第115話 精霊犬

僕は意を決し、再び宝物室の中にテレポートした。


細長い宝物室の両側には長い棚があり、大量の貴金属が並べられていた。


奥には豪華な台が置いてあり、その上に目当ての王冠が見えた。


その台の少し前に青い精霊犬がいて、僕を空虚くうきょな目で見ていた。


青い精霊犬は大型犬くらいの大きさで毛の量が多く、半透明な青色をしていた。


「霧の森の霊体さん、お願いできますか?」


僕は、すかさず霊体さんに力添ちからぞえを頼んだ。


すると魔剣からヌルリと半透明な白蛇の姿をした霊体さんが現れた。


霧の森の霊体さんがスッと青い精霊犬を見据みすえた。


青い精霊犬は台の前でじっとしている。


僕は今のうちにと青い精霊犬の住処すみかを探すことにした。


(水属性の魔石か魔道具か)


両側の壁に設置してある棚の上の貴金属を順に見ていったが、宝石ばかりでそれらしき物は見つからない。


(もしかして青い精霊犬の後ろの台の上にあるのかな)


千里眼を発動し台の上にあるものを見てみると、『侵略の書』と書かれた宝物室には不釣り合いな分厚い本がななめの台座に置いてあった。


(あれかな?)


僕はテレポートで青い精霊犬の背後、台の前に移動した。


僕がその本に触ろうとしたとき、青い精霊犬が振り返り僕に襲い掛かろうとした。


しかし、魔剣にからまっていた白蛇の霊体さんが鎌首かまくびをもたげ、青い精霊犬を牽制けんせいした。


すると、青い精霊犬は動きをピタリと止めた。


「ありがとうございます。霊体さん」


僕は本を手に取りページをめくると、本の中身がくりぬかれていて青い魔石が埋め込まれていた。


(これか)


僕はその本をエルフさんたちがいる部屋にテレポートさせた。


すると青い精霊犬も姿を消した。


(あとはエルフさんたちが何とかしてくれるだろう)


僕は豪華な台の上に置いてある宝物を見た。


そこには宝石が数多く散りばめられている王冠と剣と王笏おうしゃく漬物石つけものいしが置いてあった。


(漬物石なわけないか。この石なんだろ。魔道具かな。そういえばローザさんが運命の石って言ってたな。一応これも持って行くか)


僕はそれらをすべてリュックの中にあるド派手なうろこのバックに入れて、宝物室を出ることにした。


(そういえば、このド派手なバックも廃墟の城『銀糸城』で手に入れた物だったな)


霧の森の霊体さんがこちらを見て思念を飛ばしてきた。


(魔石の魔力をもらう)

(はい。ありがとうございました)


霧の森の霊体さんが、左手のグローブにめてある魔石から魔力を吸収して、魔剣に戻って行った。



宝物室から戻ってみると、室内の調度品が倒れたり壊れたりしていて、無残むざんな状態になっていた。


綺麗な模様が描かれた石床のあちこちに水が溜まっていて、さらには壁が焦げていた。


「えっ。何があったんですか?ん?げ臭い?もしかして青い犬の精霊が暴れたんですか?」


僕は空中に浮かせてあった魔術書を手元に移動させた。


「なんでもないぞ。はぁはぁ」


なぜか髪を乱し息を切らせているエディさんが答えてくれた。


「何でもないのに部屋が破壊されていますけど。なんでみんな精霊がいる魔石を手に持ってるんですか?」


「いや、その、あれだ」


「エルフは物を大切にするんじゃなかったんですか?」


「・・・。ゴーストとちょっとな」


「え。レオナさんが?」


魔術書からレオナさんが出てきた。


「何があったんですか?レオナさん」


「エルフたちと遊んでたら盛り上がっちゃって」


「そうだ。遊んでたんだ」


「そうですか。青い犬の精霊はどうなりました?本に魔石が入ってましたけど」


「魔石の中に戻った。恐らく宝物室の中でしか現れないように呪いか何かで縛っていたんだろうさ。ひどい奴らだ」


「そうですか。その精霊は解放出来そうですか?」


「今すぐには無理だな。エルフの国に戻らないと」


「お願いしていいですか?」


「ああ。任せろ。それでローザに頼まれていたものは手に入れたのか?」


「はい」


僕は鱗のバックから王冠と剣と王笏おうしゃくと漬物石を見せていった。


「ん?その鱗のバックは魔法のバックじゃないか」


「え。そうなんですか?」


「容量は少ないが重さをあまり感じなかっただろ」


「そういえばそうですね。気付きませんでした」


エディさんが漬物石を手に取った。


「この石は魔道具だな」


「そうですか。魔法陣が刻まれて無いのでただの石かと思ったんですけど、一応持ってきました」


「魔力を流すことで効果が発動する魔道具だな。どんな効果があるかわからないので、ここでは流さないがな」


「そうですね。このままローザさんに渡します」


「そうだな。あんたの依頼は完了か。では私たちの依頼に付き合ってもらおう」


「はい」


僕たちは精霊の国に向かうことにした。


城を出てエディさんを先頭に森に向かった。


「精霊の国はここから近いんですか?」


「少し遠いな。森の中で野営することになると思う」


「わかりました」


「食事は任せてくれ。あんたの分もついでに用意してやる」


「はい。ありがとうございます」


森の中を歩いていると、日が暮れてきたので野営をすることになった。


するとエルフさんたちが食糧調達に行くと言ってきた。


「私たちが野草などを採取してくるから。あんたは焚火たきびでも起こしておいてくれ」


「わかりました」


「エドナ。テントの用意と私たちの荷物を頼む」


「あいよ」


エドナさんを残し、エディさんとエマさんは暗い森の中に入って行った。


エドナさんが魔法のバックからテントを取り出し設置を始めた。


僕は周辺で枯れ木を集め、石で囲って焚火を起こした。


テントが一つ出来上がっていた。


エドナさんがこちらを見て言った。


「このテントは私たちだけが使うから、あんたは自分で何とかしなさい」


「はあ。わかりました」


野営は慣れているので特に問題はない。


しばらくすると、エディさんとエマさんが手に斧と調達した素材を持って帰ってきた。


「おかえりなさい。どうでした?」


「まあまあだな」


「そうですか」


エドナさんが鉄の鍋を焚火の上に置いて水を入れた。


エディさんが焚火の近くにやってきた。


「野草や木の実や種をってきた。あんたも調理を手伝え」


「はい。わかりました」


僕は手渡された野草や木の実を手で千切ちぎって鍋に入れていった。


すると野草の中に食べてはいけない草がまぎれていた。


「あれ?毒草が入ってますよ」


「え。あ、ごめんなさい。うっかりしちゃって」


エマさんが申し訳なさそうな顔をした。


「見分けがつきにくい草もありますからね。暗いし」


さらにエドナさんが塩や調味料を入れ、味を調ととのえていった。


「あんた詳しいんだな」


「はい。野草だけですが」


「そうだったのか」


エディさんがさばいた魚を僕に渡してきた。


「魚もあるんですね」


「ああ。この魚、美味しいから期待していろ」


「そうですか。楽しみです。あれ。このキノコも毒持ってますね」


「ああ。その毒キノコは精霊が食べるから採って来たんだけど、間違えてあんたに渡しちゃったみたいだな」


「へえ、精霊が食べるんですか。何も食べないんだと思ってましたよ」


「食べるぞ。菌類きんるい全般を食べるそうだ。好みの魔力が豊富なんだろうな」


「なるほど。だから毒があっても平気なんですね」


エディさんたちがテントの方に向かい、僕は一人になった。


するとレオナさんが背後に出現して耳打ちしてきた。


「セイジ君。エルフたちセイジ君を殺そうとしてますよ~。その鍋、食べないほうがいいよ~」


「え。そんなことするわけないと思うけど。僕をエルフの国に連れて帰ろうとしてるんだし」


「綺麗な見た目にだまされちゃいけませんよ~」


「そう?取り合えず気を付けておくよ」


レオナさんは魔術書の中に戻っていった。


エルフさんたちが戻って来て、全員で鍋料理を作っているとエディさんが話しかけてきた。


「あんた、ゴブリン食べる?」


「え。食べませんよ」


「そうか。よかった。野草を探しているとき襲われてさ。倒したんだけど、魔石だけ取って残りは捨ててきた」


「そうでしたか。この肉の魚はどんな魚ですか?」


エディさんたちがって来た魚は、すでに切り身になっていたので元の姿が分からない。


「辺りを捜索してたら偶然濁にごった沼を見つけてな。そこでつかまえた。その魚は変わっててな。金色で鱗の無い魚なんだけど光に当たると死んじゃうんだよ。しかもすぐさばかないと腐っちゃうのさ」


「へえ。そうなんですね」


僕は魚の肉を鍋の中に入れていった。


「全部入れたか?」


「はい」


「あとは出来上がるまで待つか」


エルフさんたちは、またテントに入っていった。


(隠し味にポーションでも入れておこうかな。エルフさんならポーション煮の味を理解してくれるかも)


僕な鍋にポーションをドバドバ入れた。


しばらくして鍋もいい具合になったころ、エルフさんたちが集まってきた。


エルフさんたちは木製の深皿とスプーンを持っていた。


「この皿に入れてくれる?残りは全部あんたが食べていいから。魚の卵巣はあんたが食べて。珍味で美味うまいから」


「そうなんですか。でもいいんですか?そんな美味おいしい部位をもらっちゃって」


「気にするな。あんたには依頼を手伝ってもらってるんだから」


「ありがとうございます」


僕はエルフさんのお皿に鍋の具を入れていった。


「私たちはテントの中で食べる。そのまま寝るから最初はあんたが夜番をやってくれ」


「はい」


エルフさんたちはテントの中に入っていった。


僕は鍋料理を食べようと思ったがスプーンがなかった。


(箸でも作るか)


木の枝を適度な大きさに折ってポーションを掛けて消毒した。


(これでいいか。この世界に来て箸で食べるのは初めてだな)


鍋の汁を飲んでみたところ野草風味が強い懐かしい味がした。


(久しぶりの味だな。それにしても魚はどうしようかな。魔獣を食べないほうがいいんだけど、エルフさんも食べるみたいだし。少しならいいのかな)


勇気を出して食べてみたところ淡白な味がした。


(その魚、食べたんですか~?)


レオナさんが再び現れ話しかけてきた。


(うん。美味しかったよ)


(そうですか~。その魚、鍋に入れる前は何だか嫌な感じがしたんですけど、今は平気ですね。何だったんでしょうか)


(へえ。そうなんだ。なんでなんだろうね。食べる前に言ってほしかったけど)


食事も終わったので鍋をポーションで洗い綺麗にした。


この後は夜番の時間だ。


(野営の見張りも久しぶりだな。今頃ホーステイルのメンバーもどこかで頑張ってるのかな)



焚火の炎を見ながら見張りをしていると、テントの中からエルフさんたちが出てきた。


(見張りの交代の時間か)


 テントから出てきたエルフさんたちは僕を見てぎょっとしていた。


「何であんた生きているんだっ」


エディさんが叫んだ。


「え?」


「あ。違う。まだ寝ぼけてたみたいだ」


「そうですか。物騒な夢をみてたんですね」


「そうだな。疲れてたみたいだ」


エディさんは手に何かを持っていた。


「手に持っているものは何ですか?」


「え?ああ。これはさっきの魚の皮だ。邪悪な精霊に対して有効な呪毒を持ってる。火であぶって乾燥させようと思ってな」


「へえ。そんな毒があるんですね」


「ああ。依頼に必要になるかと思ってな」


「それでその魚を捕まえたんですね」


「そうだ。あんた休んでいいぞ。あとは私たちが見張るから」


「はい」


 僕はマントを羽織はおって木の上に登って、太い枝に腰を下ろした。


(木の上も久しぶりだな)

(セイジ君。やっぱりエルフの奴らあやしいよ~)

(なんで?)

(あの魚の毒で私を殺そうとしてるんだよ~)

(え。毒で幽霊を退治できるの?)

(だって精霊を殺せる呪毒って言ってたよ~。似たような私にもたぶん効果あるんだよ~)

(レオナさんにも有効なのか。でも何でレオナさんを狙うの?)

(セイジ君も私も狙われているんだよ~。危機感持って~)

(う~ん。にわかに信じられませんが用心します)


すると、エディさんが少し離れた場所で、焚火を中心とした円形状に赤い魔石を6個置いているのが見えた。


エディさんが焚火の所に戻ってきたので、僕は木の上からエディさんに話しかけた。


「エディさん。何をやっていたのですか?」


「精霊結界だ」


「へえ。そんなのがあるんですね。全部の魔石に精霊がいるんですか」


「入っているのは一個だけだ。何者かが魔石に近づくとその魔石に精霊が移動して私に接近を教えてくれる」


「そうなんですね」


「見張りは私たちがやるから安心して寝な」


「はい。おやすみなさい」




翌朝。エルフの悲鳴が森の静寂せいじゃくを破った。


「きゃっ」


ドスッ


僕は女性の悲鳴と何かが落ちた音で目覚めた。


下を見ると木の下で白蛇のランがエディさんに巻き付いていた。


エディさんのそばでは、エドナさんとエマさんがランをエディさんから引き離そうと奮闘ふんとうしていた。


僕は木の上から地面に降り立った。


「皆さん、おはようございます。エディさんたち何やってるんですか?」


「ぐっ。あんたを起こそうとしたら、この蛇が襲って来たのよ」


「え。そうなんですか。ラン、解放してあげて」


 ランが僕の所に戻ってきた。


(セイジ様。あいつがセイジ様の荷物を盗ろうとしてました)

(え。そうなの。守ってくれてありがとね)


エディさんが立ち上がった。


「どうやらエディさんを泥棒と間違えたみたいですね」


「なんだって?失礼な蛇だな。そもそもそれは一体何なんだ」


「魔道具ですかね。名前はランです」


「名前なんてどうでもいい。魔道具だったらお前がその蛇にしっかり教育しろ」


「はい。わかりました」


「わかったならいい。さっさと食事をして、精霊の国の周囲で暴れている魔獣を探すぞ」


「はい」


 僕たちは軽く食事をして精霊の国に向かった。

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