第110話 創造の柱

山脈の谷間に造られた街道の上を飛んでいると、時折りローザさんが僕の様子をチラチラ見ていた。


「どうしたんですか?僕の顔に何かついてますか?」


「セイジ。正式に私の召使いになりなさい」


「お断りします」


そう言うとローザさんが顔をそむけた。


「ちっ。まだか。なぜかしら。意外と抵抗力があるわね」


ローザさんがぶつくさ言っていた。


「え?何か言いましたか?」


「なんでもないわよ」



その後、しばらく進んでいると山間やまあいを抜け平原が現れた。


さらに進んでいくと海に面した街が見えてきた。


「あの街の先の丘よ」


「はい」


吸血の魔女に滅ぼされた街は港町だった。


赤茶色の屋根でレンガ造りの建物がたくさん建っていた。


空は曇っているがまだ昼頃だからか、廃墟の街に動く者の姿は見えなかった。


夜になると街中をアンデッドが徘徊はいかいしているのだろうか。


すると街の中に巨大な穴が開いているのが見えた。


「アンデッド対策で穴を掘ったんですか?」


「違うわ。あれが巨人族の街の入り口だった場所よ。巨人族を追い払った後、魔人国内にある巨人族の地下施設は、街中にあれば利用してるけど、そうでない場所は魔獣の住処すみかになってるわ」


「地下施設ですか。巨人族のお宝を狙って冒険者が探索してるんでしょうね」


「そうかもね」


廃墟の街を通り過ぎ海に面した丘の方に進んでいくと、要塞のような建物が見えてきた。


高い城壁に囲まれた石造りの建物だったが、その建物も廃墟だった。


塔や壁が崩れ去り建物の中が見えている箇所がいくつも見受けられた。


木々が生い茂る広大な敷地内には墓場もあった。


「あれが吸血の魔女さんの家ですか?どう見ても廃墟みたいですけど」


「あそこで間違いないわ」


僕たちは城門であろう場所に降り立った。


城壁も至る所が崩れていて穴が開いていた。


城壁の役割を果たしていないけど大丈夫なのだろうか。


ローザさんは城門をくぐりスタスタと敷地内に入っていった。


後ろを振り返ると丘の下に廃墟の街が一望できた。


僕はローザさんを追いかけた。


建物の前まで行くと入り口の扉が開き、中から吸血の魔女マルティナさんが現れた。


「いらっしゃい。青馬のお嬢ちゃん。そして人間の冒険者さん」


「久しぶりね。吸血の魔女」


「お久しぶりです」

(魔女さんの名前は呼ばないほうがいいんだよね。黒馬の悪魔さんも知らなかったし。ローザさんは知ってるのかな)


僕たちは建物の中に案内されたが、内部も建物の瓦礫がれきが散乱していて荒廃こうはいしていた。


(外から丸見えだな。周囲に誰もいないけど)


吸血の魔女さんは地下に向かった。


(地下に住んでるのか。建物には住めないよね)


地下の部屋は質素ながらも、おしゃれなアンティーク家具が揃っていた。


「座ってくださいな」


部屋の中央に置いてあるがっしりとした木のテーブルにみんなで座った。


「建物の雰囲気が素晴らしいでしょ」


「そうですね」(廃墟好きなのかな)


「ここに来るまで長旅で疲れたでしょ。家財道具は揃っているから心配しないで泊まっていって」


「そう。ありがとう」


「ありがとうございます。ここの建物はずいぶん古いようですけど、もしかして古代魔法文明の遺跡ですか?」


「さあ。どうかしらね。古代魔法文明の遺物はなかったわね」


吸血の魔女マルティナさんが僕をじっと見た。


「あれ?前に会った時とまとっている魔力が変わったわね。何だか死の香りが濃くなったような気がするわ」


僕は思わず黒くなっている爪をさわっていた。


「え。そうなんですか?匂いますか?毎日お風呂に入ってるんですけど」


「その爪は何?おしゃれ?」


「この爪は通りすがりの旅人さんに貰いました。どんな効果があるのか分からないですけど」


「ふーん。確かに死霊属性魔力を感じるけど、見たところ効果はないようにみえるわ」


「そうですか」


「そっちじゃなくて、あなたの背後から感じるわ。あれからゴーストでも仲間にしたの?」


(レオナさんが匂ってたのか)

(ちょっと~。私が匂うわけないでしょ~)

(すみません)


「いえ、魔女さんと出会った時もいたのですが成長したようで」


「あら。そうだったの。気付かなかったわ」


「少し前に偶然出会いまして、一緒に旅をすることになりました。その頃はこんなに魔力が強くなかったんです」


「あはは。ゴーストと旅だなんて。そんなことがあるのね。面白い人ね」


「そうですね」


マルティナさんが椅子に座り直し姿勢を正した。


「あなたに教えてもらった情報を頼りに海底洞窟に行ってきたわ。確かに古代魔法文明の遺跡だったわね。まだ少しだけしか見てないけど。あなたが行った依り代があった部屋も見つけたわ。砂が大量だったわね。でも全部使えない砂だったわ。あまり期待できないけど生きてる砂を探してみるわ」


「生きてる砂って何なんですか?」


「そうねえ。魔力に似てるわね。魔力は竜神がこの世界にあふれさせた。目的はわからないけどね。一方、白い砂は誰がばらまいたのかしらね」


「はあ。ところで白い砂ってゴーレムに使うんですよね」


「ゴーレム?ああ、人型のアレね。当初はそうだったみたいだけどそれだけじゃないみたいだわ。白い砂は魔力と同じように何でもできるらしいのよ」


「何でも?死者を生き返らせることもですか?」


「ええ。我々の長年の研究によると死者の復活は可能みたいよ。まだ分からないことだらけだけど」


「魔女さんはそれを調べているんですか」


「そう。白い砂の真の使い方をね」


「他の魔女さんは現存するかもしれない古代魔法文明の国を探しているそうですが、吸血の魔女さんも探しているんですか?」


「それもあなたが出会った魔女に聞いたのかしら」


「はい」


「そう。そうね。私だけじゃなくほとんどの魔女が探しているわ」


「白い砂のゴーレムを手に入れたら見つかるんじゃないんですか?」


「そんな単純なことじゃないわ。アレと契約している魔女はたくさんいるもの」


「そうですか」


「アレは便利な道具だけど、古代魔法文明では時代遅れの産物よ」


「え。そうなんですか?ものすごく強かったですよ」


「確かにね。でも強さは求めてないの。だからわたしは古代魔法文明の遺跡から魔法文明の国の手がかりを探そうとしているの。古代文明時代は国がたくさんあったらしくてね。それなのに国を探すのは苦労しているのよ。竜神や古代竜たちのせいであらゆる情報が失われ途絶えちゃったからね」


「そうなんですか。吸血の魔女さんも白砂のゴーレムを持っているんですか?」


「もちろんよ。偶然ゴーレム用の白砂の玉を見つけられたわ。私は運がよかった」


「僕と出会った時に見つかった依り代の白い丸石は生きている砂なんですよね」


「ええ。持ってない魔女に高く売りつけようかしら」


「吸血の魔女さんは使わないんですね」


「ええ。アレは一人一体までしか契約できないみたい」


「そうなんですか。古代魔法文明の国がどこにあるか目処めどはついているんですか?」


「全く。空、地上、地下、海上、海中、候補地は無限よ」


「魔法文明ですからどんなところでも国を造れそうですね」


「ええ。海を渡った場所に大陸があるらしいんだけどね。この世界は広いから。未踏の場所がまだまだ多い。広すぎて調査しきれないわ」


「その魔女さんは『蒼白の81』と言う言葉を言ってましたけど、その国を探しているんですか?」


「・・・。国の名前や地名を現す言葉はたくさん見つかっているの。『蒼白の81』もその中の一つ。その国が現存しているかどうかはわからないわ」


「そうですか」


「蒼白の81は古代魔法文明にあった国の中でもかなり発展していた国のようなの。生き残っている可能性は高いわね」


ローザさんが僕の隣で不機嫌そうな顔をしていたので、マルティナさんとの会話を終わらせようと思う。


「話は変わりますが、なぜ悪魔たちは魔女さんをおそれているんですか?」


「圧倒的な知識と力量の差よ。それに私は不死身だから」


「悪魔よりもですか?」


「ええ。悪魔なんて心臓をつぶせば終わりでしょ」


「はあ。そうですね」


「・・・」


ローザさんが隣で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「セイジ。もうそのくらいでいいかしら。私が魔女と話をしたいんだけど」


「あ。すみません。ローザさんの話が本題でしたね」


「そうよ。何で私をのけ者にして盛り上がっているのよ」


「僕は席を外した方がいいですかね」


「そうね。魔女。セイジが休める部屋あるかしら」


「ええ。あなたの後ろの扉を開けて奥に行くと部屋があるから、そこを使って」


「わかりました」


「お嬢さんとの会談が終わったら食事にしましょう」


「はい」


僕は扉を開け石壁の地下通路を通り奥の部屋に向かった。


その部屋は狭く、ベッドと小さな机があるだけだった。


僕はそこに横になり魔女のマルティナさんと悪魔のローザさんの会談が終わるのを待った。




しばらくすると魔女のマルティナさんが部屋に来て食事に誘ってくれた。


港町らしく魚を油で揚げた料理が出てきた。


白身魚がカリカリに揚げられていた。


(この魚、どうやって購入したんだろう)


食事をしながら会話をしているとアンデッドの街の話になった。


「廃墟の街にはどんなアンデッドがいるんですか?」


「魔獣や人間などのゾンビやスケルトン。それに下級吸血鬼くらいかしら」


「吸血鬼ですか。下級吸血鬼ってどんな生き物なんですか?」


「精気を吸うアンデッドよ。ゾンビより獰猛どうもうかしらね」


「魔女さんのお友達が街をアンデッドだらけにしたんでしたよね。お友達はアンデッドは操っているんですか?」


「わざわざ死霊魔術を使ってまで操ってないわ。自我を持たないやつに命令するのは大変なのよ」


「そうですか。街はあのままにしておくんですか?」


「私は今のままで別に構わないけど魔人国はどうするのかしらね」


「父上が国王になったらアンデッドなんか一掃するんじゃないかしら」


「そう。それで構わないわ。私の邪魔をしなければ」


「相互不干渉の盟約が続く限り、あんたには何もしないわよ」


「そうしてくれたら有難いわ。わずらわしいことは嫌いなの」


「私もよ。気が合うね。くくくっ」


「そうね。おほほ」


部屋に緊張感が走った。


(悪魔と魔女は仲良くないようですね)


「魔女さんのお友達は今どこにいるんですか?」


「この屋敷のどこかにいるわよ」


「えっ?」」


「他人に興味が無くてね。挨拶あいさつには来ないわ」


「そうですか」


「失礼な奴ね」


「他人に敵意を持っているわけじゃないから、ばったり出会ったら気軽に話しかけてあげて」


「はい」


「話しかけるわけないじゃない」


「それで、お二人はこれからどうするの?」


「腕を取りにいって、途中エルフの支配地に寄ってから巨人族との最前線に行くわ」


(エルフ。とうとう会えるのか。この島に来てたんだな)


「そう。早く島が落ち着くといいわね」


「任せなさい。父上が島を統一するから」


「そうなるといいわね」


この日は魔女さんの屋敷に泊まり、翌朝、僕たちは魔女さんに別れを告げ北に向かって出発した。


「魔人国も悪魔も魔女さんのことをよく思っていないんですか?」


「そうね。魔人国に従わないし得体が知れないから」


「そうみたいですね」


「初代国王の時代から魔女には手を出すなと指示されているんだけどね」


「何年前のことですか?」


「300年前くらいかな」


「そんなに前からなんですか。魔女って吸血の魔女の事なんですか?」


「さあ?彼女が長生きなのかどうかわからないけど、魔女はずっとあそこに住んでいるわ。その初代国王もどこかで生きているけどね」


「え!?」


「人間じゃなくなってアンデッドになってるけどね」


「アンデッドに転生したんですか」


「そうね。なんでも初代国王はこの島に来る前、魔術師ギルドと喧嘩別れして湖にある島に研究施設を作って、古代魔法の研究に没頭ぼっとうしてたんだって」


「え」(もしかして現在の魔法の仕組みを作ったあの人なのかな)


「でもなかなか上手くいかなくて魔術研究に行き詰まってたんだって。それで古代魔法文明の遺跡を探してこの島に来たらしいわ。そして王城の地下に魔法を付与する仕組みを作り上げた人物でもあるわ」


「そうなんですか。今は王城にいないってことですか」


「らしいわ。またどこかに行ったのでしょうね。他の場所で古代魔法文明の遺跡を探しているんじゃないかしら。古代魔法文明の魔法の仕組みを知りたいんでしょうね」


「そうですか」

(ある意味、魔女さんと目的は一緒なのかな)


「山脈に沿って北に向かうわ。一先ひとまず山に向かって」


「はい」


僕は山脈を目指し飛ぶ方向を変えた。


「聖地にも寄りたかったんだけどね」


「聖地?」


「ええ。かつて魔力が大量に噴き出していた場所よ。その魔力によって世界が激変し我々が生かされた。その場所は『創造の柱』と呼ばれているわ」


「そうなんですか。僕が行ってもいいんですか?」


「いいわよ。聖地と言ってもただの穴だから。山の斜面に地下洞窟への巨大な大穴が開いているの」


「そうなんですか」


しばらく山の方に飛んで行くと平地が終わりなだらかに登る高地に入った。


そこは原野や泥炭地が広がっていた。


「山脈には聖地の大穴以外にも地下洞窟に入れる入り口がいくつもあるわ。地下洞窟は水が豊富でね。地下洞窟に高所から落ちる滝と言う名所もあるんだけど、今回は行けないかな」


「そうなんですね」


「巨人族が島を支配していた時は特に聖地ではなかったわ」


「そうなんですか」


「魔力の噴出もかなり昔に止まっていたからね。ただ魔力が異常に濃い洞窟ダンジョンよ」


「いつから聖地になったんですか?魔人国が成立してからですか?」


「そうよ。魔人国を作った初代国王がただの洞窟を聖地に指定したの」


「聖地にした?」


「うん。魔神を誕生させるためだって。あそこは言うまでもなく魔力が濃い。そして聖地にすることで魔人国民の想いが向かうようになるんだってさ。本当かどうか知らないけどね」


「魔神・・・」

(神獣並みの力を持った存在という事か)

「ん?魔神って悪魔の上位種じゃないんですか?」


「そうよ。聖地のダンジョンの依り代に選ばれた悪魔が魔神になるのよ」


「なるほど。誰かがそこにいるんですか?守護者ですよね」


「聖地の洞窟ダンジョンは広大過ぎて調査してないから、依り代も守護者についても不明ね。守護者はいるだろうけどそいつは選ばれないわ。いずれ聖地のダンジョン領域が島全体を覆い尽くすんだって。そうしたらその時に島の中で一番強い奴が選ばれるらしいの。つまり悪魔の中から選ばれるってことよ。いつになるかわからないけど」


「え?そうなんですか?」


「何?私の言葉を信じてないの?」


「いえ。僕が知ってるダンジョン領域の知識とは少し違うなと思って」


「はあ?あんたが知ってることが正しいと思ってるわけ?」


「いえ。そんなことは思っていません。勉強になるなと思って」


「そうでしょう。私の元で勉強しなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る