第32話 路上ギルド
王都の長く頑強な石造りの城壁には、等間隔に城壁塔が立てられていた。
そして、僕の目の前には立派な門塔がそびえ立っている。
(はえー。すごい城壁だな。どこまで続いているんだろ。石のブロックを綺麗に積んでるなぁ。壁の黄緑色も鮮やかだ)
行商人一行は、全員何事もなく門を通り王都に入ることができた。
この後は、護衛依頼の完了報告のため、みんなで王都冒険者ギルドに向かうことになっている。
門を抜けた先で僕は思わず立ち止まり、王都の景色を見た。
王都の街は高層の建物が目立つ街並みだった。
全面石畳の大通りのはるか先に王城がそびえたっていた。
(あれが王城かな。丘に建ってるようだけど、真っ白な城でまるで浮いているように見える。近くに行ってみたいな)
門の周辺は多くの人が行きかいにぎわっていた。
(さすが王都だな。人が多いし建物も立派だ。それにしても・・・)
城壁のそばや道の端に、大人に混じって子供たちもたくさん座っていた。
(なにしてんだろ)
少々気になったが、僕は先に進んでいるみんなのところに向かうことにした。
「ちょいとお兄さん」
不意に街の喧騒の中、よく響く鈴を転がすような声が僕の耳に飛び込んできた。
声がした方向を見ると、地べたに座っている粗末な服を着た利発そうな少女が笑顔で手を振っていた。
不思議なことに彼女の周りには人がいなかった。
ほかの場所にいる子供たちは何人かで固まっているのに。
(僕?)
周りを見るが誰も反応していない。やはり僕か。
僕は彼女のもとに歩いて近づいていく。
「僕に用ですか?」
「お兄さん。攻略者でしょ」
「えっ!?なんで知ってるの?」
すると、先に進んでいたアーチボルトさんが声をかけてきた。
「おーい。セイジ。何してんだ。いくぞぉ」
「あ。はい」
僕は少女に言った。
「ごめんね。行かないと」
「はい。詳しいお話はあとで。冒険者ギルドに行くんですよね」
「うん」
「ここで待ってますので来てくださいね」
そう言うと彼女は近寄ってきた商人らしき人と会話を始めた。
アーチボルトさんたちを追いかけながら振り返って彼女を見てみると、また別の人に話しかけられていた。
(彼女。人気あるんだな。何してるかわからないけど)
彼女のことは気になるが、ともかくみんなのところへ行こう。
荷馬車に追いつくとアーチボルトさんが話しかけてきた
「路上ギルドの子と知り合いなのか?」
「路上ギルド?いえ、知らない子ですよ。王都は初めてですから」
「そうか。ま、知り合っといて損はないぞ」
「そうなんですか」
よくわからないが話はそこで終わった。
王都冒険者ギルドに向かう道すがら、アルケド王国と王都アティスについて商人のアスベルさんに聞いてみた。
王国には国王領と12の領地があり、王都の人口は王国最大の約3万人ほどがいるらしい。
ちなみに1万人以上の都市は王都を含めて15か所あるそうで、大多数の街や村は5千人以下だという。
王都は上から見ると円形状だが人が住んでいる場所は扇状の部分だけで、そのほかの大部分は森が占めているそうだ。
その森は王族の管轄地になっているという。
王都周辺の木は、建築、農地造成と魔獣対策などのため伐採されてほとんどない。
扇の
王都は壁に区切られた3層構造になっており、中心部に王族が住み周囲を壁と水堀で囲んでいて、内周に貴族や豪商たちが住む区画があり、外周に庶民が住んでいるそうだ。
王国は川が多く、王都の東にも西にも大きな川が流れている。
と、教えてくれた。
アスベルさんの話を聞いているうちに王都冒険者ギルドにたどり着いた。
「アスベルさん。詳しく教えていただいてありがとうございました」
「いえいえ。有望な冒険者さんと知り合えてよかったです」
僕は王都冒険者ギルドを見上げた。
歴史を感じさせる重厚な建物だ。
(5階建てか。さすが王都の冒険者ギルドだなぁ)
冒険者ギルド内に入り、護衛依頼完了手続きを済ませた。
依頼人の方々から別れの挨拶があった。
「キングフィッシャーの皆さん。そしてセイジさん。護衛ありがとうございました。おかげで無事積み荷を王都まで届けることが出来ました。またご縁がありましたらよろしくお願いしますね」
「おう。いつでも依頼してくれ」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
依頼人さんたちが冒険者ギルドを出て行った。
「セイジ。この後どうするんだ。俺らは酒場に行くが」
「すいません。ちょっと用事ができまして」
「そうか。ここでお別れだな。護衛楽しかったぞ」
「こちらこそです。ありがとうございました」
「ああ。俺たちは領都ウイロウに戻る。また何かあったらよろしくな」
「はい。よろしくおねがいします」
僕は商人さんやキングフィッシャーの皆さんと別れて、彼女に会いに王都の門まで戻った。
「あ。おかえりなさい。攻略者のお兄さん」
先ほどの少女が笑顔で出迎えてくれた。
僕は彼女の視線に合わせて中腰になった。
彼女は手首に白い紐を巻いていた。
(ミサンガみたいなものがあるんだ)
「あ。そうだ改めまして自己紹介しますね。わたしはアーシェといいます」
「僕の名はせいじです」
「へえ。変わった名前ですね」
「・・・そうなんだ」
(姫様・・・)
彼女の視線が僕の腰に向かう。
「それ魔剣だよね。趣味の悪い鞘だね。見栄っ張りな貴族が作らせたんでしょうね」
「・・・。やっぱり?これ貴族の剣なんだ。よく知ってるね」
「まあね。お兄さん。王都は初めてだよね」
「うん。そうだけどよくわかったね」
「見ない顔の冒険者だったから」
「え?王都に住んでいる人の顔、全員覚えてるの?」
「なんとなくね。でも知らない人はすぐわかるよ。大抵の人は、一生生まれた街から離れないからね」
「そうなんだ。それで君はここで何やってるの?」
「お兄さん。路上ギルド知らないんだね」
「うん。路上ギルドって何なの?」
「路上ギルドは他の国にもあるんだけどな。いったいどこから来たの?ど田舎?」
「まあ。そんなところだよ。いろいろあってね。最近、山奥から下りてきたんだ」
「山奥?山奥に住んでたんだ。ふーん。どこの山?」
「グリーンウイロウの東の山だよ」
「東の山?あの?そんなとこで何やってたの?」
「道に迷ってた。そのおかげで、しばらく森で生活することになったよ」
「はあ。あの森で。迷ってたと。ふーん」
少女がじろじろと僕を観察してからしゃべりだした。
「このお兄さんはあの噂と関係あるのかしら。この人に深入りしないほうがいいのかも?でも仕事があるしなぁ。直接お兄さんを探らなきゃ大丈夫かな。今まで通りでいいか」
彼女が独り言をつぶやきながら何やら考えている。
「あのアーシェさん?僕に聞かれちゃいけないようなこと言ってませんか?考えていることが駄々洩れですよ」
「自問自答をしているだけだから、お兄さんに聞かれても問題ないよ」
「そうなの?僕は気になるんだけど」
「お兄さんがどう思おうが、この後どういう行動をとろうが、わたしにはどうすることも出来ないの。わたしがお兄さんを気にする必要はないんだよ。わたしはわたしが正しいと思うことをするだけ」
「いやまあ、そうなんだけど」
(変わった子だなあ。会話が微妙にかみ合わないし)
「ところで、なんで僕が攻略者だって知ってたの?」
「お兄さん。第3級なんでしょ」
「・・・うん」
「噂になってる冒険者だからね。一目でわかったよ。そう。お兄さんがあの霧の森ダンジョンを攻略したんだね」
「噂になってるんだ」
「気にしないで。そこまで広がってはいないから。わたし、顔が広くていろいろな情報が入ってくるの」
「そうなんだ。それで僕に何か用?そろそろ路上ギルドって何か教えてくれる?」
「わたし、変な人には声をかけるようにしてるの」
(君に言われたくないけどなあ)
「・・・僕ってそんなに変かな?」
「見た目じゃないよ。雰囲気っていうか。この国の人とは何か違って見えたの」
「まあ。そうだね。山奥育ちだから。魔力ないし」
「魔力ないんだ。珍しいね。でも強いんだ」
「強くはないよ。冒険者だけど」
「じゃあ。そんなお兄さんのために面倒くさいけど路上ギルドの説明するね」
「ありがとう」
「路上ギルドとは、様々な理由で生活ができなくなった貧民の集まりです。路上ギルドは竜神教や貴族あるいは大規模商会などから寄付でご支援頂いています。有難いことに支援者の尽力で教会に井戸を掘って頂いております。そして、教会と協力して貧しい人々の生活を支援したり、質素ですが黒パンや薄いスープなどの食事の配給をしています。わたしたちは教会の周辺や街外れにある貧民街などに粗末な小屋を作って暮らしています。幼い子は貧民街にある教会が建てた孤児院で暮らしています。路上ギルドの目的は主に生活保護と治安維持ですね。子供たちが犯罪に手を染めることを防ぎたいのです。以上です。はぁ。疲れた」
「説明ありがとう。立派なギルドなんだね。ところで路上ギルドって子供しかいないの?」
「もちろん大人もいる。怪我やいろいろな事情で働けなくなった大人たちや老人がね。子供の場合は様々な事情で親がいなくなったりとか。捨て子も多いわね。ここや商業区などに座ってる大人や子供たちは仕事を求めているの。いろいろなギルドの雑用の手伝いなどをね。そうやって私たちは何とか生きているの。そうそう。ここで寄付も受け付けているわ。お兄さん」
「はい。これをどうぞ」
僕は金貨を1枚、彼女に渡した。
「感謝します。さすが第3級ね。ところでお兄さん一人です?」
「うん。見ての通りね」
「冒険者なら仲間欲しくない?紹介するよ」
「んー。今のところいらないかな。もしかして君?」
「わたしじゃないよ。わたしはここで話を聞くという仕事があるから。それに残念ながらわたしが探し求めている人はあなたじゃなかったみたいだし」
「そうなんだ。仲間が欲しくなったら君に頼むよ」
「うん。なるべく早くしてね」
「どうして?」
「お兄さんに紹介したい子たちにも生活があるの」
「なるほど。仲間のことはなるべく早く結論を出すよ」
「うん。そうしてくれると助かるよ。そうそう。お兄さん。わたし、何でも相談に乗るよ」
「相談?」
「はい。それが私のお仕事だから」
「うーん。そうだね。じゃあトイレのある宿屋を教えてよ」
「それなら。冒険者ギルドの正面にある宿屋がおすすめね。そこそこの宿よ。これから王都で仕事をするんでしょ?」
「まあね。ありがと。そこにするよ。それで相談料はお幾らかな?」
「今回はタダでいいわ。寄付してもらったからね」
「そうかい。ありがと」
「そういえば、連れはどうしたの?」
「連れ?」
(んん?もしかしてドッペルゲンガーと一緒にいたという獣人のことかな?そんなことまで知っているのか。すごいなこの子。とりあえず、適当に答えてみるか)
「ああ。ちょっと今は別行動だよ。いろいろあってね」
「そう。それは残念。挨拶したかったのに」
「まあ。そのうち会えるかもしれないね」
「うん。会えることを楽しみにしてる。そうそう。お兄さんが見てたこの白い紐は路上ギルド証ですよ」
「そうでしたか」
視線には気を付けよう。
彼女と別れて宿屋に向かった。
路上ギルドのアーシェに紹介してもらった宿屋は、王都だけあってさすがにそこそこ広くて立派な部屋だった。
気を使ってくれたようで高級宿屋ではなく、そこそこの宿屋らしかったけど十分だった。
お風呂はなかったけど。
久しぶりにホットポーション球を作り、ゆっくりお風呂を楽しんだ。
晩御飯を買いに行くのが面倒くさかったので、買っておいた保存食をポーションで流し込んで寝た。
久しぶりにポーションがぶ飲みしちゃったな。
もはや、お茶感覚でおいしくなって来た。
次の日。早速仕事をしようと冒険者ギルドに行き、王都の依頼を確認することにした。
王都冒険者ギルドは宿屋の目の前だから楽だな。
冒険者ギルドに行くと朝からたくさんの人が中にいた。
冒険者ギルドの内部の造りは、グリーンウイロウとほぼ同じだった。規模が違うけど。
冒険者ギルドの掲示板の前に立ち、依頼を探す。
(常設でポーション用の薬草依頼採取があるのか。あとは獣肉も常時買取してくれると。特定の魔獣の部位の納入とか魔道具に使う材料の採取もある。いろいろあって迷うけど、新人は薬草採取からだよね。野草知識もばっちりだし)
受付で薬草の採取場所を聞いて冒険者ギルドから出た。
僕は薬草採取に行くため王都の正門に向かっていると、正門の近くにまた路上ギルドの少女が座っていた。
「あれ?何やってるの?」
「待ってましたよ。お兄さんに依頼をしたいの」
「僕に?どんな依頼?」
「新人冒険者の面倒を見てほしいのよ」
「仲間の紹介じゃなくて依頼なの?でも僕も新人だから新人を教育なんてできないよ」
「何言ってるの。お兄さんはソロのダンジョン攻略者で第3級なのでしょ。一緒に行動してお兄さんの経験をあの子たちに教えてくれればいいの」
「僕の経験かあ。野草の見分け方なら自信をもって教えられるけど」
「それでいいの。あの子たち王都から出たことないから」
「そうなの?まあ、それでいいならやってみるよ」
「お願するね。依頼達成条件はあの子たちが一人前、すなわち第4級になるまで」
「どういう子たちなの?」
「最近路上ギルドを脱退して冒険者になった子たちだよ」
「へえ。そういう選択肢もあるのか」
「そうね。お昼になったら集合するのでまた正門の前に来てくれる?」
「わかった。だったらそれまで王都観光でもするよ。おすすめを教えてくれる?」
「そうだなぁ。でしたら竜神教会を見学するというのはどう?」
「竜神教会か。孤児院を運営してるという」
「うん。立派な建物の教会だよ。本部だから」
「なるほど。ありがとう。相談料はいくら?」
「新人冒険者育成の成功報酬から引いておきます」
「そうなの?ありがとう。それにしても君はずっとここで人と会話をしているの?」
「うん。いろいろな人から話を聞いて、わたしが知らない世界中のいろんなことが知りたいの。わたしの夢は冒険者になって世界中を旅することだから。今はそのための準備期間なの。相棒も見つかってないし」
「おお。それはいい夢だね。ちなみに僕は一般常識を知らなくてね。僕みたいな奴のために君みたいな人がいるんだろうね」
「誰かの力になれるのならうれしいわ」
「しばらく頼らせてもらうよ」
「いつでも頼って。有料ですけどね」
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