第71話 八頭霊蛇

僕とルカさんは、街を出て南に向かって道なりに進んでいる。


僕たちの進む先には森が広がっていた。


目的地はルカさんの故郷である。


ルカさんは超貴重な獣人らしく誘拐組織に狙われているそうだ。


ルカさんの故郷の場所は部外者には秘匿ひとくされているらしい。


「まずはあの森を目指しましょう」


僕はルカさんの故郷の場所を知らないので、旅の案内役はもちろんルカさんだ。


「はい。それはそうとルカさん。僕、地図を自動作成する魔道具を持ってるんですけど、どこかで持ち歩くことをやめた方がいいのかな」


「そうですね。セイジさんに知られるのは構わないんですが、その地図が狙われることになってセイジさんが危険になるかもしれませんね」


「そっか。じゃあ、近くまで来たら教えてくれるかな。冒険者ギルドにでも預けるよ」


「はい。わかりました」


僕たちは森に到着した。


「セイジさん。人目につかない場所に来たんで、ここからは空の旅にしましょう。お願いしますね」


ルカさんは楽しそうに手を出して来た。


「はい。では」


僕は上空にある白い玉を手元に戻してからテレポートで木の上に転移し、物体操作で空中の旅を始めた。


「わーい。また空を飛んでます」


「空が好きなんですね」


「はい。進路はこのままでお願いしますね」


「うん」


僕たちは森の上ぎりぎりを飛行して進むことにした。


進行方向右手には平原の先に鬼人の大秘境が広がっていた。


かなりの時間真っすぐ飛んでいると森を通る道がいつの間にか見えなくなり、森と平原だけになった。


「国王領からマラカイト領に入ったようですね。ここは鬼人の大秘境がアルケド王国に入り込んでいる場所なんです」


「そうなんですか。危険じゃないんですか?」


「そうですね。でもそう頻繁ひんぱんに鬼人が襲ってきたりしませんよ。あ」


「え?」


ルカさんが鬼人の大秘境の方を見たので僕もその方向を見てみた。


すると森の中に動くものが見えたので視線を向けてみると、鬼人の大秘境から女性がものすごい勢いで飛び出してきた。


「あ、鬼人の女性だ」


つのが二本ある女性は来た道を振り返っていた。


誰かから逃げてきたのか、それとも誰かを待っているのか。


「セイジさんも鬼人の女性に興味があるのですか?」


え。


ニコニコ笑顔のルカさんがたずねてきた。


「いや、ないですよお。そもそも僕には肉体的な強さが全くないですから、鬼人の女性に相手にされませんよ。あはは」


「ふーん」


すると、鬼人の女性の後を追って白い服を着た水色の髪色の女性が現れた。


その女性も身体能力が半端はんぱなかった。


つのがないので鬼人じゃないようだけど何者なのだろうか。


その女性と鬼人の女性は鬼人の大秘境の森をじっと見ている。


「何かに追われているようですね。セイジさん、ちょっと行ってみてください」


さすが元冒険者ギルド職員さんだな。冒険者の扱いになれている。


「そうですね。ルカさんはこのまま上にいてください。透明化も掛けていきますね」


「はい。空からセイジさんの勇姿ゆうし拝見はいけんさせていただきます」


「いやそんなことにはならないんじゃないかな。話を聞くだけだし」


するとルカさんが鬼人の大秘境の方を指さした。


いやな予感がする。


ドドドドドドドドドドドドッツ


いやな地響きも聞こえてきた。


その方向を見ると巨大な土煙が上がっていて、こちらにすごい勢いで向かってきていた。


「なんですか、あれは」


僕は二人の近くに着地した。するとなんだか違和感がした。


「寒いっ。なんだ?なんでここだけこんなに寒いんだ」


夏のはずなのに辺りに冷気がただよっていた。


鬼人の女性と白い服を着たの女性がこちらをちらりと見たが、すぐに土煙の方に視線を向けた。


どどどどっどーーん。


森から現れ出たのは、巨大な蛇の塊だった。


八匹の巨大な蛇が完全に森を抜け全身の姿を現した。電車二両分くらいの大きさかな。


複数の蛇がからまり合って一つのたばになっているようにみえる。


なんだあれは。


鬼人の女性は二本の角を持つ全身真っ赤な赤い鬼人だった。


服装は赤いチュ-ブトップと赤いパレオを着ている。


服は赤じゃなくてもいいんじゃないかな。


僕が寒さでガタガタ震えていると鬼人の女性が僕を見ずに忠告してきた。


「あんた、何のこのこ降りて来てんだ。空を飛べるんだったらさっさと逃げな」


「はい。逃げる準備はいつでもできてます。ところであの蛇はなんですか?」


「ははっ。余裕だな。あれは八頭霊蛇はっとうれいじゃだ。八匹がからまっているように見えるがあれで一匹なんだ」


「え。そうなんですか。この寒さはあの蛇のせいですか?」


「違う。それは彼女の魔力のせいだ」


鬼人の女性の隣にいる白い服を着た女性が申し訳なさそうに頭を下げていた。


その色白の女性は白いワンピースに白い羽織を着ていた。


僕は寒さでがくがく震えながら助勢を申し出てみた。


「手伝いましょうか?」


「はっ。空を飛べるだけの貧弱な冒険者に何ができるって言うんだ」


すると、突然温かくなったと思ったら僕の隣に人型の炎の塊が出現した。


「熱っ」


人型の炎はスッと一歩距離を取った。


さすがの事態に鬼人の女性と白い服の女性が振り返った。


「!?何だそりゃ。狸火じゃねえか。お前、高位の狸獣人か?化けてんだろ」


「いえ、違いますよ」


(狸火っていうのか。リイサさんの能力か。有難い。あ、炎の尻尾がある)


「なるほど、ただの冒険者じゃないってわけだ。だったら手伝ってもらおうか」


「わかりました」


ふたりが僕の位置まで下がってきた。


ズドドドドドドドッ


八頭霊蛇が僕たちのすぐそばまで迫っていた。


鬼人の女性が胸元から何か取り出した。


「結界を張る。その中でやつを仕留める」


すると白い服の女性が手を前に出したと思ったら、はかない声で発せられた詠唱の後魔法を発動した。


御神渡おみわたり」


地面から盛りあがる1mほどの不規則に角張かどばった氷の山が、一直線に八頭霊蛇に向かって伸びて行った。


八頭霊蛇に氷がぶつかると、八頭霊蛇は急激に動きをにぶらせ、やがて動かなくなった。


八頭霊蛇は氷で地面にくっ付いたようだ。


すると、鬼人の女性が先ほど取り出していた、先端に真っ赤な鳥居が付いた首飾りを僕たち後方に放り投げた。


地面に小さな鳥居が正しく着地した瞬間、鳥居は巨大化し八頭霊蛇に向かって進みだした。


巨大な鳥居は僕たちの上を通過し、そしてそのまま巨大な八頭霊蛇をも通過して止まった。


次の瞬間、赤い鳥居は元の大きさに戻って地面に立っていた。


僕たちと八頭霊蛇は赤い巨大結界の中に閉じ込められていた。


「すごい・・・。ん?なんで僕たちも結界の中にいるんでしょうか」


「結界の外から攻撃できないからだ。それに結界内じゃないとリッカの魔法の威力が半減するんだ・・・避けろっ」


氷の拘束から抜け出した八頭霊蛇の頭たちが、大きな口を開けて僕たちに襲いかかってきた。


僕はテレポートで上空へ逃げる。彼女たちを見るとそれぞれ余裕でかわしていた。


「どうやって倒すんですかーっ」


僕は次々襲い掛かって来る蛇の頭をテレポートでかわしながら聞いた。


「あいつは魔力で出来た魔獣なんだっ。ここに来る前はもっと巨大だった」


鬼人の女性も八頭霊蛇の攻撃をかわしながら答えてくれた。


「少しずつけずってようやくあの大きさになった」


(この大蛇は魔力の塊なのか)


「あいつの肉体は不滅ふめつなんだ。すぐ周囲の魔力を吸収して復活しやがるんだ」


「えっ。だったらどうするんですか?」


「この結界は外部からの魔力の流入を絶っている。結界の中で徹底的につぶして完全に消滅させてやるんだ」


ドウッ


鬼人の女性の拳が八頭霊蛇の頭をぶっ飛ばした。


しかし、吹っ飛ばされた蛇の頭はすぐに態勢を戻し、鬼人の女性に襲い掛かった。


ダメージを受けているかどうか判断しづらいですね。


白い服の女性も氷の魔法を発動して攻撃していた。


僕も白い玉で八頭霊蛇の頭を叩きつけたが、操作距離が短いのでダメージが思ったほどで出ていない。


「おい、この狸火が全く動いてないがどうなってるんだ」


鬼人の女性から苦情が来た。


見ると人型の炎が棒立ちで最初の位置から動いてなかった。


八頭霊蛇も炎は攻撃しないようだ。


(どうなってるんでしょう。僕もわかりません。リイサさん、どういうつもりなのでしょうか)


「最終兵器です」(後回しにしよう)


「なるほど。邪魔するな蛇っ。ふんっ」


ドカッ


「それで他の攻撃はあるのか?」


「えーっと、魔力を含んだ濃霧を発生させることができます」


「いいじゃないか。いますぐやってくれ。終わらせる。リッカ、準備に入れ」


「はい」


リッカと呼ばれた彼女の魔力が爆発した。


何をするのか分からないけど言われた通りにしよう。


鞘から魔剣を引き抜き青鬼の角を刀身にえた。


「ん?青鬼人の角?」


赤い鬼人の女性が目ざとく見つけたようだ。


あ。これ青い鬼人の角だった。後で殺されちゃうのかな。


早く濃霧でごまかすのだ。


「能力開放!」


ブフォオオオオオオッ


赤い結界内が濃霧で満たされた。


リッカのかぼそい声が聞こえてきた。


「ダイヤモンドダスト」


結界内が一気に極寒に包まれた。


「ギシャアアアアアッ」」」」」」」」


八頭霊蛇の悲鳴が重なり結界を振るわせる。そこに僕の悲鳴も加わった。


「ぎゃうっ」(寒いっ。まずい、凍死しちゃうっ。テレポートっ)


狸火の後ろに跳んで温まる。


「ふう。死ぬとこだった」


ガガガガガガガガッ


氷の塊が地面に落ちる音が響き、結界内の濃霧も張れ氷漬けの八頭霊蛇が姿を現した。


「ふんっ。ふんっ。ふんっ。ふんっ。ふんっ。ふんっ。ふんっ。ふんっ」


赤い鬼人の拳が八頭霊蛇の頭すべてに繰り出され粉々に砕け散った。


すると、すぐにふたりが砕け散った肉片の中から魔石を回収していった。


「7個。1個足りないな。もう一つはどこに・・・」


その時、バキッと音がして結界が砕け散り黒い玉が結界の外に飛んでいった。


「ちっ。逃げられたか。私の結界も限界だったようだな。ほらよ」


鬼人の女性が僕に青い魔石をくれた。


「これは?」


「報酬だ」


「ありがとうございます。あの黒い玉は何だったんですか?」


「あれが本体だ。鉄の玉に魔力が宿ったものだと言われているがな」


「なるほど。また復活するんですか?」


「そうだ。しかし時間がかなりかかるだろうな」


「それは一安心ですね。ところで何で追われてたんですか?」


「あの蛇、リッカと結婚したいんだとさ」


「え。そんなことがあったんですね。困ったものですね。それにしてもリッカさんの魔法すごかったですね」(危うく僕も死ぬところでしたよ)


「いえ、あなた様の濃霧のおかげで威力が上がっていましたので、私だけの力ではございません」


「そうでしたか。お役に立てて良かったです。それにしてもリッカさんは杖も魔術師ギルドリングも持ってませんね。詠唱もなかったですし」


「私にリングは必要ございません。私は魔獣化に適応したのです。鬼人の国では妖怪と呼ばれております」


「え!?そうだったんですか」


リッカさんをじろじろ観察してみたが全く人と変わらない。


「何驚いてんだ。青の鬼人もリングしてなかっただろ」


「そういえば、あの鬼人の男も水属性魔法を使ってましたけど、リングはしてなかったですね」


「鬼人は鬼人で独自の魔法を身に着けたんだよ。リッカは特別だが」


「そうだったんですね」


「それにしても、やっぱり青鬼人の男を倒したのか。お前結構やるな」


鬼人の女性が僕を見て舌なめずりしていた。


その視線に僕は恐怖を覚えた。


(ううっ。実際に鬼人の女性と対面してみると怖いな。美人だけど)


「僕ひとりで倒したわけじゃないですよ。それにしても怒らないんですか?倒しちゃて」


「ん?構わんさ。大秘境を抜けて暴れている奴は鬼人の女が興味を持たなかった男だ。必要ない」


「そう・・・ですか」(鬼人の世界は厳しいな)


「それよりどうだい。あんた、鬼人の女の村に来ないかい?歓迎するぞ」


「い、いえ。ちょっと行くところがありまして、残念だなあ」


「ああ。上のにいる子か。だったら用事を済ませたらくるといい。その魔石を持ってくるんだぞ」


「あ、はい」


「そういえば名前聞いてなかったな。私はカルラだ」


「ぼくは、せいじです」


「そうか。またな」


そういうと二人は鬼人の森へ入って行った。


白い服の女性のリッカさんが森に入る前に、いったん振り返り僕にお辞儀をしてから森に消えていった。


狸火の姿はすでに消えていた。


狸火は何のために現れたのだろうか。


暖房器具としてかなり助かったけど。



僕はルカさんに掛けていた透明化を解除し、ルカさんの所にテレポートした。


「おまたせしました」


「いえ。格好よかったです」


「そうですか?ほとんど彼女たちが倒したようなものでしたが」


「そうですね。それでもですよ」


「そうですか。ありがとうございます。では目的地に向かいましょうか。どの方向に向かいますか?このまま南ですか?」


「いえ。南東に向かいましょう。目的地はウイロウ領南部の都市。鉱山街アイビーグリーンです。今いるマラカイト領を端から端まで横断しますから結構距離があります」


「そうなんですね。それにしても鉱山街ですか。もしかしてあの魔女伝説があるという?」


「はい。アルケド王国北部で一番高い山がある地域ですね。魔女伝説がある山には『鉄の森』ダンジョンがありますよ。冒険者なら行きたい場所ですよね。セイジさん」


ルカさんは嬉しそうにしてるけど、寄り道して大丈夫なのだろうか。


「はあ。僕は構いませんが、ルカさんの里に早く行かなくていいんですか?」


「それは大丈夫ですよ。髪が真っ白になるまでに戻ればいいのです」


「そうなんですか」


ルカさんの髪の毛の色は淡いピンク色だった。

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