第48話 竜神教会

アーシェのところに行くと、いつもの微笑ほほえみで迎えてくれた。


「お帰りなさい、お兄さん。大変だったようね」


「相変わらず耳が早いね。彼女たちから聞いたんじゃないんでしょ?」


「ええ。何でも討伐依頼が出てた魔獣を倒したんだって?」


「うん。そうだよ。蜘蛛の巣に入った日に襲われちゃってね。まさかまた出会うとわ思わなかったよ」


「さすがお兄さんだね」


「僕だけの力じゃないよ。彼女たちの協力があったから倒せたんだ」


「そう。あの子たちも成長してるようでうれしいわ。お兄さんに任せて正解だったようね」


(あの子たちって、君の方が年下だろうに。まあいいけど)


「それはまだわからないよ。そもそも彼女たちが優秀だったから、路上ギルドクランを作ろうと思ったんでしょ?」


「そうだよ。でも予想以上だわ」


「僕は何も教えてないんだけどね」


「それでいいの。一緒に行動してくれるだけで」


「そんなもんかね」


「ええ。そうだ、お兄さん。禁忌の森をさまよってたんだよね?」


「あれ?言ってなかったっけ?」


「東の山をさまよってたとは言ってたわ。それで禁忌の森にいた理由を聞いても?」


(どういったらいいんだろ。異世界ってことを言わなければいいか)


「おそらく転移魔法に巻き込まれちゃってね。別の場所から飛ばされて来ちゃったんだよ」


「そんなことがあったんだ。災難だったね。じゃあ、お兄さんはいずれ故郷に帰るの?」


「そうしたいんだけど手がかりが全くなくてね。地図もないしどこに向かったらいいかわからないんだ。ぼちぼち情報を集めるよ」


「そう。それは困った状況ね」


「ところで、君は何で禁忌の森って呼ばれているか知ってる?」


「んー。知ってるけど、それは竜神教会で聞いたほうがいいかな。ところで、さまよってるとき何かに出会った? 興味があるな」


「・・・」


(姫様の事を言ってもいいのかな。何も言われてないけど。たぶん隠れ住んでるんだから言わないほうがいいか)


「それが不思議なことにまったく魔獣に遭遇しなかったんだよね。おかげで無事に街につけたよ」


「ふーん。そうなんだ。そういえば、お兄さんにそっくりな人が、王都周辺で女性冒険者と組んで盗賊や魔獣を狩りまくってるらしいよ。おかげで街道が安全になったんだって。まさかお兄さんじゃないよね」


「!?」


(ドッペルゲンガーなの?静かにしていると思ったら)


「僕じゃないよ。ホーステイルのメンバーとずっといるし。そっくりさんっているんだね。あはは」


「そうね。その男の人、冒険者じゃないんだって。不思議だね。なんで登録しないんだろ。噂では二人ともめちゃくちゃ強いらしいよ」


「何でだろうね。女性冒険者の従者とか?」


「そうかもね。女性は可愛らしいタヌキ顔なんだって」


「へぇ。たぬき顔かあ」


「その反応。本当に知らないんだ」


「うん。女性冒険者の知り合いはホーステイルのメンバーだけだよ」



ホーステイルのメンバーが来るまで雑談をしていたら、この世界のいろいろな魔獣について教えてもらえた。


「メデューサって魔獣、知ってる?頭からヘビの髪の毛が生えてるんだけど」


「うん。名前だけね」


「もう討伐されてるんだけどね。首を切られて」


「え。そうなんだ」


「それでもなお危険な頭部は、とある地下ダンジョンに封印されてるそうよ」


「へえ」


「ほかにも似たような存在がいてね。火頭ひがしら水頭みずがしら木頭きがしらといった属性魔力でできた髪の毛が生えている人型魔獣もいるんだって。ほかにも全身炎に包まれた人型魔獣もいるとか」


「へえ。すごいね。いろんな髪の毛があるんだね。木の髪の毛は想像できるけど、火と水はどうなってるんだろうね」


「聞いた話だと、火の方は、いくつも火の塊が地肌から直接出てるんだって。水のほうは、水が糸状になって髪の毛みたいに生えているそうよ」


「そうなんだ」(ガスコンロとしらたきみたいな感じかな)


「何でも人型の魔獣は元人間種だったんじゃないかって噂があるの」


「え!?もしかしてそれって」


「そう。魔獣の肉を食べた者の末路よ」


「へえ、そんなことがあるんだね」


「そこら辺の魔獣を食べたくらいじゃ魔獣化しないらしいけどね」


すると遠くから女性たちのかしましい話し声が聞こえてきた。


ホーステイルのメンバーがやってきたようだ。


「来た来た。じゃあ早速、竜神教会に行ってみるよ。またね」


「うん。いってらっしゃい」


僕はアーシェに寄付をして別れ、ホーステイルのメンバーに竜神教の教会に行くことを伝えた。


「いいっすね。私も久しぶりに行きたいっす」


他のメンバーも同行してくれることなった。


「ウェンディー、杖と魔狼の毛皮の方はうまくいった?」


「はい。両方とも一週間程度で出来上がるそうですぅ」


「そう。それは良かった」



僕たちは要塞のような白い建物の竜神教会に到着した。


教会の建物に入ってみると、そこはいくつもの白いベンチが置かれた待合室のような部屋だった。


(ん。なんだかダンジョンに入った時のような感じがするな。気のせいかな)


僕が奥の通路に向かって部屋を歩いていると、お気楽な声が聞こえてきた。


「やっほー。ようこそ竜神教会へ」


「こんにちは」


(陽気な子供だな。おそらく教会の関係者だよね)


黒紫色の髪と瞳をした、かわいらしい少女が出迎えてくれた。


その女の子は、全身真っ白でゆったりとしたワンピースを着ていて、首には宝石が一粒だけの質素な首飾りが掛かっていた。


その子は僕にゆっくり近づいてきて言った。


「あれ?君は平気なの?」


「え?」


建物の中に入ってきていたのは僕一人だった。


振り返ると建物の入り口に彼女たちがいた。


「どうしたの?」


僕は彼女たちに声を掛けるが返事がない。なぜか固まっている様だ。


「どうしたのは君の方さ。普通の反応はあちらのほうだよ。まあいいさ。彼女たちも慣れたら入って来るさ。それで君は何ようかな」


「そうなんですか。僕が教会に来たのはですね・・・」


答えようとしたら少女の様子がおかしいことに気付いた。


なぜか僕のことを頭の先からつま先までじろじろ見ている。


「どうしました?」


少女は恍惚こうこつの表情を浮かべて僕の顔をあおぎ見た。


「おお。君は竜神様のご加護を受けているね」


「ご加護?」


「もしや聖なる森へ足を運ばれたのかい?」


「聖なる森?どこにあるのですか?」


「グリーンウイロウの東にある山の森さ」


(禁忌の森じゃなくて聖なる森なの?)


「ああ。あそこでしたら、ひと月ほどさまよってました」


「おお。ひと月もさまよって無事だったとは。あなた様は竜神様に選ばれたのさ」


「え?選ばれた?」


「まさに。あなた様をまとうその魔力。微量だけど竜神様の魔力に違いないさ」


「竜には出会っていないですよ」


「それはそうさ。竜神様は白の大地で眠っておられますからね」


(姫様かと思ったら違った)


「そうなんですか。だったらどうして」


「聖なる森は、竜神様の魔力が噴き出ていた場所なのさ。だから聖なる森なのさ。そのような聖地が他にも何か所か確認されているのさ。でも時が経つにつれ、その必要がなくなったのか、竜神様の魔力の流れが止まったのさ」


「そうなんですね。ところで、あなたは聖なる森に行ったことがあるんですか?」


「もちろんさ。一度だけだけどねー」


「なるほど。そうだったんですか。聖なる森についてもう少し詳しく伺ってもよろしいですか?」


ようやくホーステイルのメンバーが入ってきた。


「いいよー。教えますとも。場所を変えましょー」


少女はずんずん奥に向かっていく。


僕たちは置いて行かれないように彼女の後を追いかける。


ホーステイルのメンバーに少女の事を聞いてみた。


「ねえ。あの子誰なの?君たち昔教会に来たことあるんでしょ?」


「それが初めて見る人なんですぅ。服装は教会の関係者なんですけどぉ」


「そうなんだ。それでなんで固まってたの?」


「逆にセイジさんは何も感じなかったっすか?」


「え?感じなかったけど」


「彼女から強大な魔力が駄々洩だだもれでしたですぅ」


「おお。格好いいな」


「はあ。まあ、恰好いいっすね」


少女が部屋に入ったので僕たちも急いで入った。


「好きなとこに座ってよ」


案内された部屋もすべてが真っ白で、白いテーブルと白いイスしかなかった。


(なんだこの部屋・・・)


「白は竜神様の鱗の色なのさ」


「そうなんですか。ところで失礼ですが、あなたは誰なんですか?」


「およ。名乗ってなかったね。私は先月、王都竜神教会の会長になったハクアだよー」


「僕はせいじと申します。冒険者です」


ホーステイルのメンバーも名乗っていった。


「うん。よろしくねー。では早速話しちゃおうか。えー、国王領北部にある竜王山のふもとに小さな村があって、そこに若い農家の夫婦がいたのさ。その両親から何の因果か強大な魔力を持つ娘が生まれたのさ。竜王山には青竜様が住んでおられたんだけど、青竜様もその娘のことを気にかけていたんだよ。それで、あるとき青竜様が村を訪れて、とある魔道具を娘にさずけたのさ。そのとき、ちょうど高位の冒険者パーティーが村の調査に来ていてね。青竜様は、顔見知りだったその冒険者パーティーに、その娘の保護を依頼したのさ。数年後、その冒険者パーティーは、成長したその娘を街の魔術師ギルドに連れて行って、魔力について勉強させたのさ。その後、その娘は竜神教に入会したんだよ。それが私さ」


ハクアは右手の指にめている魔術師ギルドリングと、左手に嵌めている2つの指輪を見せてくれた。


魔術師ギルドリングに埋められている3つの赤い宝石が、すべてギラギラと光り輝いていた。


「左手の2つの指輪が青竜様から頂いたものさ。効果は魔力隠蔽まりょくいんぺい魔力循環まりょくじゅんかんなんだけど、もう隠蔽できなくなっちゃってさ。魔力があふれ出ちゃってるんだよねー。いやー参った参った。循環の方はちゃんと機能してるけどさ」


ハクアの魔術師ギルドリングを見たウェンディーが興奮しながら言った。


「すごいですぅ。魔術師ギルドリングの3つの宝石は魔力量を示す物なんですけど、ハクア様は第1級魔術師をはるかに超える魔力量ですぅ」


「へえ。ウェンディーは?」


「ひとつだけかすかに光ってますぅ・・・」 


「そうか。まあ、魔術師ギルドに入ったばかりだもんね。これからだよ」


「はいっ」


「ところでハクアさん。貴重なお話を聞かせていただいて有難いんですが、聖なる森の話の方もお願いします」


「あー。そうだった。ごめんごめん。うっかりしてたよー。聖なる森についてだったね。その前に、この世界の成り立ちから話すねー。丸暗記したこと話すから口調が硬いけど許してねー」


「はい。僕も知りたかったのでお願いします」


「アルケド王国ができる遠い昔・・・。今より遥かに進んだ古代魔法文明国家群が存在していました。そんな時代に竜神様が降臨されたのです。竜神様は天空より現れ、静かに白の大地に降り立ちました。そして竜神様は魔法の咆哮をあげ、新たに竜の世界を創造されたのです。その結果、この世界の魔力環境が激変してしまい、魔法法則も変わり古代魔法が徐々に使えなくなっていったそうです。古代魔法文明の国々は100年ほど竜神様に戦いを挑んだ後、崩壊したと伝えられております。その間、国家間の争いなどもあって文明を維持できなくなり、古代魔法文明の都市は自然に飲み込まれていきました。現在、生き残った人間種などの人類が新たな魔法文明を作っている段階なのです。滅んでしまった古代魔法文明がどんな社会だったのかについて詳細は伝わっていませんが、古代魔法文明の遺跡と思われる構造物は、あちこちで見つかっています。ダンジョン化している場所もあります。


王国の遥か北東に白の大地と言われる人が住めなくなった広大な大地があり、その中央部に竜神様が眠りについておられます。


竜神様が世界を創造されたと同時に、世界各地に8匹の竜が誕生したと伝わっております。魔法文明が崩壊寸前の時期にお姿をあらわされたそうです。当時の人たちは、その竜を緑竜、火竜、水竜、土竜、風竜、黒竜、聖竜、邪竜と名付けました。特別な8匹の竜は古代竜と呼ばれ、今もご健在と考えられています。古代竜の生息地は、それぞれの属性による影響を受けています。


ちなみに、竜神様降臨後、数百年経ったとき、今は白の大地と言われている場所に人間種が治める巨大な国ができました。しかし、当時の支配階級が利益のでるダンジョンを独占しようした結果、複数のダンジョンの管理に失敗し、それらからあふれ出した魔獣たちによって滅びました。その影響は今でも残り、最近王国の東にある隣国が滅びました」


「え!?滅んじゃったんですか。あ、話の途中ですいません。ダンジョン管理の失敗とは何なのですか?」


「正確なことはわかってないけど、おそらくダンジョンを閉じたんじゃないかとー」


「閉じた?洞窟の入り口を埋めたりとかですか?」


「そうだねー。あるいは結界魔法とかさ」


「なるほど。何で閉じたら駄目なのか、わかっているのですか?」


「ある程度成長したダンジョンを無理やり閉じると、依り代が良くないものに変質するらしいのさ」


「良くないもの?」


「そうさ。詳しくはわかっていないけど、魔力の流れがとどこおって起こると考えられているのさ。たとえば、伝聞だけど、白の大地とは別の国でダンジョンを結界で封じたことがあってさ、それが直接の原因かどうか分からないけど、アンデッドが大量発生する事態になって国が滅んだりしたらしいのさ。そこは死の大地と呼ばれているのさ」


「アンデッド・・・それは大変ですね」


「そうなのさ。だから今では領主と冒険者ギルドがダンジョンを適切に管理するようにしているのさ。攻略したりしなかったりしてさ」


「そうなんですね」


「そうだ。せっかくだから私の過去についてもう少し詳しく話そうかなー」


「え?」

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