第73話 鉄の森の魔女
次の日、僕たちは早速アイビーグリーンの南にある廃墟の村に向かった。
二日かけて山の中の廃村にたどり着いたが立ち寄ることはせず、そのまま『鉄の森』ダンジョンがある廃鉱に向かった。
廃村から伸びる廃鉱への道を歩いていくと、緑豊かな山に横穴が
その穴は『鉄の森』ダンジョンへ至る廃鉱の入り口で、木枠で補強されていた。
この鉱山は木を伐採せずに鉱脈に沿って掘っていくやり方だったそうだ。
また、鉱物の精錬のために木を伐採した箇所には植林が行われていた。
僕たちは、アイビーグリーン冒険者ギルドで購入した坑道の地図を頼りに、廃鉱を進むことにしている。
ここの鉱山には大小合わせて600にもおよぶ坑道があるらしい。
僕たちの目的地は坑道を抜けた先の鉄の森のダンジョンだ。
僕たちは鉱山を囲う柵を超え、慎重に坑道の中に入っていった。
少し進むと坑道の中の空気が冷たくなってきた。
坑道の大きさは一定ではなく高いところや広い場所もあった。
進んでいると運搬や通気や排水のため掘られた
坑道はもちろん暗いので発火の明かりを頼りに進んでいる。
たまに空気穴なのか明かりが差し込んでくる場所もあった。
坑道を通る風が不気味な音を起こしている。
「坑道ってこんな感じなんだ。初めて来たよ」
「私もです。何だか幻想的ですね」
坑道内は足元には
「人力で掘り進めたなんて信じられないね」
「そうですね。水が
坑道を登っていくと突如、空気が変わった。
ダンジョンの領域内に入ったようだ。
すると魔獣が
ルカさんも魔法が使えるので戦えるけど、素材が目当てではないので魔獣は出来るだけ相手をしないで進むことにした。
テレポートのおかげで戦闘回避はお手の物だ。
坑道の最上部に着き、空気穴を通って坑内から外に出ると森の中だった。
山のどのあたりなのだろうか。
慎重に当たりを見渡すが特に変わった様子はない。
森も普通に見える。
「ここには魔樹がいないんですね」
安全を確認しルカさんも坑道から出てきた
「そうみたいですね。魔女の屋敷はどこでしょうか。見当たりませんね」
僕たちは山を登りながらうろちょろしてみたが、魔獣は出てくるものの何も見つからない。
「ダンジョンの依り代はどこにあるんだろ」
「そうですねえ。冒険者によるダンジョン探索もしっかりと行われていないようですし、立体のダンジョンだと探しにくいですね」
「ですね。森の中なのか。鉱山の中なのかわかりませんね」
坑道の地図だけだとダンジョンの中心がわからない。
「魔女とダンジョンは関係ないでしょうし。あ、あれを見てください」
ルカさんが何か見つけたようだ。
ルカさんが指さす方向を見ると人影があった。
「人ですかね。女性のようですが」
「そうですねえ。セイジさん、行ってみましょう」
僕たちは慎重に足を進めた。
近づいてみるとその女性は目を閉じたまま立っていた。
眼を閉じて立つのが流行っているのだろうか。
「おしゃれな服装ですね」
ルカさんは女性の服装に興味があるようだ。
たしかにおしゃれだ。僕に女性のファッションはわからないけど。
大岩の女性と何となく似てるけど、この女性からは何だか冷たい雰囲気を感じるな。
人間味を感じないというか、欠点がないというか。
「この人も寝てるのでしょうか」
ルカさんが女性に近寄って顔をのぞき込んでいた。
その女性の足元を見てみるが普通の地面だ。
「どうでしょうか。さすがに大岩の女性とは違うと思いますが」
「そうですよね。でも目を覚ましませんね。目の前でしゃべっているのに」
「そうですね」
ルカさんは女性の後ろに回って調べているが何もないようだ。
「魔女と関係あるんですかね。ちょっと触ってみますね」
ルカさんが女性の肌を触った。すると。
「冷たいですよ。死んでるのでしょうか」
「え!?そうなんですか」
おっと。思わず触りそうになった。
「ルカさん。息をしてるかどうか確かめてください」
「はい」
ルカさんが口元に手を当ててみたが何も感じなかった」
「息してません。何なんでしょうかああ。こわーい」
ルカさんはそう言いながら女性の体をべたべた触っている。
「柔らかいですよ、セイジさんも触ってみてください」
え。いいんですか。
「はい。何かわかるかもしれませんしね」
もみもみ。柔らかい。
「確かに体温が冷たいですね。人間ではないのでしょうか」
「・・・」
ルカさんの視線も冷たい。
「どうしました?」
「いえ。なんでもありません。そうだ。セイジさん、その女性に転移魔法をかけてみてくれませんか」
「わかりました。転移魔法を試してみますね」
僕は女性の腕をつかんで能力を発動させた。テレポート。
「転移しません。どうなっているんでしょうか」
ついでに物体操作も試してみたが全く動かなかった。
「うーん。不思議ですね。もしかしたら魔道具かもしれませんね」
「魔道具ですか。なるほど」
魔力が多すぎて干渉できないのか。
「魔道人形かゴーレムか。その
「へえ。だとしたらかなり
「はい。生きてるみたいですもんね。こんなの今まで見たことがありませんよ」
その時、僕たちの周囲で不穏な気配が流れた。
ざざざざざっ。
森の奥から何かが近づいてくる音がしている。
「ルカさんっ」
「はいっ」
僕はルカさんの手を掴み透明化させた後、ルカさんを上空に物体操作で移動させた。
直後、僕は男たちに囲まれた。
「見つけたぞ!女がいねえ、女を探せ!男は・・・消えた!二人ともさがせ!姿隠しだ。慌てるな」
男たちは廃鉱の方向に向かった。残った何人かが寝ている女性を囲んでいた。
「リーダー。この女は何なんでしょうか」
するとリーダーが瞬時にダガーで女性の肩を突き刺した。
女性は身じろぎもせず立っている。
リーダーがダガーを抜くと肩に穴が開いたが血は出てこなかった。
「魔道具だろ。こんなに凝った人形は初めて見たが」
リーダーはそういうと女性の髪の毛の感触を確かめた。
「こいつはあとで回収する。まずはあの女だ」
「はいっ」」
リーダーたちも廃鉱の方向に向かった。
僕は透明化し空中に転移した後、ルカさんと共にこの場を離れた。
あれはもしかして誘拐組織かな?なんで僕たちの居場所がわかったんだろ。
魔法か?だとしたら僕の知識じゃ何もわからないな。
ひとまず鉄の森のダンジョンから抜け出そうと廃鉱の入り口に向かうと、誘拐組織に坑道が占拠されていた。
どうしよう。
いや、誘拐組織を倒すチャンスでもあるのか。相手の強さがわからないけど。
森の上から宙に浮いて坑道の入り口にいる誘拐組織を見ていると、同じ高さから威厳のある女性の声が聞こえてきた。
「久しぶりに帰ってきたら何やら楽しそうなことしてるね。お姉さんも混ぜてくれないかね」
その声に僕たちと誘拐組織の男たちに視線が集まる。
その女性はごつごつした黒い木の杖に腰かけて宙に浮いていた。
その女性の服装は、つばの広い黒いとんがり帽子と全身を包み込む黒いローブ。
「ま、ま、まーーーーっ」
「まじゃ、魔女だーっ」
「ほあっ、本当にいたっ」
「殺さるるーーっ」
「ぎゃーーーっ」」」」
誘拐組織の連中は女性の姿を見て恐慌状態に
あれが魔女なのか。
「落ち着けっ。撤退する。坑道の穴から急げっ」
誘拐組織のリーダーと思しき人物が即断した。
「ひいいーーーっ」」」」」」」」
坑道に男たちが殺到する。
「慌てて帰る必要はないんだよね。まだこちらが君たちをもてなしてないんだよね」
魔女はそういうと優雅に地面に降り立った。
「メグ、追いで」
「はい。ご主人様」
現れたのは先ほどの眠っていた女性だった。肩の穴はふさがっていた。
(動いてる!?どうなってるの?やっぱり生きてたの?それとも喋る魔道人形?)
「魔術書を出して」
「はい」
メグと呼ばれた女性は自身の胸の中に手を突っ込み、体内から分厚い魔術書を取り出した。
「ひいいぃいぃぃ!?」」」」」」」」
その光景を見ていた誘拐組織の連中が、腰を抜かして座り込んだり動けなくなっていた。
魔女さんは魔術書を受け取ると杖を構え魔法の詠唱を開始した。
「我が名はマリアベル。始まりの13。アンリエッタ・キャンベルの血を引くもの・・・」
「させるかよっ」
誘拐組織のリーダーがいつの間にか魔女に肉薄していた。
キュッキュッ
リーダーの足元から音がした。
マリアベルの足元は砂地に変化していた。
「なにっ。なぜ音がするっ。ちっ。ここまで接近すりゃ関係ねえ。死にさらせ魔女おおおおっ」
魔女に向かってリーダーのダガーが突き出された。
魔女は構わず詠唱を続けている。
ガッ
「何っ!?」
メグと呼ばれた女性が片腕でリーダーのダガーを受け止めた。
メグの腕にダガーが半分まで埋まっていた。
「何で・・・そんな細い腕で・・・俺のダガーが止まる」
「そのままお待ちください」
「なっ!?」
メグはダガーの埋まっていない腕でがっしりとリーダーの腕を
「くっ。離せ」
リーダーが腕を振りほどこうと暴れるがメグはビクともしない。
「リーダー!?」」」」」」」
「あなた達は人の心配をしている暇があるのですか」
メグの忠告に誘拐組織の男たちが沈黙し魔女を見る。
その沈黙を
「
静かに詠唱が終わると誘拐組織の連中の足元に大量の砂が発生し、全員の動きを阻害した。
次にその砂の中から蛇の形をした砂が出現し、男たちを締め付けた。
すると瞬時に男たちが白い砂に変わり果て次々と砂の山を作っていった。
「!?」」」
静寂がその場を支配した。
「ひいいいいいいいっ。離せ女。死にたくねえぇ」
リーダーが再び暴れだしたがメグの拘束を抜け出せない。
「騒がしい人ですね。
魔女の魔法が発動し、一瞬で男が砂の柱に包まれた。
ドサッ
砂が消え去り地面に倒れ伏した男は溺死していた。
魔女マリアベルは透明化して空中にいた僕たちを
「降りて来てくださいね。取って食ったりいたしませんから」
魔女さん強すぎです。
逃げたら瞬殺されそうなので僕は素直に従うことにした。
僕はルカさんと共に地上に降り透明化を解除した。
魔女はその間に魔術書をメグの体内に戻した。
「そう、女性の方が狙われていたのね」
そういってマリアベルはルカの髪の毛を見た。
「メグ。私が留守の間に何かあった?」
「その男に
(!?意識があった・・・だとっ!!)
魔女マリアベルの視線が僕を突き刺す。
「いえ、あの、生きているかどうか確かめただけですよ。ね、ルカさん」
「はあ、まあ」
(ルカさん、助けてくださいよ)
「彼女にはたくさん
(そうです、ルカさんも触ってました)
「ふーん」
「あの、彼女は何なんですか?生きているんですか?」
「メグかい?メグは私のおもちゃだね。身の回りの世話から私の護衛まで何でもする便利な人形さ。生きていると言ってもいいぐらいだね」
「人形ですか。人間と区別できませんね」
「そういう風につられたからね。それであなたたちはなぜここに?」
「『鉄の森』ダンジョンに来た冒険者です」
「ああ。なるほどね。でも価値のあるものはなかったよね。ここは古いけど魔力の宿る先がないんだものね。お金を稼ぎたいなら鋼鉄の魔樹を狩ることね。ここを訪れる冒険者はそうしてるようだけどね」
僕はチラリとマリアベルさんが持っている黒い杖をみた。
「これかい?これはダンジョン守護獣だった鋼鉄の魔樹から作った杖だね」
(守護獣!?)
「あの、もしかしてダンジョンを攻略されたんですか?」
「ん?してないね。あんたもダンジョン領域の魔力を感じているよね」
「はい。ですが。攻略後もしばらくは魔力も
「確かに魔力は残るけど、はっきり変化がわかるよね」
「はあ。そうなんですか」(ダンジョンを攻略してないんで分かりません)
「ん?あんたのその魔剣、依り代だよね?」
「そうですけど、よくわかりましたね」
「わかって当然だよね。それに宿っているモノが見えないような奴は魔女を名乗れないのよね」
(幽霊のレオナさんがバレてる!?)
「幽霊じゃないよ?」
「あ。そうでしたか。つかぬこと聞きますが『鉄の森』の依り代はどこにあるのでしょうか」
「それは答えられないね」
「なぜですか?」
「私が幻術で隠しているからね」
「え。ああ。そうでしたか。でもなぜ攻略しないんですか?」
「そんな間抜けなことはしないよね。依り代は私のもので大きく育てているのよね」
「育ててる、ですか。育ったら食べるんですか?」
魔女マリアベルはキョトンとした顔をした後、大爆笑した。
「あはははははは。面白いね君。殺すのはやめておこうかね。彼女だけ生かしておくつもりだったけどね」
(え!?命の危機だった)
「さすがに私は食べないね。そこまで長く生きてない。それにしても君は」
魔女マリアベルが僕の目をのぞき込んだ。
「ふ~ん。ちんけな結界は置いといて、君のその体。君、主人はいるの?契約した?」
「いえ、契約はしてません。たぶん」
(姫様。結界を馬鹿にされてますよ)
「そう。まあいいわ。メグ、この子たちを下まで連れていってあげてね」
「かしこまりました」
僕とルカさんは、メグさんに連れられて鋼鉄の魔樹が
襲ってきた鋼鉄の魔樹はメグさんがぶん殴って粉々にしていた。
(強い。女神のルナさんを
山を無事に降りて平地の道にたどり着いた。
メグさんは用事が済んだとばかりに山に戻っていった。
「ありがとうございました」」
僕とルカさんがその場に取り残された。
「伝説の魔女がいましたね」
「そうですね」
「帰りましょうか」
「はい。おいしい食事をしましょう」
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