第125話  鬼退治

翌朝、僕が滞在していた宿屋にアーシェさんとセオさんたちがやってきた。


僕は宿屋の前で彼女たちを出迎えた。


「おはよう。お兄さん。わざわざ宿屋の前で待たなくてもよかったのに。寝坊してたら私が優しくたたき起こしてあげたわよ」


「おはよう。アーシェさん。さすがに皆さんを待たせるわけには行けませんよ」


「そう。それで旅の行程はどうなってるの?」


「はい。まずディバーガンと言う街に寄って、それから目的地の街ブリックに向かいます」


「セイジ様。ちょっとよろしいでしょうか」


ローズマリーさんが話しかけてきた。


「何ですか?」


「ディバーガンの街の近くに鬼人が封印されている場所がありまして、封印の状態を確認したいのですが」


「ええ。構いませんよ。鬼人ですか。そういえばそんなこと言ってましたね。アーシェさんたちはどうします?街で待っててくれもいいですよ」


「もちろん一緒に行きますよ。お兄さんといれば楽しいことが起こるでしょうから」


「そうそう起こりませんよ」


すると「僕も行きます」と、女性冒険者たちに囲まれているセオさんの声だけが聞こえてきた。


「わかりました。みんなで行きましょう」


「では出発しましょうか。お兄さん」


「はい」


僕たちは王都を出発し北に向かった。



3日後、僕たちは丘陵きょうりょう地に囲まれた街、ディバーガンに到着した。


その街は強固な3重の城壁に囲まれた街だった。


レンガ造りの建物が立ち並んでいて、やはりこの街も細い道が入り組んでいた。


「この街は街を大きくするたびに城壁を造っていった結果、3重になったんです」


ローズマリーさんが教えてくれた。


「へえ。そうなんですね」


僕たちは城門を抜け街の中央に向かった。


「セイジ様。あの塔を見てください」


ローズマリーさんが指さす方を見ると四角い茶色の塔が建っていて、頂上に木が数本生えていた。


「木が見えますね。見張り台ですか?」


「見張り台ではありませんね。屋上が庭になっているんです。塔は街の有力者の力の象徴なのです。見栄の張り合いのために塔が建てられているのです」


「へえ。そうなんですか」


よく見ると街のあちこちに塔が建っていた。


二つ目の城壁を通過し三つ目の城壁にたどり着いたが城門が見当たらない。


「あれ?門がありませんね」


「こちらですよ」


そこには地下に続く道があった。


「地下道を通って中央街に行けます」


「へえ。そうなんですね」


僕たちは城壁の地下を通り街の中央に入った。


街の中央には、隙間なく建てられた建物で囲まれた楕円形だえんけいの広場があるという。


「中央広場には4つの門から行くことが出来ます」


僕たちは建物と建物の間に出来た門を通り中央広場に向かった。


中央広場では市場いちばもよおされていた。


広場の中央から周囲を見ると高層の建物に囲まれていて、まるでどこかのスタジアムの中にいるようだった。


僕たちは市場で各自の食糧を調達することにした。


僕はローズマリーさんおすすめのパンを買った。


そのパンはリング状で、干しブドウと甘い香りがするハーブが入っていた。


一口食べるとしっとりとした重めのパンだった。


美味しかったです。


僕たちは広場を出て、街の周辺の情報収集のため冒険者ギルドに向かった。


冒険者ギルドに入り受付さんに聞いたところ、特に変わったことは起きていないそうだ。


「ローズマリーさん。鬼人はどこに封印されているんですか?」


「火山の頂上ですね」


「火山ですか。どんな火山なんですか?」


「山はそんなに高くないですね。頂上付近の火山口に湖が出来ています」


「へえ。火山湖ですか」


「その山はブリックの街に向かう途中の街道沿いにありますので、そんなに遠回りにはなりません」


「それはいいですね」


僕たちは街で一泊し、翌日その山に向かうことにした。


北に向かって伸びる街道を歩いていき、途中で火山に向かった。


木々に覆われた山を登っていくと、絶壁に囲まれた火口湖が姿を現した。


火口湖周辺は草木が生えていなくて、荒地が広がっていた。


僕は火口湖のへりに行って湖をのぞき込んだ。


湖の水は澄んでいて浅い場所では湖の底が見えていた。


「絶景ですね。水辺に行きたいですけど、降りていくのは難しそうですね。湖の中に落ちちゃいますよ」


「そうですね。対岸になだらかな場所がありますけど、どうされますか?」


「そこまでする必要はないですよ」


僕は周囲を見渡してみたが動いている存在はいなかった。


「ところで、ここは鬼人が封じられている場所ですよね。どこに封印されているんですか?何もありませんけど。また地下ですか?」


「いえ。そこです」


ローズマリーさんが湖を指さした。


「湖の中ですか。流石に行けませんね」


「湖の中心の深いところにほこらがありまして、そこに封印されています」


「へえ」


「昔は湖ではなかったそうです。雨がたまって火口湖になりました」


「なるほど。見るだけでいいんですか?」


「ええ。何もないことを確認したかったので」


「そうですか」


僕は湖の中心を見てみたがさすがに深いところまでは見えなかった。


(は~い。は~い。私が祠を探索してきま~す)


突然レオナさんの声が僕の頭に響いた。


(え。レオナさん、急にどうしたんですか?)

(たまにはお外で活動したい時期もあるんですよ~)

(そうですか。わかりました。僕たちは休憩しますから、その間に行ってきてください)

(は~い)


「ローズマリーさん。ゴーストのレオナさんが封印の祠を見てみたいそうですが行ってもいいですか?」


「ええ。構いませんよ」


レオナさんが魔術書から抜け出しみんなを驚かせたが、レオナさんはそのまま湖の中に入って祠を探しに行った。


「お兄さん。あのゴーストって例の?」


アーシェさんが寄ってきた。


「はい。アルケド王国王都の井戸にいた人です」


「そうなんだ。初めてみたけど恐ろしいゴーストね。お兄さん平気なの?」


「え。そうなんですか?平気ですよ。ずっと一緒にいるから感覚が麻痺まひしているんですかね」


「そういう問題じゃないんだけど。まあいいわ。お兄さんが変な人だったことを忘れていたわ」


「え。そんなに変でしたかね」


僕はみんなに休憩に入ることを伝えた。


「みなさん。レオナさんが戻ってくるまで休憩にしましょう」


僕たちはそれぞれ休憩場所を探し、食事をしながら休むことにした。




一方、湖の中に潜っていったレオナは、湖の中心地で祠を発見していた。


石で出来た小さな祠の壁を通り抜け室内に侵入すると、そこには空気が満ちていた。


(あれ~。水がな~い。密閉されてるのかな~)


レオナは祠の部屋を捜索するため壁をすり抜けていった。


すると扉に魔法陣が描かれた封印の間を見つけた。


レオナは躊躇ちゅうちょなく封印の間に入った。


「お酒臭~い」


室内には石で造られた浅い風呂のような水をためる場所があり、そこに巨体の男がかっていた。


部屋には魔道具の光がともっていた。


「おう。誰だか知らねえがいいところにきた。あの光がまぶしくて眠れねえんだ。消してくれないか。ひっく」


レオナに話しかけてきた男は酔っぱらっていた。


「あんたが封印されている鬼人なの~?」


「そうだ。鬼とも呼ばれていたこともあるがな。古い話だが」


「そうなんだ~。鬼さん虎のパンツ履いてるんだね」


「あ?これはこの国に来る途中で倒した虎の魔獣の毛皮だ」


「へえ~」


「そいつの毛皮を身にまとうと不死になれると聞いてな」


「そうなんだ~」


「その魔獣を退治したら住民に感謝されて鬼神様と呼ばれちまったぜ。がはは」


「ふ~ん」


「そんなことより灯りを消してくれ。礼に魔剣をくれてやろう」


鬼が壁を指さした。


壁際に3本の剣が立てかけてあった。


「ボロボロの剣ですね~。呪われてるんじゃないの~」


「呪われているわけないだろ。そもそもお前は呪われないだろ。悪霊なんだろ?」


「そうでした~。では貰っていきますね~。あれ?どうやって持って出るの~?」


「持って行くのは灯りを消してからにしてくれよ」


「は~い。そういえば何でお酒にかってるの~?入浴中~?」


「水属性と邪属性の混合封印だよ。俺様は酒が弱点なんだ」


「そうでしたか~。全部飲んでしまえば封印が解けるのでは~?」


「無理なんだよ。この酒は魔力で出来ていてな、魔力がある限り無限に生成されるんだ」


「無限ですか~。お酒飲み放題ですね~」


「そうなんだよ。ずっと酒が飲めて俺は幸せだぜ。俺の魔力も使われているからめちゃくちゃうまいぞ。お前も飲むか?」


「汚~い。遠慮します~」


「汚くねえって。酒だぞ?」


「飲みませ~ん。では私はこれで帰りますね~。人を待たせているんで~」


「おお。そうだったのか。達者でな」


「さようなら~」


「ちょっと待て。灯りを消せって言ってんだよ」


「そうでした~。幸せそうだから消さなくていいのかなって思って~」


「そろそろ寝たいんだ。まぶしかったら眠れないだろ?」


「そうですね~。わかりました~」


レオナは天井に取り付けてある光源に近づいた。


天井には魔法陣が刻まれていて、中央に光源である魔石が埋め込まれていた。


魔石が放出する光には指向性があり、真っすぐ鬼がいる場所を照らしていた。


「鬼さ~ん。これどうやって消すんですか~」


「あ~。魔法陣にお前の魔力を強めにめたら壊れるだろ」


「鬼さんは何でしないんですか~」


「だーかーらー。酒で封印されていて動けないっつうの。俺の魔力も酒に使われていて魔力を放出できないんだよ」


「そうでした~。この魔法陣ってどういう効果があるんですか~?」


「聖属性の魔法陣だな。恐らく『光の拘束』の魔法を発動させているんだろうな」


「ほえ~。ただの光じゃないんですか~」


わずらわしい光だよな~。ん?何でお前に効かないんだ?」


「へ?そんなに強い魔法ではないようですよ~」


「なるほどなあ。だったら酒の封印魔法の補助も兼ねているのかもな」


「そうなんだ~。よくわかってないんだね~」


「まあな。寝てたらいつの間にかここにいたからな。さあ、早く消してくれ」


「これを消すと鬼さんの封印解けるの~?」


「ぶひぇっ」


鬼は飲んでいた酒を盛大に噴出した。


「げほっげほっ。そ、そんなわけないだろ。封印は酒で行われているんだ。俺は寝たいだけなんだよっ」


「そうなんだ~。わかったよ~。えいっ」


レオナが魔法陣に死属性魔力を込めると、魔法陣を描いていた線がにじんだ。


フッ


灯りが消えた。


「ぎゃーっはっはっは。俺は自由だーっ。人間どもめ。俺様をこんな場所に長いこと閉じ込めやがって。街を破壊尽くして国を滅ぼしてやるぞっ」


鬼は酒を一気に飲み干し酒の風呂から抜け出した。


「助かったぞ。悪霊よ。ぎゃーっはっはっ」


鬼は魔剣を2本手に取り、壁を蹴ってぶち壊し外に出た。


(鬼さんの封印が解けましたか~。これは一杯食わされましたね~)


レオナは壁に立てかけてあった残りの魔剣を手にとり、鬼が開けた壁の穴から外に出て行った。


「っ!?」」」」」」」」


その頃、湖を囲む崖の上で休憩していたロ-ズマリーさんとアーシェさんたちは突然出現した悪意に満ちた魔力を感じとっていた。





「セイジ様。何かが湖から来ます」


「えっ?そうなんですか?レオナさんかな?」


「違いますよ。お兄さん。戦闘準備をして頂戴」


「え。あ、はい」


休憩していたセオさんや女性冒険者たちは、すでに立ちあがり武器を構えていた。


僕も急いで立ち上がった。


すると湖から何かがすごい勢いで飛び出し、水しぶきが盛大に立ち昇った。


頭から2本の白い角が生えた赤い肌の巨漢の男だった。


「鬼人?まさか封印が解けたの!?」

(虎の毛皮のズボンいてる)


鬼人が片手を上げると空に暗雲が立ち込めた。


「鬼人が魔法を発動しました。この辺りの属性を変え優位に運びたいようです」


ローズマリーさんが状況を解説してくれた。


「なるほど」


鬼人は空を飛び、僕たちを飛び越え地面に降り立った。


「なんだてめえら。ああ。悪霊の連れか」


「レオナさんに何をしたっ」


「何もしてないさ。悪霊をだまくらかして封印を解いてもらっただけだ。ちょろい悪霊だったぜ。そろそろ来るんじゃねえか?」


すると湖から剣を持ったレオナさんが出てきた。


「レオナさん。無事でしたか」


「うん。は~い。これ~」


僕はレオナさんから剣を貰った。


「何ですかこれ」


「鬼さんの魔剣だって。呪われてるかも」


「えっ」


すでに触ってたが急いで手から離し、物理操作で操った。


「レオナさん。そういうことは渡す前に言ってください」


「えへへ~。ごめんなさ~い」


「おう。悪霊。お前のおかげで助かったぜ。礼を言う。その魔剣は報酬だ」


「私に剣は使えませ~ん。他に良い物くださ~い」


「あいにく何も持ってねえな。この国を滅ぼした後で取りに来い」


「は~い」


「さて、なまった体を動かすために貴様らには死んでもらう」


鬼さんがいんを結ぶと暴風が吹き荒れ、僕たちに襲い掛かって来た。


僕は結界で体を覆い風を耐えた。


他の人たちは地面に伏せて踏ん張っている。


ローズマリーさんは微動だにしていない。


ただ暴風でローズマリーさんのショートヘアが暴れまくっていた。


「ほう。二人だけ歯ごたえがありそうだな。雑魚ざこには死んでもらうか」


鬼が再び印を結んで叫んだ。


「鉄火っ」


すると黒雲から火の雨が降ってきた。


(ええっ!?無茶苦茶な能力だな)


暴風が止んだことで動けるようになったセオさんたちが、必死で火の玉をかわそうとしていた。


しかし、無理なものは無理で、火の玉が体にぶつかり被害が続出していた。


ローズマリーさんは華麗にかわしていた。


(今すぐ治療しないとまずいですね)


僕はひょうたんを取り出し上空へテレポートさせた。


(さすがにひとりひとり治療してたら、鬼さんは見逃してくれないよね)


「どちらが相手をしてくれるんだ?二人同時でもいいぞ?」


鬼さんは僕とローズマリーさんを交互に見て言い放った。


「あなたごとき一人で十分です」


ローズマリーさんが腕を組んで答えた。


「ほう。お前が相手をしてくれるのか。準備運動になればいいのだが」


「私ではありません。セイジ様。お願いします」


(ですよね)


「不思議な術を使う小僧か。強そうには見えんが」


鬼さんはいぶかしげな表情で僕の体をじろじろ見てきた。


「俺様の剣を受け止められるかな」


そう言うと鬼さんが両手に大剣を持って、ものすごい速さで突っ込んできた。


もちろんテレポートでかわす。


「おいおい。逃げ回るだけか。手応てごたえのない奴だな」


「すみません。肉体派ではないのです」


「そうかい。がっかりだぜ。さっさとお前を殺して獣のねーちゃんと殺し合うこと

にするぜ。お前より楽しめそうだ。一方的になるだろうけどな」


「そうはならないと思いますよ。ローズマリーさんは強いんで。ちなみにお名前をうかがってもいいですか?僕はせいじです」


「ほう。少しは楽しませてくれそうだな。俺様の名はテンゲン。鬼神魔王テンゲンだ」


「そうですか」

(鬼神なのか魔王なのか。どちらかにしてほしいですね)

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