第118話 マゼンタ王国

僕たちは少女の石像から離れ、しばらく空を飛んで移動したところで休憩をすることにした。


「そういえば、お土産みやげに食べ物をもらってました」


「お土産ですか?」


僕はリュックから木箱を取り出した。


「はい。ジュリさんは覚えているか分かりませんが、ジュリさんを救出した場所にあらわれた魔女さんにいただきました」


「ああ。あの場所ですか。申し訳ございません。誰かがいたことは覚えているのですが、記憶がおぼろげでして」


「気にしないでください。では食べましょうか。何が入ってるんだろ」


木箱を開けてみると白いお団子が10個入っていた。


「何だこれ」


ジュリさんものぞき込んできた。


「なんでしょうか。白パンですかね。焼くのでしょうか。あ。セイジ様。ふたの裏に何か書いてありますよ」


見ると蓋の裏に紙が張り付けてあった。


「あ。本当だ。読んでみますね。『海底洞窟の古代魔法文明の遺跡で手に入れた白砂を丸めたものです。食べてください』・・・え。あれ食べられるの?」


「海底神殿の白砂って依り代の部屋にあった砂ですよね。食べられるんですか?」


「どうなんでしょう」


僕とジュリさんは顔を見合わせた。


「私が食べましょうか?興味あります。それに私、不死身ですから」


金魔猫のココさんが僕に近寄って来て、白い団子の匂いをいでいたが、食べることなくジュリさんの元に戻っていった。


「いやいや。ジュリさんに得体のしれない砂を食べさせるわけにはいきません。これは僕がもらったものですから僕が食べてみます」


僕はお団子をつかんだ。


ムニムニしている。


僕は意を決し、お団子を口に運んだ。


もきゅっ。もきゅっ。


お団子をむたびに、口の中でもきゅもきゅと音がする。


ごくん。


「どうですか?」


「面白い食感ですが、味は無味無臭ですね」


「そうですか。私も味見しても?」


「いやいや。まだ安全が確認できません。しばらく様子を見ましょう」


僕はひょうたんを取り出しポ-ションをがぶ飲みした。


その時、僕たちの目の前の地面に魔法陣が展開され、アマンダさんが出現した。


「アマンダさん!?」


「お久しぶりです。セイジさん。赤竜様がお待ちです」


「え。そうですか」


「!?」


アマンダさんが短杖たんじょうを持って近づいて来た。


「赤竜様のお城の飛びます」


「え。はあ。あ、ちょっと待ってください。ジュリさんも一緒でいいですか?」


かまいません」


「赤竜様!?赤竜様にお目にかかることが出来るのですか?何という事でしょう」


ジュリさんは衝撃のあまり急に立ち上がってしまい、ココさんを振り落としていた。



僕たちはアマンダさんの転移魔法で赤竜さんのお城に到着し、その足で玉座の間に向かった。


「セイジ様は赤竜様のお知り合いだったのですね」


ジュリさんがそわそわしながら僕に話しかけてきた。


「そうなんですけど、僕は赤竜さんが竜になったところは見てないですよ」


「そうですか。それにしても、このお城をおおう魔力が赤竜様の魔力なのでしょうか。セイジ様にまとわりついている魔力に似てますね」


「そうなの?赤竜さんに魔道具をもらったから、それのせいかもしれない」


僕は右足に装備しているアンクレットをジュリさんに見せた。


「えっ!?その魔道具は赤竜様から下賜かしされたものなのですか!?もしかしてセイジ様は赤竜様の関係者なのですか?」


「え。いや違いますよ。さっき言った通り、ただの知り合いです。なぜか手伝いをすることになってしまって」


アマンダさんに案内され僕とジュリさんは玉座の間に入った。


ジュリさんは赤竜さんの姿を見た瞬間、くずれるように両膝りょうひざをつき両手を組んで涙を流していた。


金魔猫のココさんもジュリさんの横で姿勢を正して座っていた。


赤竜さんはそんなジュリさんたちに全く興味がないようで、僕を見て話しかけてきた。


「セイジよ。よくぞ戻った。極秘任務は果たせたか」


極秘任務が何かわからないが、僕が海底神殿と魔人国で経験したことをすべて話した。


「そうか。海底神殿に我が支配地の依り代を設置したのか。それと魔人国と巨人族、それぞれの内紛か。それにエルフと魔女か」


「はい。魔人国や巨人族の内紛はしばらく続きそうです」


「なるほどな。それにしても魔人国に吸血鬼がいたのだな。確か吸血鬼の国が北東にあったな。アマンダ、我の配下にいたか?」


赤竜さんがそばに控えるアマンダさんに聞いた。


「いえ。所属しておりません」


「そうか。ああ、ミドリの所にいたな。セイジ。ご苦労だった。面白い話が聞けて満足だ」


赤竜さんの興味深そうな視線が僕の右腕に移動した。


「その右腕が魔銀の義手か。なかなかの一品いっぴんに見えるな。どれ、貸してみろ」


「はい」


僕はアマンダさんに魔銀の義手を渡し、アマンダさんが赤竜さんに手渡した。


赤竜さんは魔銀の義手を受け取ると右腕に装着した。


「なるほど。どれどれ。魔力をめてみるか」


すると魔銀の義手がみるみる熱を持ち炎が噴き出した。


「おお。魔力がなめらかに伝わるな。これくらいにしておくか。魔銀がとけるかもしれないからな。返すぞ」


赤竜さんが真っ赤に熱せられた魔銀の義手を投げてきたので、超能力で操作し空中で制止させた。


(あぶないなあ。まったく)


ふと魔銀の義手を見ると、空洞部分に紋章が刻まれていた。


(あれ。こんなところにもあったんだ。気付かなかった)


ようやく赤竜さんが僕の隣にいるジュリさんに視線を向けた。


「聖女ジュリとやら。お前は予知夢を見るらしいが最近は何を見たのだ?」


「はい。それが魔人国に連れて行かれ邪属性の魔力でこの身がむしばまれて以来、予知夢を見ることがなくなりました。もう竜神様の声を聴くことができなくなってしまったようです。もはや聖女ではありません」


「そうか。それは残念だな。それでお前は今後どうするつもりだ」


「はい。再び竜神様のお声を聴くことが出来るかどうかわかりませんが、正式に竜神教徒になり竜神教会で働こうと思います。未来の分からない人生が楽しみです」


「なるほど。おぬしは帝国では追われる身であろう。行く当てはあるのか?」


「いえ。これから考えようかと思います」


「だったらマゼンタ王国はどうだ。帝国に近く文化もそれほど違わないので苦労も少なかろう」


「マゼンタ王国。帝国の東にある国ですね。赤竜様のご指示であればそこに向かいます」


「うむ。セイジはどうする」


「僕も東に向かいたいと思います。帝国に来たのもそのためですから」


「そうか。む?セイジ、精霊を手に入れたのか?エルフに会ったとは聞いたが」


「え?いえ。霊体さん以外いませんよ」


「おぬしのリュックに入っている水属性の魔石を見てみろ」


僕はリュックを開け青い魔石を手に取ってみると、中からウンディーネさんが現れた。


「あ。何でいるんですか?エルフのエマさんのウンディーネさんですよね」


ウンディーネさんは赤竜さんを見るとすぐさま魔石の中に入っていった。


「精霊の通り道か。どうやらエルフの持っている魔石とセイジの魔石との間に道が出来ているようだな。魔力の満ちた世界では精霊にとって距離など関係ないのだ」


「はあ。そうなんですか。そういえばこの魔石にウンディーネさんが一度だけ入りましたね」


「エルフが入らせたのであろう」


「はい」


「その魔石を持っている限り、ウンディーネがお前の居場所を把握はあくできるという事だ」


「え。やばいですね」


「そうでもなかろう。エルフは歩いて来なくてはならんのだ」


「そうですね。では僕たちマゼンタ王国にお邪魔しますね」


「ここはもうマゼンタ王国だぞ」


「あ。そうでしたか。赤竜さんのお城はマゼンタ王国にあるんですね。ここから外に出たらいいんですか?」


「外は地下洞窟だ。王都近くまで我が転移で飛ばしてやる」


「ありがとうございます」


「今日は我が城で休め。長旅の疲れをいやすがよい」


「はい。助かります」


「赤竜様。感謝いたします」


僕とジュリさんは、アマンダさんに別々の部屋に案内されて休むことになった。



次の日の朝、僕とジュリさんはまた玉座の間におもむいた。


「旅立つ二人にマゼンタ王国について話しておこう」


「はい」


「ありがとうございます。赤竜様」


「マゼンタ王国は二つの半島を支配している。海の南東に突き出した細長い半島とその東の広大な逆三角形の形をした半島だ。その間に細長い湾がある。東には超巨大な湖と大きな湖があり、それらを繋ぐ川が海に流れている。まあ川と言うか海峡だな。その海峡は国境線でもある。そしてマゼンタ王国は火山の国だ」


「そういう形の国なんですね。それにしても火山ですか」


「マゼンダ王国は長い間、二つの海峡をへだてた東にある国と戦争状態にあるようだぞ。竜神教ではない大国だ。名をスカーレット帝国という」


「え。そうなんですか」


「我は人間どもの争いに興味はないので、どちらが勝とうが構わない。ちなみにスカーレット帝国とは、二つの巨大な湖と海のせいで細長い陸地でせまい海峡をはさんで隣り合っている。マゼンダ王国はそこの海峡沿いに長城を造っている。スカーレット帝国はマゼンダ王国やゴールドブルー帝国などと比べて異質の文化を持っておるぞ」


「そうなんですね」


「北にはドワーフの王国がある。けわしい山しかないところだ。ドワーフは地下に住んでいて、地上には獣人の集落がいくつかある。アマンダもそこの出身だ。北東ではさっき言った吸血鬼の国、ロイロー王国と接している」


「マゼンタ王国と吸血鬼の国とはどういう関係なんですか?」


「特に問題はないようだぞ」


「そうですか。なぜスカーレット帝国とマゼンタ王国は戦っているんですか?」


「単なる縄張り争いだろ。しかし長年争ってはいたが、最近はスカーレット帝国の東にある死の大地から死者の軍勢が襲ってきていてな。スカーレット帝国はそれどころではないようだがな」


「え。死の大地からですか」


「そうだ。死の大地で何が起こっているかまでは我は知らん。興味がないしな」


「そうなんですね」


「それに海の向こうの南の大陸『暗黒大陸』の海洋国家アメシストとも戦っておる」


「え。大変ですね」


「その海洋国家アメシストはゴールドブルー帝国と接している獣人国家とも戦っている」


「はあ。暗黒大陸とは近いんですね」


「そうだな。細長い半島の先が暗黒大陸と最も近い。暗黒大陸との間に島もあるしな。今はその島はマゼンタ王国が支配している。半島の南に行く時は海洋国家との争いに巻き込まれることも覚悟せよ」


「はい」


「マゼンタ王国を旅するなら案内人を付けるがどうする」


「アマンダさんじゃないんですか?」


「アマンダはゴールドブルー帝国担当だ」


「そうですか。それではお願いします」


「うむ。貴様らがここを出るときに紹介しよう」


「ありがとうございます」


「何か質問はあるか?」


「え。え~っと。では、赤竜さんの国に魔女はいるんですか?」


「魔女?まず魔女とは何だ」


「え。そう言われると何なんでしょうね」


「ミドリは何と言ってた?」


「ミドリさんとは会ってないです」


「そんなはずはない。思い出せ。全身に宝石を身に着けた緑色の髪の毛で、我のような竜の鱗を持った者だ」


「いえ、会ってないですね」

(全身に宝石を身に着けた黒髪女子高生ならいましたけど)


「あいつ。まさか変身していたのか」


「はあ、変身ですか」


赤竜さんが横に控えているアマンダさんに話を振った。


「アマンダ。魔女を知っているか」


「はい。ゴールドブルー帝国にも数名います。高度な知識を持ち魔法にけた女性です。確かマゼンタ王国にも自称『初めて空を飛んだ魔女』など数名がいるそうですよ」


「そうか。魔法使いの女か。マゼンタ王国の魔女については案内人に聞け」


「わかりました」

(魔女さんにはあまり関わりたくないな)


赤竜さんが床に置いているリュックに目をやった。


「セイジ。霊体が吐き出した魔力の塊が増えている様だが、使ってないのか?」


「はい。使い方が分からくて」


「悪魔の魔力だよな」


「はい」


「悪魔が使っていた魔法を発現させることが出来るはずだ」


「なるほど。でも使う前に倒した悪魔がいるんですが」


「それは知らん。自分で邪属性魔法を勉強するのだな」


「はい。そういえば魔人国は邪竜を探しているようですよ」


「そうなのか。邪竜は暗黒大陸のどこかにいると思うが。探してどうするんだろうな。魔人国は邪竜の支配地であり影響下にはあるが」


「交流はないんですか?」


「邪竜は暗黒大陸にあった古代魔法国家群を滅ぼした後は姿を見せてないな。流石の我も他の竜の支配地の状況はくわしく知らないな。魔人国は悪魔が我が領地に入ってきているから少し情報が手に入ったが」


「そうなんですね」


「暗黒大陸には広大な砂漠が広がっているそうだ。姿が見えないという事は、その砂漠の地下で寝てるかもな」


「砂漠ですか」


「砂漠を越えた暗黒大陸の南部にはダークエルフが住んでいるらしいぞ」


「おお。ダークエルフ。赤竜さんの領地には来ているんですか?」


「たまに来ているな。海洋国家アメシストとダークエルフの国の関係はよくないみたいだがな」


「そうですか。赤竜さんを探しに誰か来たりしないんですか?」


「現存人類の祖先である古代魔法国家群を滅ぼした我を探しに来るような奴はいないと思うが」


「竜神教徒もですか」


「わしは竜神ではないしな。ここに来られてもな。まあ、ここにはたどり着けないだろうがな」


「つまりマゼンタ王国や周辺の国には赤竜さんの存在は知られていないという事ですか?」


「だろうな。しばらく姿を見せていないからな。これからも当分は外には出ないだろう。我が戦う相手はしばらく出てこないだろうからな」


「はあ。誰と戦う予定なんですか?」


「我が配下が勝てぬ守護者に宿った霊体しかあるまい」


「なるほど」


「そうだ。これを受け取れ」


赤竜さんがおもむろにどこからか取り出した赤い塊を投げてきた。

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