第119話 カマイタチ

「ほいっ」


赤竜さんがおもむろに投げてきた赤い塊は、悪魔の心臓だった。


僕はあわてて両手で受け取った。


「うわっ。また悪魔が帝国に現れたんですか?」


「ああ。セイジが極秘任務をしている間にいろいろあったのだ。アマンダ、聞かせてやれ」


「はい。帝都の地下墓地ダンジョンの依り代が何者かに盗まれました。恐らく悪魔の仕業しわざでしょう。よってダンジョンは崩壊しました」


「そんなことがあったんですか。あの骸骨がいこつの守護者が倒されたんですね。これは依り代を盗んだ悪魔の心臓ですか」


僕は手の中にある心臓を見た。


「違います」


「え」


「帝国の西部の森に、ゴールドブルー帝国の名の由来となったブルーゴールドという、青い金色に輝く目をした幻獣の魔狼がいるのですが、その魔狼にちょっかいを出した悪魔がいて帝国は大騒ぎになりました」


「え。そんなことがあったんですか」


「はい。その悪魔は魔狼に食われて殺されましたが、その戦いで魔狼が住む山の麓の街が滅びました」


「え。被害が甚大じんだいですね。その悪魔の心臓ですか」


「違います。悪魔の心臓は魔狼が食べました」


「ああ。そうですか」


「そうだ。セイジさん。帝国騎士団に魔女の共犯という事で懸賞金けんしょうきんが掛けられていますよ」


「ええっ。僕もですか」


「はい。セイジさんの冒険者ギルド会員資格は、はく奪されていません。賞金首ですが」


「・・・。そうですか。賞金首ですか」


「とあるダンジョンで領域の凝縮ぎょうしゅくが起こったのですが、霊体が宿った守護獣が大暴れしまして私たちが討伐に向かいました」


「おお。凄いことが起こってますね。あれ?赤竜さんは行かなかったんですか」


「赤竜様が行くまでもない霊体でしたので」


「そうなんですね」


「過保護なミドリならば行ったであろうが我は配下を信じておる」


「勿体ないお言葉」


「それでどうなったんですか?」


「そこに悪魔が現れまして三つどもえの戦いになりましたが、何とか我々が勝利しました」


「さすがですね。悪魔は何しに来たんですかね」


「どうやら依り代を奪いに来たようですね。凝縮が起こったのは偶然でしょうけど」


「霊体の抜けた依り代ですか」


「はい。霊体が成長しきるまで過ごした物質ですからね。最高品質の素材でしょうね」


「依り代は何だったんですか?」


「血です」


「血?」


「ええ。ダンジョンは地下に埋まった遺跡だったのですが、依り代が容器に入った血だったのです」


「へえ。固まってたんですか?」


「いえ。サラサラです。魔力も豊富に含まれていましたので人間や獣人ではないですね。現在調査中です」


「そうなんですか。結局これはその悪魔の心臓だったのですね」


「はい。その悪魔はたかの頭と翼を持つ姿をしていて、腐敗を付与した魔力の矢の魔法を使っていました」


「そうなんですか」


僕は鷹の悪魔の心臓に魔剣『白妙しろたえ』を突き刺し魔力を吸収した。


話が一段落したところで赤竜さんが人を呼びこんだ。


「ローズマリー」


「はい。ここに」


玉座の間に灰褐色はいかっしょくの髪色をした獣人の女性が入ってきた。


「しばらくこの男と行動しろ」


「はっ」


ローズマリーと呼ばれた女性が僕の前まで来た。


「初めましてセイジ様。ローズマリーと申します。アイペックス獣人です」


小柄なローズマリーさんの頭から、2本の太くて長いごつごつした漆黒の角が後方に反り返って伸びていた。


「すごい角ですね」


「はい。重くて大変です。アイペックスとは山岳性ヤギの一種です。よろしくお願いします。何でもお申し付けください」


「はい。よろしくお願いします」


僕はアマンダさんに向かって言った。


「アマンダさん。今までありがとうございました。いろいろ助かりました」


「いえ。こちらこそありがとうございました。気を付けて旅をしてください。ローズマリーをよろしくお願いします」


「はい」


挨拶あいさつんだな。東に行くのだったな。適切な場所に飛ばしてやろう」


「ありがとうございます」


すると僕とローズマリーさんの足元におなじみの魔法陣が展開され、僕たちは転移した。



僕の目の前には海が広がっていた。


僕のすぐ先で大地は途切れ、そのはるか下に海面があった。


どうやら海が望める崖の上に転移してきたようだ。


背後を見ると円錐形えんすいけいの山がそびえ立っていて、山肌がむき出しで至る所から噴煙ふんえんが立ち上っていた。


草木はなく大きな岩や砂利が辺り一面に広がっていて、道らしきものはなかった。


「火山ですか。ここはどこですかね」


「ここは細長い半島の南端ですね」


「という事は」


「東にある隣の国に陸路で行くなら一番遠い場所です」


「・・・」


「湾ですから海を越えていけますよ」


「始めから国境の街に飛ばしてほしかったですね」


「海を越えていくんですか?赤竜様はこの国を観光していってほしいのではないですかね」


「そうでしょうか。あんまり人間に興味なさそうですが」


「私を案内役に付けたという事はそういう事でしょう」


「そうですね。では早速ですが近くの街まで案内してくれますか」


「はい。あちらを見てください。街が見えます」


ローズマリーさんが指さした先には、橙色だいだいいろの屋根と真っ白な壁の石造りの建物が立ち並ぶ街があった。



街を目指して山を下っていると重大なことに気付いた。


「あれ?ジュリさんがいませんが」


「そうですね。彼女は竜神教徒になるそうですから、直接竜神教会に飛ばされたのでは」


「え。そうなんですか。まあ、僕と旅する必要はないですけど、別れのあいさつをしたかったですね」


「でしたら会いに行きましょう。半島の中部にマゼンタ王国竜神教会の本部があります。そこには我々の仲間もいますから、きっとそこにいることでしょう」


「そうですか。お願いします。結局マゼンダ王国を旅することになるんですね」


ローズマリーさんが立ち止まり振り返って言った。


「ここは暗黒大陸に一番近い場所なんですよ。山の向こう側ですけどね」


「そうなんですね」


「だから海を渡って攻めてくるので、この地域の支配者がころころ変わってますね。領主の兵だけでは守り切れませんからね。王都から遠いですし」


「東の国とも争ってるので大変ですね」


「そうですね。街道の整備には力を入れているようですけどね」


「そうなんですか」


僕はローズマリーさんにマゼンタ王国について聞いてみた。


「マゼンタ王国ってどんな国ですか?」


「半島は温暖で乾燥していますね。オレンジ、オリーブ、ブドウ、レモンなどの果物の栽培が行われています」


「へえ。果物ですか」


「北部では稲作が行われています」


「えっ。お米があるんですか?」


「はい。お米を知っているんですか?この辺では珍しいのですが。少し前、東方の国を訪問したマゼンタ王国の商人が持ち帰ってきました」


「知ってますよ。僕、大好物です」


「そうなんですね。コメは高級食材なんですが、セイジ様はお金持ちなんですね」


「え。高級品なんですか」


「ええ。竜神教会が主導して稲作の研究を行っています。持ち込まれたコメは薬や香辛料やお菓子の材料として使われています」


「え。そうなんですか」


「はちみつより高価なんですよ。北部に着いたら食べましょう。セイジ様のおごりで」


「はい。楽しみですね」


「それにこの地域は漁業と製塩業が盛んですね。海の近くには塩田えんでんがありますよ」


「そうなんですか」


僕は塩田を探そうと海岸に近い土地を見てみたがよくわからなかった。


「今の時期は塩田に海水を引き入れただけですから、塩は見えないと思いますよ。乾燥させないといけませんからね。塩が結晶化するのは半年後の9月から10月頃でしょう」


「そうなんですね。勉強になります」



しばらくして僕たちは海に面した街にたどり着いた。


森と城壁で囲まれた街の中には大きな岩山があり、頂上には竜神教会が建っていた。


街の中は建物が密集していて道幅が狭かった。


「この街は領地の東端にあります。西端に領都があり強固な城壁を築いて暗黒大陸の侵攻に対してそなえています」


「なるほど」


「ここの領地は中央に火山があるせいで海沿いに街がいくつもあるんですけど、ここが一番小さいんです」


「そうなんですか。でも活気がありますね」


砂浜近くの広場に出ると市場が開かれていて海産物や野菜、果物などが売りに出されていた。


僕たちは街を観光してそのまま外に出た。


「次の街で今日は休むことにしましょう」


「はい」


街を出ると森の中を整備された道幅の広い街道が伸びていた。


「随分立派な道ですね」


「はい。暗黒大陸の国に対抗するために整備されましたので」


「なるほど」


僕たちは次の街に向かって歩き出した。


「マゼンダ王国にはどんな魔獣がいるんですか?」


「南部と北部とでは属性が大きく違いますが、基本的には周辺国と大差ないですよ」


「そうですか」


「南部は火属性の魔獣が多いですね」


「火山地帯ですもんね」


「私の先祖であるアイペックスと言う動物は、北部の山岳地帯に生息してます」


「そうなんですか」


「北部やドワーフ王国の山岳地帯には様々な獣人が集落をつくってますよ。もちろんアイペックス獣人もです」


「へえ。そうなんですね」


すると腰に巻き付いていたランが念話を飛ばしてきた。


(ワタシ、せっかく火属性を手にいれたのにセイジ様を手伝えなくて残念です)

(ラン。ありがと。僕の身を守ってくれるだけで助かってるよ)


ランは僕の腰に巻き付くのが気に入ったらしく、魔人国から離れても尻尾を垂らさずに巻き付いている。



しばらく歩いていると、海と山の間の狭い平地に街が出来ているのが見えた。


その山の頂上に石造りの城が建っていた。


街は城壁で囲まれており、その周囲に果物の木が植えられていた。


「あれはレモンの木ですね。この地域の特産品です。まだ時期ではないので実はなっていませんが。トマトもおいしいですよ」


「そうなんですね」


街の中に入り宿屋にある料理屋で食事をすることにした。


「セイジ様。何か食べたいものありますか?」


「全く分からないんでローズマリーさんが選んでくれませんか?」


「わかりました」


ローズマリーさんが注文したのはトマトなどが入った甘酸っぱい野菜の煮込みと

チーズとトマトを塩、胡椒こしょうで味付けした料理とトマトソースとチーズやエビが乗った厚い生地のパンだった。


料理にはカラフルな陶器のお皿が使われていた。


「美味しそうですね。トマトがたっぷり使われてますね」


「そうですね。もしかしてトマトお嫌いでしたか?」


「いえ。好きですよ。ローズマリーさん、その飲み物は何ですか?」


赤いコップに何かがそそがれていた。


「私はレモン酒を注文しました。セイジ様はお酒をし上がらないと聞いてましたが」


「はい。僕はいつもこれなんです」


僕はひょうたんを取り出した。


「それは水筒ですか?」


「まあ、そうですね。薬草入りの水です」


「薬草ですか。そういえばセイジ様は薬草にお詳しいのでしたね」


「はい」


「このチーズは家畜化した水属性の牛の魔獣の乳から作ったそうですよ」


「へえ。そうなんですね」


「半島の中部の湖に棲息せいそくしています。冒険者が依頼で狩りに行っていますよ」


「強いんですか?」


「そうですね。角も大きいですし力もありますし水属性魔法も使いますので、そこそこ強いですね」


「なるほど」

(ローズマリーさんがどれくらい強いかわからないけど、アマンダさんと同じくらいだったらその牛めちゃくちゃ強い可能性があるな)


「そういえばローズマリーさんは、赤竜さんのお城に戻ったりするんですか?」


「いえ。赤竜様から一緒に行動せよとの指示をうけましたので戻りません」


「そうですか」


食事を終え僕たちは別々の部屋を取り宿に泊まった。



翌朝、僕たちは次の街を目指して歩き出した。


「次の街に面白い城があるんですよ。ぜひ見ていただきたいです」


「へえ。そうなんですか。楽しみですね」


街から伸びる街道は海から離れ丘の上に続いていた。


「街道は海沿いじゃないんですね」


「はい。しばらく行くと断崖絶壁が続く岩だらけの高台になってまして、広い街道を整備出来なかったようですね」


「なるほど」


森の中のなだらかな坂を登っていると、突然不可解な出来事に襲われた。


ブシャッ。


僕のズボンが裂け左太ももから血が噴き出した。


「おあっ!?いつの間にか出血してるっ」


鎌鼬かまいたちですね。セイジ様お気づきになられていない?」


「え。あ、はい」


「傷は鋭く深いそうですから今すぐ処置をお願いします。ポーションくらい持ってますよね。私が周囲の警戒をしますので」


「はい。わかりました」


ローズマリーさんが辺りを見回す。


(危機察知が働かなかったな。攻撃が特殊なんだろうか)


僕はリュックからひょうたんを取り出しポ-ションをぶっかけた。


「あれ?それは水筒ではなかったのですね。ポーションを飲み水代わりにしていらしたのですか。流石さすがです」


「はい。そうなんです。実はポーションなんです」


「アマンダからセイジ様はお強いと聞いていたものですから、私が手を出すまでもないと鎌鼬を放っておいたのですけど。次、襲ってきたら私めが倒しても構わないですか?」


「・・・。お願いします」


傷口を見ると裂かれた肉は魔力でふさがれ、青く光っていた。


無事回復したようだ。


僕は立ち上がり周りを見た。


「全然痛くなかったんですけど、なぜでしょうか」


「何故かはわかりませんが、風属性魔法にそういう魔法が付与されているのでしょう。赤竜様の配下に鎌鼬に傷を負わされた者がいないのでわかりかねます」


「そうですか」


何も起きなかったので再び僕たちが歩き出した。


すると、突然ローズマリーさんが空中を殴ったかと思ったら、何かがつぶれた音がした。


グシャッ


地面にイタチらしき動物が落下した。


「おお。これが鎌鼬かまいたちですか。全然見えなかったですね。両手の爪が大きく鋭いですね。こんな魔獣もいるんですね」

(流石に手に鎌はついてないか)


「この魔獣はどこからか流れてきた魔獣ですね。暗黒大陸や東の国など戦争以外でもいろいろと交流がありますので、その時に紛れ込んだりしているようです」


「そうなんですね」

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