第103話 両軍激突

僕は少し遅れてジュリさんたちの後を追ったのだが、ジュリさんたちは来た道とは別の道を進んでいた。


地面の足跡が無ければ、危うくジュリさんたちを見失うところだった。


目的地はわかっているので慌てる必要はなかったのだけれど。


ジュリさんたちは平らな通路ではなく、暗く長いトンネルのような砂利道じゃりみちを通ったり、長い登り階段を利用したりしながら上へ上へと向かっていた。


今回の通路には部屋があまりなく道幅も狭かった。


そのせいか魔獣との遭遇はほとんどなかった。


ようやく巨大洞窟に戻ってきたところ、大人数による戦闘音が洞窟内に反響して聞こえてきた。


ジュリさんたちは戦闘が起きている場所に向かっていった。


巨大洞窟内の開けた場所で、帝国軍と魔人国軍の戦闘が行われていた。


帝国騎士団と冒険者が魔人国軍と入り乱れ戦っている場に、ジュリさんたちの集団が突入していった。


その中で一際目立っているのが旗を持っているジュリさんだ。


(ジュリさんたち、注目浴びてるけど危なくないのかな)


帝国騎士団の人たちも何事かと驚いていたが、ジュリさんが持つ旗を見て「聖女様が来た」と沸き立っていた。


(ジュリさん、有名なんだな)


ジュリさんたちの所に魔人国の兵士たちが群がってきた。


(あれが魔人なのか)


魔人は青や紫系の肌をした人が多く、様々な形の角が生えた人やケモミミが生えている獣人もいた。


何より立派な防具を装備していて、その下に服を着ていた。


(よかった。裸じゃなかった。なぜ悪魔は全裸なのだろうか)


僕はジュリさんに視線を戻した。


ジュリさんは海底神殿に来ても服装は普通の男物だった。


(防具を装備した方がいいと思うけど、何かのこだわりなのかな)


その周りに例の親衛隊と冒険者たちがいて、彼女を守るように戦っていた。


帝国軍に参加している他の冒険者もたくさんいて、聖女を守るように動いていた。


聖女一団は帝国軍の最前線近くまで進んでいて、魔人国軍に集中的に狙われていた。


僕は戦闘に参加する気はなかったけど、取り合えずジュリさんのやることを確認しないといけないのでさらに近寄った。


すると、ジュリさんが持っていた依り代の旗を地面に突き刺した。


ジュリさんに霊体からの霊力が流れ込み、体が輝き出した。


その時、ジュリさんの脳内には依り代から詠唱の呪文が流れてきていた。


「聞こえます。竜神様のお声が」


ジュリさんが旗をそっと握りしめながら魔法の詠唱を開始した。


空蝉うつせみ静謐せいひつ。水陽の兄、壬辰みずのえたつ泡沫うたかた。土陽の兄、壬寅みずのえとら聖裁せいさい。金陽の兄、庚午かのえうまの水聖領域。・・・展開」


ジュリさんの詠唱が終わった瞬間、旗を中心に巨大な結界が展開され、その場にいた帝国騎士団と冒険者、そして魔人国軍を優しく包み込んだ。


見たところどういう効果があるかわからないが、外からの侵入を防ぐ結界ではないようだ。


すると、僕の精神に霧の森の霊体さんの声が聞こえてきた。


(詠唱か)


(どうしました?霊体さん)


(魔獣の力を借り、さらに旗の霊体の力も借りているのに詠唱を唱えているという事は、その程度という事)


(え?)


(だが、あの人間の信念だけは称賛しょうさんあたいする)


(つまり彼女はすごいということですか)


洞窟内に帝国側の人たちの気合の入った声が響き渡った。


「うおおおおおおおっ」」」」」」」」」」」


ジュリさんの結界内にいた帝国騎士団や冒険者たちが突如勢いを増した。


逆に魔人国軍から戦いの熱気が、一気にしぼんでいったように感じられた。


(ジュリさんの魔法は精神に作用するのかな)


すると形勢の不利を感じたのか魔人国側に変化があった。


遠くで魔人国側の魔法使いが、複数人集まって魔法を行使していた。


地面に巨大な魔法陣が展開され、そこから複数に枝分かれした巨大な角を持つ合成獣が現れた。


頭はイノシシ、胴体はオオカミ、尻尾が蛇のようだ。


(召喚魔法?それにしても大きいな。2mは超えてるな)


魔人国に対抗するように、すでに帝国魔術師団も召喚魔法陣を展開していて、そこから魔獣が姿を現そうとしていた。


出現したのは巨大なカタツムリだった。


(カタツムリなの?大型自動車並みに大きいな)


渦を巻いた巨大な殻から出ている体は竜っぽかった。


頭には太く長い触角が2本、うごめいていた。


その時。


ドッゴーーーーーンッ


巨大洞窟の壁面からワームドラゴンが飛び出して来た。


(えええっ。海底神殿の最深部にいた守護獣のワームドラゴンより大きいよ)


ワームドラゴンは帝国や魔人国の事情などお構いなしに、人数が多い場所をめがけて突進し暴れまわった。


合成獣とカタツムリはお互いを敵と定めて戦いだした。


戦場は大混乱におちいった。


僕は空中でその様子を眺めていた。


(地獄絵図だよ)


帝国騎士団の精鋭らしき集団は奮闘していたが、両軍入り乱れ組織としての統率の取れた動きはできていなかった。


(流石に帝国騎士団は強いな。あそこは手助けは不要か)


その時、歓声が上がった。


見るとジュリさんが演説をしていた。


「私は夢の中で竜神様から啓示を受けました。帝国のダンジョンで手に入れたこの旗を海底神殿に突き立てよと。さすれば帝国に安寧あんねいが訪れると」


「おおおおおおおおおっ」」」」」」」」


「御覧のように旗が立ち、この海底神殿を帝国に有利な属性領域に塗り替えました」


「うおおおおおおおおおおっ」」」」」


「ここにいる魔人国軍を打ち滅ぼし、海底神殿から追い出す時が来たのですっ」


「うおおおおおおおおおおっ」」」」」」」


「勇敢に戦いましょう。帝国のためにっ。竜神様の加護が我々を助けてくれますっ」


「おおおおおおおおっ」」」」」」


「私たちがワームドラゴンを打ち取ります。皆さんは魔人国軍をお願いしますっ」


ジュリさんの声を聴いた帝国騎士団や冒険者たちの勢いがさらに増した。


帝国側は戦況を有利に進め、魔人国軍の数をどんどん減らしていった。


合成獣とカタツムリ竜の方の戦いも、カタツムリ竜のヌルヌルの体に合成獣の攻撃が全く効かず、最後にはカタツムリ竜の頭部の触手に絡め取られ身動きが取れなくなっていた。


(帝国側が勝てそうだな)


ジュリさんの親衛隊や冒険者たちがワームドラゴンと戦っているとき、巨大洞窟の魔人国側から全裸の悪魔が飛んできた。


(あ、悪魔だ。これはやばいのかな。危なくなったら助けに入ろう)


親衛隊も悪魔の接近に気付き、ワームドラゴンを冒険者に任せて悪魔を迎え撃つことにしたようだ。


悪魔が空中で停止しジュリさんに向かって話しかけた。


「あなたが聖女ですか。依り代を他所よそから持って来るとは。やってくれましたね。ですが、我々が目的を諦めることはありませんよ。計画に修正が必要になってしまいましたがね」


その悪魔は黒毛の馬の頭で黒い翼が生えていた。


「あなたはは何者です。名を乗りなさい」


ジュリさんが毅然きぜんとした態度で悪魔に問いただした。


「これは失礼。聖女様。魔人国で侯爵こうしゃくつとめている上級悪魔序列7位アルマと申します。以後お見知りおきを」


黒馬の悪魔はゆっくりと降りてきた。


親衛隊の魔剣30を持ったカーンと氷の魔剣を持ったデールが、黒馬の悪魔に突撃し魔剣を振り下ろした。


ガシッ。ガシッ。


「なっ!?」」


黒馬の悪魔アルマは二人の魔剣を難なく素手で掴んだ。


「ふむ。なかなかいい魔剣ですね。剣の腕は大したことないようですが」


黒馬の悪魔アルマが魔剣を掴んだまま二人を振り回し、遠くに投げ飛ばした。


「うわっーーーっ」」


その時、すでに炎の魔剣を持ったリヒトが火属性魔法を発動させていた。


ドウンッ。


黒馬の悪魔アルマが炎に包まれた。


「どうだっ。悪魔めっ。ぐはっ」

 

黒馬の悪魔アルマがリヒトの後ろに現れ、リヒトを足でぶっ飛ばした。


(テレポート!?転移魔法か。やばいですね)


僕は透明化を解除し、すぐさまジュリさんの所にテレポートした。


「セイジ様。ご助勢ありがとうございます」


「いえ。役に立つかどうかわかりません」


「ほう。転移魔法ですか。それにその魔力、只者ただものではありませんね」


僕は取り合えず魔剣『白妙しろたえ』を抜いた。


「ほう。あなたも魔剣を持っているのですね。それに魔術書持ちですか。欲張りすぎでは?」


「え。そうなんですか?でも僕、まだ本を読んでないんです」


「そうですか。まあいいでしょう。転移魔法を使う者と戦ったことはないですが、あなたはどう思うます?私は決着がつかないのではないかと思うんですが」


「そうかもしれませんね。魔人国に帰ってくれても構いませんよ」


「そうはいきません。聖女の命をもらいに来たのですから。ついでに迷子も探さないといけません。お嬢様には困ったものです」


(迷子のお嬢様・・・。もしかしてあの子なのかな。違うか)


「見かけませんでしたか?私が尊敬する上級悪魔の娘さんなのですよ」


「さあ。どんな顔ですか?」


「どんなと言われましてもね。それはもう言葉では言い表せないくらい美しいお嬢様ですよ。父親譲りの青い髪の持ち主ですね」


「それだけじゃ、わかりませんね」(あの子なのか)


「そうでしょうね。それにしても、あなたは私にしか注意を払っていないようですが、もしかして、私が一人でここに来たと思っているのですか?」


「え!?」


「きゃあっ」


ジュリさんの悲鳴が背後から聞こえた。


急いで振り返ると、ジュリさんの影から人間のような真っ黒な腕が伸び、ジュリさんの胸を貫いていた。


「ジュリさんっ」


僕がジュリさんの元にテレポートしようとした瞬間、黒馬の悪魔がひづめで僕の脇腹を蹴った。


ボキボキッ


「ぐはっ」


骨が砕ける音がした。


僕が吹っ飛ばされ地面を転がっている間も、ジュリさんの悲鳴が聞こえてきた。


黒い影がジュリさんの体を何か所も突き刺していた。


(くそっ。テレポート)


地面に何度も打ち付けられ、ようやく止まった瞬間に、僕はジュリさんの所にテレポートした。


「大丈夫ですかっ」


ジュリさんは地面に倒れ伏し、大量の血を流していた。


ジュリさんを攻撃した影はいなくなっていた。


「ぐふっ」


ジュリさんが口から血を吹き出した。


「今すぐポーションで回復させますっ」


リュックからひょうたんを取り出したところで、黒馬の悪魔アルマの声が聞こえて来た。


「おや?まだ息がある。これはこれは。なるほどなるほど。聖女。あなた、人間をやめていたのですね」


「え?」


僕がジュリさんを見ると、体は血で汚れているが怪我がふさがっていて、出血は収まっていた。


怪我けががひどすぎて完全回復とまでは行かないようですね」


ジュリさんは目を閉じゆっくりと呼吸していた。


そのかたわらで金色の猫がジュリさんの顔を舐めていた。


「どういうことだ。霊体の力なのか?」


「あなたは知らないようですねえ。その聖女は何らかの方法で魂を他所よそに預けているようですよ」


「それって・・・。悪魔と同じ力?」


「よくご存じで。確かに心臓を他に移している悪魔もいますが、聖女には心臓がありますよ。そうですか。道理でその貧弱な体に霊体が宿ることができたわけです」


黒馬の悪魔アルマのその言葉に、周りで事の成り行きを見ていた帝国騎士団や冒険者たちに動揺が走った。


「聖女様が人間じゃない・・・」

「そんな・・・」

「聖女じゃなかったのか?」


「あなたたちっ悪魔の言葉を信じるんじゃないっ。騙されるなっ」


親衛隊で竜神教徒でもあるデールさんが帝国軍の動揺を抑えようと叫んだが、彼らの耳には届かなかった。


「お前らの言葉なんか信じられるものかっ」

「そうだ。俺は見たぞっ。女の体を貫く影を」

「俺も見たぞっ。あれで死なないなんて人間じゃないっ」

「魔女だっ」

「そうだ。聖女の名をかたる魔女めっ」


(どういうことだ。なんでこんなに簡単に悪魔の言葉を信じるんだ)


僕が黒馬の悪魔を見るとにやりと笑った。


「言ったでしょ。ここにいる悪魔は私一人ではないと。正常でない人間を惑わすくらい簡単にできるのですよ」


(3人目の悪魔がどこかにいるのかっ)


僕が周囲を見て悪魔を探そうとした瞬間、黒馬の悪魔が僕の視界から消えた。


「!?転移っ」


僕は急いで周囲を見回したが見つけられない。


「ここですよ」


黒馬の悪魔アルマは空中にいて、全く身じろぎをしないジュリさんを抱きかかえていた。


「ジュリさんっ」


「聖女は魔人国に連れて帰ります。殺す方法を見つけねばなりませんからね」


「返せっ」


僕は黒馬の悪魔アルマの背後にテレポートしたが、すでに黒馬の悪魔アルマはいなかった。


(逃げられたっ。ジュリさんを取り戻さないとっ)


僕は魔人国の方向に向かってテレポートした。


同じく金色の猫が魔人国の方に向かって走り出していた。




巨大洞窟を魔人国につながっている方へ進んでいっているが、こちら側は砦のようなものはなく地面がゴツゴツしている普通の洞窟だった。


僕はテレポートで移動していたが、ジュリさんをさらった黒馬の悪魔アルマを見つけることは出来ないでいた。


(このままじゃ魔人国まで行ってしまうな。魔人国ってどんなところなんだろ。あ。そういえばジュリさんをどうやって探そうかな。黒馬の悪魔アルマは侯爵こうしゃくって言ってたから領地を持ってるんだろうけど、人間の僕が通りすがりの魔人に尋ねるわけにはいかないもんな。どうしよ)


ふと眼下に動くものが見えたので見てみると金色の猫がいた。


(あれはジュリさんのペット?僕のテレポートに追いついてきたの?走るの早すぎじゃないですかね。もしかして魔獣なのかな)


僕は地上に降りて金色の猫に近づいた。


「僕のこと覚えてますか?」


金色の猫は走るのを止め僕の方を見たが反応はなかった。


「言葉はわからないか。僕は君のご主人様を助けたいんだけど。君、ジュリさんの居場所分かる?」


金色の猫は歩き出し、少し先で僕の方を振り返った。


(これは着いてこいの合図だよね)


僕が着いて行くと金色の猫は前を向いて走り出した。

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