第45話 蜘蛛の巣

僕とホーステイルのメンバーは、なだらかな坂道の森をさらに登っていた。


たまに出現する小川を渡ったり、苔むした石と木の根が作り出すだす大地を通ったりもした。


時折、森に生えている木の中にひときわ樹齢が長そうな巨木を見かける。


『蜘蛛の巣』ダンジョンの依り代になった木は、きっとこの森の中で一番の巨樹だったのだろう。


山を歩いていると時々シカやイタチのような動物を見かけるが、襲ってこないのでこちらも手を出さないようにしている。


目的地までまだまだ先は長いので荷物を増やす必要はない。


初めて訪れる場所なので、まずは地理を確認した方がいいだろう。


狩りは帰り道に行うこともできる。


すると先頭を歩いていたアナウサギ獣人のヒナが何かを感知した。


「・・・敵7匹・・・このままだと遭遇する・・・」


僕はあたりを見渡すが何も視認できない。


「ヒナ。やり過ごせそうですぅ?」


「・・・無理・・・」


「そうですかぁ。仕方ありません。迎え撃ちましょう」


ホーステイルのリーダーのウェンディーが決断した。


「セイジさん。こういう場合どうしたらいいっすか」


「え。そうだなぁ。僕たちが戦いやすい場所で相手を待つのが基本だね。相手に有利な場所でわざわざ戦う必要はないからね」


僕の言葉にウェンディーは周囲を見渡す。


「あそこにしましょう」


ウェンディーが指さした場所は、比較的なだらかな坂で他よりも多少開けた場所だった。


みんなでその場所に移動し、接近してくる獣を待つことにした。


「匂うっすね。もうすぐっす」


犬獣人のイレーナも獣の接近を感じ取ったらしい。


その言葉通り僕たちの前に狼の群れが姿を見せた。


狼たちは僕たちを取り囲むように動き出した。


「僕たちも円形に陣を組もうか」


死角を作らないように円形に並びを変えた。


並びは、僕、エイミー、ヒナ、イレーナ、ウェンディー、僕の順だ。


「エイミー、イレーナ。襲ってきたら盾で防いでから攻撃だ。無理する必要はないよ」


「はいっす」「ああ」


「ウェンディーとヒナは二人の盾で体勢を崩した狼を攻撃」


「はいですぅ」「・・・へい・・・」


僕たちを囲んでいる狼の輪がだんだん小さくなってきている。


「来るぞっ」


僕が叫ぶと同時に一匹の狼がエイミー目掛けて襲い掛かってきた。


「はああっ」


ドガッ


エイミーが盾で強引に狼を地面に突き落とした。


エイミーがそのまま追撃をかけようとしたとき、別の狼が襲い掛かってきた。


(念動波)


ドッ


襲い掛かって来た狼が吹っ飛ぶ。


エイミーによって地面に突き落とされていた狼は、すでに立ち上がり距離を取っていた。


「いいよ、エイミー。その調子だ」


エイミーの鼻息が荒い。


エイミーを強敵と判断したのか、今度はイレーナとヒナに向かって狼が襲い掛かって来た。


「なめるなっす」   ドスッ   「っぐう」


イレーナが何とか狼の突撃を盾で受け止めた。


ザスッ 「ギャンッ」


すぐさまヒナの追撃が決まり狼に痛手を与えた。


「はぁはぁ。イレーナ、ヒナその調子ですぅ」


「ウェンディー。息が荒いっす。落ち着くっす」


「はぁはぁ。はい。一匹ずつ確実に仕留めていきましょう」


「はいっす」「・・・へい・・・」「・・・っ」


仲間の血で興奮したのか狼たちの攻勢が激しくなったが、何とか陣形を壊さずに持ちこたえていた。


「いいよ。狼たちに確実にダメージを与えている。この調子でいけば勝てるよ」


「はいですぅ」「はいっす」「・・・へい・・・」「ふぅふぅ」


(あれ、エイミーの様子がおかしい。もしかして・・・)


「エイミー?」


「・・・っ・・おおおおっ」


エイミーが突然陣形から離れ狼の群れに突撃していった。


「エイミー!戻って」


ウェンディーが叫ぶがエイミーは止まらない。


狼たちは向かってきたエイミーに一斉に群がり、襲い掛かろうとする。


(テレポート)


僕はエイミーの後ろに転移テレポートし、エイミーに触れ、また転移し元の位置に戻った。


「!???」」」」」」」」」」」


狼も含めその場にいたみんなが呆気に取られていた。


「落ち着くんだエイミー。有利な状況で慌てる必要はないよ」


エイミーの体が小刻みに震えている。


「え。あ、ああ。ごめんなさい。また我を失って」


「気にするな。こういうのは経験だ。みんな、とりあえず狼を倒そう」


「はい」」」」


エイミーのおかげで狼の囲いは崩れ一か所に集まっていた。


「攻撃開始だ。ウェンディー魔法発動、エイミー、イレーナ前に。ヒナ、今度はやるんだぞ」


「はいですぅ」「はいっす」「はい」「・・・へい・・・」


僕の念動波とウェンディーの水弾で狼の態勢を崩し、他の3人で止めを刺していった。


手負いの狼たちの反撃は、エイミーとイレーナが盾で完全に封じ込め、狼たちを全滅させることができた。


「ふう。お疲れさん。みんないい動きだったよ」


彼女らは、一つの場所に集まって互いにもたれあい座り込んでいた。


「ここで休憩しようか。はい。ポーション」


みんなにポーションを御馳走し休憩に入った。


お昼ご飯には少し早いので、軽く携帯食を食べることにした。


「狼の解体は魔石を取るだけにしようか。このまま放置して帰りに寄ってみて、食い散らかされてなかったら本格的に解体しよう」


「はいっす」「・・・へい・・・」


「あのぅセイジさん。エイミーを連れ戻したのってまさか転移魔法ですぅ?」


「え?あ。うん。そうだよ。人を連れて転移するの初めてだったから、失敗したらどうしようかと思ったよ」


「そうですかぁ。転移魔法ですかぁ。なぜセイジさんは、魔術師ギルドリングなしで魔法が使えるんですかぁ?」


(僕の能力って公言してもいいのだろうか。姫様教えて)


「え。そうだなあ。えーっと。秘密」


「・・・そうですよね」


「そうだ。ヒナ、盗賊の時も転移を使って君を追いかけてたんだよ」


「・・・納得・・・」


「セイジさん、半端ないっすね。私たちが第3級に昇格できる気がしないっす」


「そんなことないと思うよ。君らは僕よりすごい能力を持ってるから」


「そうっすかあ?」


すると、これまで全く会話に入ってこなかった熊獣人のエイミーが、立ち上がって僕のとこまで来た。


「助けてくれてありがとう」


「うん。気にしなくていいよ。お互いを助け合うのがパーティーってもんでしょ。たとえ臨時メンバーだとしてもね。誰かがピンチの時助けてあげてよ」


「ああ」


「それから、まず戦闘という特殊な状況に慣れるしかない。実践の練習などないからね。今回、狼の迫力と命のやり取りという現実を肌で感じたでしょ?次こそは冷静に戦う気持ちをしっかりもつんだ」


「わかった」


「さ。出発しようか。もう一息でダンジョン中心部だよね。リーダー」


「はいっ。もうすぐですぅ」


「獣との連戦はなるべく避けるようにしようね。スタミナ、魔力量、回復薬の数は生死を分けるからね。常に注意を払って体力がない時は無理をしないようにね」


「はい」」」」


(なかなかいいこと言えた気がするな。この調子でいこう)


ホーステイルのメンバーで狼たちから魔石を取り出したあと、ダンジョン中心部に向けて出発した。


再び険しい森の中を慎重に歩いているとイレーナが話しかけてきた。


「セイジさん。強くなる方法を教えて欲しいっす」


「強く?」


「はいっす。もっと強くなりたいっす」


みんなも頷いている。


「そっかあ。うーん。ウェンディーは簡単だな。お金を貯めて魔法を買うことかな」


「・・・」


「冗談だよ。ウェンディーは状況判断を的確にしてパーティーを指揮することかな。パーティーの連携力は戦いにとって重要だからね」


「はいですぅ。私個人は何かないですぅ?お金以外で」


「とりあえずウェンディーは水弾を使う時、僕のポーション球の操作を参考にすること」


「え!?あんなことできないですぅ」


「そんなことはないと思うよ。その身に食らったことがあるから何となく想像つくでしょ」


「そんな魔法ないと思いますぅ」


「じゃあ新魔法ということで。魔術師ギルドに登録できるよ」


「セイジさんが使ってるじゃないですかぁ」


「僕、登録してないから。一度調べてみてよ。あったらその魔法を買えばいいし」


(姫様が付与してくれたんだから物体操作の魔法あるよね。だとしたら登録されてるか)


「はあ。そうしてみますぅ」


「そういえば転移魔法は知ってたんだね。結界は知らなかったのに」


「転移魔法は有名ですから。子供たちのあこがれですぅ」


「そうなんだ」


「セイジさん。次私たちっす」


「そうだね。えー。冒険者にとって身体強化は必須だ。ウェンディーに習ってるんでしょ?僕からも少し助言をしようかな」


「はいっす」「はい」「・・・へい・・・」


「体内にある魔力。それを最大限活用しないといけない。いい?魔力を使って体を動かす!動かす部分に魔力を込めて動かす!だっ!」


「だっ!っていわれても・・・具体的にどうしたらいいっすか」


「具体的にか・・・そうだなあ」


(うーん。超能力の場合、姫は考えたら発動するとしか言ってくれなかったしなあ)


獣人の子たちがワクワクしている。


「えー。種族固有の身体能力あるでしょ。たとえば犬獣人だったら嗅覚とか」


「はいっす」


「その嗅覚を意識するとき魔力を込めてみて」


「?鼻に魔力を集めるっすか?」


(鼻だけじゃないよね。脳みそも重要だよなあ)


「うーん。魔力を込めたつもりで空気を吸って匂いを嗅ぐんだ」


「?結局どこに込めるっすか」


「どことかではないのだ。とにかく今まで以上に集中して匂いを嗅ぐんだ。そうすれば魔力が力を貸してくれるはずだ」


「なるほどっす?とにかくやってみるっす」


「その意気だ」


「ヒナ。君の能力は振動や音を感じることだったね」


「・・・へい・・・」


「イレーナと同じように君は周りを警戒するとき魔力を込めるんだ!」


「・・・へい!・・・」


「とにかく。何をするにも魔力を意識するんだ!漫然と使うんじゃないぞ」


「はいっす」「・・・へい!・・・」


「エイミー」


「はい」


「君の特徴は身体能力だな」


「ああ」


「体を動かすとき全身を意識するんだ。つま先から頭の先までだ。全部の先っちょまでだぞ。剣の先っちょもだぞ。そうすれば魔力を使えているはずだ」


「わかった」


「身体強化は他のみんなも使えるからね。筋肉の多いエイミーがその恩恵を一番受けるはずだ。動かす筋肉まで意識できれば最高だな」


「はい。頑張ります」」」」


ウェンディーがおずおずと話しかけてきた。


「あのぅ。つかぬこと伺いますがセイジさんは魔力持ってないって聞いたですぅ。本当ですか?私は少し感じていますがぁ」


「うん。もってないよ。これも秘密ね」


「魔力持ってないのに魔力の使い方を教えてくれたっすか」


「そうだよ。魔力は気持ちの問題だ。ちなみに僕も身体強化使ってるよ」


「???」」」


ホーステイルのメンバーは、僕の言葉を信じていいかどうかで混乱しているようだ。


そりゃそうだよね。でも僕は感覚で教えることしかできないんだ。


「そうだ。ヒナがいるからって、ほかの子は周りを警戒しなくていいってことにはならないからね。全員やるんだよ。個人適性とか種族適性とか関係ないんだ。自分の能力を上げようとするんだ。覚える速さや能力の伸びに差が出るかもしれない。でも、なんでもやってみてよ。立派な冒険者になるんだよね?すべての行動に魔力を込めるんだ!」


「・・・へい!わかりましたししょー!・・・」


「・・・はいですぅ」「・・・はいっす」「・・・ああ」



(ふう。また根拠のない熱弁を振るってしまった・・・。効果があればいいのだけど)


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