第102話 海底神殿最深部

僕は海底神殿の一室で悪魔の少女を持て余していた。


このまま部屋に置いて行くという選択肢もあるけど、冒険者に被害が出るかもしれないし、少女が傷つけられるのも嫌だ。


ということで連れていくことにした。


万が一、魔人国に行くことがあったら道端みちばたに置いて立ち去ることにしよう。


優しい魔人国の住人が見つけて保護してくれることだろう。


そういえば少女の名前を聞いてなかったな。


少女を透明化させ天井近くに浮かせ、僕は巨大洞窟に戻ることにした。


懐かしいな。昔は白い玉を浮かせて旅をしてたな。


それにしても発火の威力が上がっていた。


赤竜さんに貰った魔道具のアンクレットのおかげだろう。


僕が扱える魔力量が増加しているようだから他の超能力も強化されている。


少女と出会った空洞を通り過ぎ、巨大空洞にたどり着いた。


巨大洞窟を中心に向かって歩いていると、後方から話声が聞こえてきた。


僕は透明化したうえで巨大洞窟の壁際に移動し、岩のくぼみに隠れた。


そこに現れたのは聖女一行だった。


(おお。運良く出会えた。彼女たちを探す必要がなくなってよかった)


聖女のジュリさんを囲むように3人の親衛隊がいて、その後ろに冒険者たちが歩いていた。


メンバーは古城に行った時と変わってないようだ。


魔道具の馬に乗るジュリさんの頭の上には、金色の猫が乗っていた。


聖女一行が僕がいる場所の近くに来た時、ふとジュリさんがこちらを見た。


僕とばっちりと目が合ったジュリさんはニコリとほほ笑んだ。


ジュリさんは僕の事には気付かないふりをして、そのまま奥に進んでいった。


(え。透明化がバレたのか。凄いな。もしかして夢で見てたのかな。それとも僕の魔力に気付いたのか)


僕はそのままジュリさんたちを追いかけることにした。


いよいよ極秘任務開始だ。


ただジュリさんの後をついて行って、ジュリさんが何をするかを確認する仕事だ。


僕に視線の先に魔道具の馬に乗り、依り代の旗を持ったジュリさんの背中が見える。


(ジュリさんは、このまま真っすぐ海底神殿の最深部を目指すのかな)


ジュリさん以外の人たちには僕のことはバレていないようだ。


ジュリさん一行は襲い掛かってくる魔獣たちをなぎ倒しながら、迷いなく巨大洞窟の中を進んでいった。


(地図を確認している様子がないから、ジュリさんの予知夢で見た景色をたどって進んでいるのかな)


「むごむごぉ。おえぇ」


僕の隣の悪魔の少女がうるさい。


悪魔の少女を後方に移動させた。


しばらく進んでいくと、地面が整地され石柱が整然と立っている空間にたどり着いた。


(なんだここ)


壁や柱が崩れ、床に瓦礫がれきなどが散乱していたが、高度な建築技術で作られた地下施設だった。


(古代文明の遺跡か)


瓦礫を避けながらに進んでいく聖女一行の先に階段があった。


ジュリさんはそのまま階段を降り、下の階層に向かった。


階段を降りた場所も同様な景色が広がっていた。


ジュリさんたちは、迷路のようにあちこちに伸びる通路を通って、下層を目指して進んでいった。


(ダンジョンって感じがしてワクワクするな。ジュリさんたちを追いかけるのやめようかな。いや、取り合えず最下層までの道を確認してからにするか)


僕は聖女一行の後を追った。


第2層の通路を進むと通路の左右に大小の部屋がある場所に来た。


扉はなく部屋の中が通路から丸見えだった。


部屋の奥にもさらに部屋があったりしたが、聖女一行がどんどん進んでいくのでダンジョンの探索が全く出来ない。


ジュリさんたちが休憩に入った時に部屋を捜索してみたところ、机や床に陶器で出来た皿やコップが散乱していた。


もう少しだけ調べてみようと奥の部屋に入ってみると、棚にある本が目に付いた。


手に持ってみると粉々に崩れて、粒の非常に細かい砂になってしまった。


(?劣化なのかな)


別の本も触ってみたが同じく崩れ去り砂と化した。


(どういうことだろう。本が砂になるなんて。材質のせいなのかな)


本をあきらめ改めて部屋の中を観察すると、部屋の中の至る所に同じような砂がもっていた。


(他の冒険者も触ったのかな)


僕は砂をかき集めててのひらに載せてみた。


指の間から砂がサラサラと流れて床に落ちていった。


(めちゃくちゃ粒が細かいな)


手のひらに残った砂をギュッと握ってみると思いもよらないことが起こった。


砂がひとかたまりに固まったのだ。


(何だこれ)


その塊をコネコネこねると丸くなった。


(粘土みたいだな。それにしても・・・)


魔術師の島に出であった魔女さんが持っていた白砂の玉に似ていた。


すると遠くで聖女一行が移動を始めた音が聞こえてきた。


(おっと。行かないと)


僕は小さな白い玉を金属製の机の上に置いて彼女たちを追いかけた。



地下通路内を聖女一行が先に進んでいるので、必然的に彼女たちが魔獣と遭遇することになる。


数が少ない時は親衛隊だけで片付けるのだが、数が多いと冒険者も戦闘に参加していた。


海底神殿は魔獣の数はそれほど多くないが、依り代に向かっているせいか、たびたび戦闘になっていた。


海底神殿に棲息せいそくしている魔獣はネズミや虫系、アンデッド系が多かったが、魔人国から流れてきたゴブリンや黒妖犬などの魔獣も多かった。


戦闘中ジュリさんは親衛隊や冒険者たちに守られていて、危険な状態に陥ることはなかった。


彼女は相変わらず依り代である旗を持っているので戦う気はないようだ。


(あの依り代の旗にも何かの能力があると思うんだけど、戦闘向きではないのかな)


僕の魔剣の場合は濃霧を発生させることが出来る。


あまり使いこなせていないけど。


聖女一行は休憩をはさみながら、どんどん下の階層に進んでいった。


地下5層まで来た時これまでの階層と様子が違った。


階段を降りた先には、巨大な空間があるだけだった。


巨大倉庫のようなその空間は、地面が白い砂で覆い尽くされていた。


その砂は非常に細かくサラサラだった。


ジュリさんは、まるで砂漠のような地面をザクザクと音を立て歩いて行った。


聖女一行が巨大空間の中央まで進んだ時、僕は地面に降り立ち砂を掴んでみた。


(この砂は途中の部屋にあった砂と同じっぽいな)


僕は強く握りしめ砂をひと塊にした。


僕は再び空中に浮き、ジュリさんたちを追いかけようとしたところ、ジュリさんたちの接近に気付いたのか魔獣が砂の中から現れた。


(あれがこの海底神殿ダンジョンの守護獣かな。他に魔獣はいないようだ)


その魔獣は、見たところ目が無く、竜のような硬い鱗をした手足の無い長い蛇のような体をして、円形に配置された凶悪な歯を持っていた。鱗の色は茶色だった。


僕は砂の塊を投げ捨てジュリさんたちの所に向かった。


(何て言う名前の魔獣だろ。ワームっぽいけど鱗が竜だから、とりあえずワームドラゴンと呼ぶことにしよう)


僕はジュリさんたちの声が聞こえる距離まで近づいた。


ジュリさんは守護獣のワームドラゴンから少し離れたところで立ち止まり、親衛隊と冒険者たちにこれから起こることを伝えていた。


「私がこの依り代の旗を地面に突き刺すと、あの守護獣がこの旗を狙って襲ってきます。皆さんは守護獣からこの旗を守ってください。この旗に宿る霊体と海底神殿の依り代に宿る霊体による戦いに決着がつくまでです。よろしくお願いしますね」


「御意」」」「わかった」」


すると、ジュリさんは白い砂で覆われた地面に依り代の旗を突き刺した。


それが合図になったのか、守護者がたけり立ち依り代の旗を目掛けて襲い掛かってきた。


「グオオオオオオオオオッ」


戦闘が始まったので、僕は巨大空間の天井付近から成り行きを見守ることにした。


(ジュリさんは何をやろうとしてるんだろう)


親衛隊と冒険者たちは依り代の旗を守るように陣形を組みだした。


(守護獣は依り代の旗を狙っているのか。守護獣は依り代を守るためにいる。ということは海底神殿の依り代にとって都合の悪いことが起きているのか。何が起こっているのだろう。ん?そういえば赤竜さんが依り代を設置すると領域がまた発生するって言ってたな。ということは古城の旗を立てたことで、海底神殿の領域内に別の領域が出来ちゃったってことか)


そうだ。霧の森のダンジョンの依り代さんに聞いてみよう。


僕は霧の森ダンジョンの依り代だった魔剣を握りしめた。


(霧の森の依り代の霊体さん聞こえますか?)


(ワタシのことか)


(そうです。今、領域の中に別の領域が出来たんですけど、これって敵が現れたってことですか?)


(そうだ)


(そうなったらどうするんですか?)


(相手を吸収すればいいだけだ)


(そうなんですか。霧の森の霊体さんも参戦しますか?)


(馬鹿者。ここには何もないではないか)


僕は巨大空間を見渡した。


(砂と壁しかないですね)


(ここではワタシは成長できない)


(そうですね。水がある景色がいいところを見つけたら、そこに霊体さんの依り代を置くことにしますよ)


(そうしてくれ。ついでに言うが悪魔とやらは魔力は多いが余分なものも多い。あまり連続して吸収させてくれるな。処理が追い付かず、ワタシの魔力属性に影響が出る)


(そうなんですか。最近3体も吸収しましたからね。気を付けます)



ドゴーーーーン。


守護獣ワームドラゴンと聖女一行が激突した。


ワームドラゴンの大きさは口が直径1mで、長さが10mくらいだ。


親衛隊と冒険者たちが剣や盾を使って、上手くワームドラゴンの攻撃を防いでいた。


すると突然、依り代の旗からまばゆい光が放たれた。


旗からゆっくりと光の粒の塊が現れ、ジュリさんの体に吸い込まれていった。


ジュリさんの体が神々しく光り出し、聖なる魔力に包まれた。


(え!?霊体さん。何かがジュリさんの体に入っていきましたよっ)


(霊体だ。そのまま外にいては霊力を消耗するだけだからな)


(そうでした。そもそもなぜ移ったんですか)


(物体より生命体にいた方が力を発揮しやすい。あの人間もどきの体がもつかどうかが問題)


(そうなんですね。もどき?)


(動くぞ)


慌ててジュリさんを見ると、ジュリさんは旗から手を離し海底神殿の依り代に向かって歩き始めた。


守護獣ワームドラゴンは、これまで以上に必死になってジュリさんの襲い掛かろうとするが、親衛隊と冒険者たち11人が総がかりで食い止めていた。


ワームドラゴンの体は、親衛隊の3本の魔剣によって切り刻まれ血があふれ出していた。


海底神殿の依り代は黒くて表面が非常に滑らかな板だった。


それが台の上に直立していた。


(あれ?あの依り代って冒険者ギルドにあった黒い板と似てるな)


霊体を体に宿しているジュリさんが、海底神殿の依り代の黒い板を掴んだ。


するとジュリさんの体を覆っていた光に変化が現れた。


徐々に光が弱くなっていった。


(霊体さん。何が起こっているんですか?)


(旗の霊体が黒い板に移動し始めた)


(ということは旗の霊体が優勢という事ですか)


(そうだ。旗の依り代に込められた想いの強さが勝っているという事。さらにあの人間の強い信念も旗の霊体の力となる)


(想いや信念ですか。僕には無いものですね)


ジュリさんが再び輝き出し、海底神殿の依り代から手を離した。


(旗の霊体が勝ったんでしょうか)


(うむ。なぜこんな場所で霊体が生まれたのか知らぬが、過去にここに生命体がいたのであろう。しかし、この場所には生命体が少ない。霊力を集めるために少ない霊力を使って領域を広げ、守護者を使って生命体がここに入ってくるように穴を広げていったのであろう。そのことに霊力を使いすぎて肝心の霊体本体の力が弱まってしまっていたということだ。それにアレは人間を超えているからな)


(なるほど。彼女は聖女ですからね。でも領域が消滅しませんね)


(当たり前だ。この領域はすでに旗の霊体のもの。旗の霊体が外に出た時に崩壊する)


(そうなんですね。海底神殿の守護者も旗の霊体側に付くんですか?)


(いや、ここの守護者は解放される。旗の守護者は旗の霊体が決める)


(そうなんですか)


海底神殿の守護者ワームドラゴンは傷つき砂の上に横たわっていた。


まだ息はあるようだ。


ジュリさんは依り代の旗の所に移動して触れると、ジュリさんの体から光が消えた。


依り代の旗に霊体が戻ったようだ。


ジュリさんが親衛隊と冒険者に向かって話し出した。


「みなさん。海底神殿を支配していた霊体を手に入れました。この後、巨大洞窟に戻り魔人国と対峙している場所にこの旗を突き刺します。そうすることで、この海底神殿は帝国に有利な属性領域となるでしょう。いよいよ竜神様より頂いた使命を果たす時が来たのです。さあ。帝国の秩序を乱す魔人国に聖なる鉄槌てっついをお見舞いして差し上げましょう」


「おおおおおおおおおおおおっ」」」」」」」」」」」」


ジュリさんたちが白い砂が敷き詰められた巨大な空間から出ていった。


僕はジュリさんたちの後を追わず、海底神殿の依り代だった黒い板に近寄った。


見れば見るほど冒険者ギルドの黒い板と同じに見える。


もしかして冒険者ギルドは、古代魔法文明の技術を利用しているのだろうか。


(この黒い板が作動しているのかどうかわからないけど、僕の冒険者ギルドカードをかざしてみようかな)


僕は意を決し冒険者ギルドカードを黒い板に近づけてみた。


反応がない。


(何も起こってないのかな?そういえば受付さんは裏側をみてたな。どんな表示が出てたんだろ)


僕は黒い板の裏側を見てみた。


裏側もツルツルで何も表示されていなかった。


(作動してないのかな。それとも冒険者ギルドの黒い板とは別物なのか)


僕は台の上や周りに何かないか調べてみたが何も見つからなかった。


(霧の森の霊体さん。この依り代は抜け殻ってことでいいんですか?)


(そうだ。霊力は一切ない。旗の依り代にすべてを持っていかれた。融合と言ってもいいが)


(そうですか。魔道具としての価値もないんですね)


僕はジュリさんたちの後を追うことにした。


ジュリさんの行き先は、帝国と魔人国が激突している海底神殿の巨大洞窟中央だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る