第49話 青竜とハクア

初めに気付いたのは青龍だった。


魔力がき出たと。


次に、母親が自覚した。 


子を授かったと。


丈夫な女の子だと。


まだ妊娠一か月にも満たないのに。


母親は歓喜した。


この世界の平均寿命は短い。


魔獣や病気そして飢餓きが


人類が克服しなければならないことは多い。


子供はなおさら危険が多い。


回復ポーションがあっても、それは裕福な身分の者しか享受できない。


しかし、母親は理解していた。


生まれてくる子供は丈夫だと。簡単に死なないと。


夫婦は辺境の農村で暮らしている。


農村は山と森に囲まれ、自給自足や物々交換などで村の住民たちと協力し合い、ほそぼそと暮らしている。


村に古くから伝わる薬草の知識はあるが薬師はいない。


薬草ポーションすら見たことがない環境だ。


その村からポーションが買える一番近い街まで馬車で一週間はかかる。


そして村に馬車はない。


魔獣が棲息せいそくする山や森に囲まれた、小さな村に来てくれる薬師はいない。


基本的に魔獣と人間は住みわけがされているので、滅多に村が襲われることはない。


たまに縄張り争いに負けた魔獣が現れることはあるが、そのときは村民総がかりで戦い追い払うことになる。 


魔獣は危険を冒してまで縄張りを離れ、わざわざ人間を食べに来たりしない。


餌となる動植物は森に豊富にあるのだから。


あるとき村人が異変に気付いた。


魔獣や獣の気配が村の近くから一斉に消えたことに。


村人は青竜様が現れたのかと警戒したがなにもなかった。


この村は竜王山にいる青竜を信仰していた。


この村周辺の土地は青竜の縄張りになっていて、その青竜の縄張りぎりぎりに村があった。


村の小さな祭壇には青竜のうろこが奉られている。


昔、誰かが脱皮した竜のうろこらしきものを見つけて持ち帰ってきたのだ。


竜王山周辺の住人にとって、数十年もの間、姿を現さない青竜は温厚な竜として知られていた。


しかも、青龍は人の言葉を理解できるらしい。



母親はお腹の子供が成長するにつれて、ある異変に悩まされていた。


魔力酔いだ。


しかし、田舎の農民に魔力の知識はなく、しかも母親にとって初めての子供だったので、魔力酔いとは気づかず妊娠の症状なのかと耐えていた。


子供のために頑張れた。


そのうち母親の体から子供の魔力があふれ出した。


妊娠が安定期に入ったころ母親の魔力酔いもなくなった。


母親に魔力耐性がついたのだ。そして母親にも強い魔力が宿った。


しかし、残念なことに村に魔力を扱えるものがいないため、母親が魔力を使うことはなかった。


一方、父親は妻の異変に気が付いていた。


何かがおかしいと。


農作業から家に帰り、休んでいる妻に合うたびに雰囲気が変わるのだ。


嫌な気はしないのだが、日に日に家の空気が濃くなっていく気がしていた。


妻は健康そうだし、まあいいかと考えないようにした。

 

子供ができて神経質になっているのだろうと、父親は自分に言い聞かせた。


子供と妻のために頑張ろう。


そして待望の子供が生まれた。


やはり元気な女の子だった。


「お前の言った通り、女の子だったな」


父親になった男はうれしそうに言った。


赤ん坊は元気な声を出して泣いていた。


少女が3歳になったころ、青竜はその存在を憂慮ゆうりょした。


増えている。


生まれたばかりの少女からあふれ出る魔力は、小さな一軒家を覆いつくすほどだった。


青龍は音もなく空中へ舞い上がり、小さな器に流れる巨大な魔力のもとへ飛び立った。


はるか先に小さな村が見えてきた。


魔力とともにかすかな竜の気配もした。


「我のうろこか。それにしても、この魔力の奔流ほんりゅうは一体」


青竜は村に近づくことなく魔力の発生源を解析した。


「人の子か、ヒトの形をしたものか。ならば、しばし待とう」


青竜はゆっくりと旋回し住処すみかへと帰っていった。


一方、竜王山周辺では騒動が起こっていた、


青竜の威圧いあつで魔獣たちが森からあふれ出したのだ。


衛兵や冒険者たちが街に侵入させないように警備に当たったり、討伐したりすることになった。


魔獣の氾濫は、数か月にわたって規模を縮小させながら続き、ようやく落ち着いた。


冒険者ギルドは魔獣の氾濫はんらんの理由を探るため、冒険者に調査依頼を出した。


調査の結果報告の中に、竜の目撃情報があった。


近年、住処である竜王山を離れなかった青竜が、活動を活発化させた可能性が浮上した。


青龍は数百年を生きた竜と考えられている。


青竜はおとなしい竜と知られているが、竜の生態は今だ謎が多い。


再び調査依頼を受けた冒険者たちは、慎重に青竜の縄張りとされる範囲を調査して回った。


青竜を刺激しないように。少しでも青竜の怒りを買わないようにと。


とある冒険者パーティーが青竜の縄張りの大外を回るように調査していたところ、あの少女の村にたどり着いた。


その時少女は5歳。


少女は村で普通に暮らしていた。


村人たちは少女を少し変わった雰囲気の子だなとは思ってはいたが、生まれた時から知っている両親の子なので、ほかの子と同じようにかわいがった。


そこへ村ができて以来、初めて冒険者が訪れようとしていた。


「何だこの膨大な魔力は・・・ふたつ?」


冒険者パーティーの魔術師が、顔を真っ青にして体をがたがた震わせた。


「ああ。そうだな。これはやべえ。ひとつはやばくて、もうひとつが異常だ」


リーダーである戦士も感じていた。


村の近くまで来ていたのに、そこから一歩も進めなかった。


この魔力の持ち主と相対することはできなかった。


「ギルドに戻るぞ。俺たちじゃ無理だ。報告しなきゃだめだ」


「ああ。奴らに気付かれる前にとっとと戻ろう」


「第1級冒険者パーティーじゃなきゃ無理だろ」


冒険者パーティーは恐怖にられ逃げ帰った。


村人たちは冒険者たちが近づいていたことに気付いてなかった。


ただ一人を除いて。


「?何で帰っちゃったんだろ。何か用事があったんじゃないのかなー。まあいいかー」


少女は魔力を抑えるということを知らなかった。


村人の誰も魔力の存在すら知らないのだから。


母親だけが少女の魔力を感じていた。


「うちの子。なんだか体からもやもやが出ててすごいわ」


母親は魔力を見ることができるようになってた。


調査をしていた冒険者パーティーから報告を受けた冒険者ギルドは、すぐさま第1級冒険者パーティーに指名依頼を出した。


指名依頼を受けた第1級冒険者パーティー『レッドビーク』は、すぐさまその村に向かった。


「!?あれは青竜!!」


目的地の村の上空に巨大な竜がいた。


「まずい。村に急ぐぞ。でもなんで青竜が」


レッドビークが村の中に入っていくと、広場にいる少女と森の木々をなぎ倒し鎮座ちんざしている青竜とが対面していた。


その様子を村人たちが遠くから見守っていた。


この村は青竜を信仰していたので恐慌状態に陥ってはいなかったが、顔は全員青ざめ震えていた。


レッドビークのメンバーもその様子を見守ることにした。


「やはり青竜か。なぜこんな村に。それにしてもあの少女、すさまじい魔力の持ち主だな。あの子が調査対象ということか」


青龍が少女に話しかけた。


「小さき器の子よ」


「わたしハクアだよー」


「おぬしにこれをやろう」


すると、空中に二つの指輪が現れ少女のもとに移動していった。


「なにこれー」


「指にめるがよい」


「うん」


少女は左手の指に2つとも嵌めた。すると少女を覆っていた魔力がかき消えた。


「ひさしぶりだな。人の冒険者」


青龍はレッドビークのリーダーに話しかけた。


「ああ、なぜここに?」


「もう用は済んだ。あとは任せる」


「任せる?この子をか」


「そうだ。応急処置だけしておいた。5年以上同じ場所に留まらせるな」


「5年?どういうことだ?」


青龍はそのことには答えず、衝撃の発言をした。


「我の寿命はもうすぐ尽きる」


「なに!?」


青竜は少女に向かって言った。


「おぬしに我が宝をさずけよう」


「お宝?食べられる?」


「食べられはせぬ」


「そうなの。じゃあ、いらなーい」


「ふっ。大人になったら我が住処へ来るとよい。そこにある宝すべて、おぬしの好きにするがいい」


「はーい」


「それと、その場所に竜の卵がある。おぬしが訪れたとき新たな竜が誕生しよう。それも頼む」


「竜の赤ちゃん?」


「そうだ。面倒を見てやってくれ 」


「うん。わかったー。わたしが大人になったら青龍ちゃんに赤ちゃんを迎えに行けばいいんだねー」


「それとこれを。人化の首飾りだ。生まれた竜にかけるがよい。人となり共に旅ができよう」


「うん」


少女は首飾りを受け取った。


「うむ。ではさらばだ」


「さようなら。青竜ちゃん」


青竜は、音もなく風も起こさず上空へ舞い上がり、竜王山へと飛んで行った。


「何だったんだ一体」


レッドビークのリーダーの愚痴が聞こえた。


「そんなことよりリーダー、やることがあるでしょ」


リーダーの横にいた女性魔術師が行動をうながした。


「ああ。そうだったな。青龍との約束を果たさないと」


レッドビークのリーダーは少女の両親と話し合った結果、彼女が10歳になる年に魔力の扱い方を学ぶため魔術師ギルドに通うことになり、レッドビークが少女の面倒を見ることを約束した。


街を訪れたハクアは、竜神教会に住み込みながら、約束通り魔術師ギルドで魔力と魔法と魔術の歴史について学んだ。


結局、ハクアは魔法を覚えたものの魔術師になる道を選ばず、竜神教会で竜の世界の歴史を学びながら働くこととなった。




青竜の死後、少女がいた村に突如とつじょ温泉が湧き出し、アルケド王国有数の温泉地となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る