第107話 ローザ

僕は悪魔の少女と一緒に西にあるという街に向かうことになった。


「あんた何で邪竜教会から出てきたの?もしかして熱心な邪竜教徒なの?」


「いえ。教会があったので何となく入ったんです」


「何よそれ。変な奴ね」


すると悪魔の少女が僕の背中にあるリュックに目を向けた。


「どす黒い魔力を感じるんだけど、何が入ってるの?」


「え。どす黒いですか?もしかしてあれかな」


僕はリュックから魔術書を取りだした。


「げ。死霊属性の魔術書じゃない。何でそんなもの持ってんのよ。あんた死霊使い?」


「いえ。違います」


その時、魔術書からレオナさんが現れた。


「違いますう~。セイジ君はそんなんじゃありませ~ん」


「ぎゃっ。アンデッド?こわっ。あんたゴーストにりつかれていたのっ」


悪魔の少女が僕から距離を取り、手を前に出した。


「え。いや、確かにりついていますけど」


「ゴーストにき殺される前に私が殺してあげるわっ。有難く思いなさい」


「違うんです。りつかれているんじゃなくて僕の体に住んでただけなんです。依頼人なんです。今は体に住んでません」


「はあ?駄目だこりゃ。完全に精神を乗っ取られてる。とっとと消滅しなさいっ」


悪魔の少女がレオナさんに向けて魔法を発動しようとした。


「セイジ君助けて~」


レオナさんは魔術書の中に戻っていった。


「ちっ。その魔道書を渡しなさい。燃やしてやるわ」


「だから駄目ですって。彼女は何もしませんから」


「まあいいわ。いずれ私のものになるんだし。ゴーストきの召使いって貴重よね。でも私に襲い掛かってきたら容赦なく滅ぼすからね」


「それで構いません。でも僕もレオナさんも君の召使いにはなりませんからね」


「ふっ」


鼻で笑われた。


その後、僕たちは街道を西に向かって歩き始めた。


「疲れたわ。あ。あんた浮遊魔法が使えたわね。私を浮かせて移動しなさい」


「はい。一度触さわらないといけないんですけど、いいですか?」


「は?そんな手順が必要な魔法なの?聞いたことないんだけど」


「はあ。そうなんですか。でも僕はそういう仕様なんです」


「わかったわ。手を出しなさい」


「はい」


バシッ


僕が出した手を悪魔の小女はたたいた。


「これでいいでしょ」


「はい」


僕は彼女を浮かせた。


「おお。変な感じね。でも楽でいいわね」


しばらく進むと浮遊に飽きたのか彼女が話しかけてきた。


「何か話しなさいよ。召使いの仕事でしょ。気がかないわね」


「はあ。すみません。えーっと。内乱はどちらが優勢なんですか?」


「もちろん父上に決まっているじゃない」


「そうなんですか」


「魔人は無駄に数が多いだけ。悪魔は数が少ないけど強いのよ」


「ですか」


「ただ、王家の一族だけは魔人だけど飛びぬけて強いわね」


「へえ」


「でも王家を追い詰めて降伏させればいいだけよ」


「そうなんですか。そういえば、君の名前を教えてもらってもいいですか?僕はせいじです」


「えっ。あんた高貴な女性である私の名前を聞いた?」


顔を赤くする悪魔の少女。


(あれ。これってまさか。魔人国では貴族の女性の名前を聞いちゃダメなのかな)


「もう、仕方ないなあ。召使いのあんただから教えてあげるんだからねっ。私の名前はローザよ。覚えておきなさい」


「はあ」


「セイジ、空を飛べるわよね。日が暮れるまでに西の街に行くことにするわ」


「はあ。では」


僕は彼女と共に空に浮かんだ。


「行きますねー」


「いけーっ」


しばらく景色を見ながら空の旅を楽しんでいたローザさんだったが、すぐに飽きたようでジッと前方を見ていた。


(話しかけたほうがいいのかな)


たまにローザさんの指示を聞きながら、空を飛び野を越え山を越え進んでいると、突然ローザさんがこちらを見た。


「セイジ。魔獣を狩るわよ」


「え。はい。狩ってどうするんですか?」


「食べるに決まっているでしょ。セイジのせいで食事取れなかったからお腹すいたわ」


「え。食べて平気なんですか?」


「ん?どういう意味?」


「魔獣化しないんですか?」


「ククッ。魔人も悪魔も魔獣化に適応した者の子孫なのよ。だから食べても平気だわ」


(そういえばそうだった。赤竜さんに教えてもらったことを忘れてたよ)

「そうなんですか。僕は無理なので普通の獣を狩りますね」


「普通の獣はいないのよ。この島は魔力が濃すぎるの」


「そうでしたか。じゃあ、草を食べます」


「勝手にして。私は魔獣を狩って来るわ。セイジは火属性魔法も使えたよね。火でも起こして待ってなさい」


僕たちは森の中に着地した。


ローザさんは森の中に魔獣を探しに走っていった。


僕がその場で野草を採取してると藪がガサガサと音をたてた。


「!?」


藪から出てきたのは白蛇のランだった。


ランはすぐに僕の体に絡みついた。


(セイジ様、ただいま戻りました)

(お帰り)

(金魔猫のココに事情を説明しました。セイジ様が戻ってくるまで宿屋で待つそうです)

(そう。わかった。ありがとう)



僕がポーション煮を作っていると、ローザさんが大きめのウサギの魔獣を手に持って現れた。


ローザさんは白蛇のランを見ていやな顔をしたが、特に何も言わなかった。


「私のウサギも焼いて。セイジの仕事よ」


「はい。解体出来ないんでそのままでいいですか?」


「は?使えないわね。私がやるわよ」


ローザさんはウサギの魔獣を手早く解体し、肉を僕に渡してきた。


紫色の魔石が入っていた。


「魔石を洗ってくれる?」


「はい」


僕は魔石を受け取りポーションで洗った。


「それ何が入ってるの?」


ローザさんは魔道具の水筒で手を洗いながら聞いてきた。


「えっと。薬草の入った水ですね。美味しいですよ」


「いらないわよ。あんたどれだけ薬草が好きなのよ」


僕は発火をもう一つ発動し、ウサギの肉を空中で焼き始めた。


「焼き加減はどうしますか?」


「しっかり焼いてちょうだい」


「はい。わかりました」


「そっちの野草汁はまずそうだね」


「え。まあ、そうですね。僕は好きですけどね」


「肉はあげないからね」


「食べません」


「そう」


「ウサギの魔獣は強かったですか?」


「弱いわよ。精神に干渉する魔法を使うけど私には効かないから」


「え。どんな感じになるんですか」


「不安になるだけよ。邪属性初級魔法だね」


「そうですか。ローザさんは魔石は食べるんですか?」


「食べないわよ。あんた悪魔を何だよ思ってるの?消化出来るわけないでしょ」


「そうですね。失礼しました」


ウサギのお肉がしっかり焼けたので彼女に渡した。


「ご苦労様。美味しそう」


彼女はポケットから塩を取り出し振りかけた。


(塩を用意してたのか。さすがお嬢様だな。手掴みだけど)


彼女は手に持ったウサギのお肉をガツガツとむさぼり食っていた。


(本当にお嬢様なのかな)


食事が終わったところで僕は彼女に質問してみた。


「君は悪魔でいいのですか?」


「そうよ」


「頭は動物じゃないんだね」


「人の顔をした悪魔もいるわよ」


「そうなんだ。どうやって見分けるの?」


「尻尾よ」


彼女の尻を見たが何もない。


「どこ見てんのよっ」


「すみません」


「隠してるのよ」


「そうですか。なぜですか?」


「身元が分からないようにするためよ。公爵の娘よ?命を狙われて当然でしょ」


「そうなんですか」


「行くわよ」


僕たちは再び西の街を目指し空の旅を開始した。


しばらく進むと森の近くの平原に円形の城塞都市が見えてきた。


上から見ているので街の構造がよくわかる。


「あれが目的の街、領都モーブよ」


「へえ。凄く頑丈そうな街ですね」


「まあね。巨人族との戦いのために造られたんだから」


「そうなんですね」


「魔人国の西に巨人族が住む島があるのよ。巨人族がいつ攻めてくるかわからないからね。この島の北部にもいるけどね。北部の巨人を駆逐したら西の島を攻めるわ」


「はあ。そうですか」


「何?興味ないの?」


「そうですね」


呑気のんきなやつね。巨人族が人間どもの味方とでも思ってるの?」


「いえ。会ったことないんでわかりません」


「私についてくれば巨人族の傲慢ごうまんさがわかるわよ」


「はあ。そういえば僕がいた街は何て言うんですか?」


「は?あそこは王都よ。王都ライラック」


「そうだったんですか。どうりで立派な街だと思いました」


モーブの街は、ほぼ真円に近く、堀は二重で土塁は三重になっていた。


一番外の土塁の部分に城壁が建てられ、ぐるっと街を一周していた。


街の真ん中には、石造りの城が築かれていて、城の近くには高い尖塔がある教会が建っていた。


街は藁ぶき屋根の建物が多く見受けられた。


「あの邪竜教会の建物は魔人国で一番高いのよ」


「へえ、そうなんですね。僕はこのままでは街の中に入れませんから透明になりますね」


「必要ないわ。体に巻き付いている蛇を尻尾の代わりにしなさい」


「そんなことでごまかせますかね」


「大丈夫だから」


「はあ」

(ラン、お願いできるかな)

(お任せください)


ランは腰に巻き付き白い尻尾をたらした。


「似合ってるわよ」


「ありがとう」


僕たちは地面に降り、木製の橋を渡って城塞都市モーブに入った。


石畳の道を歩いていたが特に街の住民に注目を浴びることはなかった。


「目立ってないようですね」


「一般の魔人は帝国の人間など見たことないわ。見たことない姿を見たらまず悪魔だと思うわよ」


「そういうものですか」


彼女は迷いなく料理屋がある高級そうな宿屋に入っていった。


「ここゴーストが出る店なの。人気店なのよ」


「え。退治しないんですか」


「害はないわ。あんたも飼ってるじゃない」


「そうでした。飼ってはいませんけどね」


「今日はこの宿屋に泊まるから」


「はい」


「まずは食事にするわ。スコーンでいい?」


「はい」


ローザさんは店の真ん中にある石造りの頑丈なテーブルに座った。


僕も座るとそのテーブルはガラス板で覆われた井戸だった。


「井戸?」


「そうみたいね。店主」


ローザさんが店主を呼ぶと女性の店員が現れた。


「スコーンを頂戴。チーズとドライフルーツが入ってるものある?」


「はい。ございます」


「飲み物はリンゴ酒。彼にも同じものを」


「わかりました。すぐにお持ちしますね」


店員さんが料理を取りに行き、すぐに戻ってきた。


「お待たせしました。スコーンとリンゴ酒です」


僕は井戸が気になったので聞いてみた。


「店員さん、ちょっといいですか?」


「何ですか?」


「ここだけ井戸みたいですけどなぜなんですか?」


「ああ、お客さん知らないんですか」


「はい。この街には初めて来ました」


「そう。この古井戸はですね、昔女性が投げ込まれて死んだのです。だから使えなくなりましてね。ガラスでふたをしているのですよ」


「え。そんなことがあったんですか」


「それからゴーストが現れるようになりまして。そのうわさが広がってお客が増えたんですよ」


「はあ。怖いもの見たさですか。退治しないんですか?」


「今の所、被害はないようなので」


「わかりました。ありがとうございました」


店員さんが離れていった。


ローザさんはもぐもぐスコーンを食べていた。


「ゴーストに興味あるの?すでに飼っているのに」


「いえ、そういう興味はないです」


「そう」


僕もスコーンを食べることにした。


スコーンを食べるのは初めてだ。


(ん~。あんまり甘くないパンみたいなものか)


すると幽霊のレオナさんが話しかけてきた。


(セイジさ~ん。この店、幽霊さんがいっぱいいますよ~)

(え。そうなの。店変えようかな)

(大丈夫ですよ~。私が食べてきましょうか~?)

(え。いや、危険じゃないのならそのままでいいよ。このお店の売りみたいだから)

(そうですか~。それと井戸の周りには憎き石が埋まってなかったです~)

(そう。この井戸も違ったのか)


スコーンを食べ終わりリンゴ酒を飲んでいるローザさんが、今後の予定を話し出した。


「明日は北にある街に向かうわ。ついでにこの街の北西にある巨石魔法陣を観光に行くわよ」


「巨石魔法陣?」


「ええ。魔力が込められた巨石を環状や列状に並べて作る魔法陣だよ。この島を巨人族が支配していた時に巨人族が作ったものよ」


「へえ。そんなものがあるんですか」

(ストーンサークルみたいなものかな)


「魔人国の島にはいくつかあるけど、そこは最大規模の巨石魔法陣だわ」


「何のための魔法陣なんですか?」


「封印よ」


「封印ですか」


「遥か昔、この島に住む巨人族と隣の島に住む巨人族の間で争いが起こったらしいの。その時負けた隣の島の巨人族の王を封印しているそうよ。捕虜の巨人の言葉を信じればだけど。昔話だからね、確かめようがないの。そのせいでこの島が邪属性になったと巨人族は信じているらしいけど。この島が邪属性なのは邪竜様の支配地だからなのにね。不死身の巨人族の王の体をバラバラにして封印したそうよ。さらに巨人族の王が身に着けていた魔道具や武器も一緒に埋められているらしいの。何でも『生と死の棍棒こんぼう』という死者を生き返らせたり、即死させたりできる棍棒があるそうよ」


「そんなすごい魔道具があるんですね。掘り返さないんですか?」


「今の所はね。巨人族を屈服させてから巨人族に掘り返させるそうよ。危険度が分からないからね」


「そうなんですか」


「明日は朝から巨石魔法陣を見学して、その後は北の街に向かう予定よ」


「わかりました」


「部屋にいきましょ。同室だからね」


「はい。え?同室?」


「そうよ。襲わないから安心して」


「はあ」


僕たちは部屋に行き荷物を置いた。


「私は領主に会って来るから、先に休んでいなさい」


「はい。あれ?ついて行かなくていいんですか?お供が必要なんじゃ」


「ああ。魔人国の重要人物に得体のしれない人物を合わせるわけにはいかないわ」


「わかりました」


そう言うと彼女は宿屋から出ていき、しばらくして彼女は部屋に戻ってきた。


同じ部屋で寝ることになったが、何事もなく朝を迎えた。

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