第104話 魔人国

僕は巨大洞窟内の空を飛び、先行する金色の猫を追いかけていた。


海底神殿の魔人国側の洞窟内の様子は、帝国のように砦を築くこともなく大岩があちこちに転がる自然の洞窟のままの状態だった。


眼下では、帝国との戦いに参加していなかったと思われる魔人国軍が整然と退却していた。


(魔人国は帝国への進攻を一旦いったん諦めるのかな)


この先に魔人国の島がある。


(魔人国か。結局行くことになっちゃったな。赤竜さんの話によると人間は住んでいないのかな。だとするとずっと透明化してた方がいいか)


長い坂道を上りきり巨大洞窟を抜けると、僕の視界の先に曇天どんてんの空が広がっていた。


(薄暗い国だな・・・。今日は天気が悪いのか)


空模様だけではなく森が広がる大地にも、紫色のもやがかかっているような雰囲気を感じさせた。


辺りを見渡すと、緩やかに傾斜した崖の上に巨大な城が建てられていて、魔人国軍がせわしなく動いていた。


(それにしても黒馬の悪魔アルマの姿が見えなかったな。すぐに追ったのに姿が確認出来なかったってことは、黒馬の悪魔アルマの方がテレポートの距離が長いのかもしれないな)


落ち着いたせいか黒馬の悪魔に蹴られた脇腹が痛み出した。


(痛たたっ。そういえば怪我してたんだった)


僕は飛びながらポーションを飲んだ。


金色の猫さんは疲れる様子もなく走っている。


魔人国では常に透明化を維持することにした。


街に入ってもお店に行けない。


宿屋にも泊まれない。


そもそも魔人国のお金がない。


冒険者ギルドカードも使えないだろう。


しばらく野宿で野草を食べる生活になりそうだ。



ほどなく進んでいると僕たちは森の中に入っていった。


ジュリさんを追って走っていた金色の猫さんが、急に止まってこちらを振り返った。


(どうしたんだろ。休憩かな?)

「休憩ですか?」


金色の猫さんは頷いて地面に寝転んだ。


(そういえばお腹すいたな)


リュックをあさってみたが何もなかった。


(ありゃ。そういえば最近野宿してなかったから保存食を買ってなかったな。野草でも採取するか)


僕はリュックを地面に置いた。


「野草を採取して来ますね」


金色の猫さんに話しかけたが特に反応はなかった。


僕が野草を採取して戻ってくると、金色の猫さんはいなかった。


(あれ。どこいったんだろ)


僕は久しぶりに野草のポーション煮を作った。


再びこの料理を食べる日が来るとは。


野草入りポーションを火で温めていると金色の猫さんが帰ってきた。


口にネズミのような魔獣をくわえていた。


金色の猫さんは自分で狩りにいっていたようだ。


(やっぱり金色の猫さんって魔獣だよね)


そういえば、3つの小島にいた金魔猫に似てるような気がする。


確認のしようがないけど。


金色の猫さんが僕とポーションをじっとみていた。


「焼きたいの?」


頷く金色猫さん。


グルメな金色猫さんだ。


僕はもう一個発火を発動しネズミを丸焼きにした。


「どうぞ」


大人しく待っていた金色の猫さんは、ネズミの丸焼きをガツガツ食べはじめた。


僕もポーション煮をいただく。


(なんだか野草の味が違うな。魔力が影響するのかな)


しばらく食後の休憩をして、金色の猫さんが移動を開始した。


僕は再び金色の猫さんを追いかける。


森を抜けると大きな川が現れた。


猫さんは川を上流に向かって走りだした。


すると対岸に城壁に囲まれた大きな街が見えてきた。


川に架かる橋もある。


しかし金色の猫さんは橋をすぐには渡らず、さらに上流に走って行った。


すると川のほとりに立つ巨大な建物が現れた。


城壁と間違えるくらい長いその建物は、真っ白で巨大な塔が両端と中央に立っていた。


(城なのかな)


「あそこの建物にジュリさんがいるんですか?」


金色の猫さんは無反応でさらに進みだした。


巨大な建物の隣に4本の塔が立つ四角い要塞のような建物が見えてきた。


それらの塔はそれぞれ赤、灰色、緑、黒色に塗られていた。


(あの色に何か意味があるのだろうか。施設の目的が違うのかな)


すると金色の猫さんが足を止めたので、僕も止まって誰も近くにいないことを確認したうえで透明化を解除した。


「にゃん」


金色の猫さんが手前の塔を見ながら鳴き、僕の頭に飛び乗った。


「あそこの建物に行けという事ですか」


僕は金色の猫さんとともに透明化した。


僕は空を飛び川を越え、その建物に近づいて行った。


その建物は高い壁で覆われていて、さら深い堀が掘られていた。


(やけに厳重だな。ジュリさんはここにいるのか)


金色の猫さんは僕の頭にいるので、どこを見ているのか分からない。


塔のどこかにいるだろうから順番に回ってみることにした。


(手前の赤い塔から行くか)


高い塀を超え敷地内に入り赤い塔の近づくと金色の猫さんが鳴いた。


(お。ここでしたか)


僕は赤い塔に接近し窓から部屋の内部を覗き見ることにした。


部屋にはベッドや椅子があり普通の内装に見えたが、奥には扉ではなく鉄格子が見えた。


(ここは牢屋なのかな。その割には快適そうだけど)


僕は上昇しながら各階層の部屋を覗きジュリさんを探した。


「にゃん」


とある部屋の外に来た時、金色の猫さんが鳴いた。


(部屋の中には誰もいないけど、ここなのかな)


僕は部屋の中に金色の猫さんと一緒にテレポートした。


金色の猫さんが僕の頭から飛び降りて透明化が解除された。


金色の猫さんは部屋の中をクンクンしながら歩き回っていた。


(犬みたいだな。ん?あれは)


僕も部屋の中を見渡していると、ベッドの上にジュリさんが着ていた男物の服を見つけた。


僕は服を手に取り丁寧に調べた。


(手がかりはなしか)


そのとき廊下から誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。


金色の猫さんが僕の頭に跳び乗ってきたので、僕は再び金色の猫さんを透明にした。


会話をしながら姿を現したのは鎧を着た魔人だった。


(警備の人かな)


二人組の警備員の一人が僕たちがいる部屋を覗きこんだ。


「あれ?ここにいた帝国の女はどこ行ったんだ?」


「ああ。ダンジョンに連れていかれたぞ」


「ダンジョン?守護獣の餌にでもするのか?」


「いや。なんでもあの女にやられたことをそのままやり返すんだとさ」


「そうなのか。依り代を持って行って海底洞窟を取り戻すのか」


「そうだ。そしてあの女を依り代の守護者にするつもりだそうだ。あの女は不死身らしいからな。まあ、精神がぶっ壊れるかもしれないらしいがな」


「なんでだ?」


「属性が真逆だからな。聖属性から邪属性じゃ相性最悪だ。まあ壊れても依り代を守るのに問題はない」


「そうだな。で、どこのダンジョンなんだ?」


「『剛勇ごうゆうの森』だ」


「ああ。あそこか。ここから近いし、アルマ様ならあの守護獣を倒せるだろうし丁度良かったな。それでアルマ様は遠距離転移魔法で行かれたのか?」


「そうだ」


「それにしてもこの階より上の牢屋に誰もいなくなっちまったな」


「そうだな。上まで登るの疲れるからよかったよ」


「そりゃそうだ」


警備の人たちが部屋の前を通りすぎていった。


(ダンジョンに連れて行かれたのか。早く助けないとまずいな)


頭の上にいた金色の猫さんが跳び降りた。


「猫さん。ジュリさんの居場所分かりますか?」


金色の猫さんは突然走り出し窓ガラスを突き破った。


ガシャーーン


(猫さんっ!?)


僕はテレポートで追いかけ、高所から落下する金色の猫さんを抱きしめ救助した。


「いきなり行動しないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」


金色の猫さんは僕の腕から逃れ、また頭の上に登った。


「あ。そうだ。ちょっといいですか。荷物を置きたいんで待ってください」


僕は上空から椅子に座っている悪魔の少女を引き寄せ、白蛇のランを回収し部屋の中に入れた。


口から白蛇がいなくなったとたん少女が騒ぎ出したので、すぐにいなくなることにした。


「さようなら。もう悪さするなよ」


「うるさいっ。椅子から解放しろっ。そうしたらお前を、あっ、待てっ、逃げるなーっ」


僕は少女の言葉を最後まで聞くことなくテレポートで姿を消した。


僕たちは再び森の中に移動した。


僕の頭から地面に飛び降りた金色の猫さんが再び走り出した。


どうやら金色の猫さんはジュリさんの居場所を感じたらしい。


僕は僕の体に巻き付いる白蛇のランに話しかけた。


(お疲れさま。ラン)


(はい。二度と悪魔の口の中には入りたくないものですね。ずっとガシガシ咬まれていました)


(そうなんだ)


(セイジ様。魔力をください。もうそろそろ切れそうです)


(うん)


僕は体に絡みついているランに手で触れた。



金色の猫さんを追いかけていると、森の中に突然地面が広範囲に掘られた場所が出現した。


僕の目の前には、地中に埋まっていたであろう石造りの建物の廃墟の街が広がっていた。


(遺跡の発掘現場なのかな)


建物の多くは土台の部分しか残っていなかったが、中には一軒丸ごと残っていたり、巨大な石柱が原形をとどめたまま立っていたりもした。


僕は土の階段を降り遺跡の街に足を踏み入れると、魔力に変化があった。


(ここが『剛勇の森』ダンジョンなのかな)




僕と金色の猫さんが『剛勇の森』ダンジョンに到着する前、ジュリさんをさらった黒馬の悪魔アルマと側近の悪魔たちがここを訪れていた。


黒馬の悪魔アルマと側近が『剛勇の森』の依り代に向かって歩いていると、突如前方に真っ黒な衣装に身を包んだ何者かが現れ片膝をついた。


「どうした」


黒馬の悪魔アルマは落ち着いた様子で聞いた。


「アルマ様。リチャード様が動きました」


「そうか。いよいよか。私も用事が済んだら王都へ戻り戦の準備をする。残りの反国王派の貴族の支持は取り付けてあるとお伝えしてくれ」


「はっ。リチャード様にそのようにお伝えします」


そう言うと黒装束の男が一瞬で姿を消した。


アルマたちが再び歩き出す。


側近の一人が黒いワンピースに着替えたジュリをかついでいた。


その手には魔道具の手錠がかけられていて、ジュリの目はうつろだった。


アルマたちは『剛勇の森』最深部に到着した。


その場所は発掘が途中で止まっていて、洞窟のような空間になっていた。


石で出来たアーチ状の門をくぐるとそこには全高約10mの石塔が建っていた。


その塔の四角い土台には人々が苦しむ様子が描かれたレリーフがあり、中間の立方体の部分に丸い空間が掘られていて、そこに拳より一回り大きい丸い石が置かれていた。


そして、一番上の尖塔せんとう突端とったんが何本もの細い柱を円形に並べて支えられていた。


その石塔は側面の半分以上が土の壁に埋まっていた。



「あれが『剛勇の森』の依り代『怨毒えんどくの塔』ですか」


アルマの側近がその異様な姿に困惑していた。


「そうではない。白い丸石だけだ。無暗むやみに近づくなよ。悪魔でも呪われるぞ」


「はっ」」」


「その前にまず、あいつだがな」


アルマは尖塔の突端の石柱で鳥かごのようになっている場所を見た。


その中にいる守護者はすでに戦闘態勢に入っていて、アルマたちを見下ろしていた。


「モグラの魔獣ですか?」


アルマに側近がその魔獣を見て言った。


「だろうな。動きが素早いから注意しろ。ここを発掘していた奴らは手も足も出ず全滅したぞ」


「はい」」」


その白いモグラの魔獣は体長は1m前後で、長い尻尾は二股に分かれ強靭な鉤爪かぎつめが生えていた。


黒馬の悪魔アルマが歩を進めると、モグラの魔獣がものすごい速さで石塔の上から襲い掛かってきた。


アルマは転移でモグラの魔獣をかわし影魔法を発動、モグラの魔獣の影からモグラの魔獣に向けて鋭い影が伸びたが、モグラの魔獣はその影を足場にしてかわした。


「ほう。なかなかやるではないか」


モグラの魔獣はその勢いのままアルマの側近に突撃し鉤爪を一閃した。


「ぎゃあああーっ」


側近が胸を切り裂かれ地面に倒れた。


すると、モグラの魔獣に付けられた側近の傷口から、大量のミミズがい出してきた。


「ぎぃええええええーーーっ」


側近の叫び声が洞窟内を反響する。


「ほう。邪属性召喚か。おもしろい」


モグラの魔獣は別の側近を襲った。


「ぎゃーっ」


側近たちが次々鉤爪に引き裂かれ倒れていく。


「感心している場合ではないか。聖女を奴に投げつけろ」


アルマの指示が飛ぶ。


聖女ジュリを抱えていた側近が、ジュリをモグラの魔獣に向かって投げつけた。


モグラの魔獣はジュリを鉤爪で切り裂いた。


その瞬間、モグラの魔獣とジュリの影から影が伸びモグラの魔獣の体を貫いた。


「ギャッ」


モグラの魔獣は傷を追ったものの重症ではなかった。


モグラの魔獣は倒れている側近のそばに着地した。


すると倒れていた側近が手を伸ばしモグラの魔獣をがっしり掴んだ。


「アルマ様、お願いしますっ」


「ビャビャッ」


モグラの魔獣が側近の腕を鉤爪で切り裂き逃れようとした。


「よくやった」


モグラの魔獣と側近の影から伸びた無数の影が両者を貫いた。


「ギャギャッ」「ぐふっ」


体中を貫かれたモグラの魔獣は血まみれで動かなくなった。


アルマは怨毒の塔に近寄り依り代である白い丸石を手にした。


「ぐっ。凄まじい呪属性魔力だな」


依り代の丸石を掴むアルマの手に激痛が走った。


アルマは地面に倒れているジュリに近寄り、傷を再生しているジュリの体に白い丸石を乗せた。


「ううっ」


意識朦朧いしきもうろうとしているジュリが体をビクリと震わせた。


「しばらくすれば依り代が聖女を守護者に選ぶことだろう。他に選択肢がないだろうしな」


「アルマ様。後のことは我々にお任せください」


「そうか。ならば任せたぞ。私は吸血の魔女に会って来る。私が戻ってくるまで絶対に近寄るな」


「はっ」」」」」


黒馬の悪魔アルマは転移魔法を発動し、この場から消えた。


側近たちは魔獣の攻撃によって傷ついた体の回復を待ちながら、ジュリに変化が起こるのを見守ることにした。


すると側近たちは、この場に近づいてくる者の気配を感じ警戒態勢を取った。

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