第117話 帝国への帰還

星空が雲に隠され真っ暗な闇の中、空を飛んで進んでいると前方にポツンとあかりが現れた。


(火の玉?)


そのまま近寄ってみると、火の玉の横に空中に浮かんでいる女性がいた。


暗闇と炎のあかりで分かりづらいが、その人はおそらく灰色の肌で赤毛の大人の女性だと思われる。


「こんばんは」


外側が真っ黒で内側が真っ赤な生地きじのローブを羽織はおった女性が、りんとした声で話しかけてきた。


取り合えず挨拶あいさつを返す。


「こんばんは」


「緊張しないでいいわ。私は吸血の魔女の持ち主だよ」


「えっ」


「下には死者の街があるわ」


僕は下を見たが真っ暗で何も見えなかった。


「ここは吸血の魔女さんの家の近くですか」


「そう。あなたが近づいて来ているのが分かったから、これを渡そうと思って」


彼女が指輪を渡して来たので、僕は思わず受け取った。


その黒い指輪に宝石はなく金属だけで出来ていて、台座の部分はたいらになっていた。


「この指輪は何ですか?」


「お守りのようなものよ。あなたを守るってマルティナが約束したからね」


「はあ。そうですか。それにしてもマルティナさんをモノあつかいしていますけど、なぜですか?」


「ん?気にさわったかい?言い方を変えようか。保護者、は彼女の方か。主人あるいは契約者かな」


「契約者・・・。もしかしてマルティナさんは古代魔法文明のゴーレムなんですか?」


「そうだよ。そういえば、君は他の魔女のゴーレムを見たことがあるんだったね」


「はい」


「アレは本当によくできたゴーレムだよ。古代魔法文明の魔法技術力は異常だね。生きているように見える。ゴーレムなのに自分で考えて行動している。そして人生を楽しんでいる。一体どういう仕組みなのだろうね。非常に興味深いよ。しかも無敵。特定の相手に攻撃は出来ないけどね。その代わり主人である私を守ってくれる。おかげで私も無敵だよ」


「ん?という事はあなたが本物の吸血の魔女ってことですか?」


「まあ。それでもいいよ。あの子は我が家系で代々だいだい受け継がれてきたゴーレムなの。今までのすべての情報が蓄積ちくせきされているのよ」


「代々。あなたの親も魔女だったんですか?」


「それは違うわ。資格はあったけどね。その頃は魔女とは呼ばれなかったから」


「そうなんですか。マルティナさんは長生きなのですね。それにしてもほとんど人間と区別できませんね」


「でしょ。最初の頃はそうでもなかったみたいよ。アレは成長するの」


「そのようですね。そういえば、あなたが街を滅ぼしたんですよね」


「そうよ」


「なぜか聞いていいですか。マルティナさんによると約束を守らなかったからと言ってましたが」


「魔人国初代国王が魔女に手を出すなと言う布告ふこくを出した。そしてあの街を治める代々の領主と私は、お互いの行動に干渉しないという約束をしていたの。でもね、代を重ねるにつれその約束が守られなくなってきてね。あるとき私が巨人族と取引していたことを知った街の領主が、私をつかまえようとしてきたのよ。まあ、それ以前にも色々諍いさかいがあったんだけどね。私の方が先にこの場所に住んでいたのに後からやって来てごちゃごちゃ五月蠅うるさくて。農作物の不作は魔女のせいだとか、怪しげな薬を売っているだとか、巨人族の仲間だとか。いい加減面倒くさくなってね。滅ぼすことにしたのよ」


「そうだったんですか。何で巨人族との取引がバレたんですか?」


「エルフでしょうね」


「エルフとの関係はどうなんですか?」


「エルフとも取引しているわよ。魔女のことを話したのも世間話程度の感覚なのでしょうね」


「なるほど。なぜあなたではなくマルティナさんが吸血の魔女と呼ばれているのですか?」


「私は人前に出ることが嫌いでね。交渉事はすべて彼女にまかせているからね。私の存在を知っている人はいないんじゃないかしら。日の光も邪魔だし。街を滅ぼしたのもマルティナの仕業しわざという事になってるから」


「はあ。そうなんですか。日の光が邪魔とはどういう意味ですか?」


「私は吸血鬼だもの」


「え」


彼女の目が赤く光ったような気がした。


「光が弱点なんですか?」


「弱点ではないわ。夜の方が能力が上がるというだけよ」


「そうなんですか。そういえば魔女の服装が他の魔女さんたちとは違うようですが」


「三角帽子とかダサくてかぶれないわ」


「そうですか」


「あなたに私の名を教えておくわ。我が名はマライヤ。その指輪のことを聞かれるか、吸血鬼の国に行くことがあれば、我が名を使いなさい」


「はい。ありがとうございます」(行かないと思いますけど)


「最後に何か聞きたいことあるかしら?少しだけあなたに時間をあげるわ」


「ありがとうございます。それでは、マライヤさんは何で魔人国に来たんですか?」


「もちろん古代魔法文明の遺跡が目当てよ。この島には他に魔女がいなかったことも都合が良かった。私の国には状態のいい古代魔法文明の遺跡が無くてね」


「なるほど。吸血鬼の国ってどんな国ですか?国民が全員吸血鬼ですか?」


「違うわ。魔人国で言えば悪魔みたいなものね。王侯貴族を吸血鬼が占めているわ」


「そうなんですね」


「そうそう。マルティナから君にお土産みやげを預かってるわ。はいこれ」


僕は吸血鬼マライヤさんから木の箱を受け取った。


「何ですかこれ?」


「食べ物だそうよ。落ち着いたら食べてください、だそうよ」


「はあ。ありがとうございます」


「さて。もう用件は終わったわ。では。さようなら」


「はい。さようなら」


マライヤさんがマントをひるがえすと一瞬で姿が消えた。


火の玉も消えていて、辺りは再び暗闇に包まれた。


僕は受け取った指輪を左手の人差し指にめて、魔人国王都に向かって飛んだ。



休みなく空を飛んだおかげで、日が昇る頃に魔人国の王都に到着することが出来た。


途中で休んでも良かったけど、悪魔の少女ローザさんやエルフの皆さんが追ってくるかもしれないので急ぎたかった。


王都近くに来た所で透明化し、ジュリさんがいる宿屋に向かった。


(まだ泊まっているのかな。移動してたら探しようがないよ)


宿屋に着いたので、僕は外からジュリさんがいる部屋を窓からのぞき込んだ。


部屋の中にはジュリさんと金魔猫のココさんがいた。


た。よかった)


ココさんがこちらを見た。


気付いてくれたようだ。


僕は室内にテレポートし姿を現した。


「きゃっ」


ジュリさんがめちゃくちゃ驚いて、ベッドの上で飛び跳ねていた。


「すみません。セイジです。お待たせしてしまいました」


「い、いえ。こちらこそお恥ずかしい姿をお見せしました。白蛇さんに事情は聞いております。厄介やっかいごとに巻き込まれたそうで」


「はい。体調はどうですか?できればすぐに魔人国から離れたいのですが」


「はい。体調はかなり回復いたしました。帝国に向かいましょう」


ジュリさんはベッドから立ち上がった


すぐさまココさんがジュリさんの頭に登った。


「失礼します」


僕はジュリさんの手を取り宿屋の外にテレポートし、海底神殿の洞窟に向かった。


僕はジュリさんに帰り道について聞いてみた。


「洞窟を通りますか?それとも海の上を行きますか?」


「そうですね。海の上でお願いします。私は魔女と疑われ追われる身です。もう帝国で人がいる場所には近づけません」


「そうですか。わかりました」


僕は海底神殿には向かわず、別の海岸から帝国に行くことにした。


「ジュリさん。魔人国の内乱はどうなっているかわかりますか?」


「宿屋の女将さんによると、国王派と悪魔貴族派の争いが一進一退らしいですよ。でも悪魔派が中立派の大貴族の支持を得られる目処めどが立ったようで、攻勢に出るかもですって」


「へえ。女将さん情報通なんだね」


「そうですね。そういえばセイジさん。右手に凄い装備をしているのですね」


「え。ああ。これは巨人さんに貰ったんです」


「まあ。巨人さんにお会いになられていたのですか」


「はい。悪魔の少女にあちこち連れまわされた結果、そうなりました。エルフさんにも会えましたよ」


「まあ。エルフさんにも。私も会いたかったです」


しばらく飛んでいると海が見てきた。


港町も見える。


するとジュリさんが港町のことについて教えてくれた。


「あの港町は川によって作られた谷間に出来ているんですって。川の反対側に海底神殿の入り口があるんです」


「そうなんですね」


確かに川の両側はなだらかな坂になっていて平原が広がっていた。


(そういえば坂を上った丘にお城があったな)


「ココが宿屋の女将さんといろいろお話をしてくれて、それを私に教えてくれたのです」


「へえ。僕がいない間にそんなことがあったんですね」


「ええ。女将さんにはいろいろお世話になりました。お別れの挨拶あいさつが出来なくて残念です」


「すみません。僕が急がせちゃって」


「いえいえ。仕方ないことです。セイジ様は悪くありません」


海に面しているがけに到着したので、僕たちは一度地面に降り立った。


崖の真下には海がせまっていた。


「あ。天気がいいので帝国が見えますよ」


海のはるか先に大地がうっすら見えていた。


「本当だ。意外と近かったですね。では海峡かいきょうを渡りましょう」


「はい」


僕たちは再び空を飛び海の上を進んだ。


「少し高度を上げますね。海の魔獣が怖いので」


「はい」


結界を張って高度を上げた。


しばらく飛んでいると、海を見ていたジュリさんが何かを見つけた。


「あっ。セイジ様っ。下を見てくださいっ。島がっ、島が動いていますっ」


「え。島が?」


海を見ると小さな島があり、確かに動いていた。


「本当ですね。もしかして魔獣ですかね」


「どうでしょうか。島にしか見えない大きさですけど」


「ですねえ」


僕は千里眼で島を見てみた。


山や森がある普通の島だ。


「ん?」


「どうしました?」


「砂浜の近くに家がありますね。木造の豪邸です。庭で野菜を育てているようです」


「まあ。素敵ですね。島に誰か住んでいるんですね」


「そのようですね。人影は見えませんが」


そうこうしているうちに島は流れていき、見えなくなった。


(どういう仕組みなんだろ。浮いてる島が流されているのか。誰かが動かしているのか。それともやはり巨大魔獣なのか)


「よそ様の島じゃなかったら行って見たかったですね」


「うふふ。そうですね」


その後は何事もなく飛んでいると、だんだん帝国の大地が大きくはっきりと見えてきた。



人気ひとけのなさそうな場所を目指しながら飛んで行き、帝国の海岸線に近づいて行った。


僕たちは砂浜を超え、草原が広がる場所に降り立った。


僕はあたりを見回してみたが森と草原しか見えなかった。


「ここは帝国のどのあたりですかね」


「そうですねえ。位置的に海底神殿と帝都の間ですかね」


僕はリュックから魔道具の地図を取り出して位置を確かめた。


(この辺に来たことがあるみたいだな。何だっけ)


「そのようですね。帝都には行けませんから南に向かいましょうか」


「はい」


僕は再び空に浮こうとしたとき、少し離れた場所にある白い物体が目に入った。


「あれ?」


「どうしました?」


「いえ。変な物を見かけたものですから」


「変なものですか。あ。何かありますね。人のようですが」


ジュリさんも僕の視線の先を見て白い物体を見つけた。


慎重に近づいてみると少女の白い石像が立っていた。


服装はワンピースだったが、ボロボロのローブを羽織はおって三角帽子をかぶっていた。


(魔女みたいな服装だな。そういえばここは毒の魔女に滅ぼされたという廃墟の街に近いな)


よく見ると石像の周囲の草や地面が石化して白くなっていた。


「これ以上近づかないほうがいいみたいですね」


「そうですね。石像から魔力の波動を感じます」


するとココさんが人化して説明してくれた。


「石像を中心に石化の魔法が発動している」


「石化ですか。草が真っ白ですもんね。どういう事ですかね。彼女が石化魔法を発動した結果、自分に魔法が掛かってしまったんでしょうか」


「かわいそうに。私に聖女の力が残っていたら、石化を解除できたかもしれませんのに」


(流石にポーションじゃなおらないよね。そもそも魔法の発動を解除できないし)


「冒険者ギルドに報告しないといけませんね。ついでに石化魔法の解除方法を冒険者ギルドで調べてみますよ」


「そうですね」


僕たちはその場を立ち去った。




セイジたちが立ち去ってしばらくした後、その場に黒のワンピースの下に青いズボンを着たおしゃれな黒髪女性が現れた。


難なく少女の石化を解除すると、少女が動きだした。


おしゃれな女性が石化していた少女に話しかけた。


「お嬢様。近々鉄の森で『ヴァルプルギスの夜』がもよおされるそうです」


少女は両腕を上にあげ全身で伸びをした。


「う~ん。久しぶりに『ヴァルプルギスの夜』が開催されるのかあ。何か新しい発見でもあったのかなあ。『鉄の森』に行かないといけないのかあ。面倒くさいなあ。もうちょっと寝たかったのに。はあ。連れてって」


少女は女性に両腕を突き出した。


かしこまりました」


おしゃれな女性は少女を抱きかかえて姿を消した。

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