宇宙歴1011年 3月04日 AM
エミールは視認で軍艦を補足して、やっと安堵した。
機密データを入れて、後は自動操作に任せるだけ。それだけというのが落ち着かない。正直なところ、無事たどり着きますようにと祈るだけというのが気に入らないのだ。
宇宙港での仕事はライセンスを取ればできるというものじゃない。昼夜関係なく行きかう人と荷物、毎日よそ者が問題を起こす。ずいぶん昔には全自動が流行りもしたが、人間が働いた方がコスト的にいい。
エミールは生まれがよくなく、幼いころから宇宙港で働いていた。大手の輸送会社トロンに入社できたのは独自ルールを把握していたからだ。能力を買われ選ばれたというのに、ボタン一つで終わる仕事は自分が否定されている気分にさせられる。
映像に映る宇宙戦艦、近づくたびにその巨大さに驚いてしまう。ドーム状の船体に、4つの突起物が出ていた。亀のような形、似てしまったから似させてしまおうという意志が見えた。トロンの黄色い貨物船は亀の脇腹あたりに向かい、透明な膜を通過して入って行く。
離発着は宇宙港なら手動でするのが決まりなのだが、ここでは自動に任せないと敵意があるとみされるので触れてはいけない。ボタン一つの呪いはまだ続いている。
同業者の船の横に並べられ、やっと停止する。基本宇宙船は常に動力炉は動きっぱなしなのだが、強制的に電源が消される。緊急電力の青い光に包まれながら船の外に出る。
ドアを開けると白い通路が伸びており、そのまま個室へと向かう事になる。その個室で一週間、小さな部屋で暮らすことになる。荷物とエミール自身の点検のためだ。
何しろ、ここは最前線で戦っている軍艦なのだから当然だ。
戦場で体調不良になったからと言って、持ち場を離れることはできない。事細かに調べられるのは仕方がない。
その名目の元、持ち物をすべて没収されてしまう。
ちゃんと許可を取った荷物から、飲みかけのコークまで徹底的にだ。
エミールは社内で、軽いイジメのような事を受けていた。大手の輸送会社だ、有名な大学を卒業してきたエリートばかり、高校にも通っていない下層市民など煙たがって当然だろう。エリート様のお上品な御イジメ様は、しばらく気づかない程度ではあったが。
だが、前線で戦う軍艦に物資を運ぶという事がどういうことなのか理解できていなかったエミールは、このことに関してだけは少々面食らったのは否めない。
「よぉ、エミール」
白い通路に軍人が立っていた。何度も軍艦に物資を運んでいたが、こんなことは初めてでエミールは驚いた。
「少し話せないか?」
「もちろん、喜んで」
白い世界から出る扉を抜けると、灰色に変わった。ツナギを着た男たちが通り過ぎて行き、そのまま宇宙船ドックを見下ろせる通路で立ち止まった。
手すりに体を預けながら、煙草を差し出してきた。
「どうだい?」
「もらうよ」
彼は火をつけてくれ、エミールは煙を飲み込む。
「もしかして地球産?」
「いいね、贅沢を知っている」
「上に気に入られるのが俺の仕事だからね」
太陽と土で育てられたのだろう雑味が複雑だ。この味がうまいと言えるほどエミールは年を取っていなかった。
「えっと確か、最初に顔を合わせてくれた軍人さんだよな」
「ああ、アケビだ。お前のおかげで出世したんだよ。お礼も兼ねてな」
間抜けなエミールは、初めての仕事ですべての私物を奪われた。
だから言ってやったのだ「物資の金を寄こせ。さもなくば・・・二度と来ない」と。
その時姿を見せたのが、20代前半らしき男だった。明るい金髪で、黒い目をしていた。彼は多めのチップと、紙屑をエミールに握らせた。その紙屑には、欲しいものリストが書かれていた。
コロニーに戻るとすぐさま物資を購入、傾向から欲しいだろう物も多めに集めた。御イジメ様のおかげでしばらくはこの軍艦の担当だったので、ああ、つらいつらい、なんてわざとらしい表情を浮かべながら再び向かった。
当然私物はすべて没収。そして個室に通されるのだが、そこには書類が置かれていた。その中には市場より3倍の電子マネーと欲しいものリストが紙の書類として渡された。もちろん書類は暗記して、その日のうちに焼いた。
そのようなことを、すでに10回ほど行っている。同僚からは軍人に目を付けられたぐらいに思っていないようだが、すでに一生遊んで行けるぐらいの貯蓄は得ていた。
「なぁ、エミール。どう思う?」
アケビは船の整備をしている男たちに目を向けた。
エミールは苦笑する。もう、露骨に軍事機密の漏洩だ。正直、ここに来たことを後悔していた。
「ルーラっていう、俺の友人がいる。生真面目さだけが取り柄の、ピュアな奴さ。誰からも信用されている奴だったんだがな、ほら、あそこで談笑してるのがルーラさ」
どこの誰だかはわからなかったが、言いたいことは理解した。
整備兵、など誰もいない。誰もが手を止め談笑、もしくはカードゲームなどをしていた。口には煙草、傍らには酒が置いてある。
「この船は増改築を繰り返して100年近くここにある。能力もない、コネもない、そういう奴は前線に送られる」
宇宙港なら毎日2人か3人、誰かが死んでいる。下手すりゃ数百人だ。ここでは、そうではないようだ。
「煙草とか食い物は、まぁ何とかなる。だけど、アッチの方はどうしてもな」
「わかるさ、俺だって男だ」
笑いながら煙を吹かす。
「外はすげぇな。まるで、その、マジで女を抱いてるみたいじゃねぇか。バーチャルリアリティって言うのか?」
「久々に聞いたよ、そういうの」
電脳世界にフルダイブ技術は遥か昔から存在した。
しかし多くのトラブルが起きた。脳死してしまう、一ヵ月ログインし続け餓死する、現実より電脳世界がリアルになってしまった者もいる。電脳世界で作られた人工知能に対しての人権、人間が人間を作るなど神への冒涜であるとも。最も苛烈だったのが機械によって人類は支配されると暴動が起きたことだろう。政治に宗教の弾圧、売れない商品に研究費を出す必要もないと段々と衰退していった。
そして、結局落ち着いたのがアダルト商品としての需要だ。これもまた男女の営みの妨げになると忌避されており、違法ギリギリの商品でもある。
「おかげさんで俺は出世。ここじゃ、階級はあんまり関係ないからな。だけど、ま、いろいろと面倒なことになっちまってな」
そう言って、いつもの書類を差し出した。
エミールはそれを受け取れなかった。勘が告げている、この書類は受け取るべきじゃないと。
「中身は、この船で自給自足していた小説やら映画に歌だな。外に出してやってくれ」
「信じろと?」
「ああ、信じろ」
そう言って笑みを浮かべた。
「本当に外に出したいもんがあるらしい。ヤバくて、かなりの数らしい。お前が捕まって、はい、終わりってことになってもらうと困るんだとよ」
そしてエミールの肩を叩いた。
「お前が捕まって困るのは俺も一緒だ。だから忠告しておく、引き際だ。お前の持ってきたもんがエロすぎんだよ。見て見ろよ、プラスチックで作ったカードで遊んでんだぜ。ここで生まれ育った連中が8割だ。アホみたいに広がって、さすがに見て見ぬフリができなくなりつつある。これは依頼料だ。新しい儲け話さ。お前ならわかるだろ?」
アケビがなんでエミールの前に現れたのか、やっと理解した。
要するに、こう言って欲しい訳だ「いい儲け話を教えてやるよ、俺はこれで大儲けさ!」と。そして「ここだけの話、誰にも言うなよ?」と付け加えれば明日にでも宇宙港全土に広がっているだろう。
「このデータはこちら側からすると、手切れ金のつもりさ。現金だと味を占めて脅してくるかもしれないと思ってのな。必要がないってんなら、受け取らなくてもいいさ」
「ああ、依頼の仕事は金になる。それだけで十分だ」
「お前がそういう奴で助かる」
情報量だけで莫大な金を得ることができる。うまく立ち回らなけりゃ宇宙港に新しい死体が生まれることになるが、エミールはこの情報の処理の仕方をよく知っている。
エミールが儲け話を広めれば、金に目がくらんだ連中が多く現れるだろう。エミールと同じように大儲けする奴もいるだろうが、捕まる奴も出てくるだろう。
そして、金になるのならと危険を承知で、持ち出してほしい危険なデータを外に出す者も現れる事だろう。
「捕まる奴もいれば、上手く行く奴もいる、か」
「お前マジで頭いいな」
アケビは笑みを浮かべた。
「要人用の部屋を使ってくれ」
「要人用って・・・いいのかよ」
「少なくとも30年は予定がないんだ、使ってやってくれ」
アケビも善良な兵士ではないらしく、エミールも話すのが好きなので何となく話を続けた。
突如サイレンが鳴り響いた。
エミールはもちろん、アケビさえも呆然とした表情を浮かべていた。呆然とした後、騒然とし始めた。
激しい振動の後、一瞬暗闇に包まれた。
復旧した電源の中、通路を守っていたフィルムが裂けんばかりに膨れていた。
そして、エミールの目の前に白い布で包まれた巨人が現れた。
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