第116話 精霊騎士

エルフさんたちが巨人族から魔獣討伐を依頼されたので、僕たちは精霊の国を目指し森の中を進んでいた。


すると、どうやら湿地帯に入ったようで、地面がぬかるんできた。


先頭を歩いているエディさんが僕に注意をうながしてきた。


「足元に気を付けろ。それと魔獣がそこら辺にひそんでいるかもしれないからな。いつでも戦えるようにしておけ」


「はい」


僕は少し浮いて足がれないようにした。


すると少し離れた場所で草が揺れガサガサ音がした。


「!?」」」」


姿を現したのは50cmほどの大きさの牛の角が生えたカエルだった。


黒地に紫色のまだら模様がある毒々しい皮膚をしていた。


「カエルの魔獣、ウシガエルか。ここは私に任せてもらおう」


エディさんが一歩前に出て、火属性の魔石をウシガエルに投げつけた。


ウシガエルはピョンと魔石をかわした。


「サラマンダーっ」


エディさんが手に持っていたもう一つの魔石から、サラマンダーが出現し地面に着地した。


手のひらサイズの火属性の魔石から出現したサラマンダーは、その大きさを変え約1mくらいのトカゲに巨大化した。


「転移っ」


エディさんが命令した瞬間、サラマンダーは姿を消し先ほど投げた魔石から再び姿を現した。


「火の玉っ」


サラマンダーがウシガエルに向かって巨大な火の玉を2発吐き出した。


一つの火の玉がウシガエルを直撃し炎が全身を飲み込み、ウシガエルは息絶いきたえた。


「おお。すごい。あっ」


もう一つの火の玉が、勢い余って射線上にいた僕に向かって飛んできた。


僕はテレポートで火の玉をかわした。


「あぶなかった」


「悪かった。あんたに攻撃が向いてしまった」


エディさんがくやしそうな顔をしてあやまってきた。


「いえ。僕の方こそ注意しておくべきでした。それにしてもサラマンダーは魔石よりかなり大きくなりましたね」


「ああ。サラマンダーなどの精霊は魔力の塊だからな。姿形すがたかたちは自由に変えられる。魔力量は変わらないけどな」


「そういえば何でトカゲの姿なんですか?」


「それは知らないな。過去に実在のトカゲに何らかの影響を受けたのかもな」


「なるほど。だとしたら巨人族も大きさを変えられるんですか?」


「最近生まれた巨人族のほとんどは無理だろうな。始原の巨人に近ければ多少は変化させられるだろうけど」


「そうなんですか」


エディさんたちはウシガエルを解体し魔石を回収した。


さらに進むと湿地帯を抜け、なだらかな山道が始まった。


「もうそろそろ精霊の国だ。この辺りからイノシシの魔獣を探しながら進むぞ」


「はい」


「イノシシの魔獣は地面に穴を掘って、そこを巣にする習性がある。体毛が緑色なので草にまぎれるから注意しろ」


「わかりました」


僕たちは地面や草むらを注意深く見ながらイノシシの魔獣を捜索した。


(捜索する魔獣は確か、イノシシの顔をした緑色の毛の大型犬だったか。毛皮に黒い模様があるんだったな)


しばらく森の中を捜索したがイノシシの魔獣は見つからなかった。


休憩をすることになり地面に座り込んだ。


「エディさん。精霊の国はこの坂の上ですか?」


「ああ。おそらくな。私たちエルフも入ったことないから確かなことはわからんが、周囲に比べて魔力量が濃いし精霊の数も多い」


「そうなんですか。そういえば精霊の女王ってどんな精霊なんですか?」


「それも確かなことが言えないな。わかっていることと言えば、精霊の女王は男に対して発動する催眠さいみん魔法を持っていて、ほとんどの男は抵抗できないそうだ」


「え。そうなんですね。だから巨人族はエルフさんに依頼して、僕に精霊の国には行くなと言ってくれたんですね」


「ああ。ちなみにエルフの国にも精霊の国はある。私が知っている限り魔人国やエルフの国以外にも精霊の国は2つあって、そこにも精霊の女王がいる。そしてそれらの精霊の女王を従えている精霊王がどこかにいるそうだぞ」


「精霊王ですか」


「さて。無駄話はこれくらいにしてイノシシの魔獣を探そうか。何日も野宿したくないからな」


「そうですね」


僕たちは再び精霊の国の森の周辺を捜索していった。


日が暮れそうになった頃、とうとう目的の魔獣を見つけることが出来た。


僕たちが探している目の前で、緑色のイノシシ顔の魔獣が地面にいた深い穴から、のっそりと出てきた。


見た目は情報通りの姿をしていて、体長は150cmほどだった。


すぐさまエディさんから指示が飛んだ。


「囲んで。逃がさないように」


僕とエマさんとエドナさんがイノシシの魔獣の横を走って移動し、みんなで魔獣を取り囲んだ。


エルフさんたちは、すでにそれぞれ赤色と青色と銀色の魔石を取り出していた。


(赤は火属性、青は水属性。銀色は風属性かな)


僕は魔銀の義手で魔剣を持とうとしたが、依り代を壊すわけにはいかないので何も持たずにぎりこぶしを作った。


「サラマンダーっ」

「シルフィードっ」

「ウンディーネっ」


エルフさんたちが次々と精霊を召喚した。


火の精霊サラマンダーが地面にのそりと出てきた。


風の精霊シルフィードは、ほぼ透明な女性で空中に浮いていた。


水の精霊ウンディーネは水で出来た体の女性で、足元には水溜みずたまりが出来ていた。


(おおっ。ん。服着てるのか。それにしても小さいな。20cmくらいかな。千里眼っ)


僕はウンディーネさんとシルフィードさんを隅々すみずみまで観察しようと千里眼を発動させた。


「ちょっとあんた。シルフィードとウンディーネを交互に見てないで魔獣を見ろ」


「あ、はい」


エディさんからげきが飛んだ。


すると、イノシシの魔獣がサラマンダー目掛けて動き出した。


(速いっ)


イノシシの魔獣は音もなく滑らかに、ものすごい速さでエディさんとサラマンダーの所に接近していた。


「くっ」


エディさんはあわててイノシシの魔獣から距離を取った。


「魔石に戻れっ」


イノシシの魔獣がサラマンダーに接触する前にサラマンダーは姿を消していた。


僕たちは再びイノシシの魔獣を取り囲むように移動した。


「危なかったですね。そういえば精霊を食べるんでしたね」


「そうだな。あんなに素早く動けるとは。油断した」


「僕が魔獣を挑発しますので、皆さんは遠距離で攻撃してください」


「そうだな。駄目だったら私たちも接近戦で戦う」


エルフさんたちが戦斧を取り出した。


「わかりました」


僕はイノシシの魔獣の正面にテレポートした。


「レオナさんと霊体さんは姿を現さないでくださいね」


返事はなかったがわかってくれたことだろう。


イノシシの魔獣が全身の緑の毛を逆立てた。


(どうやって倒そうか)


にぎにぎ。


僕は魔銀の義手の手をにぎったり広げたりした。


(せっかく巨人族のギュンターさんにこれをもらったんだから使わないとね)


「!?」


イノシシの魔獣がいつの間にか目の前にせまっていた。


(テレポートっ)


「ガウッ」


僕はイノシシの魔獣の突進を何とか回避した。


(危なかった。動きが速すぎるな)


イノシシの魔獣は方向を変えエマさんの所に突っ込んでいった。


(ウンディーネさんが危ないっ)


僕はテレポートでウンディーネさんの前に移動し、右手をイノシシの魔獣に向かって突き出した。


(飛べっ。魔銀の義手っ)


僕の腕から高速で射出した魔銀の義手がイノシシの魔獣の顔面に激突した。


イノシシの魔獣の突進が止まった。


僕はそのまま魔銀の義手を操作し、イノシシの魔獣の頭をつかんで地面に押し付けた。


するとエルフさんたちが戦斧を片手に突っ込み、イノシシの魔獣を首と手足をぶった切った。


「片付いたわ」


エディさんが宣言してイノシシの魔獣との戦いが終わった。


「あんた面白い戦い方するな。まさか義手を飛ばすとわね。前の持ち主だった巨人もそんなことしてなかったんじゃないか?」


「そうですかね。でも僕が考えた技じゃないんですよ」


「そうか。あんた意外にも変な奴がいるのだな」


エルフさんたちがイノシシの魔獣から毛皮をいだり魔石の回収を始めた。


すると森の中から声を掛けられた。


「退治したのか」


突然の出来事に、エルフさんたちがすぐに立ち上がり戦闘態勢に入った。


僕も声の方向を見た。


そこには金属のリングを革鎧に縫い付けた鎧を身に着け、緑のマントと金の指輪をしたすべてが半透明な男がいた。


頭をすっぽりとおおったかぶとを装備していたので顔が分からなかった。


(アンデッド?)


「貴様は精霊なのか?」


エディさんが鎧の男に話しかけた。


「ああ。精霊の女王に仕える騎士だ。名は捨てた」


「そうか。それで何の用だ?」


「精霊の国を荒らしていた魔獣を倒してくれたのだな。礼を言う」


「気にするな。私たちは仕事で来た」


「そうか。それでもだ。本来ならば私が退治さねばならなかった」


「精霊じゃ分が悪い。相手が悪かったのさ」


「そうかもしれない。でもやらなければならない。それが精霊の女王の騎士のつとめ」


「次に同じことがあったら、今度はあんたが役割をこなすことだな」


「そうしよう。退治してくれた礼に魔法のさかずきを差し上げたい」


精霊の騎士が僕に盃を差し出してきた。


(僕ですか。近いからかな)


魔法の盃は真っ赤な色をしていた。


「魔法の盃ですか。一体どんな魔法が込められているんですか?」


「精霊になることが出来る」


「え。そうなんですか」


「水の精霊が住む泉の水をその盃でんで飲むがよい。そうすれば肉体から解放されるだろう。私のように」


「え。人間だったんですか」


「そうだ。大怪我をして倒れていた私を精霊の女王様が助けてくれた。その恩を返すため女王様の元で精霊国の騎士として働いてる」


「そうですか」


すると僕と精霊の騎士の間にエディさんが割り込んできた。


「ちょっと聞いていいか?」


かまわない」


「その盃は誰から貰った?」


「精霊の女王様だ」


「そうか」


「人間の男よ。受け取るがよい」


「はあ」


「受け取ってはダメだ」


僕が受け取ろうとしたときエディさんが制した。


「え?」


「それを受け取ると取り返しがつかないことになるかもしれない」


「受け取っただけでもですか」


「そういうことだ。それは精霊の女王の魔力が込められている可能性がある」


「わかりました。ではエディさんが受け取ってください」


「そうしよう」


エディさんは精霊の騎士から魔法の盃を受け取った。


精霊の騎士は森の中に消えていった。


「さて帰るぞ。日が暮れるからどこかで野営するか」


「はい」


僕たちは巨人の街に向かって進みながら野営できそうな場所を探した。


適当な場所を野営地に決め、そこで朝を待つことにした。


焚火を囲んで食事をとっていると、エディさんが僕の方を見て言った。


「依頼が終わったことだし、あんたを魔人国の砦にいるローザの元に連れて行ったら、そのままエルフ国に連行する」


「え。やっぱりですか?」


「やっぱり」


(逃げなきゃ)


「そうだ。あんた大きめの魔石を持ってないか?火属性か水属性か風属性がいいんだが」


「え。ああ。そういえば水属性の魔石持ってますよ」


僕はリュックから青い魔石を取り出した。


(これは鬼人族の女性たちと八頭霊蛇を倒したときに貰った魔石か)


「エマ。こっち来て」


テントの準備をしていたエマさんがやってきた。


「なに?」


「あいつの魔石の中にウンディーネを移動させて」


「わかった」


エマさんはふところから青い魔石を取り出し、ウンディーネさんを呼び出した。


「僕の魔石は手に持ってていいんですか?」


「そうね。地面においてくれると助かるわ。さあ。ウンディーネ。あいつの魔石に入ってみて」


僕は足元の魔石を置いた。


エマさんの指示に従って、ウンディーネさんが僕の魔石に入ってきた。


魔石をのぞきこむとウンディーネさんが僕の魔石の中で動いているのが見えた。


「戻って来て」


ウンディーネさんが僕の魔石から出て来て、エマさんの魔石に戻っていった。


「なんだったんですか?」


「私の魔石とあなたの魔石の間に道を作ったのよ」


「道ですか」


「そう。あなたもエディのサラマンダーが魔石に転移するのを見たでしょ」


「ああ。なるほど。僕の魔石にも瞬時に移動できるんですね」


「そうよ。それじゃあ、見張りはあんたからね。私たちは先に休ませてもらうわ」


「はい」


エルフさんたちは僕に背を向けテントに向かった。


僕は右手の指に巻かれているローザさんに付けられた青い糸を、透明化したうえでエディさんの指に転移させた。


エディさんはそのことに気付かずにテントの中に入っていった。


(ローザさんに依頼された王家のあかしは、エルフさんたちにローザさんまで届けてもらおうかな)


僕は鱗のバックから剣と王冠と王笏おうしゃくと漬物石を取り出し、焚火の近くに置いてテレポートでこの場から立ち去った。


(精霊結界があるから見張りがいなくても大丈夫だよね)



僕は暗闇に包まれた森の中を、魔人国王都に向かってテレポートで移動を開始した。


エルフさんたちからかなり離れたところで上空に移動し、森の上を飛んで行くことにした。


(早くジュリさんの所に戻らないと。魔人国で一人きりだと心細くなっているかも。金魔猫のココさんがいるけど。体調がよくなってるといいな。早く帝国に帰りたいだろうな)


僕はしばらく進んでは発火をともして、魔道具の地図で方向を確認していた。


(王都での国王派と悪魔派の内乱はどうなっているのかな。王都が戦渦せんかに巻き込まれて無ければいいけど)


僕は空を飛ぶ速度を上げ先を急いだ。

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