第25話 バニラ

姫様から貰った魔道具の地図によると、もうすぐ霧の森のダンジョンの最深部だ。


ドッペルゲンガーが通ったと思われる跡がそこで途切れている。


慎重に空中を進んでいくと少し森の様子が変わってきた。


木の植生しょくせいが今までと異なっている。


やけに真っすぐな木が群生していた。


地面を見ると木の根が地上に浮きあがっていた。


木が今にも動き出しそうな光景だった。


木もダンジョンの魔力の影響を受けているのだろうか。


しばらく行くと、まるで門のように生えている2本の巨木が僕の前に現れた。


いよいよという感じがする。


はてさて、一体どんな場所なのだろうか。


巨木の間を抜けるとそこは、木がほとんど生えていない湿地帯だった。


霧のせいで遠くまでは見えないが、湿地は周囲の森の木を境界線とした長方形の領域になっていた。


流石ダンジョン。あきらかに不自然な景色だ。


そして、中央に古い巨樹が一本だけ悠然と生えており、その前に巨大な白蛇が巨樹を守るようにとぐろを巻いていた。


巨樹と巨大白蛇。二つの存在に僕は思わず息をのむ。


赤い目をした白蛇が鎌首をもたげ、こちらの様子をうかがっていた。


あれが冊子に書いてあった守護獣なのだろうか。


胴回りが太い。人一人分はあるよ。


それにしても、ドッペルが依り代を持ち帰ったか壊したかしてダンジョンを攻略したはずなのにまだいるのか。


ここが住処なんだろうか。


そもそもドッペルは戦ってないのかな?倒しちゃいけないとか?わからん。


などと入り口で考えていると、なんと白蛇に話しかけられた。


(あなた様は・・・前に来た存在と生命力が同じですね。魔力はないようですが)


「!?」


(びっくりした。でもいきなり戦うことにはならなそうでよかった)


僕は声に出して返事をした。


「前に来た?ドッペルゲンガーのことですか?」


(アレはドッペルゲンガー・・・というのですか)


「僕のそっくりさんです。会ったことないですけど」


(なるほど。あなた様を元に作られた存在ということですか)


「たぶんですけど」


あれ?どうやって意思疎通しているんだ?白蛇がしゃべってるのかな?でも口は閉じたままだ。


赤い舌がチロチロ出入りしてるけど。


白蛇の能力かな?魔法?もしかしてテレパシーか?


(ワタシを退治しに来たのですか?獣人はいないようですが)


「いえ。退治はしないですよ。依頼の仕事があってここに来たのです。獣人とはもともと一緒に行動していないです」(その獣人は姫様のメイドさんかもしれないな)


(依頼ですか)


「はい。依り代の代わりにこの剣を置きに来たんですけど、設置していいですか?」


僕は持っていた剣をかかげて白蛇に見せた。


(かまいません。ダンジョンは崩壊しました。ワタシはもはや守護者ではありません。そもそも何の権限もございません。その剣を中央にある木のうろに納めてください) 


「ありがとう。そうさせてもらいます」


僕は宙に浮いたまま白蛇の横を通り巨樹の根本に移動した。


白蛇はその様子をじっと見ていたが、ふと白蛇が森へ視線を向けた。


(失礼。外へ食事に行ってまいります)


「え?はい。ごゆっくり」


白蛇は巨体を滑らかに動かし湿地を抜け森へ入った。


(ここかな)


巨樹の根元の方のみきに剣がすっぽり収まりそうな空洞が開いていた。


木のうろに剣を設置し、巨樹の根に腰を下ろして休んでいると白蛇が帰ってきた。


(おまたせしました)


「いえ、気にしないでください。僕が勝手にここに来たのですから。ところで、ここはあなたの住処すみかなんですか?」


(今まではそうでした)


「そうなんですか」


(あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか)


「うん。僕の名前は、せいじです。君の名は?」


(ワタシに名はありません。不躾ぶしつけなお願いですがセイジ様。ワタシに名を授けてはいただけませんでしょうか)


「え。僕が?そうだなあ・・・美しい白い鱗・・・白・・・バニラ。うん。君の名はバニラ。どうかな」


(バニラ。ありがとうございます。お礼と言っては何ですが、セイジ様に受け取っていただきたい物がございます)


「何ですか?」


(これにございます)


白蛇は口の中から白い玉を取り出し、長い舌で僕に渡してきた。


僕の拳より大きい丸い物体を受け取ると、それは硬い金属のようだった。


「これは何?金属ですか?」


(ワタシが何十年か前に卵を産んだ際に一緒に出てきました)


「卵?じゃないですよね」


(はい。卵ではございません。魔力を帯びていますので、おそらくワタシの体内で何十年もかけてたまった何かしらの塊かと推測されます)


「そうなんだ。大切な物じゃないの?」


(ワタシには必要ありませんので)


「そう?よくわからないけど貰っておくよ。ありがとう」


(ところで、セイジ様には結界が張られているようですが、誰かの所有物なんでしょうか)


「え?所有物?ああ。ちょっとね。とある姫様に勝手に付与されちゃって。でも所有物ではないですよ。僕も自由の身です」


(そうでしたか。失礼しました)


「気にしないで。そういえばさ、今後ここに冒険者が押し寄せてくるから住処を変えたほうがいいですよ」


(そうでございますね。しかしワタシはずっとここに居たもので外の世界を全く知りません)


「そうなんですか。だったらここの東にある山はどうです?平原を超えた先ですけど」


(東の山でございますか。セイジ様がおっしゃるのであればそうしましょう)


「奥まで人は来ないようだから安全だと思うよ」


(ありがとうございます)


「そこで僕に結界を付与した人やあなたが見た獣人と出会うかもしれないですけど。もし出会っても僕の名を出せば殺されることはないと思いますよ。たぶん。全く根拠はないですけど」


(でしたらワタシにセイジ様の生命力を付与していただけませんか)


「え?ああ。そうですね。目印になるかもですね。それじゃ失礼して」


白蛇のうろこに手を触れ結界を付与してみた。


「これでいいのかな。この結界がどの程度持つのかわからないけど」


(ありがとうございます。十分でございます)


「東の山のふもとまで案内するね。見つからないように暗くなるまでここで待ってようか」


(はい。わざわざワタシのために、何から何までありがとうございます)


日が暮れるまで白蛇の身の上話を聞きながら時間を過ごした。


「もうそろそろ行こうか」


(はい)


「僕が先導するからついてきてください」


(はい)


暗いので明かりをともそう。


僕は発火を発動させそれを操作する。


発火の火の玉を先行させ視界を確保し、僕は空中を飛んで出発した。


ある程度速度を上げても白蛇のバニラは余裕で着いてきている。


「バニラさん。このくらいの速度で行っても平気ですか?」


(はい。セイジ様)


数時間後、僕たちは白群びゃくぐんの森を抜け平原を横切り、深き森を通り禁忌の森のふもとにたどり着いた。


「ここから先なら冒険者と出会うこともないと思うよ。お好きなところにいって過ごしてください。いい場所があるといいですね」


(ありがとうございます。お世話になりました)


白蛇は暗闇の中を躊躇ちゅうちょなく進み、一瞬で森の中に消えていった。


白蛇を見送り、僕は街に帰ることにした。


深き森を抜ける頃には朝になっていた。


(空中を進むとあっという間だな)


街に戻ったら宿を見つけてゆっくり休もう。




後日、霧の森のダンジョンとその周辺で高速で移動する火の玉を見たとの目撃情報が、冒険者ギルドに寄せられることになった。






姫の屋敷


「姫様、旦那様が守護者の白蛇を聖地に放つようです」


「なぬ」


姫は遠見の魔法を発動しセイジと白蛇を探る。


部屋の壁に二人の姿が映し出された。


「まったくセイジの奴め。わしと我が聖地をなんだと思っておるのじゃ」


「いかがなさいますか」


「そうじゃのう。元守護者の白蛇か。中身入りとはレアじゃが。力量はぎりぎり聖獣かのう。弱すぎじゃの。しかし、うーむ。まあ。何かに使えるかもしれんか」


「そうでしょうか」


「適当に仕事を与えて育ててみよ」


「わかりました。近縁種の者を向かわせます。それともう一つ伺いたいことがございます。ドッペルゲンガーはいかがなさいますか?」


「ぬ?・・・。ああ、丁度ゴーレムセイジの中からセイジの生命エネルギーが消えたころじゃの」


「なるほど。旦那様に気付かれることなくゴーレムセイジが行動できますね」


「そうじゃの。旦那じゃないがの」


「そうではなくてですね姫様」


「わかっておる。ゴーレムセイジには別の任務を用意してあるのじゃ。時期が来るまで自由行動じゃ」


「承知しました。リイサにそう伝えます」


メイドは部屋から退出した。


「さて。どうするかのう~」




白蛇が森の奥に進んでいると何者かの気配がしたので進行を止めた。


現れたのはやはり獣人だった。


しかし、霧の森のダンジョンに来た獣人とは別の魔力を持っていた。


しかも、けた違いに強い魔力をまとっていた。


「事情は把握しております。白蛇よ」


(はい)


「あなたの名は?」


(セイジ様よりバニラという名をいただいております)


「そう。ではバニラ。あなた人化の魔法は使える?」


(いえ。使えません)


「そう。だったらすぐ覚えなさい。でなくば姫様に仕えることはできません」


(姫様・・・。セイジ様に結界を付与された方ですか)


「そうよ。よくわかったわね。賢い子は嫌いじゃないわ。

あなたはいずれセイジ様のお手伝いをすることもあるかもしれないわね」


(はい。死ぬ気で精進します)


「ふふ。ついてらっしゃい」




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