第108話 巨石魔法陣

僕たちは城塞都市モーブを出発し、巨石魔法陣を目指し北西に向かった。


空を飛んで進んでいると眼下の平原に、様々な大きさの無数の巨石が規則的に並んでいた。


「おお。あれが巨石魔法陣ですか。凄い景色ですね」


「え?石が並んでるだけだわ」


「え。はあ、まあそうですね」


僕たちは巨石が何重にも円形に並べられた巨石魔法陣の上空で止まった。


「地面に降りますか?」


「いえ。上から観光するだけでいいわ。封印の地を守るストーンゴーレムが潜んでいるし」


「ストーンゴーレムですか」


僕は千里眼を使い、巨石を一つ一つ確認してストーンゴーレムを探した。


巨石の色もいろいろで青、白、黄色などがあった。


「石に色が付いてますね。意味があるんですかね」


「さあ。あるかもね」


ローザさんは興味がないようだ。


すると、巨石の中に規則的な穴が開いた石板があった。


石板には、上部に目と口のように2つの穴と大きな穴が1つ開いていて、口の下に5つの穴が一直線に並んでいた。


その右に菱形ひしがた状に穴が4つと左に三角状に3つの穴が開いていた。


「石板に穴が開いているものがありますね」


「それもストーンゴーレムね」


「へえ。穴に魔法的意味があるんですかね」


「さあ」


「どうやって動くか知ってますか?」


「そこまで覚えてないわ」


「そうですか」


「次行きましょうか。北にもう一つあるわよ」


「はい」


空を飛んで北に向かうと、平原に今度は菱形に並べられた巨石群が現れた。


ここの巨石魔法陣は淡い緑色の石で出来ていた。


「おお。色々な並べ方があるんですね。巨人じゃないとあれほど大きな石は運べませんよね」


「そうね。でもわざわざ巨石で魔法陣を作らなくてもいいわよね」


「そう、ですね」


ここのゴーレムは丸石の下に逆三角形の体と手足が付いたものだった。


穴は開いてなかった。


(ゴーレムにも色々種類があるんだな)


「そういえば魔人国の王家は強いと言ってましたけど、魔人なんですよね?不死身の悪魔の方が強そうですけど。高位の魔法使いなのですか?もしかして魔人も不死身なのですか?」


「魔人は不死身ではないわ。悪魔も心臓を破壊されたら死ぬけどね」


「そうなんですか」


「王家は特別なのよ」


「特別ですか」


「ええ。魔人国の王城の地下に秘密の部屋があって、そこには初代国王が作った魔法陣が描かれているんだって。その魔法陣には強力な魔力が込められていて、それを見た者は体の一部を奪われる代わりに魔法が付与されるらしいの。そして現在の国王にはとある能力の魔眼が付与された」


「魔眼。その魔眼の能力が強力なんですか」


「そうなのよ。即死の魔眼よ。そのせいで国王は常に魔道具の眼帯をしている。うっかり側近を殺さないようにね」


「え。強すぎですね」


「うん。即死の魔法を発動すると目から光が出て、光を浴びた者すべてに有無を言わさず効果を発揮する。だから視線に入らないように国王を倒さないといけない。父上は何か策を用意しているようだけどね」


「そうですか」


「次の街は温泉の街ピオニーという場所よ」


「え。魔人国にも温泉に入る文化があるんですね。僕、入りたいです」


「文化?大げさねあんた。それに温泉に入ったりしないわよ」


「え。何しに行くんですか」


「領主に会うためよ。セイジと違って私は仕事なのよ。でもそうね。飲泉もいいかもね」


「はあ。飲むんですか」


「温かい水がある。飲む。それでいいじゃない」


「そうですか」

(温泉に入ればいいじゃない)


僕たちは再び空の旅を開始した。


ローザさんが温泉街の解説をしてくれた。


「魔人国が街を造る時に地面を掘り起こしたら、あの温泉が湧く神殿の遺跡が出てきたの」


「そうだったんですか。色々な場所を掘り返しているんですね」


「そうね。国を挙げて古代魔法文明の遺跡を探しているから、地面からいろいろな物が出てくるの」


「そうなんですか」


「古代魔法文明の遺物はなかなか見つからないんだけどね。1000年も経ったらどこにあったか分からなくなってるのよね」


「そうですね」


「その温泉は昔から聖なる泉と言われたらしく、当時その泉を中心に街が造られたそうなの」


「聖なる温泉ですか」


「ええ。神殿は巨人族より先に島に住んでいた先住民が建てた神殿で、泉の精霊をあがめていたらしいの。でも今は精霊はいないし、ただの温泉が湧き出る泉だね」


「そうなんですね。温泉は聖属性なんですか?」


「そんなわけないじゃない。私たち邪属性の生き物が飲んだら弱体化しちゃうでしょ」


「そうでしたか。温泉は何属性なんですか?」


「土属性よ。魔力が豊富なの」


「ああ。温泉ですもんね。ちなみに聖属性の泉はあるんですか?」


「聖属性の泉は見つけ次第埋めてるから」


「え」


「他の属性は残してあるわ。そもそも属性の勢力争いの結果、この島は邪属性になったの」


「そうですか。魔力も生存競争しているんですね」


「でも結局は魔力を利用している側の都合ね。セイジ、温泉街はかなり距離があるから飛ばしていってね。野宿することになるわよ」


「わかりました」


僕は温泉街を目指し速度を上げた。



「見えてきたわよ」


彼女の言う通り姿を現した街は3階建ての城壁で囲まれていた。


はちみつ色の城壁には窓がいくつも作られていて屋根もあった。


城壁の向こう側にも同じ色でいろどられた石造りの街並みが広がっていた。


「あれが温泉街ピオニーですか。変わった城壁に囲まれていますね」


「あれは城壁でもあり集合住宅でもあるのよ」


「え。城壁に住んでるんですか」


「合理的でしょ」


「そうですね。魔獣が襲ってきたら危なそうですけど」


「魔獣ごとき倒せばいいじゃない。セイジ、街の中心部の神殿に行ってちょうだい。そこに温泉があるから」


「わかりました」


街の中心地まで飛んで行くと、そこには巨大で豪華な神殿が立っていた。


神殿の建物の間にプールのような巨大な浴槽が作られていて、そこに水が溜まっていた。


「露店風呂ですか」


「昔はそうだったみたいね。でも入らないでね」


「はい」


僕たちが神殿の近くに降り立つと道を歩いていた住人に驚かれたが、彼女は気にすることなく神殿の中に入っていった。


「この建物は貴族や上流階級しか入ることが許されていないのよ」


「そうですか。僕は入って大丈夫なんですか?」


「召使いも入っていいわ。それに悪魔は生まれた時から上流階級だから平気よ」


「そうですか」


僕の腰から伸びている白い蛇の尻尾が揺れた。


神殿には円柱の柱がたくさん建てられていて、石の天井を支えていた。


「この街の近くにも巨石魔法陣があるわ。そこには魔槍が封印されているらしいのよ」


「へえ。そうなんですね。どんな魔槍なんですか」


「巨人の話によると槍の先端がものすごく熱い毒槍だそうよ」


「毒と熱ですか」


「何でもその魔槍の熱で温泉が出来ているとかいないとか」


「え。毒入りじゃないですか」


「毒を無害化するための巨石魔法陣だよ。熱の方はあきらめたみたい」


「そんなに強い毒なんですね。それにしても封印ばっかりしてますね」


「巨人族が言うには当時の巨人族と戦っていた、この街を造った先住民の武器らしいわ。その魔槍は恐らく依り代ね」


「へえ、巨人族はそんなすごい武器を持った先住民に勝ったんですね」


「当時の人間はろくに魔法を使えなかったからね。封印されている巨人族の王はあらゆる武器が効かない不死身の肉体だったらしいから」


「そうなんですか。そんな巨人族の王と敵対していた巨人族をどうやって倒したんですかね」


「力で体をバラバラにして巨石魔法で封印したんじゃないかしら」


「え。巨人族ってどんな種族なんですか?」


「属性持ちの脳筋ね。そして鍛冶の能力が高い」


「なるほど」


「巨人族も不死に近いわね。弱点がないわけじゃないけど。封印されている巨人族の王が不死身なのは、どこかにある『不死の泉』が関係しているらしいわ」


「へえ。聖属性の泉を埋めているのと関係があるんですか?」


「そうね。不死の泉が聖属性かどうかわからないけどね」



神殿の廊下を進んでいくと、空から見えた巨大な浴槽の場所に着いた。


巨大浴槽の温泉は屋根のついた石の床の廊下と建物に囲まれていて、温泉水が流れ込んでいた。


すると廊下の先に石の湯舟が置いてあった。


「なんだ。一人用の湯船があるじゃないですか。壊れてるものもあるけど」


「あれは巨人のコップよ。使い道がないから困ってるんだよね」


「え。ああ。そうですか。そういえば巨人族用の巨大な建造物がありませんけど、それは破壊したんですか?」


「巨人族は地下や洞窟に住んでるから地上に家はないわよ。建造物は地下の入り口くらいかな。それも特別巨大な建物でもないし」


「そうなんですか。温泉地は他の場所にもあるんですか?」


「ここが魔人国で唯一の温泉地だよ」


「そうですか」


僕たちは温泉が湧き出る部屋に入った。


そこには、地面に石のブロックで円形に形作られた穴から温泉が湧き出ていた。


そこからコップに汲んで飲む形式のようだ。


その部屋には先客がいた。


「これはこれはジェームス公爵のローザお嬢様。お久しぶりでございます。いつもの行程で領地を回られるているのですか」


(彼女の知り合いか。魔人みたいだけど)


「ええ。この後領主に会いに行くわ」


「そうでしたか」


「一杯貰えるかしら」


「もちろんです」


魔人の男が温泉水を汲んでローザさんに渡した。


(神殿の人だったか)


ローザさんが温泉水を飲むと、一瞬だけ青い馬の尻尾が姿を現したがすぐに消えた。


(そういえば彼女の父は青馬の悪魔だったな。ローザさんの青い顔は人間みたいだけど母親が魔人なのかな。幻術の可能性もあるか)


「セイジも飲む?」


「え。いえ、飲みません。お腹が弱いんで」


「そう。人間は貧弱なのね」


「ゴクゴク。うん。魔力が体内に染み渡るわ」


「ローザお嬢様、そちらの方は?はじめてお目にかかりますが」


「こいつは最近手に入れた召使いよ。前の召使いは死んじゃったから」


「そうでしたか」


「私行くわね。お腹すいたからご飯を食べに行くわ」


「はい。またのお起こしお待ちしております」


神殿を後にした僕たちは料理屋に入った。


ローザさんがテーブルに座って注文した。


「店主。ローストビーフ、ミートパイ、チェダーチーズ、アップルクランブルを二人分」


「かしこまりました」


僕もテーブルに座った。


「ずいぶん食べるんですね」


「そう?あんたが少食なんじゃない?」


「そうかもですね。ところでアップルクランブルとはどんな料理ですか?」


「アップルパイみたいなもの。お菓子だよ」


「なるほど」


しばらくして美味しそうな料理が出てきた。


(そういえば魔獣の肉食べてもいいのかな。少しならいいか)


アップルクランブルはスライスしたリンゴの上に砕いたクッキーを乗せて焼いたものだった。


美味しかったです。


「つぎの街はちょっとアレ何で一瞬だけ滞在して通り過ぎるわよ。今日はここで泊まるわ」


「はあ。わかりました」


僕たちは宿を取り部屋に入った。


「そういえば呪いの椅子からどうやって抜け出しですか?」


「あんたに教えるわけないでしょ。あんたをあの椅子に座らせて私のおもちゃにするんだから。あんたに受けた屈辱を許していないんだからね」


「え。何もせず解放したじゃないですか」


「解放?あそこは貴族用の牢屋よ。私を牢屋に入れるなんて許せないわ」


「すみません。知らなかったんです。教えてください。ローザ様」


「仕方ないわね。セイジがそこまで言うなら教えてあげるわ。どうせセイジにはできないから。心臓を抜くのよ。一般的に呪いは死んだら解呪されるからね。その後心臓を体に戻せばいいだけよ。わかった?」


「え。確かに僕にはできませんね。そんなことをしたんですか」


「そうよ。とんでもなく痛かったわ。王都に戻ったら絶対あの椅子にあんたを座らせるからね」


「そんなことより、こんなにのんびりしてていいんですか?北部で重要な仕事をするんですよね。エルフの支配地にも行かないといけないし」


「うるさいわね。いいのよ。時期をうかがってるの。私は考えて行動してるんだから」


「そうでしたか。すみません」


「それに会うのはエルフだけじゃないの。巨人族にも会うわ」


「え。戦ってるんですよね」


「ええ。巨人族も一枚岩じゃないってこと。右腕の無い巨人と交渉しにいくの。魔人族が内乱をしている間、巨人族同士で争ってもらうってわけ」


「なるほど」


「その巨人は元王族でね。右腕を返して復権してもらって王位をめぐって争ってもらうの。そうやって時間を稼いでいる間に魔人国国王の座に私の父が立つ」


「右腕ですか」


「あんたくらいの大きさだったわ」


「大きいですね。流石巨人族。それで右腕ってどうやって返すんですか?荷馬車か何かですかね」


「そうね。何とかなるでしょ。とある場所に運んでその巨人に取りに来て貰う予定になっているわ」


「罠だと思ってこないんじゃないですか?」


「来るわよ。王に返り咲くためには必要な物なんだから」


「そうですか」


「その腕を持って行く時期は、私がこれから会う人物に伝えてもらうことになっているわ」


「なるほど。だから観光をして頃合いを見ているんですね。さすがですね」


「ふふん。ようやく私の凄さを理解したようね」



翌朝、僕たちは温泉街ピオニーの集合住宅の城壁の城門を抜け、次の街に向かった。

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