第109話 煙の街と海運都市

僕たちは温泉街ピオニーを出発し、次の街に向かって空を飛んでいた。


「そういえば、ローザさんは海底神殿で何をしてたんですか?」


「魔人国軍が劣勢だって父上から聞いたから様子を見に行ったのよ。そうしたら全っ然戦ってなくて。膠着こうちゃく状態を打破するために私が帝国側の戦力を削ってあげたのよ」


「そうでしたか。それで迷子になってたんですか」


「は?迷子じゃないし」


「黒馬の悪魔さんが迷子のお嬢様を探してるって言ってましたよ」


「は?アルマのやつ。覚えてなさい。父上に言いつけてやるんだから」


「黒馬の悪魔を知ってるんですね」


「アルマは父上が面倒を見ている悪魔よ」


「なるほど。では蛇の悪魔は知ってますか?帝国で偶然会ったんですけど」


「蛇は何人か知ってるけど、特徴は?」


「ジョークが好きな悪魔でしたね。竜に乗ってました」


「ああ。毒蛇の奴ね。社交界で詰まんないジョークを言って一人で笑ってたわ」


「え。そうなんですか。ところで魔人国で内乱が始まりましたけど、帝国への侵攻は一時中断ですか?」


「そうかもね。でも内乱をすぐに終わらせて再開するわ。邪竜様が魔人国のために海底洞窟を造ってくださり、大陸への道を開いてくれた。だから私たちは海底洞窟を取り返さないといけないの」


「そうですか」


「私からも聞きたいことがあるわ。あの呪いの椅子は何なの?」


「悪魔の物ですよ。君に出会う前に海底神殿で会いまして、魔法で眠らされちゃいました」


「あはは。間抜けね」


「そうですね」


「その悪魔はどんなやつ?椅子を奪われるなんて大失態ね。処刑だわ」


「もう死んでますよ」


「え?」


「冒険者に殺されました」


「そう。自業自得ね。清々せいせいしたわ」


「はあ。そういえばその悪魔は魔眼を持ってましたね」


「ああ。フクロウの悪魔か。眠りの魔眼ね。そいつは国王派の悪魔だから死んでよかったわ」


「悪魔なのに国王派なんですね」


「まあね。悪魔だって一枚岩じゃないわよ」


「そうなんですか」


「フクロウの悪魔は国王に忠誠を誓ったことで魔眼の能力を手に入れたのよ」


「王城の地下にあると言う秘密の部屋でですか」


「そう。代々の国王や国王派の有力者は儀式によって何かしらの能力を授けられるの。父上もその場所をさぐってるんだけど、情報管理が徹底していて尻尾を掴めないのよね」


「そうなんですか。ところで進む方向はこのままでいいですか?」


「ええ。このまま北に向かって」


「わかりました」


しばらく飛んで行くと、前方に薄暗い煙が山のように立ち込めていて大地を覆っていた。


「あの煙の中に街があるわ。あそこで休憩しましょ。あんたも疲れたでしょ」


「はあ。凄い煙ですね」


「そうね。鉄鉱石とサラマンダーの石の産地。煙の街アマランスよ」


(大気汚染が起きているのか)

「煙の街ですか。サラマンダーの石って何ですか?」


「サラマンダーの石は鍛冶屋が燃料に使っている燃える石。一年中炉に火を入れているからサラマンダーが現れるそうよ。腕のいい鍛冶師の炉にはサラマンダーが住み着くんだって」


「へえ。そうなんですか。でも街の煙がすごいことになってますよ。健康に悪そうですけど」


「火属性の魔石は煙は出ないけど値段が高いからね。どちらにも火力と魔力があるのなら煙が出ても安い方を使うわよね」


「そうですか」


そうこうしているうちに僕たちは煙の中に突入した。


黒い煙で太陽が隠され薄暗い中を進んでいくと街の城壁が現れた。


僕たちは地上に降り、城門を通って街の中に入った。


するとローザさんがおもむろに仮面を装着した。


その仮面は白く小さな穴が無数に開いていて、目の部分にガラスのような透明なものが埋め込まれていた。


「どうしたんですか?」


「空気を清浄化する魔道具の仮面よ。汚い空気を吸いたくないから」


「そうですか」


僕の分はないようだ。


(どうやって空気を清浄化しているんだろ。防塵マスクみたいなものなのかな)


道行く人を見ると街の住人は、ほとんど仮面をつけていなかった。


(仮面の魔道具は高級品なのかな)


街並みはと言うと、酷く薄汚れた白壁に黒い木組みの建物が立ち並んでいた。


そして街の中には水路が整備されていた。


「水路が珍しいの?魔人国の街には運河が張り巡らされているところがいくつかあるわ」


「そうなんですね」


「この街は宝石の街としても有名なの。宝石職人が集まっているわ」


「へえ。そうなんですか」


「この街で作られた魔力のこもった宝石を父上にプレゼントされたこともあるわ」


ローザさんが右手のすべての指にはめている宝石を見せてくれた。


「すごいですね」


「でしょう」


(海底洞窟で出会った時には嵌めてなかったから、家に帰って嵌めてきたのか。お嬢様なんだな)


「食事をしたら次の街に行くわよ」


「はい」



ローザさんは街の大通りを進んでいき高級そうな料理屋に入っていった。


(なじみの店なのだろうか)


ローザさんが注文した料理は、ローストラムとスクランブルエッグ、ベーコン、ソーセージ、マッシュルームと白いパン。デザートに生クリームにイチゴを混ぜたものだった。


ローザさんは仮面を外し食事を始めた。


「この街の領主は女性なの。悪魔のね。暗闇の女王と呼ばれてるわ」


「昼なのに街は薄暗いですもんね」


「そうね。彼女は街に住んでないけどね。近くの山の難所に城を構えている」


「街は空気が悪いですもんね」


「それに彼女は武芸や魔術の達人でもあるの」


「へえ。すごいですね」


「彼女は父上を支持しているわ。だから会いに行く必要はないの」


「そうなんですか」


食事も終わり彼女はワインを注文した。


会話が途切れたのでローザさんに質問してみた。


「魔人国に冒険者はいるんですか?」


「いるわよ。昔あんたたちの大地からやってきた魔術師たちが、いろいろ制度を作ったらしいからね。そいつらもこっちの島で古代魔法文明の遺物を探してたわね。何が目的だったか知らないけど」


「そうなんですね」


「でも私は冒険者ギルドに行ったことないから、詳しいことは事はわからないわ。セイジ、この島で私の召使いをしながら冒険者活動するの?」


「いえ。そんなことはしません。気になっただけです」


「何が気になるのよ?お金?召使いに給料は払うわよ」


「魔人国にはどんな魔獣がいるのかなと思いまして。召使いにはなりません」


「魔人国の魔獣は、ほとんどが毒などの状態異常を引き起こす攻撃をしてくるわね」


「へえ。そういえばウサギの魔獣は精神攻撃魔法でしたね。魔獣を狩るのに慣れていましたけど、よく狩るんですか?」


「ええ。魔獣の狩猟は貴族のたしなみだから」


「そうなんですか」


「さて。次の街に向かうわよ」


「はい」


「今日はそこで宿を取りましょう」


「わかりました」




「北に飛んで頂戴。目的地は海運都市ブルイシュよ」


煙に覆われた街アマランスを離れ、僕たちは海運都市ブルイシュに向かった。


ブルイシュは南北に延びる魔人国の中央部の西にあり海に面している。


対岸には巨人族の国がある島がある。


「本当は北じゃなく西にあるグプラント地方に寄っていきたかったんだけどね」


「何があるんですか?」


「グプラント地方には巨人族の主要拠点があったんだけど、それを取り囲むように魔人国が城をたくさん建造したの。巨人の島からの援軍にも対応しながら中央にある巨人族の拠点を攻略したのよ」


「グプラント地方にはもう巨人族はいないんですか」


「ええ。この島で巨人族が残っているのは北部だけだよ。10城建造したうちの一つは私のおじいさまが建造したのよ。それを見せたかったんだけどね」


「そうなんですね。どんな城なんですか?」


「海に面した川の河口に建つ巨大で無骨な要塞と城壁で出来ている城よ。巨人族に見せつけるために今の国王が戴冠式をやった場所でもあるわ。グプラント地方の中心地だからね」


「そうなんですね。そういえば魔人国の国名って何て言うのですか?」


「魔人国の国名?もうすぐ変わるんだけど知りたい?『ウェステリア王国』よ。

もうすぐ私の父上が王になるから覚えるだけ無駄よ」


「ああ。君の父親が主導して内乱を起こしてるんでしたね。国名変わるんですか」


「そりゃそうよ」



休憩を挟みながら空の旅を続けていると、日が暮れる前に海運都市ブルイシュに着いた。


ブルイシュは川の河口にある都市で真っ白な城壁に囲まれていた。


僕たちは城門をくぐり街の中に入った。


「どこに行くんですか?宿屋?料理屋?」


「料理屋のある宿屋に行きましょう」


「はい」


僕は先行するローザさんについて行った。


「この街はね、国王が領主に自由都市の特権を与えているのよ」


歩きながら彼女は街のことについて話してくれた。


しばらく街の中を歩いていると中心地らしい場所に来た。


そこは広場になっていて正面に大きく立派な建物が3つ建っていた。


「建物の中央に白い塔がある左の建物が邪竜教教会。中央の四角い建物が領主の館。右の3つの塔がある建物が商業ギルドよ。この街は川を使って内陸の都市と交易したり、海を利用して内陸の特産品を他の都市に売って利益を得ている。煙の街や次に訪れる街とかね」


「そうなんですね」


「海沿いには巨大な倉庫街があって、そこには巨人族から奪った武器や魔道具が保管してあるわ。料理屋兼宿屋に行きましょう」


「はい」


ローザさんに連れていかれた場所は高級な店ではなかったが、そこそこおしゃれなお店だった。


「なじみのお店なんですか?」


「まあね。ここのお店の料理が好きなの」


「へえ。そうなんですね」


席について出てきた料理は、ビーフシチューのような肉じゃがのような料理だった。


僕は肉抜きを注文した。


「野菜たっぷりで美味しいですね」


「でしょ。魔獣肉が入っているともっと美味しいんだけどね」


「はあ。そうかもしれませんね」


ローザさんは酒のつまみに鳥の手羽先のようなものも頼んで、ビールと一緒に食べていた。


(美味しそうだけど。鳥の魔獣なんだよね)


食後は料理屋の上にある部屋で就寝した。



翌朝、僕たちは街の外に出て空に浮かんだ。


「島を横断するわよ。東に向かって」


「わかりました」


「まずは川に沿って上流に行ってちょうだい」


「はい」


幅の広い川を上流に向かって飛んでいると、川の途中に綺麗に護岸整備された運河が現れた。


「あの運河に沿って進んで。次の街まで繋がっているから」


「はい」


しばらく運河の上流に向かって空を移動しているとローザさんが話しかけてきた。


「ちょっとあそこ行ってみてよ」


彼女が指さす方を見ると湿原地帯が広がっていて、所々に水が溜まった大きな穴が開いていた。


「はあ。わかりました」


湿地に降りようとしたところ、突如、大穴の水の中から大きな蛇のようなものが現れ噛みついてきた。


「ぎゃっ」


僕は慌ててテレポートで上空に逃げた。


「ぎゃはははっ」


ローザさんは腹を抱えて笑っていた。


「一体なんなんですか」


「くくくっ。食べられたらよかったのに。ぎゃははっ。魔人国観光の一環よ。面白かったでしょ。体験型観光よ。くくくっ」


「いつまで笑ってるんですか。もう先に行っていいですか?」


「くくくっ。あの顔っ。いいわよ。行ってちょうだい」


「ところであの魔獣は何なんですか?」


「水が溜まった穴に住む魔獣よ」


「説明になってませんよ。見たところコウモリのような翼の生えたウツボみたいでしたね。3mくらいあったかな。それで美味しいんですか?」


「毒持ちよ。そもそもなんで食べようと思ったの。お腹すいてるの?」


「いえ。ローザさんが食べたいのかと。毒持ちでしたか」


「食べないわよ」



しばらく飛んで行くと大きな街が見えてきた。


「あそこよ。あの街は巨人族との戦いで前哨地として築かれたの。そして巨人族を北に追いやった後発展していったわ」


「そうなんですね」


「街の名はオーキッド。定期的に大市おおいちが開かれる商業都市よ。毛織物が有名ね」


「へえ。何の毛ですか」


「羊よ」


「なるほど。魔獣ですよね」


「当たり前じゃない。だから毛にも微量の魔力があるわ」


「毛織物の魔道具ですね」


「まあね。でもこの国では珍しくもないわ」


「そうですね。魔獣しかいませんもんね。その街で休憩するんですか?」


「いえ。通り過ぎるわ」


「え。どこに行くんですか」


「吸血の魔女の家」


「え。お知り合いなんですか?」


「まあね。重要人物だからね。今後について会談しておきたいの」


「そうですか。そういえば黒馬の悪魔さんも魔女さんと一緒に行動してましたよ」


「でしょうね。あいつも父上の命令を受けているでしょうから。セイジも吸血の魔女と会ったことあるのね」


「はい。偶然出会いました」


「そう。それは良かった。あなたの事を説明する手間がはぶけたわ」


僕は上空からオーキッドの街を眺めた。


赤いレンガで出来た邪竜教の教会が見えた。


僕たちは街の上空を通り過ぎていった。


しばらく東に向かって飛んでいると山脈が目前に迫ってきた。


「島の中央に南北に連なる山脈があって、谷が3箇所あるの。そこは東西の交通路として用いられているわ。そこを抜けると街がいくつかあるから。その先の海まで行ってちょうだい。そこに吸血の魔女の屋敷があるから」


「はい。そういえば魔女さんが街を滅ぼしてアンデッドだらけになっているんですよね」


「そうね。その街の近くの海が見える丘に吸血の魔女の屋敷があるわ」


「わかりました」

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