第82話 さまよう砂丘

遠征隊が古城を離れ湖畔を歩いていると、また青鷺火あおさぎびの群れに襲われたが、返り討ちにした。


遠征隊は湿地帯を抜け、エクリュベージ王国に向けて街道を東に向かった。


遠征隊の陣形が変わり、ブラックアイロンと僕は最後尾を歩いている。


するとブラックアイロンのリーダー、ロイスさんが話しかけてきた。


「セイジ。昨日、城の屋根で何やってたんだ?」


「え。気付いてましたか」


「そりゃあな。戦闘音には敏感なんでな」


「屋根を調べようとしたら、ガーゴイルに襲われまして」


「そうか。しかし屋根にいたら誰も助けられんぞ」


「そうですね。すみません。何とか倒せました」


「それで何かあったか?」


「いえ。何もなかったですね。収穫はガーゴイルの魔石だけです」


「そうか。それにしても屋根か。それは盲点だったな。くくく。面白い奴だな。今度どこかの古城に行った時は俺たちも調べることにするよ」


会話を聞いていたブラックアイロンの他のメンバーも笑っていた。


「皆さんは何か手に入れましたか?」


「俺たちも特にないな。魔石くらいだ」


「そうですか。僕はダンジョンにはあまり行ってないんですが、こんなものなんですか?」


「そうだな、建造物のダンジョンは早い者勝ちだな。森や洞窟のダンジョンの方が安定して稼げる」


「なるほど」


「まあ、どこのダンジョンも依り代か守護者が一番の狙いだろうな。守護者が魔獣だったら魔石や素材があるからな。依り代が装備品だと最高だな」


「そうですね。魔獣以外の守護者っているんですか?」


「そうだなあ。魔樹とかゴーレムとかアンデッドとか、そんなもんか」


「そうなんですね」


1週間後、遠征隊はワーブラー領東端の国境の街スプリンググリーンに到着した。


スプリンググリーンはエクリュベージ王国の領地との交易で発展した街である。


エクリュベージ王国が崩壊した後も、被害にあわなかった領地と今も交易をしている。


遠征隊はスプリンググリーンで休息を取り、食料の補給を済ませ国境に向かった。


国境には長城が築かれており、エクリュベージ王国からの魔獣の侵入を防いでいる。



遠征隊はエクリュベージ王国に入ってから海岸線沿いを進んでいる。


遠くに海と砂浜が見えた。


この世界に来て初めての海だ。


真っ黒な海だった。


(遠征中でなければ海の近くに行ってみたかったな。この世界の人は夏に海で泳いだりするのだろうか。海にも魔獣がいるそうだから無理か)


国境を越えていくつかの村を通り、1週間かかってエクリュベージ王国の北西部にある大きな街に到着した。


街の名前はパーチメント。


そこは城壁が二重の街だった。


遠征隊は、高く分厚い城壁の門を通って街の中に入った。


街の建物はレンガ造りで思ったより人が多く活気があった。


しかし、城壁のそばや人通りの少ない道には、他の場所から避難してきたであろう路上生活者が多く見受けられた。


エクリュベージ王国崩壊の影響はまだまだ残っている様だ。


遠征隊は街で一泊し、さらに東に向かった。


遠征の前半の目玉であるアラクネに支配された元王城『銀糸城』は、エクリュベージ王国の北部中央にある。


中央に近づくにつれて遭遇する魔獣が急激に変化していった。


遠征隊は、白の大地の魔獣の生き残りである、オークの集団によく襲われるようになった。


遠征隊は28人の大所帯だが、オークにとって人数差などお構い無しのようだ。


オークの集団を掃討し海岸沿いで休憩していると、遠征隊の一人が何かを見つけた。


「おい。砂浜に美女がいねえか?」


その冒険者が指さす方向を見ると、確かに女性が岩に座って気だるげに空を見ていた。


うしろ姿のため美女かどうか判断がつかない。


髪が長い細身の男性かもしれないが、女性だと思いたい。


美女の登場に遠征隊のほぼすべての男たちがざわめいている。


「おい。あんなの魔獣に決まってるだろ。それに何で美女だってわかんだよ。先を急ぐぞ」


リーダーのロイスが注意するが、男どもは納得がいかないようだ。


「何言ってんだロイス。未亡人が困ってんだ。相談に乗るくらいいいだろ」


最初に女性を見つけた男が食い下がる。


「何で未亡人なんだよ。まったく、わかったよ。行きたい奴だけで行ってこい」


「さすがリーダーだぜ。お前ら行くぞ」


ぞろぞろと男どもが立ち上がり、砂浜に向かって歩き出した。


「美女を助けてくるぜ」「未亡人は美女に決まっている」「未亡人には優しくするもんだぜ」「美人ソロ冒険者かもな」「そうかもな。仲間に誘うか。男しかいねえし」「貴族のお嬢様かもしれねえぞ」「別荘がこのあたりにあるのか」「早く安全な場所にお連れしないとな」「なるほど。迷子で困っていたのか」「報酬貰えるかもな」


10人の男たちが口々に願望を言いながら女性の元に向かった。


「セイジは行かないのか?」


ロイスさんがあきれ顔で話しかけてきた。


「はあ。海には行ってみたいですけど」


「海は魔獣がいるから、それはやめておいてくれ。海から群れて出てくるからな。迂闊うかつに浜辺に近づくんじゃないぞ」


「わかりました」


「まあ、砂浜なら行っていいぞ。あいつら武器も持たずに行ったから、何かあったらセイジが助けてやってくれ」


「はい。行ってきます」


僕は立ち上がり女性と男たちの方向を見ると、ちょうど女性が振り返ったところだった。


美女だった。


美女と分かって男たちの歓声が上がった。


すると美女の口から耳をつんざく、けたたましい声が発せられた。


「ピャアアアァァァァァァァッ」


その声を聴いた男たちは、耳を抑え砂浜に倒れこんだ。


「セイジ。急いでくれ。俺たちも向かうっ」


後ろでロイスさんが叫んだ。


僕はテレポートで現場に急行した。


美女が立ち上がると下半身は蛇のようだった。


(ラミア?人魚じゃないよね)


彼女は長い髪を使い、倒れている冒険者たちに襲い掛かろうとしていた。


(発火)


僕は即座に発火を飛ばし彼女の髪を燃やした。


「セイジ。そいつはラミアだ。声と髪の毛に気をつけろ」


ロイスさんたちも加勢にきた。


「わかりました」


ラミアが息を吸い再び奇声をあげようとしたので、白い玉をお腹にぶつけて止めさせた。


「いいぞ、セイジ」


砂浜を駆けて行ったロイスさんが、地面で悶えているラミアを一刀両断にした。


「ふう。まったく世話かけさせやがって。お前らさっさと起き上がれ。出発するぞ」


「・・・はい」」」」」」」」」」


休憩を終え出発した遠征隊は、海岸線を離れ草原地帯を進行していた。


「もうそうろそろ銀糸城のある旧国王領に入る。気を引き締めていけ。白の大地の魔獣の数も増えていくぞ」


リーダーの言葉に遠征隊の緊張感も増し注意深く進んでいると、先頭を歩いていたパーティーから報告があった。


「リーダー。前方に砂漠があるぞ」


「なに?そんなはずはないんだが」


リーダーのロイスが前方に移動して確認した。


「あれは。・・・まさか。・・・さまよう砂丘か?」


広大な砂漠がものすごい速さでこちらに向かってきていた。


「ロイス。どうすんだ?こっちに近づいて来ているぞ。逃げるのか?」


あり得ない事態に冒険者たちに動揺が走る。


「無理だ。あれからは逃げられない。戦闘態勢をとれ。『さまよう砂丘』ダンジョンに突入するぞ」


しばらくして遠征隊は砂漠に飲み込まれた。


一瞬の砂嵐で視界を奪われ、ゆっくり目を開けると、そこには砂漠に埋まり枯れてしまった木々の森が広がっていた。


「やれやれだが、せっかくだ。さまよう砂丘のダンジョンを攻略する。ジッとしていたら自然とダンジョンから抜け脱せるが、こんな幸運を無駄にすることはない。いいか野郎どもっ」


「おおっ」」」」」」」」」」」」


ロイスさんが遠征隊に気合を入れた。


「依り代とお宝は全部俺たちのものだぜ」

「早いもん勝ちだーっ」

「気合入るぜーっ」



砂丘を歩く遠征隊を最初に出迎えてくれたのは、黒い犬の群れだった。


黒霧くろぎりだっ。パーティーごとに対応しろ。属性は水。奴の攻撃を体に受けると黒い霧で視界が見えなくなるぞっ」


魔獣『黒霧くろぎり』は見た目は黒い犬だが、体の周囲に黒い霧をまとっていた。


開かれた大きな口からは巨大な赤舌が垂れていた。


「ガルルルルルルゥ」」」」」」


各パーティーの盾持ちが前に出て、黒霧に相対し注意をく。


黒霧は大きさも身体能力もそれほど無茶苦茶な魔獣ではなかったので、遠征隊は何とか対処できている様だ。


僕も一匹だけ引き受けようと思い、念動波をぶつけ注意を向けさせた。


(レオナさん。食事はいいんですか?)

(はい~。お構いなく~)


僕に向かって、大きな口を開け牙をむき出しにした黒霧が襲い掛かってきた。


僕はテレポートでかわし発火を思いっきりぶち込む。


「ギャンッ」


バキッ。左腕に装着していた魔石から輝きが消えた。


(ちょっと魔力を込めすぎたかな)


空になった魔石を外し新たに魔石を装着した。


倒れた黒霧は全身を霧に変え肉体が消失し、魔石だけが残された。


その頃には遠征隊のみんなも黒霧を退治し終わっていた。


黒霧に攻撃を受けた冒険者もいて視界が真っ暗になったようだが、黒霧を倒すと元に戻ったようだ。


「みんな大丈夫か。魔石を回収したら先に進むぞ」


ロイスさんの呼びかけに遠征隊のメンバーは素早く動き、東に向け進行を開始した。


僕はロイスさんに近寄って質問をした。


「ロイスさん。『さまよう砂丘』の依り代のある場所ってわかるんですか?」


「ん?ああ。依り代は砂丘の中央にある」


「中央ですか」(ダンジョンだから中央にあるのは当たり前なんじゃ)


僕の納得がいかない顔を見て、ロイスさんが面白がっていた。


「くくく。安心しろ。適当に進むが依り代の近くには守護獣がいる。それが目印だ」


「そうですね」


辺りを見回すが枯れ木と砂丘しかない。


大丈夫なのだろうか。


遠征隊は休憩をはさみながら進んでいるが、全く守護獣が見つからない。


黒霧やオークなどを討伐しながら移動していたが日が暮れてきたので、野営をすることになった。


日が完全に落ち暗闇が砂丘を覆いつくした。


遠征隊が焚火を起こし食事の準備をしていると、突然地面が振動しはじめた。


遠征隊のメンバーがすぐに装備を手に取り、周囲を警戒し始めた。


「火を消すなっ。火が消えたら魔法使いが明かりをともせっ」


ロイスさんの指示が出る。


その時、遠征隊の前で砂が大量に盛り上がった。


姿を現したのは巨大なサソリだった。2メートルほどか。


「デスストーカーだっ。強力な毒を持っている。尻尾に気をつけろ」

「動きが早いぞっ。注意しろっ」

「弱点は水属性だ」

「振動で獲物を感知するぞ」

「視力は悪いが、光に対する感度はいいぞ」


次々と冒険者から魔獣デスストーカーの特徴が明かされていく。


デスストーカーは一気に遠征隊に向かって突撃してきて、尻尾を振り下ろした。


ギンッ


大盾持ちの冒険者がすぐさま迎え撃ち、尻尾を大盾で防いでいた。


その瞬間に魔法使いたちから一斉に魔法が発動され、デスストーカーに直撃した。


硬い外皮に阻まれ効果は今一つのようだが、デスストーカーの動きが止まった。


「盾持ちだけでデスストーカーを囲め。魔法使いは準備をして合図を待て」


遠征隊は陣形を整えた。


僕はデスストーカーの後方の空中にテレポートし、さらに発火を上空に発射し固定した。


辺りが明るくなった。


突然出現した火の玉に遠征隊の冒険者たちも驚いていた。


僕はさらに発火を8個出現させた。その中のひとつは赤黒い炎だった。


辺りはさらに明るくなる。


デスストーカーは無反応だ。


(眩しくないのかな。まあいいか)


僕は地面に白い玉を思いっきり射出し、激しい振動を起こした。


ズドンッ


デスストーカーがその音に反応し、体勢を変え後ろを振り返った。


僕はすべての火の玉を順にデスストーカーに向けて発射していった。


ドドドドドドドッドッ


「今だっ。魔法使いっ」


ロイスさんの指示のもと遠征隊の魔法使いたちからいくつもの魔法が発動され、デスストーカーは動かなくなった。


「セイジの火属性魔法攻撃はド派手だな。くくく」


「明かりで気を引こうと思たんですけど、邪魔でしたか?」


「いや。いい攻撃だ。その調子で頼むぞ。今夜は忙しくなりそうだ」


再び食事が再開され束の間の休息が訪れた。


ロイスさんの言葉通り、遠征隊は一晩中デスストーカーの襲撃を受けたが、何とか死傷者を出さずに朝を迎えることが出来た。

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