第78話 千歳緑の森

南方五湖での調査を終えた僕は、ビリヤードの街に戻ってきた。


僕は受付で冒険者パーティー『ビリジアン』のナタリーから聞いた、南方五湖で起こった出来事の顛末てんまつを話し依頼を完了した。


僕の話を冒険者ギルドやビリジアンのメンバーがどこまで信じるかわからないが、僕の仕事は終わりだ。


僕は掲示板を見ながら、今後の予定をどうしようかなと考えていた。


少しのんびりしたくなったので、僕は温泉街に行くことにした。


その後王都に戻るのもいいだろう。


早速、受付さんに温泉街への道順を聞いた。


温泉地がある街の名はパロットというらしい。


温泉街パロットはセラドン領の北西に位置していて、ここから一旦北上してから西に行く道筋を教えてもらった。


遠回りになるけど、その道が一番安全なのだという。


受付さんにお礼を言って冒険者ギルドを後にし、携帯食を購入して街を出た。


僕はしばらく受付さんに言われた通りの道を歩いて北上していたけど、途中で気が変わって空を飛んで最短距離で温泉街まで行くことにした。


のんびり歩いて行くのも悪くないが、急いで温泉街に行くのも悪くない。


森の中に入ったところで周囲を見回し人がいないことを確認した後、僕は上空にテレポートし北西に向かって空の旅を開始した。


しばらく森や平原の上空を超えて進んでいたところ、前方に真っ黒い森が現れた。


千里眼でその木を見ると木の葉っぱが暗く濃い緑色をしていた。


(木の種類が変わってきたのかな)


僕は木々の変化を気にも留めずその森の上空に侵入したところ、突然、空気が濃厚なものに変わっていた。


「!?ダンジョン?」


僕は空中で急停止した。すると。


ドンッ


遠くで大気が震える音がした次の瞬間。


ビュッ


何かが通り過ぎた音がして、僕の左腕が木っ端微塵になっていた。


「があああああっ」


物理結界も予知も全く役に立たなかった。


(何だ!?何が起こった?)


信じられない激痛が襲って来た。


僕は急いでダンジョンから抜け出すため、全力でテレポート移動した。


(攻撃された?どうやって?)


空にいては標的になるだけなので地面にテレポートし、その後も数十回テレポートして森から遠く離れたところで岩陰に隠れた。


僕はそこで強烈な痛みを感じ続けていた左腕の付け根に、大量のポーションをぶっかけた。


「ぐううううううう」


傷口から新たな激痛が走る。


声を出さないように歯を食いしばるが抑えられない。


止血はできたようだが痛みが引かない。ポーションが足りないのか。


今度はポーションをがぶ飲みする。


体ががくがく震えている。


恐怖なのか怪我の影響によるものなのか判断がつかない。


(あの森はダンジョンだったのか?何に攻撃されたんだ。魔獣?あ!?もしかしてあの森が『千歳緑ちとせみどりの森』?なんてこったい。ルカさんが警告してくれたのに忘れていたなんて。しっかりダンジョン地図を確認しながら進んでいたら防げたかもしれないのに)


僕はひょうたんを逆さに浮かせ、ポーションを流しっぱなしの状態にして左腕にかけ続けた。


汗が滝のように流れている。


立っているだけなのに心臓の音がバクバク響いてくる。


息が荒い。


今にも気絶しそうだ。意識をしっかり持たないと。


(何でポーションが利かない。どういうことなんだ。ポーションの効果を超えてる怪我なのか)


僕は立っていられず地面に崩れ落ちるように座り込んだ。


すると不思議なことが起こった。


左腕の付け根からスライム状の青い物質がにじみ出てきた。


(なんだこれ。気持ち悪いな)


意識が朦朧もうろうとしてきた。


あまりにもひどい怪我で幻覚でも見ているのだろうか。


スライム状の物質はどんどん体積を増やし、次第に腕の形を形成していった。


見る見るうちに青色の半透明な左腕が完成した。


(どうなってるんだ。ポーションの効果なのか?確かに他の人も怪我の箇所は青くなっていたけど)


左腕を動かそうとしたが全く動かない。


それにしても重たい。神経が通ってない腕ってこんな感じなのだろうか。


新たにできた左腕を右手でつかみ、お腹の上に置いた。


もう意識が持たない。眠りたい。


ここが安全かどうかはわからないが今は寝よう。


結界があればなんとかなるだろう。


・・・。


目が覚めた。


僕はまだ生きているようだ。


左腕は・・・半透明のまま。


夢ではなかったか。


この左腕の状態はいったい何なのだろうか。


ポーションの効果?


謎の攻撃のせい?


この世界特有の現象?


わからないことだらけだ。


そもそも襲ってきたのは何者なのか。


僕を狙ったのか。それとも誰でもよかったのか。


とりあえず左腕はこのままではまずいのかな。隠した方がいいかもしれない。


透明な左腕を古着の布を使ってぐるぐる巻きにして、骨折した時のように首に布をかけて吊った。


これで骨折しているように見えるだろう。


どこか街を探してゆっくり休もう。


僕を攻撃したのは千歳緑ちとせみどりの森の守護獣ってことでいいのかな。


どんな守護獣かわからないけど魔獣なのかな。それ以外の可能性もあるけど。


(確かめてみたいけど、ダンジョン中央まで近づけないよなあ)


守護獣の攻撃は僕の結界を簡単に突破した。しかも反応できない速度だ。


次も避けられないかもしれない。今のままでは無理か。


今回は運が良かった。一歩間違えたらお亡くなりになってたよ。


どうしよう。もう王都に戻ろうかな。


しばらくは王都でおとなしくしてよう。


片腕が使えなくても今まで通り冒険者としてやって行けるだろう。



僕は王都に戻ることにした。


温泉街に行くにはまた千歳緑ちとせみどりの森のそばを通らないといけない。


ダンジョン内に入らなければ大丈夫なのだろうけど恐ろしかった。


初めて大怪我をした。その衝撃が今でも心に残っている。


空を飛ぶのも恐ろしくなったので、テレポートで人の通らない場所を移動しながら王都に帰ることにした。


あれから僕はポーションを毎日欠かさず飲んでいる。


僕の左腕が治るかどうかわからないけど、飲まずにはいられなかった。


そのおかげかどうか分からないけど、僕の透明な左腕に変化が現れた。


日に日に透明な腕の表面に皮膚のようなものが出来ていった。


ポーションの魔力が損傷した肉体の代わりをしているとアーシェが教えてくれたけど、徐々に回復しているのだろうか。左腕が治ってくれたらいいな。


2週間が過ぎた頃。


もうそろそろ王都に着くというところで、左腕の皮膚が再生し見た目は完全に元に戻ったように見える。


しかし、全く動かせない。


まだ神経が通っていないようだ。


半透明の腕のままよりマシになったのでありがたい。



最近はふとした瞬間に左腕が吹っ飛んだ時の状況を思い出してしまう。


このトラウマを払拭ふっしょくするには、千歳緑ちとせみどりの森ダンジョンに挑まないといけないのだろうか。


冒険者として生きていくには乗り越えないといけない壁なのだろう。


しかし、あのダンジョンに挑むにはもっと強くならないといけない。


強くなるにはどうしたらいいのか。


魔力を持たない僕は魔道具を集めるしかないのだろうか。




久しぶりに王都に帰ってきた。


王都の城門を超え王都内に入ったところ、いつもの場所にアーシェがいなかった。


(あれ?お昼過ぎてるのにいないな。どこいったんだろ。あ)


そうだった。たしか彼女はもう冒険者になれる年になっているんだった。


「久しぶりだね。お兄さん」


背後から懐かしい声がした。振り返るとアーシェがいた。


「ひさしぶり。冒険者になったの?」


「うん。相方も無事に見つかったし、今は冒険者ランクを上げている最中だよ」


「そう。いよいよ動き出すんだね。おめでとう」


「ありがとう。それにしてもお兄さん。顔がやつれてるわよ。きちんと食べてるのかしら」


「食べてるんだけど大変な目にあってね」


ア-シェが吊られている左手を見た。


「そうみたいね。立ち話は何なのでお兄さんの家に向かいましょう。ホーステイルもいるでしょうし」


「僕の家?もう契約期間が過ぎちゃってるよ。新しく契約しないと。もしかしてホーステイルがあの家の契約を延長したの?」


「違うわ。聞いてないの?リイサさんに」


「リイサさん?もしかして誘拐組織の建物?」


「正解。行きましょうか」


前に住んでいた家の近くにその建物は立っていた。


「お兄さんの家はここよ。今は路上クランの拠点にもなってるけど」


「そうなんだ」


「私は行くところがあるので遠慮なく入って。それじゃ」


そういうとアーシェは、すたすたとどこかに向かった。


僕は3階建ての建物を見上げた。


遠慮なく扉を開けて入ると、そこは広い部屋でホーステイルのメンバーと見たことない子が集まっていた。


「あーっ。セイジさんっす。久しぶりっすね。それにしても全然元気そうにないっすね」


犬獣人のイレーナは相変わらず元気なようだ。


「セイジさんお久しぶりですぅ。もう王都に帰ってこないんじゃないかと思っていますたよぉ」


ウェンディーは何だかさらに落ち着きが増したようです。


「よお」


熊獣人のエイミーは体格がごつくなっていた。僕の結界を簡単に破壊しそうだ。


「・・・ししょー・・・お帰り・・・」


アナウサギ獣人のヒナは、さらに存在感が薄くなったように感じられた。


みんな、見ない間に成長したんだね。


「みんなただいま。ちょっと予想外の事がいっぱいあってね。時間が思いのほか過ぎちゃった」


すると、イレーナとヒナが近寄ってきた。


「セイジさん何か変わったっすね。私の嗅覚でわからなかったっす」


「そう?特に何もしてないけど」


「・・・変わった・・・私が気づけないほど・・・」


「そうなの?」


何が変わったのだろうか。


するとウェンデイーが僕の左腕を見ながら言った。


「セイジさんの左手から魔力を感じますぅ」


「魔力?そうなんだ」(左腕はポーションの魔力の塊だろうからね)


「そういえばその左腕怪我したっすか?珍しいっすね。セイジさんが怪我するなんて」


「そうなんだよ。左腕を大怪我しちゃって動かせないんだ。恐らく守護獣の攻撃を食らっちゃって」


「守護獣っすか。さすがセイジさんっす」「・・・っす・・・」


「私たちもダンジョンに挑戦してみましたけど、まだダンジョンの守護獣にはあったことありませんよぉ」


「どこに潜ったっすか?」


「いや、それがね。千歳緑ちとせみどりの森のダンジョンだと思うんだけど、上空から知らずにダンジョン内に入っちゃってね。いきなり襲われてこのざまだよ。どんな攻撃かわからないままなんだ」


「はー。そんなにすごい相手がいるんすね」


「セイジさんはこれからどうするんですかぁ?」


「左腕が動かないから、しばらく休養かな」


するとウェンデイーが見知らぬ少女を連れて僕のところに来た。


「紹介しますぅ。ホーステイルの新メンバーですぅ。ほら自己紹介して」


「ご、ご紹介にあずかりました。オ、オオヤマネコ獣人のサリーです」


「始めまして、せいじです。よろしくね」


「よ、よろしくおねがいします」


サリーさんは茶褐色ちゃかっしょくの髪色で、猫耳の先端からはさらに毛が生えていた。


身長はエイミーより小さくイレーナより大きかった。


「セイジさん。休養するんだったら久しぶりに私たちと一緒に依頼をしてくれませんかぁ?ついて来てくれるだけでいいんでぇ」


「いいよ。どんな依頼?」


「竜の巣ダンジョンで護衛依頼と素材採取っす」


「おお。いいね。竜の巣」


「サリーはダンジョンが初めてなんで、セイジさんがいてくれると心強いっす」


「そうなんだ。いいよ」


「やったっす」「・・・っす・・・」「あ、ありがとうございます」


「いつ行く予定なの?」


「明日っす。私たちの準備はできてるっすから」


その時、建物の入り口の扉が激しくたたかれた。


ドンドンドン


「おーい。誰かいねえかあ」


男の野太い声が聞こえてきた。


「はーい。今行きますぅ」


ウェンディーが入り口に向かった。


「邪魔するぜい」


立派な装備に包まれたいかつい男が入ってきた。


男は部屋にいる人たちの顔を一瞥いちべつしていき、僕のところで止まった。


「お前がセイジか。それにしてもこの部屋には女しかいねえな」


「はい。僕がセイジです」


「お前、半年前に鬼人の男を倒したんだってな」


「はい。でも僕一人でではないですよ」


「ああ。俺はクラン『ユニオン』に所属しているパーティー、『ブラックアイロン』でリーダーやってるロイスだ」


「はあ。それで僕に何か用ですか?」


「ああ。今度ユニオンに所属するパーティー数組で隣の国、エクリュベージ王国まで遠征に行くことになったんだ。そこにお前を誘おうかと思ってな」


「僕ですか?何でですか?」


「お前は今後どこのクランにも所属しないんだろ?ここの路上クランにも」


「はい。いずれ他の場所に行くと思うので」


「俺たちのクランに誘うわけではないが、お前のことを知りたかったし実力も見ておきたかったんだ。今後のためにもな」


「はあ」(どういうことだろう)


「俺たちは、エクリュベージ王国にあるアラクネに占拠された王城『銀糸城』と岩塩の採掘抗のダンジョン『塩の地下迷宮』に行く予定なんだがどうだ?」


ホーステイルのみんなが僕の判断に注目している。


王国最強クラン、ユニオンか。


行ってみようかな。強くなるためのヒントがあるかもしれない。


「そうですね。予定がなかったのでぜひ同行させてください」


「そうか。出発は2週間後だ。道中この王国のダンジョンも行くつもりなんでそのつもりでいてくれ。ダンジョンで見つけた魔道具や素材は山分けじゃなく、手に入れたやつのものだ。思う存分稼いでくれ」


「わかりました」


「じゃあ。2週間後にうちのクランの建物まで来てくれ」


「はい」


ロイスさんは用件が済むとすぐに帰っていった。


「セイジさんすごいっすね。国家級クランのユニオンから遠征に誘われたっすよ」


「すごいですぅ。それにしても鬼人を倒したんですねぇ」


「うん。フィオナさんの里に行ったら運悪く襲われててね」


「その話聞かせてくださいっす」

「・・・っす・・・」

「セイジさんの部屋は2階ですぅ」


「え。僕の部屋もあるんだ」


「もちろんっすよ。私たちは3階っす。この建物はセイジさんの物らしっすよ」


「え!?そうなの?」(姫様の所有じゃないのか)


「早く行くっす」


僕はイレーナとヒナに背中を押されて2階にあるという僕の部屋に向かった。


その部屋にはベッドと僕が以前に買った魔道具の壺しかなかった。


そこで僕は、ホーステイルのメンバーに王都を離れてからの旅の話を聞かせてあげた。

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