


「分身どもよ。雑魚をやれ」


赤黒い肌のテンゲンさんの分身がアーシェさんたちに襲い掛かっていった。


「お兄さんはそいつに集中してっ。分身体は私たちで何とかするからっ」


背後からアーシェさんの大声が聞こえてきた。


「わかりました」


ドシャッ


ローズマリーさんに襲い掛かっていたテンゲンさんの分身が、木端微塵こっぱみじんになって地面を赤く染めた。


(アーシェさんたちはローズマリーさんが何とかしてくれるかな。してくれますよね)


テンゲンさんの腕を見ると傷口はふさがっていて血が止まっていた。


(回復してる。回復力が異常なのか。それとも不死なのか)


「お前のその右腕は義手なのか?」


テンゲンさんが興味津々きょうみしんしんたずねてきた。


「え。あ、はい」(ウソですけど)


「そうか。なかなか格好いいなそれ。戦いの傷っていいよな。その義手、お前を倒して俺様が頂いてやる」


「え。それは困りますね」


「死んでいるんだから必要ないだろ」


「それはまあ、そうですが。死ぬつもりはないので」


「いいねえ。せいぜい無様に逃げ回って、後ろの獣人が手助けに来るのを期待するんだな」


僕はリュックを地面に置いて宙に浮いた。


「助けは期待してないですよ」


その時、魔導書からレオナさんの声が聞こえてきた。


「せいじく~ん。鬼の弱点はお酒です~」


「そうですか。でもお酒持ってないですよ」


僕は大声で返事を返した。


「セイジ様。おそらく水属性と邪属性が弱点のようですね」


「なるほど。お酒は水と毒ですか」


するとテンゲンさんがレオナさんに向かって怒鳴った。


「おい悪霊。お前、俺の弱点をばらしてんじゃねえぞ。そもそも何で人間と一緒に行動してんだよ。お前も人間を襲えよ。ほぼ同類だろ」


「私をだました鬼さんと仲良くするつもりはありませ~ん」


「けっ」


テンゲンさんが再び僕に向かって高速で近寄ってきた。


僕はテレポートで距離を取る。


追いかけっこが始まった。


戦いの最中、レオナさんとローズマリーさんの会話が聞こえてきた。


「あなた様はわざと鬼の封印を解かれたのですか?セイジ様を信じて」


「へ?そんなことしませんよ~。鬼さんにあかりを消してくれと言われたので消したのです~」


「その灯りが封印だったのでは?」


「ん~。鬼さんはお酒で封印されていると言ってましたよ~。お酒のお風呂にはいってて、酔っぱらって動けなかったみたいです~」


「そうでしたか。だから弱点だと。お酒と灯りの二重封印の可能性もありますね」


「そうかもね~。灯りは天井にあって、魔法陣と魔石があって、鬼さんは光の拘束って言ってたよ~。灯りを消した後、お酒を飲み干して出て行きました~」


「拘束。やっぱり封印じゃないですか。まんまと鬼の口車に乗ってしまったようですね」


「!?なんですと~っ。おのれ鬼さんめ~っ。許しませ~んっ」


レオナさんが憤慨ふんがいしていた。


(ん~。逃げ回っててもらちが明かないな。どうにかしないと)


「全部やってみますか」


思わずれた声にテンゲンさんが反応した。


「何だ。何かやってくれるのか?楽しみだな」


「期待しないほうがいいですよ」(テレポート)


テンゲンさんの背後にテレポートし濃霧を発動した。


僕とテンゲンさんが濃霧に包まれた。


「霧か。何も見えないが。ただそれだけか?」


シュッ


僕はテンゲンさんに向かって魔剣を高速で放った。


ギンッ


「何かと思えば俺様の剣ではないか」


ザクッ


テンゲンさんが弾いた魔剣が地面に突き刺さった。


濃霧が晴れた瞬間、僕は再びテンゲンさんの背後にテレポートした。


(炎の結界。炎霧)


テンゲンさんを無数の炎の粒が包み込んだ。


「ぐあああああああっ」


テンゲンさんは慌てて炎霧の効果範囲から脱出した。


「げほげほっ。えげつない攻撃だな」


テンゲンさんの火傷やけどが見る見る回復していた。


(致命傷にはならないか。不死身だな)


炎霧が晴れると炎の結界が現れた。


「むんっ」


テンゲンさんが炎の結界に突っ込み魔剣で叩き割った。


しかし、そこには誰もいなかった。


僕は炎の結界を残したまま別の場所にテレポートしていた。


「ちっ。どこ行きやがった」


僕はテレポートしテンゲンさんにはじかれた魔剣をつかんだ。


すると魔剣から情報が流れ込んできた。


(傷口が魔石化する魔剣か。魔石が欲しい僕には打って付けだな。僕に剣は扱えないけど)


僕は魔銀の義手に魔力を流した。


「おいおい。何だその義手。熱そうだな」


魔銀の義手が真っ赤に熱せられていた。


「ええ。っつつですよ。気をつけてください」


(発射っ)


僕は灼熱に熱せられた魔銀の義手をテンゲンさんに向かって射出した。


「おいおい。義手を飛ばすのかよ。てか本当に義手だったんだな」


僕の右腕がなかった。


(右腕だけ透明化してるんですけどね)


灼熱の魔銀の義手がテンゲンさんに襲い掛かる。


ガンッガンッ


テンゲンさんは両手に持っている魔剣を使い、魔銀の義手を上手くはじいていた。


僕はテレポートでテンゲンさんに接近し、左手でテンゲンさんの左腕に触れた。


「くっ。何をしたっ。腕が動かねえ」


テンゲンさんが灼熱の義手をかわしながら僕から距離を取った。


(物体操作で全身の動きを止めようと思ったけど、左腕だけでしたか)


金縛かなしばりですよ。あなたが強すぎて左腕だけですが」


「そうか。攻撃の手札が多いな。おりゃっ」


ガンッ


テンゲンさんが魔剣を力強く振ると、はじかれた魔銀の義手が吹っ飛んで行った。


僕は物体操作で魔銀の義手を手元に引き寄せ、テンゲンさんの魔剣を持たせた。


僕は魔銀の義手と共に正面からテンゲンさんに突っ込んだ。


「いいね。かかって来いよっ」


まずテンゲンさんに義手を突っ込ませ切り付けた。


「おりゃっ」


ギンッ


テンゲンさんが剣で義手を弾く。


そのすきに僕はテレポートでテンゲンさんの目の前に出現した。


「!?こんなに近づいてお前に何ができるんだっ」


僕は透明化しておいた右腕でテンゲンさんの顔をつかんだ。


「っ!?」


驚愕きょうがくゆがんでいるテンゲンさんの顔が、透明な手の向こうに見えた。


(発火)


僕はそのまま発火を発動した。


ドウッ


「ぐわっ」


テンゲンさんが両手で自分の顔を抑えた。


僕は魔銀の義手を右手に装着した。


そして身体強化を発動し、ローズマリーさんに向かってテンゲンさんを殴り飛ばした。


ドガッ


「ぐあっ」


ローズマリーさんは「仕方ないですね」と言った表情でテンゲンさんの首を魔槍でねた。


ザンッ


テンゲンさんの首が宙を舞う。


「なかなかやるじゃねえか」


顔に火傷を負ったテンゲンさんがにやりと笑った。


(首だけでもしゃべるのですか)


僕は魔銀の義手で残された胴体の首の切断面に触れた。


(毒霧)


ジュッ


「ぐっ。貴様何をした」


放物線を描き飛ぶテンゲンさんの顔が苦痛に歪む。


「毒です。あなたが何者か知りませんけど、毒は効くみたいですからね」


テンゲンさんの首が地面に落下し湖に向かって転がっていき、湖の底に沈んでいった。


「ふう。ローズマリーさん。鬼さんを再封印できますか?もしくは鬼さんを消滅させる方法を知ってますか?」


ローズマリーさんがテンゲンさんの体に近づき、手を胴体に突き刺し心臓を取り出した。


「これに毒を。恐らくこれでとどめを刺せるでしょう」


「わかりました」


僕が魔銀の義手でテンゲンさんの心臓を掴むと、ドクンドクンとまだ動いていた。


僕はそのまま毒霧を発動した。


赤い心臓が徐々に紫色に変わり、硬くなっていき動きを止めた。


すると、アーシェさんたちと戦っていたテンゲンさんの分身が消滅した。


僕はリュックを取りに向かうとリイザさんが話しかけてきた。


「あ。そういえば鬼さんが虎の魔獣の毛皮を身に付けたら不死になったと言ってましたよ~」


「え。そうだったんですか。早く教えてくださいよ」


「忘れてました~」


「セイジ様。履きますか?」


「え。履きません」


「そうですか。では燃やしましょう。臭そうですし」


「そうですね」


僕がテンゲンさんが履いている虎の毛皮のズボンを燃やそうとしたら、毛皮は背中にまで広がっていた。


「ズボンじゃなかった。あれ?戦っているときは裸の背中に毛はなったはずですが」


「それはもしかすると寄生していたのかもしれないですね。鬼の生命力が高くて浸食があまり進んでいなかったみたいですが、死んだことで活性化したのでしょう」


「へえ。そんなことがあるんですね。虎の魔獣が復活する可能性があったんですかね」


「おそらく」


僕はテンゲンさんの体に密着している魔虎の毛皮を燃やした。


アーシェさんたちがやってきた。


「アーシェさん無事でしたか」


「ええ。お兄さんが鬼を倒してくれたおかげで何とか命拾いしたわ」


するとアーシェさんが泥だらけの服を掴んだ。


「お兄さんのせいで服がドロドロになったわ。どうしてくれるの?」


「え。すみません。いち早くポーションで皆さんを助けたかったのですが、いい方法が浮かばなくて」


「まあいいわ。感謝はしている。ありがとう」


「いえ。そうだ。お風呂入りますか?ポーション風呂」


「ああ。ホーステイルから聞いて知ってるわ。じゃあ、お願いするわね。全員分作ってね」


「はい」


僕はアーシェさんをはじめとする女性冒険者たちにポーション風呂を作った。


僕とセオさんはその場から離れた。


「セオさんも入りますか?」


「いえ。僕はこのまままで」


「そう?遠慮しなくていいよ」


「自分の弱さに落胆していて、それどころじゃないのです」


「そうですか」


「僕はセイジさんに命を救われ、分身体にすら苦戦していました」


「まだ冒険者になって間もないんでしょ。それに鬼さんは強すぎだよ。過去の一流冒険者も倒せなくて封印したんだから」


「そうですね。でもその鬼をセイジさんは倒したんです」


「そうだけど。僕は魔道具に恵まれてたから」


「それでもです。使いこなさなければただの荷物ですから。セイジさんを目指して僕は強くなります」


「うん」


「そういえば、セイジさんの仲間の女性の槍の切れ味凄かったですね」


ローズマリーさんは木陰で一人佇たたずんでいた。


「そうだね。彼女は僕より強いから」


「えっ。そうなのですか。上には上がいるんですね」


「うん。そうだ。残りの魔剣を回収しないと」


「そうですね」


しばらくすると、風呂から上がったアーシェさんたちがやってきた。


という事で、僕は地面に落ちていたテンゲンさんの2本の魔剣を回収した。


その魔剣の情報も入ってきた。


(水属性と炎属性の魔剣か)


水属性の魔剣は直刀の片刃で刀身が水で濡れていた。


(え。水が染み出る魔剣なのか。まあ、清潔でいいか。洗う必要がないのか)


次に火属性の魔剣を観察した。


この魔剣も直刀の片刃で深紅の刀身をしていた。


(火属性ダメージの火力が安定しない魔剣か。使いにくいですね。扱えないけど)


僕たちは山を下りることにした。


(大変な目にあったな。緑の魔女さんの依頼もこなさないと)


僕たちは次の街を目指し北に向かった。

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