第38話 回復と魔力

翌朝、僕たちは採取依頼のために再び浅葱あさぎの森へ向かった。


今回も回復ポーション用の薬草が目当てである。


一度通った道なので僕たちは迷うことなく進んでいく。


僕の前を歩く彼女たちの足取りは軽い。


彼女たちが今着ている服は、昨日買ったものだ。


アーシェに王都で一番安い洋服屋を紹介してもらった。


それでも古着はやっぱり高かった。


盗賊が服を要求するほどだもんね。「身ぐるみ置いてけ」って。


彼女たちは時間をかけて思い思いの一着を選んでいた。


みんなの代金は僕が立て替えておいた。僕が言い出したことだからね。


次は武器屋と防具屋に行かないと。いつまでも普段着で戦うわけにはいかない。



休憩中、彼女たちから提案があった。


「あんたと戦闘訓練がしたい」

「私もっす」

「・・・へい・・・」

「私もお願いしますぅ」


(戦闘?訓練?・・・対人戦か。うーむ。何をしたらいいんだ)


「・・・いいけど。でも僕の戦い方は変則だから君たちの参考にはならないと思うよ」


「変則?よくわからないけど構わない」


「私は魔法使い志望ですし、みんなは獣人だからセイジさんを参考にはしないですぅ」


「そうか。それもそうだね。とりあえず依頼をこなして王都に帰ってからだね」




短い休憩を終え出発。数時間後、浅葱あさぎの森に到着した。


森に入る前に今日することを確認する。


「今から森に入るけど、君たちはウサギやイノシシなどの獣の気配を意識して探ってね。もちろん採取依頼の薬草も探しながらね。僕は君たちを後ろから援護するから」


「ああ」「はいですぅ」

「わかったっす。お肉食べたいっす」

「・・・へい・・・」


「イレーナとヒナは、そっちにばかり気を取られないようにしてくださいね」

「わかってるっす」

「・・・へい・・・」



今回は、前回薬草を採取した場所とは違う方向へ進む。


「・・・あ・・・」


ヒナが指さす先にウサギがいた。


僕はすぐさま念動波を飛ばしウサギの機先を刺す。


ウサギの動きが乱れた。


エイミーとイレーナがウサギのもとに走っていくが、先にイレーナが木の棒で一撃を加えた。


「くそっ。遅かった」

「へへ。素早さでは負けないっす」


獣人の子たちは捕らえたウサギに夢中だったが、ウェンディーだけウサギに目もくれず僕の方に寄ってきた。


「セイジさん。今どうやってウサギの動きを乱したんですぅ?何かやりましたよね。私には見えなかったですけど、もしかして・・・風属性魔法ですぅ?」


「え?ああ。まあ。そんなもんです」


(こっちをみてたの?やりにくいなぁ・・・)


「はあ。すごいですぅ。剣も魔法も使える第3級の方と行動できて光栄ですぅ」


「そう?ありがとう」(剣は使えないんです)


そういえば、ウサギを狩ってもいいのだろうか。


アナウサギ獣人のヒナは気にしていないのかな?


僕はアナウサギを知らないから、あれが何ウサギなのかわからないけど。


「そのウサギの名前何なの?」


ウサギを袋に入れて持ってきたイレーナに聞いた。


「さあ。みんな知ってるっすか?」


全員首を振っている。誰も知らないようだ。


一応ヒナに聞いてみよう。


「あの、ヒナ。ウサギ狩ってもいいの?気分悪くない?」


「?・・・気にしない・・・獣と獣人は違う・・・」


「そう、だよね。変なこと聞いて悪かった」


「・・・私は王都で生まれた・・・アナウサギ、見たことない・・・」


「そうなんだ」


え。このウサギ、アナウサギかもしれないの? 


「王都周辺の平原にはアナウサギは住んでないそうですぅ。王国の東の平原にいるそうですよ。アナウサギ獣人の集落もあるみたいですぅ」


「そうなんだ。一度行ってみたいね」


「・・・へい・・・」


その後もウサギを狩って進んでいると犬獣人のイレーナが、目的のツルボラン草を難なく見つけた。


実は僕は森を移動中、こっそり食べられる野草を摘んでいた。


イレーナが目ざとく僕が持っていた野草を見つけた。


「その草、何すか」


「食べられる野草だよ」


「へぇ。スープにでも入れるっすか?」


「生でも食べられるよ。どう?」


「生っすか。いや、いいっす」


「そう?遠慮しなくてもいいのに」


ふと気配を感じ後ろを見ると、ひっそりとヒナがたたずんでいた。


(うわっ。びっくりした)


「ヒナ、野草食べるかい?」


「・・・へい・・・」


ポーションで洗ってヒナに渡す。


「・・・もぐもぐ・・・おいしい・・・」


「そうか。よかった。ん?あれは」


同じ場所で僕は別の薬草を見つけた。


少し湿り気の強い場所に苔が自生していた。


幸運なことに回復ポーションの材料のひとつであるマハイゴケも見つけることができた。


「何ですかそれ?」


ウェンディーがのぞき込んできた。


「これも回復ポーションに使う薬草だよ」


「へえ。薬草の知識もすごいですぅ」


「ありがとう」




依頼を達成できたので、王都に帰還することにした。


今回は余裕を持って王都に到着した。


薬草とウサギ肉を冒険者ギルドに提出し、依頼達成報酬を受け取って家に帰ってきた。


日が暮れる前に帰ることが出来たので、庭で戦闘訓練をすることになった。


訓練と言っても僕は教えることが何もないので、彼女たちに自由に攻撃してもらうことにした。


「ポーション飲んだから体力は回復したかな。食事は訓練が終わったあとでね。誰から始める?」


「わたしからだ」


熊獣人のエイミーが名乗りを上げた。


ぶっとい棒を持っている。


僕はエイミーと向き合った。


「いつでもいいよ」


僕は円盾だけ持って立っている。もちろん、こっそり結界を展開している。


あんな木の棒で殴られたら死んでしまうからね。


「あんた。その趣味の悪い剣を使わないのか?」


「うん。使うまでもない」(僕の趣味じゃないんだ)


「そうか。いずれ使わせて見せる」


そういうとエイミーは猛然と襲い掛かってきた。


「うおぉぉぉぉおおぉ」


ガンガン、ガンッガンガン


太い棒で乱打である。僕を殺す気か・・・。


(遠慮がないな。猪の時とは大違いだよ。成長したんだね)


物理結界からガンガンと音がしているが壊れそうにない。


一応、結界がばれない様に太い棒の位置に円盾を添えている。遅れ気味だけど。


物理結界の事を隠す必要がないような気がするけど、バレるまで黙っておこう。


「体の力を抜いて。ガチガチだよ」


それらしいことを言ってみる。


「くっ」


しばらくエイミーは太い棒を振るっていたが、疲れ果てて地面に座り込んだ。


「なかなかの攻撃力だし体力もあるね。毎日訓練していけば一人前の冒険者に成れると思うよ」


「はぁ。はぁ。くそう。なんでだ」


「交代。次イレーナ」


「はいっす」


犬獣人イレーナ、ウェンディー、アナウサギ獣人ヒナの順に戦ったけど、みんなが結界を壊すことはなかった。


差しさわりのないことを言って訓練をおわりとしよう。


「イレーナは、一番スタミナがあったけど正面攻撃ばかりだったね。素早さもあるんだからいろいろな方向から攻めたほうがいいかな」


「はいっす」


「ウェンディーは魔法使い志望だから攻撃だけじゃなく、長い棒を使った防御も覚えたほうがいいかな。みんなに相手をしてもらうといいよ」


「はいですぅ」


「ヒナは素早いし隠れるのが得意なんだから、相手の背後を狙ったほうがいいかな」


「・・・へい・・・ししょー・・・」


「今日の訓練はここまでだね。ご飯食べてお風呂入って寝ますか」


「はい」「はいですぅ」「はいっす」「・・・へい・・・」

 




その後、僕と彼女たちは順調に依頼をこなし、そこそこお金が貯まったので武器と防具を買いに行くことにした。


僕たちは朝早くから店に出発した。遠足みたいな気分だ。


ウェンディーが事前に調べていたらしく案内してくれた。


「こちらですぅ」


「わくわくするっす」「・・・っす・・・」


案内されたのは中古の武器と防具が揃ったお店だった。


「ここか」


「はい。廃棄寸前の中古品が充実しているお店ですぅ」


(それを充実してると言っていいのだろうか)


「とりあえず丈夫な武器と防具を買ったらどう?もっと稼げるようになったら好みの武器と防具に変えていく感じで」


「はい」」」」


(僕も何か買おうかな)


みんなで店内をうろちょろする。


中古屋なだけあってデコボコしてたり、傷がついている品物ばかりだ。


彼女たちはさんざん悩んで、それぞれ納得のいく武器防具を購入できたようだ。


熊獣人エイミーはブロードソードと楕円盾(木製)。


犬獣人イレーナはファルシオンと楕円盾(木製)。


アナウサギ獣人ヒナはダガー。


ウェンディーは魔法使いなので武器は買っていない。


魔術師ギルドに登録したら魔道具屋に行くそうだ。


みんなの防具はマントと厚手の布を選んだ。


「みんな冒険者らしくなってきたね」


「へっへっへ。強くなった気分っす」

「・・・へい・・・」


「セイジさんは何か買ったのですぅ?」


「僕は袋だ」


「袋?何か入れるっすか」


「君たちの荷物入れだよ。コップとかいろいろね」


「ありがとっす」「ありがとうですぅ」「ありがとう」「・・・ありがと・・・」


「ということで、みんなの武器が揃ったので護衛依頼を受けて見ようと思います」


みんなに緊張が走る。


「護衛か・・・」「いよいよ護衛っすか」

「緊張しますぅ」「・・・へい・・・」


「そう緊張しなくていいよ。護衛依頼は近距離の依頼を受けるつもりだから」


「それでも緊張するっす」


「わかるよ。僕も初めての護衛依頼は緊張したよ」


「セイジさん。パーティー名とリーダーが決まったっす」


「おお。そうなんだ」


「はいっす。リーダーはウェンディーっす」


「なるほど。落ち着いてるしいいんじゃないかな。それに戦闘時は後ろから全体を見渡しながら指示を出すこともできるしね」


「指示を出せるかわかりませんが、リーダーを任されました」


ウェンディーは長い木の棒を胸に抱え不安そうにしている。


「無理に指示を出そうとしなくていいんじゃないかな。戦闘時に気付いたことを言えばいいと思うよ。落ち着いて声を出すことが大事だから」


「はいですぅ」


「みんなもウェンディーに任せっぱなしは駄目だよ。協力し合ってこそパーティーだから」


「ああ」「はいっす」「・・・へい・・・」


「それでウェンディー。パーティー名は?」


「パーティー名は『ホーステイル(つくし)』です」


「おお。ホーステイルか。いいね」(馬の尻尾か)


そう言えば、なんでパーティー名は自動翻訳されないのだろうか。


今回は簡単でよかったけど。


「どういう意味で付けたの?」


「はい。路上ギルドっぽいかなと思いまして。みんなで考えました」

「すくすく伸びるっす」

「・・・にょきにょき・・・」


「・・・そうなんだ」


あれ。馬の尻尾じゃないみたいだな。・・・まあいいか。


「さあ。依頼を受けに冒険者ギルドにいくよ」


「はいっ」」」」




冒険者ギルドに到着し、みんなで掲示板を眺める。


「気になる護衛依頼はあった?できれば近々きんきんで近場がいいんだけど」


「そうですね。いくつかありますぅ」


「どれどれ。うーん。これがいいんじゃないかな。近隣の村までパーティー1組で一泊二日の馬車一台の護衛。依頼料は一人小金貨1枚だ」


「明後日からですね」


「うん。みんなは受付に行って依頼を受けてきて、受理されたら依頼人さんとの打ち合わせかな」


「はい。セイジさんも護衛について行ってくれるんですよね」


「もちろん。僕はこれからアーシェのところに行ってるから。疑問に思ったことは依頼主に質問して確認するんだよ」


「はい」」」」



正門まで行くといつもの場所にアーシェは座っていた。


「やあ。ちょっといいかな」


「こんにちは。お兄さんどうしたの?」


「うん。彼女たちと護衛依頼をすることになったよ。明後日からね。依頼主が彼女たちで納得すればだけど」


「そう。でも第3級のお兄さんがいるから大丈夫でしょ」


(肩書だけは立派ですから)


「たぶんね。それでちょっと聞きたいんだけど回復魔法ってあるの?」


「あるよ。でも残念ながら今のところ回復ポーションの方が優秀だね」


「そうなの?でも回復ポーションも魔力で治してるんでしょ?」


「そうですねえ。一般的に回復ポーションは、薬草の効能と人体の治癒ちゆ能力を魔力が向上させ傷を治している。と考えられていますね。では、お兄さんは魔力による治癒ってどういう現象だと思っているの?」


「え?そうだなあ・・・わからないです」


「ふふ。素直ですね。例えば魔法で水を発現したときは魔力が水に変化したということだよね。雑に言えば」


「そうだね」


「でも、もうちょっと正確に言えば、魔力が水そのものに変化したのではなく、魔力が水の性質に変化したものなの。見た目や感触は水だけど、やっぱり魔力のままなの」


「そうなんだ。まあそうだよね」


「さて、回復ポーションによる治癒だけど、魔力は何に変化したと思う?」


「怪我した時に失った肉体?」


「そう。だから結局、怪我は治ってはいないの。自力で怪我が治るまで魔力が肉体の代わりをしているだけなのよ」


「なるほど。それで回復魔法が劣っている理由はどこにあるの?」


「その理由は簡単。現在の回復魔法は術式に無駄が多く、魔力効率が悪くて回復に必要な魔力が膨大になってるの。数回しか治癒できない回復職の人を連れて行くより、回復ポーションをたくさん買ったほうがいいでしょ」


「なるほどねぇ。なんで回復ポーションはすごいの?」


「回復ポーションに含まれるいくつかの薬草の成分が、効率よく魔力を回復に誘導しているのでしょうねえ。薬草にはそういう効能がありますから。自然は偉大です。魔術師ギルドと錬金術師ギルドが今、一生懸命その仕組みを解明しようとしています」


「そうなんだ。攻撃魔法は開発できてるのにね」


「攻撃魔法は魔獣の能力が元になっているの。魔獣が操る魔力の流れを見て魔法術式を構築したそうよ。魔力を使って火を吐いている魔獣から火属性魔法を、という風にね」


「へえ。そうなんだ。だから人がそれを応用できたのか」


「うん。回復魔法を使える魔獣がいれば簡単だけどね。でも時間はかかるけど、いずれ効率のいい回復魔法も発明できるよ」


「そうだね。ありがとう。勉強になったよ」


ちょうどウェンディーたちがやって来た。


「あ。来たみたい。じゃあこれ。相談料」


「感謝します。そうそう。最近、王国や周辺の国で珍しい獣人が誘拐される事件が起きているから気を付けて」


「え。そうなのか。わかった。気を付けるよ」


僕はウェンディーたちと合流し、護衛依頼の結果を聞くため家に帰った。 


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