第46話 追跡者
3時間ほど山を登っただろうか。少し森の環境が変わった。
その変化にウェンディーがすぐに気付いた。
「んん?少し魔力が濃くなりましたぁ?」
僕では微妙な魔力の変化には気付けないか。
「そう?いよいよ『蜘蛛の巣』に入ったのかな」
僕の言葉に彼女たちは緊張した雰囲気に包まれた。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。ここは攻略済みなんだから」
「ここがダンジョンっすか」
「元、だけどね」
「セイジさんはダンジョンを攻略したらしいっすけど、そこもこんな感じだったっすか」
「・・・いや。もっと変化がすごかったよ。あからさまに違った。入った瞬間、真夏から真冬になったくらい感覚だったよ。いずれみんなにも体験してほしいな」
「そんなに違うっすかあ」
「ここは攻略後約15年経ってるから魔力の濃さの変化がわかりにくいね」
「なるほどっす」
『蜘蛛の巣』に侵入してからは今までのようには進めなくなった。
ここを訪れる冒険者の皆さんが、道を作ってくれているにもかかわらずだ。
森は湿度がさらに高くなり至るところに苔が生えてて歩きにくく、目に入る物が緑色だらけになった。
僕たちは、冒険者ギルドで手に入れたダンジョン地図に載っている、巨木や巨石あるいは小さな滝などを目印に何とか目的地に向かって樹海を進んでいる。
地図がなければすぐに迷っていたかもしれない。
これでも攻略済みダンジョンなのだろうか。攻略前はもっと悪路だったんだろうな。
「すごいっすね。普通の森とは違って木々がうねりまくって絡み合ってるっすね」
「そうですねぇ。小川もあちこち流れて溝を作って進みにくいですぅ」
「そうだね。小川で出来た溝が蜘蛛の巣みたいに広がってて、それがダンジョン名の由来なのかもね。守護獣が蜘蛛ってこともあるだろうけど」
「セイジさんはダンジョンに詳しいんですぅ?」
「そこまで詳しくないよ。冒険者ギルドから買ったダンジョン情報の知識だけだよ」
「そうなんですかぁ。あと何年かしたらここは普通の森になってしまうんですねぇ」
「そうだね。ダンジョン内は魔獣も強化されているらしいから注意して進もう」
「はい」「ああ」「はいっす」「・・・へい・・・」
攻略前は森に蜘蛛がいっぱいいたらしいけど、木に囲まれたこの状況で襲われたらひとたまりもなかったろうな。
攻略後のダンジョンであっても獣は攻撃性が増しているようで出会うと戦闘になった。
しかし、ヒナが先に獣を見つけてくれるおかげで余裕を持って戦うことができた。
逃げ場がない森の中で厄介だったのはシカだ。目的の獲物だったのだけど。
僕たちを見つけた瞬間、突撃してくるんだもの。
遭遇したときは、エイミーとイレーナが二人がかりで体を張って盾で魔鹿の突進を止めてくれた。
僕がテレポートで魔鹿の背後に回り、足に向けて念動波を連発し動きを止め、そうなってようやく攻撃に入ることが出来た。
魔鹿の角と魔石を回収することはできたけど大変だった。
道中、僕はいつものように食べられる野草を見つけ採取をしていた。
僕たちは森の中を歩くだけではなく、ときには溝に渡してある苔だらけの丸太の上を歩いたり、大きな岩がごろごろ転がっている小川の中をじゃぶじゃぶと上ることもあったが、なんとか依り代があった場所までたどり着くことが出来た。
その頃にはみんな疲れ果てていた。
森を抜けた先には、木の根が複雑に絡み合った
その中心に依り代の木があった場所と思われる大きな穴が開いていた。
木々で区切られてできたその空間から神秘的な空気を感じられた。
僕たちはしばらくその大穴のある空間を見つめていた。
「あんな大きな穴が開くほどでかい木があったんだね。神樹としてあがめられるわけだね」
「そうですね。今まで感じたことのない神聖な魔力の波動を感じますぅ」
依り代のあった場のおかげか、精神的な疲れが吹き飛んだような気がした。
辺りを見回すが他の冒険者の姿は見えない。
「ヒナ。冒険者の気配感じる?」
「・・・感じない・・・」
「そう。ありがと。じゃあ、少し離れたところで休憩しようか」
「はい」」」」
依り代のあった広場は、たくさんの木の根が張っており、その隙間に石ころが転がっていて足場が悪いので、少し離れた木の葉が
「何食べるっすか~?」
イレーナは嬉しそうにみんなに聞いていた。
どうやら僕の手料理を披露する絶好の機会が来たようだ。
「みんな、ポーション煮食べるかい?僕も久しぶりなんだ」
「ポーション煮?何すか、その美味しくなさそうな料理名は」
「僕が一か月森をさまよっているときに食べていた料理だよ。確かに味は美味しくないけど、その時は野草だけだったからね。今は違う。いろいろな具材が揃っているんだ。安心して」
「全く安心できないっすけど、そこまでいうなら」
他のみんなも不安なようだ。ヒナはなぜか期待のまなざしで僕を見ているが。
ヒナは僕に対して良い幻想を抱きすぎだと思うんだけど、なぜなのだろうか。
とりあえず、そのことは
まず、5人分の量のポーションを空中に浮かせる。
次に、野草をちぎってその中に入れる。
さらに、カチカチの乾パンを砕いて投入。
最後に、魚の干物を一口サイズにちぎって投入。
魚の登場に観衆の歓声が沸く。
具材を入れたポーション球を手の平の上に動かし発火で沸騰させる。
「おお」」」」
再び歓声が沸いた。
しばらく待つと、見事なポーション煮の出来上がりである。
「さあ。分けるから容器を準備して」
それぞれの木の器にポーション煮を分けていく。
「遠慮せず食べておくれ」
みんなが一口食べる。
「・・・」」」」
「まずいっす」「まずい」「おいしくないぃ」「・・・これはこれで・・・」
僕も一口食べる。
懐かしい味だ。よく一か月食べていたな。僕すごいな。
「そこまでまずくないでしょ。乾パンと魚の干物入ってるんだよ?僕はポーションと野草だけ食べてたんだから」
「・・・尊敬するっす」「・・・さすがししょー・・・」
文句を言いながらもポーション煮を残さず食べてくれた彼女たちは、すかさず用意していた果物のはちみつ煮を口にしていた。
それはもう幸せそうな顔をして食べていた。
食後、一休みをして依り代周辺を探索しようとしたその時。
「・・・何か来る・・・」「!?やばいっす!?」
警告を発したヒナとイレーナが怯えていた。
すかさずウェンディーが指示を出す。
「隠れましょう」
彼女たちは、すぐさま木の幹や岩の陰に身を潜め気配を消す。
彼女たちの存在感が一瞬にしてなくなったかのように思えた。
あらかじめ彼女たちの位置を知っていなければ見失っていただろう。
(すごいな)
「どうした?みんな」
取り残された僕は呑気に声をかける。
「何か得体のしれないものが近づいてくるっす。やばいっす」
「・・・強そう・・・」
「なるほど。僕も隠れるか」
僕もみんながいる木の幹の裏に隠れようとすると、
「セイジさんは無理っす。バレバレっすから私たちから少し離れて隠れてくださいっす」
酷い言いようであるが仕方ない。気配を消せない僕が悪い。
「・・・そうだね。ごめんね。いいなあ。君たち、気配消せて」
「・・・ししょーは強いから必要ない・・・」
そうかもしれないけど、さみしいものです。
ともかく僕は彼女たちから離れた場所に身を潜めた。
「来るっす」
イレーナが小声で言った。その声は震えていた。
しばらくして、のしのしと依り代の広場に姿を現したのは、冒険者を咥えた魔狼だった。
「ひっ」
誰かの悲鳴が漏れ聞こえてきた。
(魔狼?前に出くわした奴とは別物なのかな。確かめようがないけど)
魔狼は広場の中央まで来ると咥えていた冒険者を放り投げた。
地面に投げ出された冒険者はピクリとも動かない。
魔狼は悠然とこちらを見る。魔狼の眼が
(思いっきり見られてるな。それにしても、あの赤い目。まさか魔狼レッドゴールド?追いかけてきたの?偶然?・・・うだうだ考えても仕方ないか)
僕は少し離れた場所にいるホーステイルのメンバーに小声で話しかけた。
「僕が相手をする。君たちが気付かれてないようだったらそのままでいて、僕が勝てそうになかったら逃げていいから」
彼女たちの驚きと非難が混ざり合った目が一斉に僕に向いた。
僕はテレポートで魔狼の前に出現する。
魔狼は全く驚いていない。
(まさか同一個体なの?もしかして縄張りに入っちゃった?やっぱり僕を追いかけてきたとか?だとしたら執念深いな魔狼って)
魔狼は以前戦った時と同じように僕の周りを回り始めた。
(さてと、今回は前回と状況が違うんで全力で行かせてもらいますよ。討伐対象の魔狼レッドゴールドさん)
僕は魔剣と中古の剣を鞘から抜き宙に浮かせた。
もちろんポーションの入ったひょうたんも能力下に置いた。
足場が悪いので僕も宙に浮く。
操作している2本の剣先を魔狼に向け狙いをつけた。
すると魔狼は魔剣にだけ反応し視線を向けた。
(魔剣に何か感じている?魔力?)
その頃、木の
「ウェンディー。どうするっすか」
「ちょっと待ってください。考えてますぅ」
「あいつ、魔狼と戦ったことがあるんだろ。しばらく様子を見よう」
「・・・戦う・・・」
ヒナが動き出そうとする。
「ヒナっ。わかりましたから。少し待ってください。状況判断をしろとセイジさんがいってましたよ」
「・・・わかった・・・少し待つ・・・」
ホーステイルのメンバーの視線がセイジと魔狼に戻った。
ゆっくり移動していた魔狼が猛然と僕に飛びかかってきた。
以前と同じ展開だが今回は違う結果が起こった。
バギッ ッパリンッ
物理結界が魔狼の一撃で粉砕された。魔狼は僕ではなく結界を狙ったのだ。
「!?」
幸いにも僕に魔狼の爪は届かなかった。
一瞬遅れてテレポートで距離を取る。
(危なかった。ちゃんと学習してるんだな。今度はこちらの番だ)
空中に置いてきた二つの剣を操作して魔狼を狙う。
魔狼は難なく避ける。
浮遊している剣の速度を上げ再び魔狼を狙う。
すると魔狼は魔剣の方は距離を取って避けたが、中古の剣の方は剛毛な毛皮で弾いた。
その瞬間、魔狼の毛が淡く輝いたように見えた。
(何だ?魔法?普通の剣であの威力じゃ攻撃が通じないのか)
「!?」
再び魔狼が飛びかかってきたがテレポートでかわす。
もう物理結界で受け止めることはできない。
(逃げてばっかりじゃ駄目だ)
僕は、浮かせていたひょうたんのところまでテレポートしポーションを出す。
魔狼は僕に近づいてきたが襲ってないで、クンクンと匂いを嗅いでいた。
(警戒しているようだけど、ただのポーションですよ)
その時、ホーステイルのメンバーが森から出てきて姿を現した。
エイミーとイレーナが盾を構えて慎重に進んでいる。
その後ろでウェンデイーが魔法の発動の準備をしていた。
ヒナの姿が見えない。どこに行ったのだろう。僕では彼女の位置を察知することが出来ない。
(勇気があるな)
魔狼は彼女たちを
僕は彼女たちに声をかける。
「そこに待機で。チャンスを待って」
「はい」」」
「彼女たちが出てきちゃったんで決着をつけます。一か八かですが、切り札を出そうと思います。失敗したら逃げますけど」
僕は魔狼に話しかける。魔狼はうなっているだけだった。
白蛇のバニラと違って言葉は通じないようだ。
僕は中古の剣を高速回転させ魔狼に射出した。
魔狼は避けもせず剛毛で剣を弾く。当たった瞬間やはり毛が淡く輝いた。
(威力を上げても無理ですか)
僕は右手に魔剣を左手にポーション球を持ち、彼女たちと魔狼と僕が一直線上になるような位置にテレポートした。
魔狼の右側には依り代の大穴が開いている。
魔狼が動き出そうとした瞬間、僕は弾かれた中古剣を再び動かし魔狼の目を狙った。
さすがに目は強化できないようで、魔狼はその剣を顔を動かしかわした。
その隙に僕は発火の準備に入った。
最初に遭遇した時に魔狼に食らわせた軽い奴じゃなく、思いっきり念を込めたやつだ。
発火を行った瞬間、何かがごっそり削られたような感覚がした。
今まで感じたことがない現象だ。
(これはいったい・・・)
考えるのはあとだ。
僕は浮遊しながら魔狼に突撃し距離を詰め魔剣を振り上げた。
魔狼の注意が魔剣に向く。
その瞬間、僕は火球を魔狼の左側に放った。
魔狼は一瞬、ビクッとなったが当たらないと判断し視線をふたたび魔剣に向けた。
「注意するのは魔剣だけでいいのかな?」
僕の左手にあったポーション球が消えていた。
放たれた火球が地面に当たり爆発し、木の破片が辺りに飛び散った。
魔狼は、そんなことにはお構いなしに僕に襲い掛かる態勢に入った。
その時。
ッドーーーン!!
遥か上空から白い玉がものすごい速度で魔狼目掛けて落ちてきた。
と同時に「きゃっ」と言うかわいらしい声も聞こえてきた。
魔狼は白い玉を紙一重でかわし後ろに跳んでいた。
「ええ!?真上からの攻撃でもかわすのか。すごく感覚が鋭いんだね。でも・・・」
僕の右手に魔剣はなかった。
「ギャンッ!?」
ポーションでびしょ濡れのエイミーが僕の魔剣で魔狼をぶった切っていた。
僕は叫んだ。
「一斉攻撃だっ」
僕は白い玉を再び操作し魔狼の頭部を狙う。
エイミーは魔剣で再び攻撃。
ウェンディーも水弾を連続射出。
イレーナはウェンディーの前で盾を構え、魔狼の反撃に備え守りの準備をしていた。
ヒナもいつの間にか姿を現し、魔狼の背後からダガーを一閃。
僕たちの総攻撃に魔狼レッドゴールドは力尽き、地面に倒れ伏した。
(はぁ。何とか勝てたよ。それにしても疲れたな)
激しい戦闘の影響か少しふらついたのでポーションを飲み回復をした。
「ふうぅ。何とかなったね。みんな度胸があるよ。感心する。そして、いい連携だった」
「はいっ」」」
エイミーが近寄ってきて魔剣を返してくれた。
「おい。何でポーションをぶつけた」
「合図だよ。わかりやすかったでしょ?」
「ふんっ」
僕は魔剣を受け取り言った。
「さすがエイミーだね。魔狼に致命傷を与えてたね」
エイミーは僕に背を向け、魔狼の解体をしているメンバーのところに向かいながら言葉を返す。
「あんたの剣のおかげだ。・・・私を信頼してくれてありがとう」
「ああ。頼りにしているよ」
魔狼の大きさのため解体には時間がかかったが、何とか頭部と爪と毛皮と魔石を回収することができた。
死亡した冒険者から冒険者ギルドカードを回収し、一応ポーションを掛けておいた。
この世界にアンデッドがいるかどうかは知らないけど。
そもそもポーションに浄化の効果はないだろうな。まあいいか。
冒険者の遺体と魔狼の残骸を別々に地面に埋めたところで休憩にした。
目印として冒険者のお墓に僕の剣を刺しておいた。
「セイジさんって本当に第3級だったんすね。強かったっす。見直したっす」
「え。まだ疑ってたの?」(正しい判断だけど)
「だって言ってることが意味不明っすから。でもこれからは信じてみるっす」
「そ、そう。意味不明だったのか」(僕の
「・・・私は最初から信じてる・・・」
「う、うん。ありがとう、ヒナ」
「セイジさん。上から降ってきたその白い玉は何なんですぅ?初めて見ましたけど」
ウェンデイーが僕の右手にある白い玉を見て聞いてきた。
「これは霧の森ダンジョンで守護獣に貰ったんだ。これが何なのかわからないけど」
「守護獣!?」」」」
「うん。依り代を守護する者だね。霧の森ダンジョンでは巨大な白蛇だった。ここ蜘蛛の巣ダンジョンでは大蜘蛛だったらしいね」
「守護獣の白蛇を一人で倒したっすか!?」
「倒してないよ。話しをしてたらこれをくれたんだ」
「何でそうなるっすか。それに何で蛇と会話できるっすか」
「白蛇の能力じゃないかな」
「なるほどっす。魔法っすね」
「ちなみに、この魔剣が霧の森ダンジョンの依り代ね」
「!?」」」」
「それ魔剣だったのか。どうりで刀身が透明だし、すごい切れ味だと思ったよ」
「そうだよ。すごいでしょ」
「とんでもないもの持ってるっすね」
「うん。宝の持ち腐れだね」
「そうっすか?魔法で魔剣を操作してたじゃないっすか。かっこよかったっす」
「・・・うんうん・・・」
「ありがとう。でも剣技を修めてなくてね」
「そうなんすか。もっと強くなるってことっすね」
「そうだね。前向きだなイレーナは」
「はいっす」
魔狼との戦闘という予想外の出来事があったため、精神的に疲れた僕たちは探索をあきらめ野宿の準備をすることにした。
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