第30話 魔狼レッドゴールド

翌朝、僕たちは日の出とともに起床し、ご飯を食べてすぐに出発した。


グリーンウイロウの街からかなり離れたので景色も様変わりしている。


見渡す限り森と平原しかない。


街の周辺以外はまだまだ未開の地のようだ。


休憩中、僕は冒険者ギルドで買ったダンジョン地図を見ていた。


ダンジョン地図は、ダンジョンと近くにある街しか記載されていない、かなり大雑把なものだった。


この地図を見て知ったのだけど、今、僕がいるアルケド王国は、西を向いた人の横顔みたいな形をしており、北部は海に面していた。


僕が最初に立ち寄った街であるグリーンウイロウは、王国の中央部より北に位置しており王都はさらに北にあった。


ダンジョン地図によると王都周辺には3つのダンジョンがあるようだ。


(ちょっと離れているけど、王都を囲むようにあるんだな。どれかに行ってみたいな)


短い休憩が終わり出発した。


護衛の旅の目的地である王都アティスに至る道は、王国を南北に縦断する道のようだ。


その道は、自然の地形に逆らわずにできたようで、曲がりくねっているうえにあまり整備されていなかった。


荷馬車の速度は人の歩く速度とあまり変わらないけど、護衛しながら2時間歩きっぱなしなのはさすがに精神的に疲れる。


山歩きで鍛えた僕なので、体力的にはまだ疲れていない。


仮に疲れたとしても僕にはポーションがある。


他の人の目があるので、リュックから魔道具のひょうたんを出せないけど。


一緒に護衛をしているキングフィッシャーのみなさんは、全然疲れた様子を見せていない。


始まったばかりだし彼らからしてみたら当然のことか。


僕は定位置となった荷馬車の後ろを一人で歩いている。


誰も僕を視界に入れていない。僕は剣帯の魔剣を見る。


僕の腰で揺れている魔剣の長さは全長1mくらいかな。


初めて見た時から気になってたんだけど、魔剣からなんか白いモヤモヤしたものが見えるんですよねえ。


霧状の魔力なんだろうか。


丁度いい機会なので他の人に見られないように、魔剣を華美な装飾がされた鞘から抜いてみる。


半透明な水色の片刃の刀身が出てきた。


鞘から抜いたことで、更に刀身から白いモヤモヤが出ている。


格好いいな。さすが魔剣だ。


ギルマスに何も言われなかったから問題ないのだろう。


他の人たちに見られる前に魔剣を腰の剣帯に戻した。


魔剣と知られないようにしよう。後々面倒ごとになりそうだし。


それと白蛇のバニラさんにもらった白い玉だけど、上空に浮かせておこうと思う。


価値があるかどうかわからないけど、なるべく人目に付かないようにしたい。


物体操作能力の練習にもなる。かもしれない。


みんなの死角になる荷馬車の真後ろに移動し、こっそり白い玉をリュックから取り出し上空に移動させた。


でこぼこの道を歩きながら護衛の旅は続く。




永遠と続く草原と所々に出現する森のある景色の中をのんびり歩きながら、霧のダンジョンでの戦闘を振り返る。


初めての戦闘だったけど案外うまく動けたと思う。

物理結界で防御してるし攻撃は遠距離中心だったので怖くはなかった。

ちょっと慌ててしまったけど。

いざとなればテレポートで逃げられる。

今後も魔獣と近距離で戦うことはないだろう。

せっかくの魔剣も宝の持ち腐れですね。


この世界の冒険者と呼ばれる人たちは、どれくらい強いのだろうか。




そういえば道中、本当に道草を食べていたら、ほかの人たちに驚かれた。


なんでも野草や野菜は生で食べないらしい。


そうなのですか。勉強になります。でも僕は食べますけどね。


野イチゴらしきものも発見できた。こっそり鑑定だ。


めちゃめちゃすっぱかった。




気付くと荷馬車が進んでいる道がもはや道ではなくなっていた。


ただの平原だったり森の中の荷馬車が通れる場所を進んだりしていた。


旅慣れた人がよく見れば馬車や人が通った跡がわかるかもしれないけど、もちろん僕にはわからない。


この道であっているのだろうかと不安になってくる。


すると、そんな僕の顔を見たアーチボルトさんが


「近道を進んでるんだろ。旅する人は独自の地図を持っているもんさ」と教えてくれた。


なるほど。いつの間にか街道をそれていたようです。


そうこうしているうちに二日目も何事もなく日が暮れた。


(ふう。ようやく野営ですか)


まあ、危険なのは夜が始まるこれからだろう。


今回は森の中にある池の近くの開けた場所で野営することになった。


焚火を囲んで食事が始まった。


会話は基本的にキングフィッシャーの皆さんがしている。


「ここらを縄張りに荒らしまわっていた盗賊団が捕まったらしくてな。しばらくは安全かもな」


「そうなんですか」


ドッペルや門番をしてた衛兵さんが参加してた件かな。


「しかし。衛兵も外に出て仕事するんだな」


「あはは。そうだな。傭兵に任せて壁の外には出ないもんだと思ってたぜ」



食後は見張りの順番が来るまで、僕は商人さんたちの護衛の仕事なので気を抜けない。


キングフィッシャーの皆さんは周囲の警戒に行っている。


護衛の仕事は想像以上に大変でした。


焚火の前でぼーっとしていると、商人さんたちがやってきた。


「よろしいですかな」


「はい。どうぞ」


3人で焚火を囲むことになった。


「その剣はハンティングソードですかな。見事な装飾が施されていますな。失礼ですが貴族のご出身ですかな?」


(この魔剣、やっぱり目立ちますね)


「いえ。貴族ではないです。この剣はたまたま手に入れたものです」


「そうでしたか。その若さで魔法を使えて見事な装備を揃えていたものですから。

実力で手に入れたのですね。お見事です」


「いえいえ。自分はまだまだです」


「ご謙遜を。いや流石第3級ということですか」


「そうですな」


まいったな。ドッペルの威光がすごすぎる。


早く格付け《ランク》にあった実力をつけないと。


次の瞬間。


そんな穏やかな雰囲気が一変する警告が放たれた。


「魔獣だ!警戒しろ!」


あの声はガイさんか。僕はすぐさま立ち上がった。


「商人さんたちは荷馬車へ。僕も一緒に行きます」


「はい。お願いします」」


二人を荷馬車まで連れていき周囲を警戒する。


するとキングフィッシャーのメンバーが全員走って戻ってきた。


「セイジ。狼の群れだ。全部で5頭。しかも魔狼入りだ」


「魔狼ですか」


いきなり魔獣か。


すぐさまリュックを地面に置き、円盾を持ち剣帯を装備した。


キングフィッシャーの皆さんもそれぞれファルシオンと丸盾を構えていた。


アーチボルトさんが一瞬考え指示を出した。


「セイジ。魔狼を任せてもいいか」


え。


「はい。何とかやってみます」


「残りの狼は俺らがやる。セイジは時間を稼ぐだけでいい。無理はするなよ」


「はい」


暗い闇の中から狼の集団が現れた。


焚火の明かりが魔狼たちの姿を浮かび上がらせる。 


(でかい。先頭の一頭だけ別格だ)


2mは優にある。魔獣化した狼。


あれが魔狼か。


先頭を歩く魔狼がのそりのそりと近寄ってくる。


完全に姿を現した時、魔狼の眼が赤く輝いた。


後に続く四頭の狼の眼は金色だった。


魔狼の眼を見たキングフィッシャーの人たちが緊迫した空気に包まれた。


そして、誰かの震える声が漏れた。


「レッドゴールド・・・」


レッドゴールド?確か掲示板にあったような。


僕は魔狼レッドゴールドの姿を改めて観察した。


霧の森のダンジョンにいた白毛狼とは威圧感が全然違う。茶色の毛だし。


僕は覚悟を決め、左手に円盾を構えゆっくり前に出る。


魔狼のそばにいる狼たちが唸り声をあげる。


「ふう」


一呼吸入れる。そして初手、発火。


「はっ」


魔狼に向けて放つ。


魔狼に直撃し火の玉が弾け、周囲が一瞬明るくなった。


発火が直撃したが魔狼は微動だにしない。


(効いてない?)


しかし、周りの狼は動揺していた。


僕はすぐさま念動波を四頭の狼たちに叩きこみ、荷馬車から離れるように移動した。


魔狼がついてきた。


よかった。僕の相手をしてくれるようだ。


ちらりとキングフィッシャーさんたちを見ると、念動波で体勢を崩した狼たちに追撃を加えていた。


流石冒険者。判断が的確です。


後は僕が時間を稼いでいれば加勢に来てくれるだろう。


身体強化と予知を全力で発動だ。


魔狼は僕の周りを円を描くようにゆっくり移動している。


警戒してるのか。それとも獲物を狩る前の習性なんだろうか。


魔狼の紅い金眼がギラリと光る。


魔狼が動きを止めた次の瞬間、猛然と跳びかかってきた。


ビシッビシッ


物理結界が悲鳴を上げる。


(うわっ。壊れる。集中しろっ)


気付くと僕は物理結界の中で円盾を前に出していた。


相当びびっていたようだ。危機察知が働いてたせいかな。

 

僕はすぐさまテレポートで魔狼の側面に移動する。


円盾で防ごうとしても僕の筋肉じゃ受け止められず、円盾どころか体ごと吹っ飛ばされていただろうに。


すぐさま結界を張り直し(硬くなれ)と必死に念を込める。


魔狼が不思議そうな感じの唸り声をあげている。


透明な壁にぶつかったんだもんね。そりゃびっくりしますよ。


魔狼は再び僕に襲い掛かってきた。魔狼のでかく鋭い爪が結界に当たる。


ガッ メキッメキッ


(砕けそうだ。まだ防げないか。もっとだ。もっと硬く)


ふたたびテレポートして攻撃をかわすが、魔狼の猛攻が止まらない。


ガギッ ガッ ガッ


何とか耐えているけど、今にも壊れそうだ。


またテレポートで距離を取り、再び結界を張りなおす。


(もっと結界の強度を上げないとだめだ)


魔狼が僕を狙っているおかげで結界が何とかなっているけど、結界を直接狙われたら ひとたまりもないだろう。


近接戦闘になった時点で僕に勝ち目などない。


ふたたび魔狼の攻撃が来る。


結界が破壊される前に魔狼の側面にテレポートし結界を解除する。


「はっ」


魔狼に向けて気合を入れた念動波を放つ。


魔狼に直撃するがやはり微動だにしない。


(これも効かないですか)


しかし、魔狼の警戒がさらに上がったようだ。


今度は透明な攻撃だもんね。全くダメージがないみたいだけど。


警戒してください。魔狼さん。時間を稼ぎたいんです。すると。


「おい!」セイジ!」大丈夫か!」


怒鳴り声をあげてキングフィッシャーの皆さんがやって来てくれた。


魔狼はすぐさま僕たちから距離を取って様子を見ている。


すると魔狼は不利と判断したのか、すぐさま身をひるがえし暗闇の森の中へ消えていった。


(助かった)


途端にものすごい疲労が襲ってきた。


「ん?」


ふと気配を感じ足元を見るとスライム(緑)がいた。


(あれ。スライムがいる)


また緑か。スライム(青)には中々出会えないな。


僕の元にアーチボルトさんが近寄ってきた。


「さすが第3級だな。魔狼を追い返すとは」


「いえ。皆さんが来てくれなかったら危なかったです」


本当に。


「そうか?それにしてもセイジは魔法と盾を使うんだな」


「え。あ。そうですね」


「でも何で剣を使わなかったんだ?」


ただの飾りですとは言えない。剣まで持つと両手ふさがっちゃうし重いし、そもそもまともに剣を振ったことないんです。


「魔狼の動きが速そうでしたし、まずこちらに引き付けようと考えてしまって」


「そうだったのか。足手まといになっちまったか。すまんな」


「いえ。そんなことはないですよ。作戦ですから」


「そうだったな。それにしても魔狼の攻撃を円盾で防ぐとは見た目によらず力強いんだな。感心したぜ」


えっ。見てたんですか。違うんです。結界のおかげなんです。思わず円盾が出てしまっただけなんです。


「・・・はい。上手くさばけて魔狼の力を逃がすことが出来ました。運が良かったです」


「なるほどな。しかしあの魔狼はやばかったな。俺たちだけで遭遇してたら全滅もあり得たな」


「ああ。たぶんあれが討伐依頼の出てた魔狼レッドゴールドだろうな。こんなところにまで現れるとはな」


「そうだな。それにしても見事な体さばきだったぞ。セイジの動きを追えない瞬間があったしな」


「ああ。素人みたいな棒立ちからの高速移動だもんな。さすがだぜ」


「しかも。火と風の攻撃魔法を使うんだもんな。すごすぎるぜ。俺たちのパーティーには攻撃魔法使える奴いないもんな」


「ああ。まったくだぜ。魔法なんて金が掛かって仕方ねえもんな」 


・・・。余裕が無さ過ぎてテレポート使っちゃってたけど、短距離だったから変に思われなかったみたいです。


それにしても素人丸出しでしたか。仕方がないよね。


商人の護衛をしていた残りのメンバーもやってきた。


「さすがだなセイジ。俺たちが狩った狼は、こっちで解体しとくからゆっくりしててくれよ」


「ああ。素材の分配は最初の街に着いてからな」


「はい。ありがとうございます」


「それにしてもセイジ。その剣って儀式用の剣に見えるな」


「そうですね。派手ですもんね」


鞘、替えようかな。


(お腹が減ったな)


僕たちの様子を依頼人の商人たちが遠くから見ていた。



皆で荷馬車の元に戻り商人さんたちにねぎらいを受けた。


僕はあまりの空腹に耐えられず、買っていた乾パンを食べ尽くしてしまった。


村に着いたら補給しよう。


その後は何事もなく朝を迎えることができた。




いよいよ最初の村だ。


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