第106話 悪魔の少女

ジュリさんはポーションを飲んでも体調が良くならなかった。


だがそれは肉体の問題ではないようだ。


精神的な疲労なのか、魂がないジュリさんの特殊な体質のせいなのか。


残念ながら僕には判断が出来ない。


「街の宿屋で休みたいところですけど、悪魔でも魔人でもない僕達では、街の中に入れてもらえないでしょうから無理ですね」


「そうですね。迷惑をかけてすみません」


「いえいえ。気にしないでください。帝国に帰りましょう。僕がジュリさんを転移魔法で連れて行きますよ」


僕の言葉を聞いたジュリさんは浮かない顔をしていた。


「帝国ですか。海底神殿での出来事で私は魔女と疑われてしまいました。帝国騎士団に狙われることになるでしょう。私は禁忌に手を染めてしまったのですから」


「でも、ジュリさんのおかげで海底神殿は帝国の支配地になったんですよ」


「はい。竜神様の啓示を無事に遂行できて私は幸せです」


「ジュリさんは立派でしたよ」


「ありがとうございます」


すると人化したままだった金魔猫さんから提案があった。


「私が悪魔に変身して宿屋で部屋を借りるというのはどうでしょう。セイジはジュリと共に透明化してついて来てください」


「おお。悪魔にも変身できるんですね」


「見た目だけです」


「それで十分ですよ。そうしましょう。それでいいですか?ジュリさん」


「はい」


ジュリさんがゆっくりと立ち上がったが、姿勢を維持できずふらついた。


僕は思わず手を伸ばしジュリさんを支えた。


「歩けますか?」


「はい。何とか歩けると思います」


「無理はいけません。僕がジュリさんを浮遊魔法で浮かせますので、それでいいですね?」


「浮遊魔法ですか。わかりました。お願いします」


僕はジュリさんを宙に浮かせた。


「あっ。本当に浮いた。初めての経験です」


「気分はどうですか?」


「はい。平気です。空中に寝ているみたいです」


「そうですか。そういえば魔猫の小島にはどうやって渡ったんですか?空を飛んで行ったのではないんですよね」


「はい。氷の魔剣で湖の一部を凍らせて渡りました」


「なるほど。凄い威力の魔剣ですね。では猫さん、行きましょうか」


金魔猫さんは猫の姿に戻りジュリさんに飛び乗った。


透明化した僕たちは再び川沿いにある街に戻り、空から城壁をえ街の中に入った。


人気のない場所に行き、金魔猫さんがリスの悪魔に姿を変えた。


取り合えず宿屋で一泊して海底神殿に向かうことにした。


街の様子はというと、建物やお店の品物などアルケド王国やゴールドブルー帝国とそれほど変わったところはなかったし、道を歩く魔人も見た目は人間とあまり変わらなかった。


(街の住人は魔人がほとんどなんだな。獣人もいるのか。悪魔は見かけないな)


通りを歩く魔人たちは、リスの悪魔に変身した魔金猫さんを見ても特に反応を示さなかった。


魔人国の街を歩いていると様々な住人たちの会話が聞こえてきた。


「・・・」「魔道具通りは向こうだ」「・・・」

「・・・」「それなら屋台通りに行きな」「・・・」

「・・・」「鍛冶屋通りの中央だな」「・・・」


そういえば魔人国のお金を持ってない。


魔石を換金できるのかな。


「ジュリさん。金魔猫さんの名前ってあるんですか?」


「はい。ココちゃんです」


「そうなんですね。では、ココさん。魔人国のお金を手に入れるため魔石を換金したいので、魔道具屋に行きましょう」


「わかった」


僕たちは魔道具屋通りに向かった。


「この店にしましょうか」


お客さんの多い魔道具屋を見つけたので、そこで魔石を売ることにした。


「わかった」


ココさんに魔石をいくつか渡し換金を頼んだ。


しばらくするとココさんが店から出てきた。


「換金できました?」


「ああ。邪属性以外の魔石だったので高く売れた」


「そうなんですね」


ココさんが差し出した手のひらには硬貨が乗っていた。


金貨数枚と銀貨が十数枚あったが、魔人国ではどのくらいの価値があるのだろうか。


「よかった。このお金で宿屋に泊まることができますね」


宿屋を見つけたので、リスの悪魔に化けた金魔猫のココさんが部屋を取った。


僕たちは部屋に行きジュリさんをベッドに横たえた。


透明化を解除する。


「ジュリさん、今後はどうしますか?帝国から離れますか?それとも帝国内のどこか人がいない場所で暮らしますか?」


「そうですね。国外に行くのもいいですね」


「アルケド王国に行くなら僕の知り合いを紹介できますよ?」


「王国ですか。セイジさんはどうされるのですか?」


「ジュリさんを安全な場所に送った後は東に向かうつもりです。あてのない旅です」


「東。マゼンタ王国ですか。帝国の影響下にありますが、帝国騎士団もそこまで追ってはこないかもしれませんね」


「マゼンタ王国がいいですか?僕はどちらでもいいですよ」


「・・・。しばらく考えさせてください」


「はい。ゆっくり考えてください。体調はどうです?」


「まだ精神的にだるいですね。今回の事で私は魔力をほぼ失い、金魔猫のココちゃんのおかげで不死身なだけの無力な存在です。竜神教会で働き竜神様にこの身をささげるのもいいかもしれませんね」


しばらくすると、ジュリさんが目を閉じて眠りに入った。


そこで僕は金魔猫のココさんに聞いてみた。


「ジュリさんはどういった状態なんでしょうか。不死身じゃないんですか?」


「肉体は不死身だ。でも依り代の霊体を体に宿したり邪属性の強烈な魔力を浴びたりと無茶なことをしたせいで、ジュリの体内の魔力バランスが崩れている」


「そうなんですか。心配ですね」


「しばらく時間がかかるが治るだろう。もうすぐ日が暮れる。セイジも休め」


「はい」


「私がジュリに魔力を与える。私にはジュリに魂が入っている。ジュリにとって優しい魔力だ」


「なるほど。では僕も寝ますね」


すると金魔猫のココさんが猫の姿に戻り、ジュリさんの体の上に寝そべって目を閉じた。


僕は壁の方に行って宙に浮き寝ることにした。



翌朝、僕が目を覚ますとジュリさんはまだ寝ていて、ココさんは彼女の上に乗ったままだった。


すると、ココさんが目を開け床に飛び降り、リスの悪魔に変身した。


「セイジは魔人国の街を観光でもしてくるといい」


「そうですね。ではちょっと外をぶらぶらして来ます」


僕は透明化して街の中を観光しながら歩いていると、気になる会話が聞こえてきた。


「王都近郊で国王様が襲われたらしいぞ」

「何っ。誰に襲われた?国王様はどうなったんだ?」

「国王様はご無事だったらしい」

「そうか。それはよかった。それで襲ったのは悪魔側の貴族か?」

「ああ。そうらしいぞ。いよいよ始まったな」

「貴族は魔人の国王派と上級悪魔のリチャード公爵派に真っ二つに分かれてるからな」

「内乱が始まるのかね」

「そうだろうな」


僕は詳しく会話を聞きたかったが、彼らはどこかに向かって走っていってしまった。


(内乱か。いよいよ動き出したのか。吸血の魔女さんと黒馬の悪魔が深く関わっているようだったけど。戦いが激しくなる前に帝国に戻らないとな)


あてもなく歩いていると見たことがある建物が見えてきた。


(あれはジュリさんが一時的に捉えられていた建物か)


何だかその建物に近づいちゃいけない気がして、僕は道を曲がり離れることにした。


(そういえば、黒馬の悪魔が金魔猫さんの人化を見てエルフって言ってたな。エルフと交流があるのかな。それともエルフの国にも魔人国の手が伸びているのかな)


街の通りにいる人の話題は国王襲撃事件で持ち切りだった。


噂話を要約すると、魔人国の国王が海底神殿の支配を奪還するため、海底神殿に魔人国軍を派兵したそうだ。


国王も近衛兵と共に軍の激励のため海底神殿に向かっていたところ、悪魔派陣営に襲われたようだ。


(海底神殿に魔人国軍が集結しているのか。帝国に帰るときには十分に用心しないとな)


そろそろ宿屋に戻ろうかと考えながら道を歩いていると、目の前に竜神教会が現れた。


その石造りの立派な建物は他の建物と比べて高く、窓にはステンドグラスが嵌められていて豪華な造りをしていた。


(王国や帝国の竜神教会は要塞のような建物だったけど、魔人国は違うんだな)


思わず中に入ってみると、建物の中は吹き抜けで天井が高かった。


すると、中にいた長椅子に座っている人たちの話が聞こえてきた。


「今回の内乱、邪竜教はどちらを支持してるんだ?」


「邪竜教は国や貴族とは関係なく独自に動くから、どっちでもいいらしいぞ。どちらも邪竜様を捜索するらしいし」


竜神教会かと思ったら違っていた。


魔人国は竜神ではなく邪竜が信仰されているようだ。


(邪竜か。赤竜さんによると、この島と南の暗黒大陸を支配地にしてるんだったな)


僕は邪竜教会から出て宿屋に向かうことにした。


教会の敷地外に出たところで後ろから声を掛けられた。


「ちょっとあんた。ようやく見つけたわ。覚悟しなさい」


(女の子か。僕じゃないよね。透明だし知り合いいないし)


僕は振り返ることなくそのままスタスタ歩いていると、その子が僕の前に回り込んできた。


「待ちなさいっ。あんたよあんた。私の事を忘れたとは言わせないわっ」


僕の目の前に現れたのは、ジュリさんが閉じ込められていた部屋に捨ててきた青髪の悪魔の少女だった。


そして少女が僕の右手にそっと触れた。


「これであんたは私から逃げられないわ」


指を見ると、何本もの細い糸をねじって出来た青いひもが、指輪のように人差し指に絡まっていた。


(なんだこれ。とりあえずテレポート)


僕は少女の前からすぐさま逃げ出した。


「こらーっ。逃げたって無駄だぞっ」


僕はテレポートを繰り返し、少女からかなり離れた場所に移動した。


宿屋に向かって歩いていると、後ろから少女の声が聞こえてきた。


「待ちなさーい」


(え。逃げられない。この青い糸で僕の位置がバレてるの?)


このまま宿屋まで行くわけにはいかないので彼女を待つことにした。


「何か御用ですか?」


「あんた私にひどいことしたでしょ。仕返しよ」


「はあ。君も帝国の人にひどいことしてましたよね」


「あんたにはしてないじゃない」


「まあ、そうですけど」


「くっくっく。何をしてやろうかしら」


「あの、帰っていいですか?」


「何でよっ。あんたは私のものになるのよっ。犬やレッドキャップの代わりよっ」


「え。それは困ります。それに僕は既に他の人の下僕ですので無理です」


「なんでよっ。そいつのとこに連れて行きなさい。殺してやるわ」


「帝国の東の国にいるそうです」


「遠いっ。はあ。まあいいわ。魔人国にいる間は私のものってことで妥協してあげる」


「え」


「んで、何であんたが街中にいるわけ?」


「観光です」


「観光?何で帝国の人間が魔人国を観光すんのよ。まさか偵察するつもり?あんた密偵だったの?」


「いえ。偵察なんてしませんよ。帰ろうと思ったんですけど事情がありまして、しばらく魔人国に滞在することになりました」


「そう。いいわ。私が案内してあげる」


「え。いえ、お構いなく」


「遠慮しなくていいから。これから巨人族との国境にいくわよ。それにエルフの支配地にも。ちょうど父上に交渉役を任されていてね」


「おっ。エルフですか。ぜひ会ってみたいですね」


「なんだかうれしそうね。エルフに何かあるの?」


「え。いえ。特にないです。だったら巨人族の国にも行きたいんですけど」


「何言ってんの。それにだったらってなによ。巨人族は敵。島の支配をめぐって争ってんの。もう少しで追い出せそうなんだから」


「はあ」


「重要案件を任された私のお供をしなさい。上級貴族が召使めしつかいの一人も連れていないなんてありえないでしょ」


「はあ。誰かいなかったんですか?」


「いるに決まってるでしょ。私を誰だと思ってるのよ。あんたを見つけたんだから、あんたにしたのよ」


「はあ」


「いくつかの領地の領主と会談するのよ。内乱の説明と内乱後の協力をして貰うための挨拶回りよ。父上が王になるんだから」


(少女の父が内乱の首謀者だったのか。僕、やばい子と一緒にいるんだな)


「僕にもいろいろありまして」


「何?私の命令が聞けないの?観光してるぐらいだから暇なんでしょ」


「暇と言えば暇ですが、それでいつ向かうんですか?」


「今からに決まってるじゃない」


「え」

(どうしよう。この子を連れてジュリさんの所に戻れないよ。後で白蛇のランを宿屋に向かわせるか)


「さあ行くわよ。ついてきなさい」


「僕一人ですか?お嬢様なんですよね。護衛は?」


「あんたが殺したじゃないのっ」


「そうでした。困りましたね」


「だからあなたが私の護衛と身の回りの世話をしなさい」


「はあ。仕方ないですね」


「それじゃあ、まずは西に行くわ」


「西ですか。西?エルフの国は北東ですよね。それなのに西に支配地をもらったんですか」


「何いってんの。エルフの支配地は島の北部にあるわよ」


「え。エルフの支配地に行くんじゃないんですか?何で西に?」」


「行くわよ。エルフの領地だけじゃなく領地巡りもするって言ったでしょ。全然話聞いてないのね。ついでに観光しながら行けばいいじゃない」


「はあ。僕は構いませんけど」


「楽しみにしてなさい」


「はあ」


悪魔の少女はスタスタと歩き出した。


僕はリュックから白い玉を取り出しランをを召喚して、ジュリさんに言付ことづけを頼んだ。


白蛇のランが宿屋に向かって進んでいった。


「ちょっとあんた。さっさと私についてきなさいよ」


先を行っていた悪魔の少女が振り返り怒鳴った。


「はい」

(僕、ずっと透明だったけど彼女はお構いなしだったな。悪魔には透明化は通用しないのか)


僕たちは城門を抜け街の外に出た。

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