第64話 ジャスパー領
追ってきた用心棒を何とか倒した僕たちは、領都マーキュリアスに戻って来た。
「それにしてもセイジさんすごかったっすね」
「・・・っす・・・」
「すごかったですねぇ」
「君たちのおかげだよ」
「そんなことないっす。ほとんどセイジさんが倒してたじゃないっすか」
「そうだけど、能力を全部見せたのに倒せなかったからね。僕一人だったら逃げてたよ」
「またまたあ。一人だったらセイジさんは遠くから攻撃し放題じゃないっすか」
「・・・っす・・・」
「え。ああ、まあ・・・そうだね」
(たしかに。今の僕じゃ相手と打ち合って敵を倒すことなんてできないからイレーナが正解か。格好つけようとしてたのかな)
「私たちはまだセイジさんの足手まといなんですぅ」
「いや。そんなことないよ。本当に」
その足で僕たちは冒険者ギルドに行き、王都方面への護衛依頼があるかどうか見てみると、ジャスパー領行きの護衛依頼を見つけた。
ジャスパー領は今いるマーキュリアス領の西にあり、僕が最初にいたウイロウ領の東にある。
そしてジャスパー領とウイロウ領の間には禁忌の森が広がっている。
領都ジャスパーまでは約一週間の旅路だ。
出発は明日。早速受付で依頼を受けて依頼人と面談し、無事護衛依頼が成立した。
その依頼は、錬金術師見習い二人と商人二人と旅人の3組の合同依頼だった。
酒場で知り合って意気投合し、旅の目的地が一緒だったので共同で依頼を出したという。
ちょっと特殊な依頼条件だったので、今の今まで応募が来なかったらしい。
話は変わるが、盗賊の頭と用心棒は残念ながら賞金首ではなかった。
盗賊の頭の剣と用心棒の魔剣はイレーナとエイミーが受け取ることになった。
用心棒の男からはぎ取った装備品はというと、匂い消しの首飾りと
両方ともウェンディーが装備することになった。
気配遮断の指輪は僕にも必要なものだったけど、魔力を流さないと発動しないので僕が装備しても意味がなかった。
残念。
次の日の早朝、僕たちと依頼人は西にあるジャスパー領に向けて徒歩で出発した。
全員徒歩での護衛の旅は初めてだ。
領都マーキュリアスからジャスパー領に向け森の中を歩いていると、依頼人の旅人さんから指示が出た。
「そこの街道から脇道に
見ると細い道が山に向かって伸びていた。
この依頼の特殊な条件とは山奥にある宿屋に泊まるというものだ。
「この道、大丈夫ですか。獣道みたいですけど」
「道が途中でなくなることはありませんよ。人一人が通れるほどの獣道になりますが」
大変な護衛の旅になりそうだ。
僕たちは、人がほとんど通らない山道を黙々と進む。盗賊すら出てこない。
領都マーキュリアスから領都ジャスパーまでの最短距離ではあるが、山歩きなうえ安全ではないという。
依頼主たちはよっぽどその宿屋が気にいっているのだろう。
僕も気になってきた。雰囲気のある建物なのかな。それともおいしい料理を提供しているのだろうか。それとも温泉は・・・ないか。妄想が
なだらかな山道をゆっくり上っていると日が暮れてきたので、森の中で野営をすることになった。
(さすがに一日じゃたどり着かなかったか)
僕は焚火を起こし料理の準備に入る。
ホーステイルのメンバーには周囲の警戒に行ってもらった。
依頼人の旅人さんと商人さんは料理ができるらしく、手際よく良く作業をしていた。
夜の見張りに錬金術師見習いさんたちも参加してくれることになったが、最初の当番になってもらい早く休んでもらった。
僕とヒナ。そしてウェンディー、イレーナ、エイミーに分かれて行った。
夜の森はオオカミさんの時間だ。もはや顔なじみと言っていいくらいだ。
しかし、僕たちの時には現れてくれず、ウェンディー組の時間帯に現れたようで、そのオオカミの群れは3人だけで退治したようだ。
成長したんだね。お兄さん嬉しいよ。
翌朝、日の出とともに出発した僕たちは、昼ごろにようやく目的の宿屋に着くことが出来た。
遠かった。
「本当にあったんだ。それにしても立派な宿屋だね」
僕の眼に映るその宿屋は、木造建築で急勾配の三角屋根をした
こんな森の中でどうやって建てたんだろう。
宿屋は木の柵で囲まれていたが頑丈そうには見えない。
魔獣対策はどうしているんだろうか。
宿屋の従業員さんたちが強いんだろうな。
敷地内に入ると建物から30代と思われるがっしりとした体格の黒髪の男性が現れた。
「ようこそいらっしゃいました。豊かな自然と美味しい食事しかありませんがゆっくりしていってください。早速お昼ご飯の準備をいたしますので一階の大部屋でお待ちください。その後、それぞれのお部屋にご案内したいと思います。それと従業員は私しかおりませんので不都合があると思いますが、ご容赦ください」
一人で切り盛りしているのか。まさに隠れ家的宿屋ですね。隠れすぎですけど。
僕たちは言われた通り大部屋に行き、大きいテーブルに座ってくつろいだ。
部屋割りは依頼人の4名が一部屋、僕とホーステイルのメンバーで一部屋となった。
僕たちの部屋はベッドが4台だったので、イレーナとヒナが同じベッドで寝ることなった。
ベッドも今までで一番良かった。硬くないんだ。柔らかかった。
夕食も野菜たっぷり、お肉たっぷりで豪勢な食事だった。
この宿屋、すごくいいですね。旅人さんが護衛を依頼してまで訪れるわけだよ。
そして。
なんとこの宿屋にはお風呂があった。
夕食後早速僕は一人で男湯に向かった。
木製の浴槽で箱型のお風呂だった。
すごい。こんなお風呂入ったことないよ。しかも一人で入れるなんて、なんて
「はえ~。久しぶりのお風呂は気持ちいいぃ」
ホーステイルのメンバーもお風呂というものを楽しんでくれているだろうか。
久しぶりのお風呂で僕は一人の時間を
夜、僕が寝ているとホーステイルのメンバーに襲われた。
いや、間違えた。
ホーステイルのメンバーに起こされた。
「セイジさん起きてくださいぃ」
「う~ん。何?ウェンディー。まだ夜だよね」
「はい。宿屋の敷地の外にアンデッドがいますぅ」
「え!?アンデッド?」
僕は飛び起きて窓際に向かった。
窓から外を見ると確かに暗闇の中、ぼんやりとした白い影が見える。
「あれはゴーストっす。間違いないっす」
何故かイレーナは楽しそうだ。
その白い影をしばらく見ているが動きがない。
「一体だけか。それにしても動かないね」
「そうなんですぅ。でも不気味でぇ」
「うーん。宿屋の人から何にも言われてないからなぁ。ここ安全かもよ。結界が張ってあるとか」
「そうかもしれませんが怖いですぅ」
「わかった。僕がちょっと行ってくるよ。階段を使うとうるさいだろうから転移で外に出るね」
「お願いしますぅ」
僕はテレポートで宿屋の外に出て慎重に白い影の元に向かう。
近くで見ると体格にいい男のようにも見える。
宿屋を囲う木の柵に隠れて白い影の様子をうかがっていると、狼の群れが現れた。
狼が白い影に襲い掛かるが、白い影が手に持っていた剣を一閃すると狼が次々倒されていった。
(おお。強いな。それにしても狼は白い影を敵と認識してるんだな)
その後も大蛇や熊が現れたが白い影が倒していった。
倒した後、白い影は動きを止めて動かない。動く時は魔獣が現れた時だけだった。
(もしかして宿屋を守っているのかな)
僕は部屋に戻り、彼女たちに一連の出来事を報告した。
彼女たちは取り合えず納得してくれたようで、ようやく就寝することになった。
翌朝、宿屋の主人に白い影の事を聞いてみた。
「ああ、あれは本物のゴーストではありません。私が使役しているゴーストみたいなものです。夜しか活動しませんし、近寄らない限り安全ですので安心してください。と言っても今日ご出立でしたな。今後はお泊りになるお客様にお知らせしておくことにいたしましょう」
「そうでしたか」
「死霊使いみたいなものなんですぅ?」
ウェンディーが興味を示した。
「うーん。少し違いますが、まあ、その認識で間違っていませんね」
朝食を済ませた後、宿屋を出発することになった。
もう出発か。名残惜しいが仕方ない。
ホーステイルのメンバーや依頼人さんたちも表情を見るに僕と同じ気持ちのようだ。
後ろ髪を引かれながらジャスパー領にむけて出発した。
森の中でもう一度野営をしたのち、ようやく森を抜け平原に出た。
ここはもうジャスパー領だという。
領都ジャスパーはジャスパー領の中央にある。
僕たちが領都ジャスパーに向かっていると、途中に城壁に囲まれた廃墟の街がみえてきた。
商人さんの一人がこの廃墟の街の話を教えてくれた。
「アルケド王国が出来る前の話です。街の代官の圧政に業を煮やした冒険者や一部の住民たちが、街を離れ魔獣の住む森を開拓し村を起こしました。その後、冒険者が村長になり善政を敷いた結果、圧政に苦しむ街の人が逃げてきたり、評判を聞いて周囲に村々から移住してきたりして発展していきました。その結果、代官の街は訪れる商人も減って経済的にも追い詰められ廃墟の街となったそうです。その冒険者の子孫が現在の領主なのですよ」
「そんあことがあったんですね」
その廃墟の街が今僕たちの目の前にある。
廃墟の街は長らく放置されたため、魔獣の住処となりダンジョン化してしまっている。
現領主はこのダンジョンを攻略することをせず、管理することを決めた。
領主は冒険者に依頼してダンジョンの魔獣を駆除したり、新たな魔獣を入れないように城壁を整備したりして依り代の成長を緩やかなものにすることで管理している。
ダンジョンに入るためには通行税が掛かるらしい。
寄ってみたかったけど護衛依頼中なので通り過ぎた。
僕たちは依頼人を護衛しながらジャスパー領の領都ジャスパーに向かう。
村をいくつか経由しながらようやく領都までたどり着いた。
魔術都市ジャスパー。領都ジャスパーはそう呼ばれている。
領都ジャスパーは大きな川に面していた。
この川を下っていくと隊商の護衛で立ち寄った塩の街シトロンリーフがあるそうだ。
僕たちは城門を抜け領都ジャスパーに入った。
領都ジャスパーの街並みは、ほぼすべての建物が木造建築だった。
依頼人の錬金術師見習いさんに領都ジャスパーについて聞いた所、魔術関係の施設が多く建てられ、日々魔術や魔道具の開発や研究が行われているという。
西にある禁忌の森のふもとに広がる豊かな森で、貴重な野草が採取されたり、そこに棲息している魔獣から魔石や素材部位が手にはいるそうで、それらは魔術、錬金術関連や魔道具作成に大変役立っているそうだ。
高名な魔術師や錬金術師がたくさんいるため他の都市から勉強のためにこの都市を訪れる人が多いとも教えてくれた。
「俺たちも魔術都市ジャスパーに勉強しに来たのさ」
錬金術師見習いさんたちから魔術都市ジャスパーの歴史についても教えてもらった。
遥か昔。古代魔法文明が栄華を誇っていた時代に竜神が降臨した結果、徐々に古代魔法が使えなくなっていった。
魔法の法則が変化したためだ。
そのせいで人類は滅亡の危機に
魔力を宿した自然の驚異。そして魔獣の勢力拡大。
人類生存のために必要なのは魔法文明の再建だった。
しかし、魔法の法則が変わったため一からの始めなければならなかった。
人類は長い年月をかけて新たな魔法の研究を進めた。
そして、とうとう人類は魔法を再び手にすることに成功した。
その新たなる魔術体系をまとめた中心人物が生まれた場所。
それが魔術都市ジャスパー。
現在の魔術の祖と言われる人物の名は、マルセル・ルドガー。
マルセル・ルドガーの功績のおかげで、人類の魔法技術水準が一気に上昇した。
魔法技術の発展により錬金術の研究も一気に進んだ。
当時魔法技術は、生まれ持った魔力量の多い一部の者たちが独占していた。
しかし、魔術師リングの発明により魔法革命起こる。
リングのおかげで誰でも魔法が使用可能になったのだ。
マルセル・ルドガーと弟子たちは魔術師ギルドが開発したリングに猛反発した。
「魔力は神から与えられた力。能力がある人間だけ行使するべき」
「魔法を自身で再現できないものは魔法を使うべきでない」
魔術師ギルドリングの開発をきっかけに魔術師ギルドから錬金術部門が分離独立し、錬金術師ギルドが設立された。
なお魔術に関する両者の協力関係は今も続いている。
魔術師ギルドがリングの使用を認めたため、マルセル・ルドガーを筆頭とした魔術書至上主義者は魔術師ギルドと決別し、この都市を離れ王国南部の湖に浮かぶ島に移り住み、独自の研究開発を続けた。
その場所でマルセル・ルドガーとその弟子たちは失われた古代魔法の復活のため、古代魔術書の翻訳に全力を注ぎ、真の魔術書作成に没頭していった。
同じ志を持つ魔術師や錬金術師も行動を共にし、その島は魔術研究の建物だけが立ち並び、部外者立ち入り禁止となった。
マルセル・ルドガーの死後、数百年経ってその島はダンジョン化した。
マルセル・ルドガーが研究をしていた古城には、強力な魔力を持った魔道具や魔石、魔獣の素材がたくさん残されている。強力な魔道具を求めて数々の冒険者がダンジョンに挑んでいるが、古城の建物内部は迷宮と化しており、いまだ最深部にたどり着いたものはいない。ダンジョンの依り代は、マルセル・ルドガーの魔術書が魔力を持ち変質した魔導書ではないか言われている。魔力により命を授けられたゴーレムやパペットなどが依り代を守っているのではないかといわれている。
「と言うことらしいよ。僕らもいずれその魔術師の島に行ってみたいんだけどね」
「教えてくれてありがとうございました。僕もぜひ行ってみたいですね」
僕とホーステイルと依頼者は、ジャスパー冒険者ギルドで依頼完了報告を済ませ別れた。
「さて、どうしようか。観光でもする?なんでも魔術の祖が生まれた家が観光地になっているみたいだよ」
「そうですねぇ。その前に宿を決めましょう。お腹もすきましたし」
「そうだな」
「賛成っす。お腹すいたっす」「・・・っす・・・」
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