第120話 山岳要塞都市

僕が鎌鼬かまいたちから魔石と鋭い爪を採取したのち、僕たちは次の街に向かって歩きだした。


歩きながらローズマリーさんが、マゼンタ王国の魔獣の話をしてくれた。


「マゼンタ王国には何体かの魔獣が封印されている場所があります。例えば私たちがいる半島の中部には火山があるんですが、そこの頂上の地下には灰竜が封印されています」


「灰竜ですか。なぜ倒さなかったんでしょうか」


「封印されている魔獣は、大抵が不死か不死に近い魔獣ですからね」


「ですよね」


「他に封印されている有名なものだと鬼人がいますね」


「鬼人ですか。鬼人の国からやってきたんですか」


「いえ。その鬼人は東から来たようなので、容姿が似ているから鬼人と呼んでいるそうです。大昔に封印されたので、古すぎて詳細が伝わっていないようです。反対側の領地にも封印の地はあるそうですが、隣国との争いで領地を奪ったり奪われたりで資料が残っていないんです。忘れられた封印の地もあるのでしょうね」


「ずっと戦っているんですね」


「ええ。不毛なことです。そういえば半島の中部には精霊の王がいる森があります」


「精霊王ですか」


「中部にある王都に行く時にそばを通りますが、森に立ち入ることはないですね」


「はい。そうしてください」


「次の街で冒険者ギルドに寄りましょうか」


「え。僕は懸賞金が掛かっているんですよね」


「あれは帝国内のみです。そもそも冒険者ギルドは帝国騎士団など相手にしていませんよ」


「そうでしたか」


「帝国には戻らないのでしょう?でしたら何も気にすることはありません」


「そうですね」


「まあ。冒険者はセイジ様を狙うでしょうけど」


「え。駄目じゃないですか」


僕たちは休憩を挟みながら森に出来た道を歩き続けた。


「そういえばローズマリーさんたちは赤竜さんから給料をもらっているんですか?」


「当たり前です」


「そうなんですね。どうやって稼いでいるんですか?」


「倒した魔獣の素材を売ったり貴重な薬草を売ったり、ダンジョンの情報を売ったり様々ですね」


「ああ。そうですよね。色々な情報を持っていますもんね」


「はい。それに竜神教会ともつながっていますから、様々な地位や職業の人から情報が入ってきます」


「そうでしたね。赤竜さんが関わっているならジュリさんも安心ですね」


「セイジ様。竜神教会では寄付を受け付けているようですよ?」


「え。あ、はい。ジュリさんと会った時に寄付します」


僕たちが坂道を上っていくと川が見えてきた。


木で出来た橋を渡っているとき川の上流の渓谷を見てみると、岩山の斜面にたくさんの小さな洞窟が出来ていた。


「ローズマリーさん。あの穴は何かご存じですか?」


「あれはですね・・・」


ガサガサッ


ローズマリーさんが話そうとしたとき、草陰くさかげから魔獣が現れた。


それは、脚がたくさん生えた体長2mほどのオオトカゲのような魔獣だった。


体表は固い皮膚におおわれていて、日の光に当たって緋色ひいろに発光していた。


「何ですかあれ。足がいっぱいで気持ち悪いですね」


「あの洞窟はその魔獣の住処すみかです。名前は確かコクリコですね。近くにコクリコという村がありまして、その名を付けたようです。安直あんちょくですね」


「そうなんですか」


道に出てきたコクリコは、たくさんの脚を器用に動かして僕に近寄ってきた。


隣にいるローズマリーさんに反応はない。


(危なくないのかな)


するとジュルッと赤くて長い舌を速い速度で伸ばしてきた。


「!?」


僕はテレポートでその舌を避けた。


その舌からは熱気が立ちのぼっていた。


「コクリコは火属性です。高温で粘着質の舌で敵を捕獲ほかくし熱死させます」


僕が目の前からいなくなったので、コクリコはローズマリーさんに視線を向けた。


ドスッ


いつの間にかコクリコの体に漆黒しっこく短槍たんそうが刺さっていた。


コクリコはしばらく体をビクビク震わせた後、動かなくなった。


「ローズマリーさんの武器は短槍なんですね」


ローズマリーさんはコクリコの体から短槍を引き抜いた。


「ええ。服のそでに隠すことが出来て便利ですよ」


「そうですね。今まで全く気が付きませんでしたよ」


穂先ほさきはアイペックスの角と魔鉄を混ぜあわせて作ったものです。角は魔力が溜まる場所なので素材としてよく使われています。槍のの部分は魔樹の素材です。両方とも魔力が馴染みやすくて重宝ちょうほうしています」


「魔槍なんですね。格好いいです」


「ありがとうございます」


しばらく進むと丘の上に街が現れた。


その城壁に囲まれた街は何から何まで真っ白だった。


緑の森の中に真っ白な街がくっきり浮かび上がっていた。


街の中に入ると白いとんがり屋根と白い壁で出来た、円錐えんすいと円柱を組み合わせた家が立ち並んでいた。


街中はやはり道がせまかった。


「変わった建物ですね。それにしても壁が白い」


「この建物はこの地域特有のものですね。毎年、壁に石灰をってるそうですよ」


「そうなんでですね」


街の中心に向かって歩いて行くと一軒だけ薄茶色の建物が現れた。


その建物からも、とんがり屋根の塔が伸びていた。


「あれは竜神教会の建物ですね」


「なるほど。アルケド王国では竜神教会の建物は真っ白だったのに、ここでは薄茶色なんですね。そういえば帝国は桃色や白でしたね」


「マゼンダ王国でも基本は白ですよ。絶対に白でないと駄目というわけではないので」


「へえ。そうなんですね」


「教会の奥を見てください。あの建物が領主の城ですね」


街の中の高台に建てられている城は、高い壁に囲まれ8つの塔が建っていた。


「城と城壁は8角形に造られていて、城の建物のかどに塔が建っています」


「8角形ですか」


「領主が8が好きだそうで、ただそれだけの理由で造られたらしいですよ」


「そうなんですね。上から見てみたかったですね」


「そうですね」


「セイジ様。日も暮れそうですので今日はここで休みましょう」


「はい」


僕たちは宿屋に向かった。



宿屋に付き一階の料理屋でご飯を食べることにした。


「まだ日が暮れるまで少し時間がありますけど、セイジ様は冒険者ギルドに行きますか?マゼンタ王国に来て全く働いていないようですが」


「えっ?そういえばそうですね。僕、冒険者でした。冒険者ギルドに行ってみます」


「そうですか。ここから次の街に向かう時に出来る依頼などいかがでしょうか」


「なるほど。魔獣討伐や薬草の採取ですかね。護衛の依頼は時間的に無理でしょうからね」


「そうですね。配達の依頼などもあるかもしれませんよ」


「なるほど。探してみますね」

(そういえば赤竜さんからの指令がないな。帝国だけだったのかな)


「そうしてください」


「話は変わりますが、赤竜さんの地下のお城って僕たちが飛ばされた場所の火山の地下にあるんですか?」


「秘密です」


「そうですか」


食後、僕は一人で冒険者ギルドに向かった。


冒険者ギルドは竜神教会の隣にある3階建ての四角い建物だった。


(色は白いけど、とんがり屋根じゃないんだな。冒険者ギルドの建物はどこも同じじゃないといけないのかな)


僕は開けっ放しの入り口から建物の中に入った。


中に入ると僕の魔銀の義手に注目が集まった。


(透明にしておくんだったな)


室内を見渡してみると、ギルド内部の構造は他の国と同じだった。


僕はすぐに開示版がある壁際に向かった。


掲示板にられている依頼を見てみると、火象、火鳥、火狼など火属性の魔獣の名前が多く見られた。


(口や鼻から炎を吹く象、火を吐く鶏、蛇が尻尾の火狼か。火山地帯なだけあるな。あと岩豚って魔獣もいるな。イノシシやウサギなど普通の魔獣もいるみたいだけど)


依頼書の中に猫の魔獣もあった。


内容を詳しくみてみると、最近マゼンタ王国に現れた猫の魔獣で、アンデッドをむさぼる魔猫なので退治しないようにと書いてあった。


(へえ。体毛が黒で周囲に火の玉が浮いているのが特徴なのか。見て見たいな)


すると僕のお腹を通り抜けてレオナさんが現れた。


「うおっ」


思わず大声を出してしまい、ギルド内にいた冒険者の視線が集まる。


「あ。すみません。何でもないです。お騒がせしました」


(レオナさん。いきなり現れないでくださいよ)

(セイジ君。その猫さんに会ってみたいです~)

(そうですね。でもアンデッドを食べると書いてありますけど、幽霊も食べるんですかね。死肉かと思いましたが)

(どうでしょう~。会って確かめましょう~)

(いやいや。万が一レオナさんが食べられちゃたら困りますから。出会わないように気を付けます)

(そうですか~)


レオナさんは残念そうに魔術書に戻って行った。


僕は再び掲示板に目を向けた。


(あ。鎌鼬かまいたちもあった。爪が高額なのか。この国の冒険者はどうやって倒してるんだろ。まあいいか。僕じゃ見つけられないし。さて、どの依頼を受けようかな。道すがら遭遇した魔獣を狩ればいいか。お。ハリネズミの魔獣もいるのか)


結局、僕は依頼を受けずに冒険者ギルドを出て宿屋に戻った。




翌朝、朝食をとりながら今後の進路についてローズマリーさんから話があった。


「ここから山を下っていくと南部最大の都市に着きます。その途中で山岳要塞都市ラスティに寄ります」


「山岳要塞都市ラスティですか。どういった街なんですか?」


「断崖絶壁に囲まれた丘の上に出来た街です。丘の周りは、浸食しんしょくによってやや急斜きゅうしゃした斜面の谷になっています」


「え。どうやって街に入るんですか?崖を登るんですか?」


「いえ。街に通ずる尾根の部分に道が一本だけ整備されています」


「へえ。落ちたら危険ですね」


「そうですね。谷底に真っ逆さまです」


「何でそんな場所に街を造ったんですかね」


「安全だからでしょう」


「なるほど。丘の上にあれば魔獣に襲われにくいですね」


僕たちは街を出てラスティに向かった。




昼頃にようやく森を抜けると、突然目の前に深い谷に囲まれた街が現れた。


「うわー。すごいですね。絶景ですよ。あんなせまい丘の上にあるんですね。城壁も立派ですよ」


「そうですか?何で狭いところに住んでいるのか不思議です」


「そ、そうですね」


「斜面の木はオリーブの木ですね。街の特産品です」


「そうなんですね」


斜面にはオリーブ畑が広がっていた。


狭い尾根を登っていき、街の入り口で入場料を払い僕たちは街の中に入った。


街の建物は茶色の石のブロックを積み上げて出来ていた。


この街も道幅が狭かった。


道を歩いていると草木が多く生えていて、道端みちばた陶器とうきはちやプランターで育てられている花も頻繁ひんぱんに目に入った。


(この街の人は花が好きなのかな)



街の中央に竜神教会の建物が建っていた。


「お腹が好きましたね。軽く食べましょうか」


そう言ってローズマリーさんは料理屋の中に入っていった。


ローズマリーさんが注文した料理は野菜が入った麵だった。


「オリーブオイルをたっぷり使って野菜をいためて、トマトソースが掛かった麺と混ぜた料理ですね」


うどんのような麵が出てきた。


ローズマリーさんは地ビールを注文していた。


一口食べる。


(これは小麦でできているからパスタなのだろうか)


美味しかったです。


食後は街の観光をした。


僕たちは街の端である断崖絶壁に行ってみた。


深い谷の対岸に別の街が見えた。


「あそこに街がありますけど、あそこにも寄るんですか?」


「いえ。山を下り海に向かいますのであの街にはいきません」


「そうですか」


そこで一旦ローズマリーさんとは別れ、別々で行動することになった。


街の中を歩いていると地下へと続く穴がぽっかりと口を開けていた。


そこから冒険者らしき男たちが出てきた。


その手には巨大ネズミのような魔獣をぶら下げていた。


「見ねえ顔だが、あんちゃんもこれから地下洞窟にもぐるのかい?」


冒険者の男が僕に話しかけてきた。


「いえ。たまたまここにたどり着いたのですが、この洞窟は何ですか?」


「ん?あんちゃんこの街は初めてか」


「そうなんです」


「この地下洞窟はな。迷路のように広がっていてな。それを利用して色々な施設しせつを作ったのさ。地面をくりぬいた巨大な井戸や雨水をたくわえる貯水槽ちょすいそうやワイン貯蔵庫ちょぞうこなんかだな。墓地やゴミ捨て場もあるぞ」


「そうなんですね。街が狭いですもんね」


「ああ。でもな。洞窟のどこかが外とつながっているみたいでな。たまに魔獣が洞窟にまぎれ込んでくるんだよ。その魔獣を狩るのが地元冒険者の仕事よ。デカい奴は入ってこれないみたいだけどな」


「そうなんですね」


冒険者たちは意気揚々いきようようと冒険者ギルドに向かって行った。


僕は洞窟には入らず、街の中の散策を再開した。


すると石でふたをされた井戸を見つけた。


石の蓋の上には、陶器のプランターで育てられている花が置かれてあった。


紫陽花あじさいみたいな花があるな)


紫色の花が咲いている場所に行って鑑賞していると、近くにいた年配のご婦人が話しかけてきた。


「あんた冒険者かい?」


「はい。そうです。旅の途中で素晴らしい街があると聞いて寄りました」


「そうかい。嬉しいねえ。この街は食べ物くらいしか楽しみがないけどゆっくりしていっておくれ」


「食べ物は頂きましたよ。美味しかったです」


「そうかい。それはよかった。蜂蜜はちみつやトリュフが特産でね。お土産みやげにどうだい」


「いいですね。買ってみます。それにしてもこの街には花がいっぱいですね」


「ああ。街の外にはあまり出られないからね。楽しみが他にないのさ」


「なるほど。この紫の花、綺麗ですね」


「ああ。それはね。この国の花じゃないんだよ」


「へえ。そうなんですね」


「ああ。遥か昔、この国の魔女が東の何とかという国に行った時に持ち帰ってきたそうだよ」


「魔女!?」


「ああ。そこで男が出来て娘も生まれたそうだけど、その国で何やらかんやらがあったそうでな。国に戻ってきたのさ。その後、再び東に行ったけどその国にはなぜかたどり着けなくなったらしいのさ」


「はあ。そうでしたか。不思議ですね」

(何やらかんやらが聞きたいな)


「この街では有名な話さ」


「そうなんですね。魔女はこの国ではおそれられているのですか?」


「そんなことはないさ。昔、優れた知識でこの街の住民を助けてくれたとかで感謝されているさ」


(他の国とは印象がかなり違うんだな)

「そうなんですね。その魔女さんは生きているんですか?」


「どうだろねえ。私が生まれる遥か前の話だからねえ。でも魔女だから生きているかもしれないねえ」


「娘さんはどうしているんですか?」


「さあねえ。その後の娘の話は伝わって来てないからねえ。魔女をいだかどうかも知らないねえ」


「そうですか」


僕との会話に満足したのか、ご婦人はどこかに行ってしまった。

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