第28話 護衛依頼
受付のミイさんに教えてもらった宿屋は、冒険者ギルドから少し離れたところにある3階建ての建物だった。
宿屋は骨格が木造、壁は漆喰でやはり緑色をしており、四角い建物だった。
宿屋の受付で一泊分の料金を前払いし、あてがわれた2階の部屋に向かった。
食事は出前を注文する形式だったので、翌日の朝食だけを注文した。
ちなみに出前の料理は、茶色いパンと肉入りシチューにした。
朝が楽しみだ。
部屋は一部屋でベッドと個室トイレと小さな台があるだけだった。
(寝るだけだからこれで十分だな)
トイレを覗いてみたところ、穴があるだけで穴の中のスライムは見えなかった。
いるかどうかはわからないけど。
まだ夕方にもなっていない時間だったけど、すぐ寝ることにした。
寝る前に、ホットポーション風呂にゆっくり入って、ポーションをトイレに流した。
トイレに流しても平気だよね。
体がさっぱりした所でベッドに入って寝た。
この世界に来て初めて安心して寝ることが出来た。
翌朝、起きた僕は一階に降りて受付で出前を受け取り、自室で食事をすることにした。
肉入りシチューも茶色いパンもおいしかった。
途中思い出して、シチューの中に前日買った塩まみれのハムも入れてみた。
食べ物を無駄にしなくてよかった。でも相変わらず塩っ辛い。
そういえばこの世界で初めて泊まった宿だったな。
久しぶりのベッドは硬かったけど、さすがに木の上で寝るよりは遥かに良かった。
部屋の灯り用のランプが有料で貸し出されていたけど、寝るだけだったので借りなかった。
僕には発火能力がある。
発火を維持するのは大変だけど、長時間発動するようなことはないだろう。
何もすることがないのだから。
僕は宿屋を出て冒険者ギルドへ向かった。
今後の方針を決めないといけない。
僕は冒険者ギルドのギルドマスター室を訪れていた。
「朝っぱらから何だ、質問ってのは。俺のところに来る奴なんていねえぞ」
「すいません。いろいろ聞きたいことがありまして。まずはですね。掲示板にあった魔亀のこと何ですが」
「ああ?あれか。俺もよく知らんのだが、とにかく陸上を歩いている海亀には近づくなということらしい」
「海亀?」
「ああ。俺も昔冒険者をやってたんだが、噂すら聞いたことがないがな」
「そうなんですね。気を付けます」
「おう。そうしろ。魔獣だろうしな」
「それでですねギルマス。この近くに街はありますか?」
「なんだ?そんなことも知らんのか?」
「はい。道に迷ってしまって東の山をさまよっていたら、この街に偶然辿り着いたもので」
「禁忌の森をか。よく生きてたな。どんな方向感覚してんだか」
「のっぴきならなかったんです。自分のせいではないんです。そうだ。なぜ禁忌の森って呼ばれているのですか?特に恐ろしくはなかったですが」
「お前の運が良かっただけだ。深き森や
「そうなんですか。全く遭遇しませんでした」
「それにな。昔からの言い伝えか迷信か知らんが、あの場所にはとてつもない力を持った何者かがいるらしいんだ」
「何者か?」
「ああ。昔、その噂の真相を確かめようと腕の立つ冒険者たちが森の奥深くに入っていったんだが、そのまま誰ひとり帰ってこなかった。そんなことが度々あってな。そんな時、当時の権力者や冒険者ギルドの上のほうが何やらどこかと話し合った結果、東の山が禁制領域になって、特別な許可を得た者しか入れないようになったんだ。理由は知らんがな。それで禁忌の森と呼ばれるようになったんだ。禁忌の森のふもとにある深き森も、なるべく奥へ行かないよう冒険者たちに注意を促している。浅いところは大丈夫だがな」
「あのう。禁忌の森にいるという魔女の噂を聞いたんですが」
「それは違うな。魔女はここウイロウ領の南部にある山脈のどこかにいるといわれている。勘違いだろ」
「そうなんですか」
なんだ。姫様の事じゃなかったのか。
「禁忌の森には、おそらく幻獣もしくは神獣がいるといわれている。聖獣や妖獣ってことはないだろうな」
「何も分かっていないということですか。ところで聖獣とか幻獣ってなんですか?」
「お前何にも知らねえんだな。冒険者にとって魔獣の知識は必須だぞ」
「すいません」
「簡単に言えば、聖獣は人と友好的な魔獣。妖獣は逆だ。強さは同レベルだな。幻獣、神獣は手を出しちゃいけない魔獣だ。怒りを買えば巻き添えで国が亡ぶ」
「なるほど。勉強になります」
「ともかく俺は歴史に詳しくなくてな。禁忌の森について詳しく知りたかったら賢い奴に聞いてくれ。話を戻すぞ。近隣の街だが、ここから南に行けば領主直営地の領都ウイロウがある。そもそもこの街は、領都ウイロウが人口増加で市壁内に収まり切れなくなったので、領民たちを移して作られたんだ。この街は代官が治めているがな」
「そうなんですか。ギルマスも南の街に住んでたんですか?」
「おう。そこではサブマスだった」
「出世ですか?」
「うーん。どうだろうな。俺のことはいいんだよ。北に行けばちょっと遠いが王都アティスがある。道中いくつか村があるがな」
「王都ですか」
「ああ。お前ほどの冒険者なら王都へ行ってみたらどうだ。名を上げるもよし。貴族に仕えるもよし。大金を稼ぐもよしだ」
「王都はそんなに仕事の依頼があるんですか」
「まあな。王都だけあって人も多いし、近くにダンジョンもいくつかある」
「ダンジョンですか」
「ああ。霧の森ダンジョンみたいな若いダンジョンじゃないぞ。攻略済みだけじゃなく未攻略のダンジョンもある。そうそう。攻略したらダメな奴もあるから下調べはきちんとしとけよ」
「はい。なぜ攻略したらダメなんですか?」
「ダンジョンにはいろいろ利用価値があってな。管理さえきちんとしていれば崩壊させる必要はないんだ。それに攻略済みのダンジョンにも、まだ見つかっていないお宝が眠っているかもしれないぞ」
「そうなんですか。では王都に行ってみようかと思います」
「ああ。それがいい。まあ、行ってみて合わなかったら、またここに戻ってきたらいい。こき使ってやるから」
「はい。その時はよろしくお願いします」
禁忌の森について王都で調べてみようかな。
姫様のことが何かわかるかもしれない。
僕は早速情報収集のため受付に向かった。
ミイさんが応対してくれた。
「ギルマスとの要件は終わったんですか」
「はい。それでですね。王都へ行こうかと思ってるんですけど、ダンジョンの情報ってありますか?」
「え。セイジ君、王都に行くんですか」
「はい。ギルマスにも勧められましたし、いろいろな場所に行ってみようかと思いまして」
「そうですか。そうですね。セイジ君の実力ならこの街に留まる理由はないですよね。さみしくなりますね」
「またいつか戻ってきます」
「はい。お待ちしてます。あ、ダンジョンの件でしたね。現在までに判明している王国内のダンジョンの場所が載っている地図やそれぞれのダンジョン情報を売っていますよ」
「それでは地図をください」
「はい。冒険者カードで支払いますか?」
冒険者カードでお金を払えるのか。便利な魔道具だ。
僕は冒険者カードで支払い、地図を受け取った。
「どこかダンジョンを踏破するつもりですか?」
「いえ。まだ何も決めてませんよ。それにダンジョンに行くかどうかもわかりません」
「そうなんですか?」
「はい。しばらくはのんびりしたいとます」
「そうですか。それでは私は、ここでセイジ君の活躍のうわさが聞こえてくるのをのんびり待ってますね」
「あはは。何も聞こえてこないと思いますよ。それでは」
「はい。お気をつけて。幸運を祈ってます」
「ありがとうございます」
僕は受付を離れて隣の雑貨屋へ向かった。
雑貨屋で魔剣を差す剣帯などを購入し、外に出ようとしたら今度は受付のルカさんに声を掛けられた。
「あっ。セイジさん。ちょうどよかった」
ピンク髪の人だ。商人風の人達も受付の前にいる。お仕事中かな。
「何ですか?」
「王都へ行くんですよね」
「そうですけど」
僕とミイさんとの会話に聞き耳を立てていたのだろうか。
自分の仕事に集中してください。
「こちらの商人の方々が王都までの護衛依頼を出してまして、ついでにいかがですか?」
商人の人たちに軽く挨拶を受けたので、僕も挨拶を返した。
「僕、護衛やったことないですし一人ですよ?」
「セイジさんの実力なら大丈夫ですよ。護衛対象はこちらのお二方だけですし、道中出てくるのは狼か盗賊くらいです」
「いやいや。複数出てきたら対処できませんよ」
そもそも僕を過大評価しすぎです。ドッペルのせいですね。
「合同ですので大丈夫ですよ」
「合同?ほかの冒険者さんとですか」
僕一人じゃ無かったんですね。勘違いしてました。恥ずかしい。
「はい。経験豊富な方々です」
「はあ。だったら僕は必要ないんじゃ」
「それがですね・・・」
ピンク髪の受付ルカさんが、僕に顔を寄せてきて小声で教えてくれた。
「依頼人さんが現在この街で最高ランクの第3級冒険者を入れてくれと、いまさら言い出しまして」
「はあ」
「何でも高価な荷物を
「なるほど。それで僕に。第3級は他にいないんですか?」
「はい。新しい街ですし、すぐ隣に領主街がありますし、ちょっと遠いですが王都もありますしね。第3級になるような人はどちらかに拠点を移してしまいますよ」
彼女は姿勢を戻し笑顔を僕に向ける。どうするのと訴えている。
「わかりました。その依頼受けます。何事も勉強ですからね」
「ありがとうございます。それでは早速個室で打ち合わせをしましょう。その冒険者さんたち呼んできますね」
「はあ」
僕の予定が勝手に決まっていきます。
冒険者ギルドの個室に護衛依頼の関係者が揃った。
「初めまして。私どもが護衛依頼を出しました商人のアスベルと申します」
「同じく商人のイワンでございます」
「第4級冒険者パーティー『キングフィッシャー』のリーダー。アーチボルトだ。他のメンバーは時間がもったいないので後ほど挨拶をする」
キングフィッシャーの残りのメンバーたちは壁際に立っている。
続いて僕があいさつをしようとした時、
「第3級冒険者のセイジさんです」
と、なぜか受付のルカさんが僕を紹介をしてくれた。
「せいじです。護衛依頼を受けるのは初めてです」
なぜルカさんがいるのだろうか。
依頼の打ち合わせに、ギルド職員さんが同席するのは当たり前のことなのかな。
他の人たちが何も言わないので、そういうものなのかもしれないな。
商人のアスベルさんが話を進める。
「さて。依頼内容ですが王都までの護衛依頼です。途中2か所の村に寄ってもらいます。旅の期間は一週間を予定しております」
「旅のもろもろの準備はどうなってるんだ?」
アーチボルトさんが質問した。
「はい。食事に関してはすべて我々が用意します。寝床に関しては冒険者さんで準備してください。旅の荷物は荷馬車に乗せてもらって構いません」
「魔獣や盗賊に襲われた場合は?」
「基本は討伐をお願いします。戦利品に関してはすべて冒険者さんの取り分ということでかまいません。最悪の場合、積み荷は放棄してかまいませんが、我々の命を最優先でお願いします」
「わかった」
「依頼料ですが、お一人金貨1枚です」
「ほう。相場より高いな。ありがたいが」
「はい。急な依頼ですし、それだけの積み荷ということです」
「条件と依頼料はそれで構わねえ。仕事はきっちりこなす。お前は?セイジだったか」
「それでかまいません。いいですよね。セイジさん」
ルカさん。なぜあなたが答えるのですか。
「はい」
金貨1枚か。相場がわからないけど高いのか。
「それでは旅の詳細な行動計画をお話ししますね。冒険者さん目線の疑問点があれば、その都度質問してください」
王都までの行程や護衛方法の確認を行った。
護衛の指揮は、もちろんアーチボルトさんが担当することになった。
ルカさんは不満そうだったが何も言わなかった。
さすがに護衛初心者に指揮は任せられないですよね。
護衛の勉強をさせていただきます。今後の役に立つことに間違いない。
出発は昼となったのでそれまで各々準備をすることになった。
集合場所は北の方の門を出たところの空き地に決まった。
僕が最初に通った門か。
それにしても、本当に急ですね。
姫の屋敷
姫が椅子に座って何やらぶつぶつ
「ゴーレムを使った新魔法ドッペルゲンガー。なかなかいい感じじゃの。疑似人格も今のところ問題ないようじゃし。疑似人格作成に手間取るかと思うたが案外うまくいったのう。わし天才じゃ。もう少し動かしてみて問題がなかったらあやつに付与してやろうかのう。そうすれば戦略の幅も広がろう。ゴーレムが成長すればより完璧になるのう」
「姫?」
手に資料を持ったメイドが控えていた。
「なんじゃ。今忙しいのじゃが」
「姫が遊んでるドッペルゲンガーですが、いつ旦那様に付与されるのですか?」
「もうちょっと調整が必要なのじゃ。決して遊んではおらぬ。それとあやつは旦那ではない」
「ドッペルゲンガーで遊ぶのに楽しくなってませんか?」
「なっておらんのじゃ。あー忙し忙し」
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