第123話 燃え盛る平原

僕たちと霧の巨人は精霊王によってきりの結界に閉じ込められたようだ。


「やれやれ。王とは言え所詮しょせん精霊ですか。ここから出たら赤竜様に精霊王のせん滅を進言してみましょう」


ローズマリーさんがため息まじりにつぶやいた。


「貴様らは俺に食われるんだよ」


霧の巨人が僕たちに一歩近づいた。


「まだそんなことを言ってるのですか」


ローズマリーさんが短槍を目にも止まらぬ速さで射出した。


しかし、短槍は霧の巨人の白い体を通り抜けていった。


ダメージは全くないようだ。


「ゲハハ。そんな攻撃が聞くものか。魔力を持った武器だとしても効きはせぬわ」


「今の攻撃はあいさつ代わりですよ。調子に乗らないでください。あなたごとき私が本気になることはありません」


「ゲハハ。よくしゃべるわい」


ローズマリーさんと霧の巨人が盛り上がっていた。


(ローズマリーさんがやる気なので、僕はこのまま大人しくしておこう。それにしても魔力の霧か。何だか懐かしい気分だな。今頃霧の森のダンジョンはどうなっているのかな)


すると魔剣『白妙しろたえ』から霧の森の霊体さんの思念が聞こえてきた。


(吸収していいか)


(え。あ、はい。どうぞ)


魔剣からり代の霊体さんが姿を現し、半透明の白蛇しろへびが魔剣にからみついた。


次の瞬間、目の前からすべての霧が消えた。


霧の巨人も消えた。


「えっ。一体何が?」


珍しく慌てているローズマリーさんが周囲を見渡した後、僕を見た。


「セイジ様がやったのですか?」


「いえ。魔剣の霊体さんの力です」


僕は魔剣を見せたが、霧の森の霊体さんの姿はなかった。


「そうでしたか。さすがです」


すると遠くに飛んで行ってた短槍が飛んで戻ってきた。


「自動で戻ってくるんですね」


「ええ。そういう魔法が付与されています」


「へえ。便利ですね」


「戻す時に霧の巨人を攻撃してやろうと思ってたんですけどね」


「そうでしたか」


(そういえば依り代で限界を超えて成長した精霊が霊体さんだったな。この程度の魔力の霧なら霊体さんにとっては些細ささいなことなのか。霧の巨人も精霊みたいなものだし、完全に消えちゃったってことはあの巨人は始祖に近かったのかな)


森が普段の姿に戻ったので、僕たちは旅を続けた。


(霊体さん。どうやったか聞いていいですか?)


(結界を展開し閉じただけ。領域凝縮の小規模なもの)


(なるほど。僕たちには影響なかったようですが、配慮してくれたのですね。ありがとうございます)


(かまわない。それくらい容易たやすいこと。話は変わるが右手で依り代の魔剣を持って『濃霧』を発動して。腕の魔道具が覚えるはず)


(はい。適当な時にやってみます)


すると霊体さんとの念話が途切れた感覚がした。


(そういえば魔人国の団長さんはいやしの手を持ってたな。義手にポーションをぶっかけたら同じことが出来るかも)


ポーションを掛ける前に義手を見てみると、すでに新たに紋様が浮かび上がっていた。


(あれ?一個出来てる。テレパシーかな。まあいいか。やってみよう)


義手にポーションをぶっかけてみたが何も起こらなかった。


(駄目か。ポーションに魔力の流れはないから当然なのか)


「セイジ様、どうされました?顔が変ですよ?」


「え。いえ、何でもないです。行きましょうか」


僕たちは精霊の国の森の近くをしばらく移動していたが、精霊王が何かしてくることはなかった。




しばらく進み森を抜けると景色が一変した。


僕たちの目の前には、大地が所々燃えている荒涼こうりょうとした土地が広がっていた。


「ここが『燃え盛る平原』ですか」


平原と言っても黒い丘が至る所に出来ていた。


「あの丘のように見えるのは火山口ですね」


「え。噴火してたんですか」


「そうですね。今も現役ですので、いつ噴火してもおかしくありません」


「そうなんですか」


よく見てみると平野のあちこちから煙が立ち上っていた。


『燃え盛る平原』と言う名の場所だが草木は所々茂っていた。


「しばらく歩いてみましょうか」


「はい」


景色を見ながら歩いていると、丘の斜面に穴が開いていてそこから煙が噴出していた。


硫黄いおうの匂いがただよってきた。


(地面は溶岩で出来ているんだろうか)


火山地帯の珍しい風景を堪能たんのうしていると、ローズマリーさんが立ち止まった。


「セイジ様。あれを見てください」


ローズマリーさんが指差した場所を見ると、炎の花が咲いていた。


「おお。すごいですね。草の先から炎が出てますよ」


「火属性の植物ですね。セイジ様は野草に詳しいと聞いたものですから」


「はい。そうなんです」


「この植物はこの場所でしか生存できないのです。他の場所でも生育できないか、貴族の依頼で錬金術師ギルドが調べているようですよ」


「そうなんですね。たしかに庭に咲いてたら素敵すてきですよね。そうだ。ちょっと失礼」


僕はリュックから鑑定の魔道具を取り出し、炎の植物を調べた。


「それは何ですか?」


「これは野草限定の鑑定の魔道具です」


「なるほど。野草限定ですか。それでどのような結果が出たのですか?」


「食用ではない。だそうです」


「・・・。それだけですか?」


「はい。成長する魔道具でして、何度も調べないといけないんです」


「使えませんね」


「そうですね」


魔道具に興味を失ったローズマリーさんが辺りを見渡した。


「この平原に住む魔獣をセイジ様に狩ってほしかったのですが、見当たりませんね」


ローズマリーさんが僕の顔を見た。


「なぜか嬉しそうなので王都に向かいましょうか。冒険者とは気楽な職業ですね」


「はあ。そうですね」


僕たちは浮遊魔法を使い『燃え盛る平原』を縦断した。


燃え盛る平原を抜けると再び森が広がっていて、山を越えた先にマゼンタ王国王都があった。


王都の名はクリムゾン。


高くて強固な城壁が永遠と続いていた。


近くに川が流れていて、城壁の一部が川に沿って建てられている箇所もあった。


城壁の厚さは約3m、高さは15mほどあり、等間隔に塔が建てられていた。


その城壁の中には丘があり、その上に立派な建物がいくつも建っていた。


「城壁の中に丘が7か所あって貴族や豪商たちが住んでいて、平民は平地に住んでいます。王都は縦長に造られています」


「へえ。丘を取り囲むように城壁を作ったんですか」


「ええ。川と七つの丘に守られた地域が王都クリムゾンの中心地です。ジュリがいる竜神教会もそこにあります」


僕たちは王都に入るため石橋を渡った。


上流を見てみると、川沿いの城壁の内側に円筒形の巨大な要塞が建っていた。


そこにも要塞に至る橋が掛けられていた。


「あの建物が王城ですね」


「へえ。真ん中じゃないんですね」


「ええ。王都は南北に延びてますが、南部に主要な施設が集まっています」


「なるほど」


千里眼でお城の様子を見ていたら、王城の頂上に剣を振りかざしている翼の生えた人型の銅像が建てられていた。


「銅像がありますね。翼が生えている」


「ええ。鳥の獣人の銅像です」


「へえ。鳥の獣人ですか。会ったことないですね。王族なんですか?」


「いえ。昔この国がなぞの伝染病で危機にひんした時に、知恵をさずけて王国を救った英雄だそうです」


「そうなんですね」


「その後、彼は姿を消したそうです。鳥の獣人はこの辺りには住んでいないですね。私も見たことはありません」


「そうですか」


「ちなみに、あの城の地下は監獄になっています。何でも美少女のゴーストが出るそうですよ」


「っ!?」(美少女!?)


「興味ありますか?」


「い、いえ」


「ですよね。すでにセイジ様には美少女のゴーストがいらっしゃると聞いております」


「そうなんです」


「行ってみますか?」


「え。王城の地下牢とか簡単に行っていい場所じゃないですよ」


「我々なら王城への潜入など容易たやすいと思いますが」


「そうかもしれないですけど。行かないという事で」


「わかりました。では入りましょうか」


僕たちは巨大な石造りの円筒状の塔に挟まれた城門をくぐり街の中に入った。


丘に囲まれた王都の街並みは、石造りの高層の建物が密集して建っていて狭く感じた。


門から続く石畳の本道は広かったが、脇道は細かった。


王都なだけあって人がたくさん歩いていた。


「中心地である広場に行きましょうか。そこに教会や冒険者ギルドがありますので」


「はい」


「ここには浴場がありますけど、セイジ様はお風呂好きですか?」


「え。浴場があるんですか。そういえば火山の国ですもんね。温泉くらいありますよね。お風呂は好きですよ。どんな浴場ですか?」


「王都の南端にありまして、昼過ぎにお風呂がいたと浴場の塔の鐘が鳴ります。料金は格安ですよ。貧富や種族に関わりなく誰でも入れます」


「へえ。鐘の音で教えてくれるんですね」


「巨大な浴場で男女混浴です。サウナとぬるめの浴室があります」


「っ!?」(混浴っ)


「浴場の外では食べ物やお酒、香水などを売る露天商が店を出していますよ」


「へ、へえ。香水があるんですね」


「はい。マゼンタ王国は香水が有名ですよ。貴族たちは入浴後、体に精油を贅沢に塗り込んでいるそうです」


「そうなんですね。ジュリさんに買って行こうかな」


「そうですね。ひとまず教会に向かいますので、途中で香水を買ってはいかがですか?」


「はい。そうします」


僕たちはジュリさんへのお土産みやげに香水を買うため途中で大通りをれ、薬草を取り扱う店やポーションを売っている店が立ち並ぶ通り向かった。


「この通りは錬金術関連の店が集まっています」


「そのようですね。香水も錬金術なのですか?」


「花にも魔力が強いものがありますので。弱ければただの香水ですけどね」


「そうですか。そうなると香水も魔道具ですね」


「はい。魔力を持った花粉や香りを使った魔法が存在します。緑属性の魔法ですね。草の魔獣や魔力の強い草が主な材料ですね。王都冒険者ギルドの掲示板にはそういった依頼がたくさんありますよ」


「なるほど。そうなんですね。緑属性の魔法はどういった魔法なんですか?」


「そうですねえ。草木を操ったり、香りを利用した精神の状態異常を相手に付与したりですかね。リラックス、催眠、眠り、混乱、親愛、惚れ薬、魅了などですか。他にも集中力、直観力、勇気の向上などですね。もちろんその逆の効果もありますが」


「なるほど。敵が使うとなかなか厄介やっかいそうですね」


僕たちは道を歩きながらいろいろなお店をのぞいて行った。


「セイジ様。どこのお店にしましょうか」


「僕が選んでもいいんですか?」


「ええ。セイジ様がジュリさんにおくる香水ですから」


「そうですね」


「そういえば、セイジ様は魔女に興味あるんでしたね」


「ええ、まあ。興味と言うかえんがあると言うか」


「ではあそこのお店にしましょう。案内します。自称魔女ですが。そこで香水も買いましょうか」


「え。魔女の店ですか。有名なんですか?」


「ええ。店の名が『魔女の店』ですから」


「なるほど」


僕は通りにある店の中で一際ひときわ古めかしいお店に連れて行かれた。


そのお店は木造で壁にはびっしりと草が生えていた。



店内に入ると棚があり、いろいろな香水が小瓶に入って並んでいた。


薬草や何かの丸薬や調合したハーブも別の棚に並んでいた。


「ジュリさんにはどれがいいかな。女性の意見をうかがってもいいですか?」


ローズマリーさんの意見を聞いてみた。


「そうですねえ」


ローズマリーさんが香水を手に取り品定しなさだめを始めた。


すると店の奥から若い女性の店員さんが現れた。


「いらっしゃいませ」


「っ!?」


女性は黒猫を抱きかかえていて、肩には小さい妖精さんが乗っていた。


「あんたかい、セイジって言うのは」


羽の生えた妖精さんが年寄り臭い口調で僕に話しかけてきた。


「何で僕を知ってるんですか?」


「魔女の間じゃ、ちょっとした有名人だよ」


「え?妖精さんは魔女なんですか?」


「そうさ。私が緑の魔女マイラさ。表向きはこの子が魔女さ」


(普通に名乗ってるな)

「そうなんですね。確かに4名ほど魔女さんに会いましたけど」


「そんなに会ったのかい。よく生きてたね」


「はあ。実際一度殺されるところでした」


「だろうね。ゆっくりあんたと話をしたいんだが色々立て込んでてね。忙しくていやになるよ。それで何を買いに来たんだい?」


「香水を女性に贈ろうかと」


「そうかい。それでどういう関係だい」


「え。え~っと。旅をした仲間です」


「手を出したいのかい?」


「え。いやいや。僕は旅を続けるのでお別れの贈り物です」


「そうかい。れ薬じゃないのかい。彼女の体調はどうなんだい?」


「え~っと、違う属性の魔力に触れたせいで体調を崩したりしましたね」


「なるほどね。じゃあ、精神と体内の魔力の流れを整える香水はどうだい」


「いいですね。それ頂きます」


「そうかい。マーニャ。ぼさっとしないで用意するんだよ」


肩に乗っている妖精の魔女さんが女性の顔をガシガシたたいた。


「はい。今、用意しますね。マイラ様はここに」


マーニャさんは妖精さんをテーブルの上に優しく置き、店の奥に向かった。


「まったく。呑気のんきな子だねえ」


「それで忙しいというのは?」


「ん?ああ。もうそろそろヴァルプルギスの夜の時期なんだよ。通知が来てね。久しぶりの開催だね。私は店の準備で忙しいんだけどねえ」


「そうなんですか。ところでヴァルプルギスの夜ってなんですか?」


「魔女のつどいの場だよ。主に古代魔法文明についての情報交換をしておる」


「そうなんですね」


「いままで私はヴァルプルギスの夜には参加して来なかったんだけどねえ。ある事がちょっと行きづまっててのう。仕方なく他の魔女の知恵を借りようと思ったのだ」


「そうですか。なぜ今まで行かなかったんですか?」


「何を代価に求められるか分かったもんじゃないからね。じゃが意地を張るのを止めたのさ」


「緑の魔女さんが求めている情報って何ですか?」


「私を元に戻す方法だよ。父親の国も探したいのだが、今更いまさら国に戻っても父親は生きていないだろうしな」


「え?魔女さん人間だったんですか」


「あんた緑の魔女の昔話を知らないのかい?私が妖精になる前は母が東方の国に戻る方法を探していたんだけどね。どこを探してもまったく見つからなかったんだよ。まるで世界が変わっちまったかのようにねえ」


「ああ。その話聞きました。マイラさんの母親の話だったんですね。ん?この話は大昔の話だったのでは?」


「そうさ。妖精に寿命はないのさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る