第111話 癒しの手

僕とローザさんは、現在魔人国の島の中部にいて、北部に向かって空を飛んで移動していた。


「このまま山脈に沿って北上すると、川に囲まれた丘の上に城が立っているから。そこに行くわよ」


「わかりました」


「そこに荷物を取りに行くから。片腕の巨人との取引をするためのね」


「荷物は巨人の右腕ですか」


「そうよ」


「あなたも巨人との交渉の場についてきなさい。荷物持ちとしてね」


「え。僕も立ち会うんですか」


「そうよ。誰が荷物を持つのよ。交渉の場に私一人で行ったらみっともないじゃない。召使いはつきものよ」


「そうでした」



日が暮れそうになったころ、川沿いに造られた茶色い石造りの建物が立ち並ぶ街が見えてきた。


北から流れてきた川が城をUの字にぐるっと回って東に流れていた。


その川に囲まれた丘の上に、街を見下ろすように石造りの重厚な城が建っていた。


城の近くには邪竜教の教会が建っている。


「街の名前はヴァイオレット。この街と城はすぐ近くにある巨人族に対する重要拠点なの」


「そうなんですね。もうそろそろ最前線ですか」


「ええ。城門の前で降ろして。荷物を取ってくるから。セイジはそこで待ってて」


「はい」


空から城門の近くに降りると、ローザさんが城門から敷地内に入っていった。


しばらくすると、布に包まれた大きな荷物を持った二人の衛兵とローザさんがやってきた。


「セイジ。これを持って」


「はい」


僕は衛兵さんから2mくらいの太くて長い荷物を受け取った。


すぐさま超能力で浮かせ、持ったふりをする。


「見た目に寄らず力持ちなのね」


「何とか持ててます」


「そう。だったら宿屋に行きましょうか。明日エルフの支配地に向かうわ」


「はいっ」


「なんだかうれしそうね。エルフに会うのがそんなにうれしいの?」


「え。いえ。エルフに会ったことないので、うれしいとかないですよ」


「そう。まあいいわ。やっぱりエルフの支配地に行くのはやめるわ。最前線の砦に向かいましょう」


「えっ!?」


「やっぱり期待してたんじゃない」


「いや。まあ。一度は見て見たいなと思っただけです」


「そう。安心して。砦にもいるから」


「そうですか」


「宿屋に行くわよ」


「はい」


僕たちは空を飛び街の宿屋に向かった。



翌朝、僕たちはエルフがいるという、魔人国と巨人族との戦闘の最前線にある砦に向かった。


僕たちはいつものように空を飛んで砦を目指していた。


「エルフは魔人国にも住んでいたんですね」


「住んでいるというか、エルフの国から出稼ぎに来ているだけよ」


「そうなんですか」


「魔人国や巨人族と交易してるわ。エルフの国の農産物や森で狩った魔獣や海で捕った魚を売ったりね。巨人族との戦争にも傭兵として参加もしているわ」


「え。傭兵ですか。強いんですか?」


「まあね。精霊魔法の使い手だし肉弾戦もそこそこやるわ。悪魔ほどではないけど魔人よりは役に立つわね」


「そうなんですか。それでも巨人族と交易できてるんですか?」


「巨人族側の傭兵にもなってるわ」


「え。仲間同士で戦うんですか?」


「戦うけど命までは取らないみたいよ。エルフ同志で優劣付けているみたいね」


「はあ。お互いそれでいいんですか」


「いいのよ。エルフを多く雇ったほうが優勢になるだけよ」


「なるほど。それで支配地って何なんですか?」


「あいつら、勝手に魔人国であちこちに街を造ろうとしたから、魔人国が住む場所を指定したのよ」


「そうなんですね」


「そういえば、あんた。エルフの国がどこにあるか知ってたのに会ったことないのね」


「はい。エルフの国と僕がいた国の間にあった国々が魔獣の襲来によって滅びまして、交流がなくなっているみたいです」


「へえ。人間って脆弱ぜいじゃくなのね」


「そうですね。それにエルフの国は国全体がダンジョン化しているそうですよ」


「ああ。そうみたいね。エルフの国にも『創造の柱』があったからね」


「そうなんですか。エルフは魔人国まで飛んできてるんですか?」


「船よ。細長い船」


「船?海の魔獣に襲われたりしないんですか?」


「精霊魔法を使えば滅多に気付かれないんだって」


「へえ。便利ですね」


いくつか森を越えたところで休憩に入った。


「もうすぐ魔人国の砦に着くわ。魔人国と巨人族の領地の間に、島を横断する長城が築かれているからすぐわかるわ」


「なるほど」


「そうだ。最前線で戦っている人たちのために、お土産みやげとして魔獣を狩っていこうかしら」


「はあ。何か美味しい魔獣を知っているんですか?」


「そうねえ。森の中を進んでいれば何かしらに遭遇するでしょ」


「まあそうですね。何でもいいんですか?ちなみに僕は魔獣を食べたことないので、見ただけじゃ味はわかりませんよ」


「そうだったわね。貧しい家の生まれだったのね」


「そう言う訳じゃないんですけど。ローザさんは狩猟で魔獣を狩っているんですよね。安心です」


「まあね。でも今回はあんたが狩りなさい。召使いでしょ」


「え。どんな魔獣でもいいんですか?」


「いいわよ。何でも美味しいから。次に遭遇した魔獣を狩りなさい」


「え。適当でいいんですか?わかりました」


僕たちは、うっそうと草木がい茂る森の中を歩いて進んだ。


ガサガサッ


初めて遭遇そうぐうした魔獣は、角が生えた赤紫色の蛇だった。


「角蛇か。いいじゃない。セイジ。あれ捕まえて」


「はい」


(大蛇並みに大きいな。火を使うわけにはいかないし、どうしよう)


角が生えた蛇は僕たちに気付き、「シャーッ」と大きく口を広げて威嚇いかくしてきた。


僕は魔剣『白妙しろたえ』を鞘から抜き、角蛇の頭上にテレポートさせた。


そのまま蛇の頭に向かって高速で落とした。


ズサッ


見事に角蛇の頭をつらぬき、息の根を止めることができた。


「へえ。あんた中々やるわね。転移魔法を軽々使いこなすとわね」


「ありがとうございます」


「もう一匹くらい狩りましょうか」


「え。足りませんか?」


「砦に何人いると思ってんのよ。私が無能だと思われるじゃない」


「はあ。すみません」


「角と魔石の回収は料理人に任せていいわよね。さあ。次いくわよ」


「はい」


角蛇と布に入った荷物を宙に浮かせ、僕たちはさらに森の中を進んでいった。


次に遭遇した魔獣は鳥の翼が生えたウサギだった。


大きめのウサギの魔獣の毛の色は、白に近い紫色をしていた。


「あ。セイジ。あれを絶対捕まえなさい」


「はい。美味しいんですか?」


「ええ。あ、逃げた。追いなさい」


「はい」


僕は、僕たちの姿を見てすぐに逃げ出した翼の生えたウサギを追いかけた。


ウサギの魔獣は翼があるのに空を飛ばなかった。


(空を飛んでくれた方が倒しやすかったな)


草木に隠れながら移動するウサギの魔獣にてこずったが、僕は何とか魔剣を翼の生えたウサギに突き刺すことができた。


ローザさんのいた場所からかなり離れてしまった。


(どうしよう。ここで待ってたら彼女の方から来てくれるかな)


僕は右指にからみついている青い糸を見た。


しばらくすると、なぜか黒い犬を連れたローザさんがやってきた。


「ねえ、パパ。この黒妖犬こくようけんを飼っていい?」


「え。パパじゃないです。どうしたんですか急に」


「えっ。まだ効いてないのっ。しぶといわね。まさか何かしらの抵抗魔道具を持ってるのかしら」


「え。もしかして僕に何かしてるんですか?」


「は?何もしてないわよ。自意識過剰の被害妄想がはなはだしいわね」


「はあ。そうですか。それにしてもまたその犬ですか。野生の黒妖犬だったんですね」


「そうよ。あんたが殺したせいで新しい犬を探すことになったじゃない」


「はあ。すみません」


「さあ。お土産もペットも確保したし最前線の砦に向かうわよ」


その後もたまたま遭遇した魔獣を狩ることになって、結局8匹の魔獣を捕獲した。


ローザさんはまだまだ魔獣を狩るつもりだったが、僕はこれ以上持てないので丁重ていちょうにお断りした。


森を抜けると僕たちの前に高く長い石の壁が現れた。




長城に沿って進んでいくと砦が見えて来た。


ローザさんの姿を見つけた魔人の衛兵が近寄ってきた。


僕の周りに浮かんでいる魔獣たちにびっくりしていた。


「調理室に案内して頂戴。魔獣を運んであげて」


「はっ」」」」


ローザさんは砦の衛兵に案内されて砦の中に入っていった。


僕は衛兵さんに魔獣を何匹か預け、ローザさんの後を追いかけた。


砦の調理室にいた料理人に魔獣を渡した。


「お土産みやげよ。みんなで食べて。ついでに私の分も作って」


「はっ」


僕たちは砦の貴賓室きひんしつに案内され、料理が来るのを待った。


料理が続々と運ばれてきてローザさんがバクバク食べ始めたが、僕は食べないでローザさんが食べているのをながめていた。


そこに料理人が入ってきた。


「リチャード様のローザ嬢様。お味はいかがでしょうか。料理の説明をいたします。魔獣の肉をミンチにしまして麦や野菜、野草を魔獣のあぶらと共に魔獣の胃袋につめて煮たものでございます。魔獣の血液の芳醇ほうじゅんな香りを生かした調理にしてみました」


「モグモグ。うん。美味しいわ。バクバク」


「お褒めにあずかり光栄にございます」


(味の想像がつかないな)


猫のような目をした料理人の魔人さんが、僕に話しかけてきた。


「お嬢様の客人ですか?」


「はい。そのようなものです」


「この目が気になりますかな?」


「はい。なんか格好いいですね」


「ほほ。ありがとうございます」


「戦いで視力を失ったのですが、ヒョウの悪魔様に魔猫の魔眼を移植していただき、見えるようになりました。暗視の魔眼なのです」


「そうなんですか」


そこにローザさんが会話に入ってきた。


「そうなのよ。ヒョウの悪魔の一族は代々合成獣の研究に熱心でね。様々な素材で色々な魔獣を作ったりしてるのよ。何が楽しいのかしらね。まあ、料理人の役には立ったみたいだけどね」


「はい。いくら感謝してもしきれません。それでは私はこれで失礼いたします」


料理人が部屋から出ていった。


「ふー。食べた食べた。さて団長に会いに行くわよ」


「団長?ここの責任者ですか」


「そうよ。魔人にしては強い奴なの」


「そうなんですか」


僕たちが外に出ると衛兵が待機していた。


「団長の所に案内して」


「はっ」


僕たちは砦の最上階にある団長の部屋に案内された。


部屋に入ると大きな机に腰かけていた団長がいた。


ローザさんの姿を見た団長は、急いで立ち上がり挨拶をした。


「ローザ様。こんなところまでご足労そくろういただき感謝いたします」


「いいのよ。仕事だから」


団長がチラリとローザさんの後ろに控えている僕と、僕が持っている荷物を見た。


「彼が持っている荷物が例の?」


「そう。片腕の巨人と話は着いたわ」


「吸血の魔女ですか」


「ええ。あんたも来る?」


「いえ。私はここを守る任務がありますので。衛兵をお供させます」


「そう。わかったわ。エルフはいるかしら?」


「はい。客室にいるかと。エルフに何か用でございますか?」


「いろいろとね」


団長は赤いマントを着用していて、腰にはロングソードをぶら下げていた。


マントの中には金属の板がついた楔帷子くさびかたびらを装備していた。


部屋のすみには、灰色の毛の大型犬が2匹いて静かにせていた。


「そうそう。団長の犬って合成獣だったわよね」


「はい。ヒョウの悪魔様にゆずっていただきました」


「役に立ってるの?」


「それはもう。私の命令をよく聞きますし、不壊の心臓を持っていますので頼りになります」


「そう。団長には期待しているわ。巨人族をこの島から追い出すためにその力を振るって頂戴」


「はっ。力の限り戦います」


団長は腰に吊るしてある剣を力強く握りしめた。


「その剣が炎の巨人を打ち取った魔剣ね」


「はい。魔剣と魔剣に塗られた悪竜の毒の力を借りましたので、己の力とは言えませんが」


「それもあなたの力だわ」


「有難きお言葉です」


「ついでだから手を見せて」


「はい」


団長が手袋を外して手を突き出した。


団長の肌の色は薄紫色だったが、その手は鮮やかな緑色をしていた。


「ふーん。これが噂の『癒しの手』か。見たところ特に変わったところはないわね」


「はい」


「どんな水でも回復が付与されるの?」


「いえ。すくった水だけです」


「ああ。そうだったわね。便利な力ね」


「はい。国王様に過分な能力をさずけていただきました。魔人国のために身命しんめいして戦います」


「ええ。頼んだわよ。それで、そのマントがあれね」


「はい。炎の巨人の皮膚から作られたマントです。火属性に耐性があります」


「そう。聞きたいことは聞けたんで行くわね」


「はい。御用があれば何なりとお申し付けください」


「ええ。じゃあね」


僕たちは団長の部屋から退出した。


「ローザさん。部屋にいた犬の魔獣の心臓は不壊なんですね。不壊の心臓を持っているのは悪魔だけかと思っていましたよ」


「私が知ってる限り不壊の心臓を持っているのは悪魔だけよ」


「え。じゃあ、あの犬の魔獣は?」


「悪魔の心臓を移植したのよ」


「えっ。そうだったんですか。あれ?心臓があれば悪魔は復活するんじゃないんですか?」


「そう。普通わね。ヒョウの悪魔の一族はどうやったか知らないけど、再生しないような仕組みをみ出したのよ」


「そうなんですか」

(竜神教会に封印されていた心臓は、ヒョウの悪魔の一族が作ったものだったのかな)


「でも最近は移植してないみたいだけどね」


「どうしてなんですか?」


「悪魔の方が強いからよ」


「そうですね」


「エルフに会いに行くわよ」


「はいっっ」


「元気のいい返事ね。初めて聞いたわ」



衛兵さんにエルフがいる客室に案内してもらった。


「ローザさん。エルフってどんな人たちなんですか?」


「簡単に言えば、エルフは農耕や鍛冶などの技術があり、商人としての能力も高いわ。そして実力至上主義で女性中心の社会を築いている。身体能力が高く精霊魔法の使い手が多い。こんなものかな」


「そうなんですね。教えてくれてありがとうございます」


客室に入ると3人のエルフがいた。

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