第75話 おじさんと少女

僕とお侍さんは、とぼとぼと領都ミューテッドに向かって歩いていた。


お侍さんが街道の分かれ道で立ち止まり、僕に話しかけてきた。


「おぬしはこれからどうするでござるか?」


お侍さんが心配そうに僕に話しかけてきた。


「そうですね。南に向かおうと思ってます」


「そうでござるか。では領都ミューテッドではなく、直接セラドン領に向かってはどうでござるか」


「そうですね。わかりました。そうします」


「では、ここでお別れでござるな」


「はい。お侍さんは妖刀探しの旅ですか?」


「もちろんでござるよ。達者でな」


「お侍さんもお元気で。妖刀、見つかるといいですね」


「見つかるでござるよ」


僕とお侍さんはその場で別れ、別々の道に進んだ。


僕は進路を変え、南に延びる道に沿ってただ歩くことにした。


たまに遭遇する村に立ち寄り、保存食などを購入し旅を続けた。


村の人にセラドン領の領都の場所を聞いたところ、領都はセラドン領の中央部にあるという。


徒歩で1週間はかかるそうだ。


僕に急ぐ理由はないのでのんびり歩くことにした。


セラドン領は起伏に富んでいる地形で低い山や坂道が多かった。


(そういえばアルケド王国の南にはドワーフが済む大山脈があるんだった。誰に聞いたんだっけな)



ある日、僕は道沿いに作られている野営地に立ち寄った。


野営地には荷馬車が数台止まっており、商人や冒険者たちが休んでいた。


僕は野営地から少し離れた場所にある木の枝に腰かけ、夕暮れを見ながら物思いにふけっていると、狸獣人のリイサさんがどこからともなく現れた。


僕が木の上から降りるとリイサさんが片膝をついて待っていた。


「旦那様、申し訳ございません。まさかあの女が魔亀を利用するとは思いませんでした」


(え。ルカさんは魔亀が通ること知ってたの)


「気にしないで。ずっと遠くから見守ってくれてたんでしょ。それで十分だよ。それより立ち上がって」


リイサさんは素直に立ち上がった。


「ありがとうございます。魔亀に近づくと何が起こるかわかりませんので、姫様から接近を禁じられておりました。旦那様が影響下に入ってしまい監視をすることもできませんでした」


「そうなんだね。さすがにあれはヤバイよね。場所変えようか」


僕たちは野営地に移動して焚火を起こし、その場に座った。


「それでルカさんは無事に故郷に帰れたの?」


「はい。恐らくは」


「それは良かった。そういえばさ、王都での誘拐事件の話、聞いてもいいかな」


「はい」


僕はリイサさんから事件のあらましを聞いた。


「なるほどね。転移魔法で誘拐か。手の込んだことをするんだね。霧の森の魔剣の評価は下位と聞いてたんだけど、転移魔法陣を使ってまで盗む価値があるの?」


「はい。依り代ですから。他の下位の魔剣より遥かに価値があります」


「ああ。そういえば依り代だった。この魔剣、リイサさんが入手したんだよね」


「そうでございます」


「それにしても魔法絶縁部屋か。魔力を一切遮断するなんて不思議だね」


「はい。そういう物質があるとか」


「へえ。白狐獣人のフィオナさんの首にはまってた首輪も魔法を使えないようにする魔道具だったけど、同じ原理なの?」


「あれは魔力を吸着、放出する物質ですね。体内の魔力操作が出来なくなるため魔法が行使できなくなります。長時間装着していると魔力欠乏におちいります」


「別物なのか。フィオナさん危なかったんだね。いろいろあるんだね」


「はい」


「その後その建物はどうなったの?」


「我々が手に入れております。いつでもご利用ください」


「手に入れてちゃったのか。利用って言われてもなあ」


僕がまだ見ぬ建物の利用法を考えていると、リイサさんがすっくと立ちあがった。


「旦那様、この先を行くと間もなく領都セラドンでございます」


「そうなんだ、ありがと」


「いえ、それでは私はこれにて失礼します」


「うん。いろいろ教えてくれてありがとう」


リイサさんは一瞬で僕の前から姿を消した。転移魔法を使えるのだろうか。



数日後、リイサさんの言う通り、僕は領都セラドンに到着した。


領都セラドンの街並みは、石造りのとんがり屋根で質実剛健な造りをしてる建物が多かった。


街の周りにはぶどう畑などが広がっていた。


僕は早速宿屋を決め、一階の酒場で食事をすることにした。


店員さんにおすすめを注文すると、柔らかい卵麺の小さい団子がいっぱいお皿に入った料理と豚レバーのミンチのチーズ入りが出てきた。


ワインの産地という事でワインを勧められたので水割りでお願いした。


宿屋で一泊し、早朝セラドン冒険者ギルドに向かった。


(久しぶりに依頼でも受けてみようかな)


冒険者ギルドも石造りの3階建てで屋根から塔が伸びていた。


早速掲示板を見てみると面白い依頼を見つけた。


それは魔術結社の屋敷の調査に向かう調査員の護衛依頼だった。


(魔術結社ってなんだろ。受付で聞いてみるか)


受付に向かい依頼の詳細を聞いた。


「では、説明の前に冒険者ギルドカードの提示をお願いします」


僕は黒い板にカードをかざした。


「はい。ありがとうございます。第3級のセイジ様ですね。ほうほう、鬼人討伐ですか。なかなかの実力者ですね。合格です」


「はあ。ありがとうございます」


「では詳細を説明しますね。その魔術結社は誘拐組織ともつながりがあり、人体実験などの非道な魔法実験を繰り返していた組織なのです。冒険者ギルドと魔術師ギルドがその組織の壊滅のために討伐依頼を出していたのですが、先日とある冒険者パーティーが、街の近くの森で魔術結社のアジトを見つけて一味を殲滅し、そこでとらえられていた人たちを保護しました。近日中にそのアジトの調査を行うので護衛を依頼しているのです」


「なるほど。魔術結社という確認は取れているのですか?」


「はい。屋敷の中に残されていた書物や書類などをその冒険者たちが持ち帰ってまして、それを調べた結果からですね。何より屋敷の地下に巨大魔法陣が描かれた隠し部屋を見つけたそうです」


「魔法陣ですか。何のための魔法陣だったのですか?」


「それを調べるために屋敷を徹底的に調査を行います」


「そうだったんですね。誰が行くんですか?」


「冒険者ギルドおよび魔術師ギルドの職員です」


「わかりました。それでいつ出発なのですか?」


「明日には準備が整います。ほかにも冒険者が同行いたしますので明後日の早朝にここまで来てください」


「はい。わかりました」


調査護衛依頼当日、僕は冒険者ギルドに向かった。


冒険者ギルドの前には馬車が用意してあり、調査に向かう職員さんが何やら積み込んでいた。


「あ、セイジさんおはようございます」


依頼を説明してくれた受付さんがいた。


「おはようございます」


そこに5人の冒険者がやってきた。


「ちょうどよかった。セイジさんと共に護衛をする冒険者パーティーさんを紹介しますね。第4級パーティーの『リーフグリーン 』さんです」


「よろしくな。リーフグリーン でリーダーやってるアルドだ」


「セイジです。よろしくお願いします」


「仲間を紹介しよう。全員男だからすぐ忘れていいぞ」


「何言ってんだよリーダー。その通りだけどよ」


「がはは。こいつがイルだ。残りがエミーとカインとクリスだ」


「よろしくな。セイジ」「よろしく」」」


「みなさん、よろしくお願いします」


顔合わせが済んだところで調査団の人から声がかかった。


「調査団のリーダーを務めます魔術師ギルド職員のカルラです。よろしくお願いします。それでは準備ができましたので出発しましょう」


カルラさんは青いローブを身にまとっている茶髪の女性だった。


カルラさんと調査団の職員は馬車に乗り込み、冒険者は歩きで目的地に向かって出発した。


森の中を二日ほど進んだところに目的の屋敷があった。


2階建てでそこそこ大きい屋敷は森の中にポツンと建てられており、庭はなく柵で囲われていることもなかった。


屋敷は古さを感じさせる外観で、さらに草が屋根や壁に生えており不気味さを演出していた。


調査団の馬車と護衛が屋敷に近づいていくと複数の男たちが現れた。


僕とリーフグリーンが馬車の前に出る。


すると調査団のリーダーのカルラさんが男たちの正体を教えてくれた。


「待ってください。彼らはあなたたちと同じ護衛の冒険者です。屋敷を見張っててもらいました。ご苦労様です。『ブラックフォレスト』のみなさん」


ブラックフォレストのメンバーが馬車に近づいてきた。


「リーダーのアーロンだ。屋敷には誰も近づいてこなかった。俺たちは休息に入るぞ」


「そうしてください。交代で外の見張りはリーフグリーンの皆さん、よろしくお願いします」


「わかった」


そういうとリーフグリーンのみんなは屋敷の方に向かった。


「セイジさんは我々と共に屋敷に来てください」


「わかりました」


馬車をブラックフォレストに預け、調査団と僕は屋敷の中に入っていった。


屋敷の中はまるで泥棒に荒らされたかのような有様で、机やいすが倒れていたりあらゆるものが床に散らばっていて、いたるところに血の跡があった。


調査団が最初に向かったのは地下にある広い部屋だった。


その部屋の石の床には魔法陣が彫られていて、その溝には何かの黒い液体が満たされていた跡があったが時間の経過で乾いてしまっていた。


しかし、何よりも気になったのは床に散らばっていた大量の血の跡だ。


ここでも戦闘があったのか。


その後調査団は二手に分かれ、屋敷の捜索と魔法陣の調査に取り掛かった。


魔法陣の調査員は魔道具らしき物や本を取り出し何やら調べ始めた。


僕は広い部屋の端に移動し邪魔にならないように調査の様子を見ていた。


(そういえば姫様の屋敷の床にも魔法陣があったな。あれは異世界転移用だったけど)


しばらくして魔剣に住む幽霊のレオナさんが珍しく話しかけてきた。


(セイジ様~。この壁の向こうから生命反応を感じるよ~。変な感じ~)

(生命反応?誰かいるのか。わかった。ありがとう)


僕はカルラさんに声を掛けた。


「カルラさん。この部屋の隣を調べていいですか?何か感じたので」


「はい。何かあったら報告を」


「わかりました」


僕は魔法陣の部屋から出て調査を開始した。


(魔法陣の壁の向こう側だから、こっちの方かな)


僕は地下の廊下を曲がり目当ての方向に進んでいく。


廊下は真っ暗だったので発火で明かりを灯した。


しばらく行くと突き当たりに部屋があった。ドアを開け部屋の中に入る。


狭い部屋に棚や机があるが生命体はいない。


(ここじゃないのかな。方向はここで合ってると思うんだけど)

(隣ですね~)


隣と言われても壁があるし本棚しかない。まさか。


本棚を動かすと隠し扉が現れた。


隠し部屋の中に入る前に報告に行くか。


魔法陣の部屋に戻り、カルラさんに隠し部屋を見つけたと報告した。


「わかりました。私とセイジさんで向かいます。他の人は調査を続けてください」


僕はカルラさんを連れて再び部屋に戻った。


「本棚で隠されていました」


カルラさんは本棚で隠されていた扉に耳を当てて中の様子をうかがっている。


「物音は聞こえないようだけど」


「僕が突入します。カルラさんは下がっててください」


「わかったわ。気を付けて」


カルラさんが狭い部屋の入り口まで戻ったので、僕はゆっくりと隠し部屋の扉を開けた。


慎重に中に入ると物置小屋のような部屋にベッドがあり、おじさんが寝ていた。


(レオナさん。あの人生きてるんだよね)

(う~ん。生きていると言っていいんでしょうか~。空っぽです~)

(どういうこと?他には?)

(いますよ~。そっちも変ですけど~)

(よくわからないけど調べてみるよ)


僕は部屋の中に入りベッド近づいて、おじさんをすってみた。


起きない。でも体温はあるので死んではいないようだ。


声を掛けても何をやっても起きない。


おじさんをそのままにして扉のある棚を開けようとしたら、カルラさんが入ってきた。


「どうですか?」


「はい。おじさんが寝てました。何やっても起きませんけど」


「おじさん?あら本当だ」


カルラさんもおじさんを叩いて起こそうとしていたが、やはり起きなかった。


「息はしているようですね」


僕は何気なく棚の扉を開けると中に少女がいた。


「うわっ」

「きゃあっ」


驚いたカルラさんは大慌てで部屋から出て行った。


「こんにちは。お嬢さんはここで何してるのかな?」


少女は答えない。


「名前は何ていうのかな?僕はせいじです」


「・・・。わからない」


少女が答えてくれた。


「そうなんだ。なんでここにいるのかな?」


「・・・。わからない」


なるほど。


「カルラさーん。この少女を保護してくれませんかー?」


恐る恐るカルラさんが部屋を覗いている。


「大丈夫なんですか?」


「大丈夫だと思いますよ。敵意を感じませんし」


「・・・。私、戦闘力も体力もないんですが」


「僕が後ろで監視しますから」


「わかりました」


「あのおじさんはどうしますか?」


僕はベッドで寝ているおじさんを見た。パジャマみたいな服を着ている。


「調査を終えて帰るときに、リーフグリーンの皆さんに運んでもらいましょう」


「わかりました。お嬢さん。このお姉さんについて行ってね」


「・・・」


少女は無言でうなずいた。


カルラさんは少女の手を取り魔法陣の部屋に向かった。


僕はその後をついて行く。


その後、調査団の調査は順調に進んだ。


隠し部屋の調査も行い、書物や魔法紙を押収した。


調査団の女性たちが少女に食べ物を与えていて、少女は遠慮なくガツガツ食べていた。


少女がいつから屋敷にいたのか分からないが、何日も食べていなかったのだろう。


無事初日の調査が終わり、調査団の男と冒険者たちは屋敷の外で野営をすることになった。


調査団の女性たちと少女は屋敷の1階の部屋に泊まることとなり、僕がその隣の部屋で警護することになった。

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