第74話 ルカと魔亀
僕たちは鉱山街アイビーグリーンに戻ってきた。
早速、料理屋に行き空腹を満たすことにした。
そこで、ルカさんが真剣な表情で次の行き先を告げた。
「いよいよ私の故郷に向かいます。誘拐組織の攻勢も激しくなると予想されます」
「いよいよですか。でも誘拐組織は魔女さんが倒したようですが」
「まだまだいます。組織は巨大ですから」
ルカさんの表情が暗く沈む。
「そうなんですか。でも安心してください。僕が最後までルカさんを守りますから」
「はい。セイジさんを信じてますっ」
ルカさんの顔に笑顔が戻ってよかった。
この日はこの街に泊まり、次の日の早朝に出発した。
いよいよ旅の終わり。ルカさんの故郷に向かう。
進路を南にとりミューテッド領に入った。
ルカさんの故郷はミューテッド領の南部にあり、ここからだと馬車や歩きなら2週間以上かかる距離らしい。
「領都ミューテッドまで一気に行きましょう」
「そこの近くなんですか?」
「はい。そこで最後の料理を食べたいのです。里に着いたらしばらく外に出ていきませんので」
「なるほど。いいですね」
僕たちは領都ミューテッドを目指して、街や村を経由しながら南下していった。
一週間後、僕たちはようやく領都ミューテッドに到着した。
アルケド王国で5番目に大きな都市である領都ミューテッドは、中心部を川が流れており陸路と川を使った交通の便が良いため、春と秋の見本市が盛んなのだそうだ。
街の建物は木造りで一般的な三角屋根をしていた。
早速ルカさんの希望である食事をするために料理屋に入った。
ルカさんが注文した料理は、塩漬け豚のあばら肉とリンゴのお酒だった。
僕は塩漬け豚のあばら肉とキャベツの酢漬けを頼んだ。
食事を楽しんだ後、僕たちは領都ミューテッドで一泊し、いよいよルカさんの故郷に向かうことになった。
「ここからは徒歩で向かいましょう」
「はい。近いんですか?」
「いえ。そんなに遠くはないですが、野営することになりますね」
「そうなんですか。危険になりますね」
「そうですね。でも私も戦いますから。セイジさんに頼りっぱなしではありませんよ」
「そうならないよう慎重に行きたいですね」
僕たちは領都ミューテッドから南東に向かって歩き出した。
「そういえば魔道具の地図は持ってたままでいいんですか?」
「はい。里の近くに私たちだけが知る小さな村があるんで、そこで預けましょう」
「わかりました」
森に入り、日が暮れるまで進んだところで最初の野営をすることになった。
「長い旅でしたが、セイジさんと野営をするのは今日と明日で最後になります」
「そうなんですか。いよいよ旅も終わりなんですね。寄り道ばかりしてましたけど、ようやくたどり着くんですね」
「今回の里帰りは誘拐組織に追われることも少なかったですし、ほとんど野営をすることもなく街で眠ることも出来ましたし、セイジさんのおかげで安全に旅が出来ました」
「ルカさんが地理に詳しいおかげですよ」
「そうかもですね。
「はい。僕が起こしますよ」
「いえ、ここは私に任せてください。私も火の魔法を使えますから」
「そうですか。では枯れ木を拾ってきますね」
「はい。私は食事の準備をしています」
僕が拾ってきた枯れ木を使ってルカさんが焚火を起こしてくれた。
「焚火っていいですよね。心が
ルカさんの顔を焚火の明かりが照らす。
「そうですね。今日はルカさんが火を起こしてくれたおかげか、いつもより心が
「え。あはは。気のせいですよ。火は誰が起こしても一緒ですよ」
「そうですかね。では料理をするんで水を分けてもらえませんか?」
「?はい。携帯食で済ませるんじゃないんですか?」
ルカさんから水を分けてもらった。
「温かい料理がいいでしょ?こうするんですよ」
僕は水を宙に浮かせ、発火を使い鍋を使わない簡単なあったかスープをつくった。
野草のポーション煮はホーステイルに不評だったので封印だ。
「すごーい。斬新な料理方法ですね」
食後、焚火を消し木の上で透明化してから眠りについた。
二日目。僕たちは森の中の道なき道を進んでいる。
「ルカさん。こんなところを通って大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。ここから先は里のものしか知らない道ですから」
「そうなんですか」
僕は森の中を見渡すが目印になるようなものは何もない。木と草しかない。
道を知っているルカさんが迷うことなく歩を進めているので、僕が心配することではないか。
休憩をはさみながら森の中を進んでいると、日が暮れてきたので二度目の野営になった。
ルカさんが野営地を決めたのだが、そこはちょっとした丘になっていて下を見ると少し先に獣道が通っていた。
(人も利用しているのかな。明日はあそこを通って行くのだろうか)
今回もルカさんに焚火を起こしてもらい、料理は僕が作った。
食事をしながらルカさんが故郷について教えてくれた。
「もうすぐ私たちの故郷である山が見えてきます」
「山なんですね」
「はい。森林地帯を抜け山のふもとに着くとそこからは岩場になります」
「岩場ですか。岩だらけの山なんですか?」
「そうです。山肌は砂利と岩場の連続です」
「大変そうですね」
「山頂に着くとそこは
「窪地にあるんですか。ルカさんの里は周囲を山で囲まれているってことですか」
「そうですね。広大な岩壁に囲まれた窪地には巨大な湖がありまして、その周囲に私たちの住居が立てられています」
「へえ。景色がよさそうな場所ですね」
「はい。綺麗な場所ですよ。セイジさんにぜひ見てもらいたいです」
「楽しみです」
「ここから先の森は、私たち以外の存在は森に
「なるほど、だからルカさんたちは里の外で誘拐組織に狙われてるんですね」
ルカさんは姿勢を正し僕の目をじっと見た。
「セイジさん。私の正体はフラミンゴ獣人です」
「え。そうなんですか。教えて良かったんですか?」
「はい。もう着きますので。それに里の湖には幻獣様がいらっしゃいます。真っ赤なフラミンゴの幻獣です。そのお姿を見て驚かないように心構えをしていただきたいのです」
「幻獣ですか。決して手を出してはいけないという存在ですね」
「幻獣様がいらっしゃるおかげで、フラミンゴ獣人の里には誘拐組織の連中は手を出せません」
「ですよね。幻獣に戦いを挑むなんて無謀ですからね。怒りを買うと国が滅びかねないそうですから」
「そうなんです。ではセイジさん。これを」
僕はルカさんから赤い液体が入った10本の容器を渡された。ポーションと同じ容器だった。
「なんですかこれ?」
「それを持っていれば森の魔獣に襲われにくくなります。中身は里の湖の水を精製した火属性魔力の液体です」
「へえ。そんなものがあるんですね」
僕は9本の容器をリュックに仕舞い、1本だけ手に持ってまじまじと見た。
不純物のない赤い透明な液体がゆらゆら揺れていた。ねっとりしてる。
「使い方ですが投げつけたあと火属性魔法を使ってもいいですし、火属性魔法の魔力源にしてもいいです」
「なるほど。これはかなり使えそうです。火属性魔法の威力不足に悩んでいましたので」
「そうでしたか。お役に立てるようでうれしいです」
ルカさんは水を一口含んだ。
「話を変えましょうか。ここミューテッド領の南にはセラドン領がありまして、西部には温泉街がありますよ。南部に行けば『魔術師の島』や『サイクロプスの六洞窟』、南西には『南方五湖』がありますね。冒険者のセイジさんにぴったりの場所ですよ。帰りに寄ってみたらいかがですか?」
「温泉街があるんだ。ためになる情報ありがとう。どこかに行ってみるよ。魔術師の島はホーステイルを誘ってみようかな。ウェンディーが行きたがってたし」
「それがいいですね。一人は何かと危険ですからね。あ、大事なことを言い忘れてました」
「何ですか?」
「セラドン領の西部には『
「え。うん。わかった。でもなんで?」
「そこの守護獣がすさまじく攻撃的なんです。領域に入った瞬間攻撃されます」
「え。入っただけで攻撃されるんですか。わかりました。気を付けます」
「絶対ですよ。狙われたら終わりと思ってください」
「え。そこまでの攻撃なんですか。肝に銘じます」
焚火の中で木が弾ける音がした。
焚火の明かりに照らされるルカさんが、
「もうすぐセイジさんとの旅も終わりですね。寂しくなりますね」
「そうですね。なんだかんだで結構な距離の旅でしたね」
「無事にここまで来ることが出来ました。セイジさんとグリーンウイロウで出会えることが出来て良かったです」
「僕もルカさんと楽しい旅が出来て良かったですよ。でもまだルカさんの里までついたわけじゃありませんから、僕が気を抜くわけにはいきませんけどね」
「はい。頼りにしてます。それからセイジさん、私の種族と出会うと幸せになれるという言い伝えがあるんですよ」
「そうなんですか?じゃあ、僕、幸せになれますね」
「はい。こんなに長い間一緒にいたんで効果はばっちりですよ」
「おお。それはうれしいですね」
ふたりで焚火を囲み雑談をしていると僕はいつの間にか眠りに落ちていた。
するとルカがゆっくりと立ち上がり、自分の荷物を持った。
「・・・。セイジさん、今まで本当にありがとうございました」
そうつぶやくとルカは一人で歩き出し暗闇の森に消えていった。
ルカが真っ暗な森の中を歩いていると、だんだんと里の仲間が集まってきた。
「ルカ。久しぶり。あんた誘拐組織に狙われて危ないところだったって聞いてたけど、無事だったのね」
「ええ。冒険者ギルドの方に助けられました」
「そう。それにしても相変わらずあんたの火属性催眠魔法の効果すごいわね。あなたたちを尾行してた誘拐組織の連中も寝てたわよ」
「・・・。そうね。上手くいって良かった」
「アレが予定通りあの道を通ってるそうよ。急いでここを離れましょう」
「うん」
その後もルカたちの周りに続々と里の者たちが集まり、秘密の道を通り里に向かった。
「・・・」
「・・・おい。おい起きろ。まずいぞ」
「ん?なんですか?男?・・・!?」
僕は一瞬で目が覚め、急いで立ち上がってその男から離れた。
僕を起こしてくれた人はダンジョンで出会ったお侍さんだった。
「お侍さん。お久しぶりです」
周りを見るとルカさんがいない。
「!?ルカさん!!お侍さんルカさんを見ませんでしたか?」
「そんなことは後回しだ。とにかくここから離れるぞ」
お侍さんは僕を
「ちょっと。ルカさんを、女性を護衛してるんです。どこ行ったんだ。僕はいつの間に寝てたんだ」
混乱する僕を引きずってお侍さんは猛然と進む。
「ここまで離れたら安全だ」
僕はようやくお侍さんの手を離れた。
「安全って何ですか。女性はどこに行ったんですかっ」
「女性はいなかったぞ」
「そんな。もしかしてさらわれたのか。何てことだ」
僕が悲嘆に暮れているとお侍さんが信じられないことを言った。
「おぬしは何か月かあそこの場所にいたはずだ。もう女性の足取りはつかめないでござる」
(ござるが遅いぃ)
「そんなわけないでしょ。数時間しか
「あれを見るでござる」
お侍さんが指さす方向を見ると、遠くの獣道に海亀がいた。
「うみがめ・・・・」
「そうでござる。接近禁止の海亀でござる」
「あれが・・・」
海亀はゆっくりゆっくり進んでいる。
「あの亀が一体どうしたっていうんですかっ」
「あの魔亀は時間を
「時間を?」
「そう。魔亀に近づけば近づくほど、別の場所にいる人との時間がズレていくのでござる」
「じゃあ。ぼくは・・・」
「どれだけ魔亀の影響下に入ってたか知らないでござるが、おぬしは今の季節はいつだと思ってるでござるか?」
「季節は、夏の終わりころですよ」
お侍さんは静かに首を振った。
「今は春でござる」
「春!?」
うそだっ。
でも、確かに肌寒い。
本当に春なのか。
僕は時間を跳んだのか。
魔亀の姿が見えなくなりつつあった。
僕は衝撃の事実を聞かされ
声を振り絞ってお侍さんに聞いた。
「・・・ルカさんは一体どうなったんでしょうか」
「
「そうですか。では、あなたはなぜの僕のところにたどり着いたのですか?」
「動いていないおぬしを見つけるのは
「そうですか。ご迷惑を掛けました」
「気にする必要はないでござる。
「そうですか」(
僕はとぼとぼと歩き出した。ルカさんは一体どうなったのだろうか。
探そうにも手がかりがまるでない。里の場所も知らないし、時間も過ぎている。
僕は護衛に失敗したのかな。何で寝ちゃったんだろ。
「どこに行くでござるか?街まで同行するでござるよ」
「・・・。そういえば、お侍さんは何でこんなところにいるんですか?」
「もちろん魔剣を探してたでござる。おぬしの魔剣、少し変わったでござるな。そのおかげで再び出会えたのでござるが」
「変わった?そういえば。たしかにダンジョンで出会った時とは変わりましたね」
幽霊が住んでます。
「そうでござろう。某の魔剣に対する嗅覚は他の
魔亀には危機察知とか発動しないんだな。身の危険はないからか。
そういえばルカさんに危機があれば、僕の超能力が反応してもよさそうなんだけど。
爆睡してたら無理なのかな。
魔亀か・・・。
これからどうしようかな。
帰り道、森を抜けたところで誘拐組織の連中に襲われた。
「ようやく見つけたぞ。あの獣人の里への道の行き方を教えやがれ」
「何ならその情報、高く買うぜ。ぐへへ」
僕はお侍さんの腕をつかみ、テレポートで誘拐組織の連中の前から姿を消した。
ルカさんは里で元気にしているのかな。
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