第76話 幽体離脱

翌朝の調査団の打ち合わせの時に、カルラさんたちが昨晩に少女から聞きだしたことを話してくれた。


なんでも気づいたら魔法陣の部屋の床に寝そべっていて、周りを覆面をかぶった怪しいローブ姿の連中に囲まれていたらしい。


その連中に何かごちゃごちゃ言われたが言葉がわからず、結局あの隠し部屋に連れていかれたそうだ。


その後、いつまで経っても誰も来ないので、人を探しに屋敷の中を調べたが誰もいなかったという。


少女は寝ている男とは面識がある程度なのだそうだが、おじさんが何で意識がないのか全く分からないらしい。


少女は自身のことについては名前すら覚えていないそうだ。


少女とおじさんは、身元が判明するまでしばらく冒険者ギルドで預かることになるそうだ。



調査は二日目に入った。


この日は魔法陣の解析と並行して他の隠し部屋の有無の調査と、魔法陣に関する資料の捜索が行われた。


その結果、おじさんがいる隠し部屋から押収した資料の中から、魔術結社が誘拐組織から人や獣人を購入していた書類が見つかった。


少女やおじさんはどこからか連れ去られた可能性が高まった。


地下の魔法陣についても少しづつ分かってきた。


実は魔術結社を壊滅させた冒険者パーティーが持ち帰った書物の中に、地下の魔法陣が記載された魔術書が発見されていた。


詳細な解読は済んでないが、どうやら何かを呼び出すための召喚魔法陣らしい。


悪魔召喚や魔力生命体の召喚の記述もあったが、地下の魔法陣が実際になにを召喚したかわかっていない。


今の所、少女を生贄いけにえに召喚の儀式を行ったものの、失敗に終わったのではないかと推測しているそうだ。


調査団は引き続き呪術書の解析をしているという。


「カルラさん。悪魔っていうのはどんな存在なんですか?」


「悪魔と言うのは魔人の住む大地にいるとされる人を超越した存在ですね。わかりやすく言えば、獣人に対する聖獣や幻獣みたいな存在らしいです」


「なるほど。そんな存在を呼び出せるものなんですか?」


「どうでしょうか。強制召喚のようですから魔力的に上回らないといけないでしょうし難しいと思いますけどね。私たちの知らない何か別の方法があるかもしれませんけど。もしかしたら生贄いけにえが関係しているかもしれませんね」


「そうなんですか。魔力生命体と言うのはなんですか?」


「う~ん。魔術師ギルドでも存在について意見が分かれているのですが、魔力生命体とは意識を持った魔力の集合体が存在しているという考えです」


「ゴーストとは違うんですか?」


「はい。ゴーストはもともと肉体を持っていましたから、それとは違うという考え方ですね。魂や物体ではなく純粋に魔力に意識が宿った存在ですね」


「なるほど。それを召喚して少女の肉体に宿らせようとしていたという事ですか」


「そうですね。仮に存在したとしても召喚できるかどうかも分からないですし、少女に宿るかどうかもわからないですけどね」


「そうなんですね。話を聞いた感じどちらも無理そうですね」


「そうですねえ。生贄など使わず研究して欲しかったですね」



二日目の調査が終わり再び野営の準備が始まった。


屋敷の調査はこれで終了し、明日の早朝に領都に戻ることになる。


夜、僕は昨日と同じく女性たちが泊まっているの部屋の隣で休んでいると、それは突然現れた。


調査団の女性と少女がいる部屋の壁から幽霊がすり抜けてきた。


「!?」


その幽霊の姿は地下の隠し部屋で寝ているおじさんだった。


「おじさん、死んでたんですか?幽霊になってますけど」


「!?」


僕が話しかけると幽霊おじさんはなぜかびっくりした表情を浮かべた。


おじさんが僕に近寄って来た。


「君は僕が見えるのかい?」


「はい。ばっちり。助けられなくてすいません」


「いやいや、死んでないから」


「え。でも幽霊ですよね」


「幽体離脱だよ。たぶんだけど。困ったことに自分の体に戻れないんだ」


「幽体離脱ですか」


(確か僕も出来るはずなんだけど、一度もやってないな)


「どういう訳か君は僕が見えるようだけど、女性たちや外の人たちには見えないようなんだ。君しか頼れる人がいない。助けてくれ」


「それは構いませんが、何でそんな状況になっているのか教えてくれませんか」


「わかった。気づいたら地下の広い部屋に寝ていたんだ。目を開けたら覆面を頭からかぶって全身をすっぽり覆う服を着ている連中がいて、聞いたこともない言葉でわめき散らしていたんだ」


「あれ?少女の言ってたことと同じですけど」


「あれは俺さ。少女に乗り移ってたんだ。なぜか自分には戻れないのに気を失っている少女はあやつれるんだよ」


「・・・そうなんですか」

(早く少女を助けてあげないと)

「という事はおじさんは召喚されたってことですか?」


「召喚?何言ってるんだ君は。そんなことあるわけないだろ。誘拐だよ誘拐。君といた彼女もそう言ってただろ」


「少女とはどこで出会ったんですか?」


「それは話してなかったな。覆面の連中に囲まれたところでまで話したな。そのあと地面の光が消えたんだが、それと同時に上から少女が降ってきてな。激突した拍子に俺は気絶したんだ。気付いたらあの隠し部屋だった」


「そうだったんですか」


「それで目を覚まして起き上がったら、なぜか幽体離脱をしていて自分の体に戻れなくなったわけさ」


「なるほど」


「その後部屋から出ようとしてドアノブを触ろうとしたらすり抜けたから、幽体離脱を確信して建物の調査を開始したわけさ」


「そうでしたか。その時屋敷はどうなっていたのですか?全身を隠してた人物たちはどこに?」


「それが屋敷中の部屋に血が飛び散っていたが、誰もいなかったな」


「そうなんですか。少女はどこにいたんですか?」


「一緒のベッドにいたさ。屋敷の捜索から帰ってきて少女に触ってみたら乗り移ることが出来たのさ。でも外に出る方法がわからなくてね。そんな時君たちがやってきたってわけさ。連中が来たかと思った俺は少女を守ろうと慌てて隠れたんだよ」


「なるほど」


「なあ、どうやったら体に戻れるんだろうか。一緒に考えてくれよ」


「はあ。ところでなんで少女から離れたんですか。幽体のままでおじさんは危険じゃないんですか?」


「彼女が意識を取り戻そうだったから体から抜けてきたんだ」


「それはよかった」


「まあね。俺にとっては良くないけど。自由に動けないし。あ、大事なこと言うの忘れえた」


「なんですか」


「俺、自分の体に入るとここに来る前の記憶を思い出すんだけど、離れると忘れちゃうんだよね」


「え。そうなんですか。記憶は幽体に持って行けないんですかね」


「かもな。戻るといっても重なるだけなんだけどな」


「つまり、幽体離脱現象を解決しないとおじさんの地元に帰れないということですか」


「そうなるね」


すると隣の部屋から少女の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。


「起きたようだね」


隣の部屋から僕を呼ぶ声が聞こえたので急いで向かった。


部屋に入ると、少女は部屋の隅で小さくなって泣いていた。


調査団の女性たちは少女に自分たちの身分を明かし、根気強く優しく話しかけ続けた。


その結果、時間はかかったが何とかおびえていた少女の恐怖心を取り除くことが出来たようだ。


調査団が危ない人たちではないと分かったところで、少女は自分のことについてぽつぽつ話してくれた。


少女の名前と住んでいた場所。誘拐されてここに来たこと。おじさんは知らない人だということ。召喚魔法の事や意識を失う前に何があったかは知らないという事がわかった。


少女が落ち着いたので僕は部屋の外に出た。


そこにまだ幽体離脱おじさんがいた。


「隠し部屋に戻って自分の体に入るよ。幽体のままじゃ不安なんだ」


「わかりました。おじさんの体は調査団が街まで運びますので」


「ああ。頼んだよ。こんなところに取り残されたくない」




次の日、調査団は少女とおじさんを連れて領都に戻った。


意識を取り戻さないおじさんは、魔術師ギルドで魔法的に調べるという事で魔術師ギルドに身柄みがらを移送された。


少女の方は冒険者ギルドで預かることになって、冒険者ギルド内にある部屋でしばらく過ごすことになった。


もう一度少女から事情聴取をした後、故郷まで冒険者が少女を連れて行くそうだ。


問題はおじさんだ。


数日後。おじさんを魔法的に調査した結果が判明した。


おじさんは中途半端な召喚だったようで、おじさんの肉体の周りの時空がずれてしまっているそうだ。


おじさんの肉体はこの世界に中途半端に存在しているらしい。


転移魔法で例えるとおじさんは転移途中の状態で、転移前と転移後の場所に同時に存在しているようなものなのだそうだ。


魔術師ギルドによれば解決方法はいくつかあって、有力なのはおじさんにかかっている魔法の効果を終わらせることらしい。


つまり、おじさんに掛けられている魔法の魔力を一旦完全に遮断するか取り除くしかない。


僕は魔術師ギルドでカルラさんと対面していた。


「つまり、魔力絶縁の部屋に入れるか、魔力吸収の魔道具を使うという事ですか」


「その通りです。よく知ってたね。さすが第3級冒険者だ」


「いえ、たまたま遭遇しまして」


「そうですか。ここセラドン魔術師ギルドには両方ともなかったので、ジャスパー魔術師ギルドに問い合わせしてみるよ」


「そうですか。そこにもなかったら王都に魔力絶縁部屋がありますので、そこに行ってみてください」


「おお、そんな場所が。情報提供ありがとう。王都はジャスパー領の先なので無駄足にならなそうでよかった」


僕はリイサさんに教えてもらった建物の場所を教えた。


その夜、宿屋に泊まっている僕の部屋でおじさんの訪問を受けた。


そこでおじさんの体の今後の予定を教えてあげた。


「そうなのか。よくわからんが解決する方法が見つかったのか。ありがとう。あんたのおかげだ」


「いえいえ。調査団の方が一生懸命調べてくれたおかげですよ」


「そうだったのか。しかし俺の声が聞けるのはあんただけなんだ。あんたに代表として礼を言わせてくれ」


「はい。無事に戻れるといいですね」


幽体おじさんは自分の肉体に帰っていった。


これで解決したのかな。




おじさんの事でこれ以上僕に出来ることはないので、次の街に行くことにした。


この際だからどんどん南に行こうと思う。


1週間後たどり着いたのは、南方五湖と呼ばれる大きな5つの湖がある森林地帯にほど近い街だ。


街の名はビリヤードと言って、セラドン領の中心にある領都から見ると南西に位置している。


街は木組みの建物が多く、農業が盛んな土地のようだ。


早速街の冒険者ギルドに向かい依頼を調べてみると、小型竜の鱗や爪の素材の買取依頼が目に入った。


他にも南方五湖の森に自生している魔力が豊富な薬草採取依頼などもあった。


南方五湖か。ウェンディーが調べてくれた場所だったな。ルカさんもお勧めしてたし。


久しぶりに薬草採取依頼でもこなそうかと考えていると、気になる依頼を見つけた。


そこは捜索依頼の掲示板だった。


何でも南方五湖に向かった冒険者パーティー5人のうち2人が行方不明だそうだ。


帰ってきた3人が依頼を出したようだ。


南方五湖で冒険者がたびたび行方不明になるという噂は本当だったんだな。


行方不明冒険者の捜索に参加しようかな。ついでに薬草採取や小型竜を見てみよう。


行方不明になった場所は南方五湖で一番大きい湖がある場所だ。


そういえば湖は呪われているそうだから、南方五湖について調べてみよう。


僕は冒険者ギルドの2階の資料室にいって調べることにした。


南方五湖の湖にはそれぞれ小型竜のヌシがいて縄張りとしているという。


その小型竜の眷属に竜人がいて共に生活しているそうだ。


一番大きな湖の小型竜が一番大きく強いらしい。


小型竜といっても2階建ての家くらいの大きさがあるという。


気になる情報としては、なんでも南方五湖に生息する生き物を食べると呪われるとの言い伝えが周辺地域に古くからあるようだ。


さらに約30年前、エクリュベージ王国で最強の冒険者だった男が南方五湖に向かったと言う未確認情報も記載されていた。


南方五湖の場所と大きな湖の位置を確認して、僕は受付に向かった。


受付さんに現在の南方五湖の状況について聞いてみた。


「始めまして。第3級のセイジさん。現在南方五湖で小型竜が複数匹暴れているという報告が上がっています。冒険者の捜索依頼と同時に南方五湖の調査依頼もお願いできませんか?」


「はい。調査してみます」


「ありがとうございます」


「南方五湖の呪いについて何か知りませんか?」


「ああ。確かにそういう噂がありますね。ですが、そもそも魔獣を食べないので冒険者は呪いについてあまり気にしていないようですよ。できれば持ち込んだ食べ物以外は食べないようにしてくださいね」


「わかりました。冒険者と竜人との関係はどうなっているんですか?」


「冒険者が湖に行っても姿を現すことはほぼないですね」


「そうなんですか。小型竜を狩ってもですか?」


「はい。竜人はヌシの眷属ですから、湖のヌシ以外は興味が無いようです」


「そうなんですか。貴重な情報ありがとうございました」


僕は携帯食を購入し、南方五湖の一番大きい湖に向けて出発した。

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