宇宙歴1010年 7月10日


 宇宙歴1010年 7月10日


 第三者委員会なる組織が設立され、マリア・グレーメン艦からもたらされたデータを解析することとなった。

 本当なら世界学術学会で分析されるべき事案なのだが、国にとって都合のいいことを進言するだけの御用学者ばかりで、まともな分析などできないのだ。

 この第三者委員会での結果を上に伝え「我々も同じ意見だ」というのが世界学術学会の仕事となる。

 各国から千人程人が集められ、その代表の10人の学者が顔を合わせた。彼らは人型ロボットの映像を眺めていた。

「さて、これは、さすがは帝国、と言ったところですかな」

 議長のハオランはそう呟いた。

 今年で80歳になる男だが、その見た目は50代ほどにしか見えない。

 人類の平均年齢は100歳なので、まだ十分現役だ。

「SPが操作不能に陥っていますな」

「電波妨害、とか、でしょうかね?」

「こちらの操作が出来なくなったということは、そうなんでしょうな」

 ここに集められた10名は、言ってしまえば地球サイドの唯一の希望だ。

 その希望は、ただただ困惑してその様子を見るしかなかった。

「これは、我々の仕事ではないですな」

「この中にSF作家の友人を持っている人いるか?」

 ハオランの軽口に、小さな笑いが起きる。

 正直なところ、笑うしかない。

「立派なゲームチェンジャーですな。これは数百年続いた戦いの歴史が、変わるかもしれん」

「血の流れない戦争が、終わるということですかな」

「それ以外ないでしょう」

 学者たちは思いつたことを意志疎通のために発言し始めた。

「遠隔操作の電波を無効する技術を、帝国は発明した。こうなっては、スペースポットでの戦いできない」

「誘導砲弾も無効化されていますな」

「これからは視認距離での撃ち合いが主になるのですかな。世界で最も安全な場所と呼ばれていた場所が、そうでもなくなりそうですね」

 レーダーが届く範囲に敵を確認したのなら、雨あられのようにミサイルの雨が降り注ぐ。故に戦場となるのは基本的にレーダー外の遠距離となる。

 偵察機で軍艦を見つけ合うのが戦争の在り方となる。スペースポットは元来偵察機だったのだが、そこに武器を持たせ戦わせ始めたことから始まった。

 偵察機同士の戦いが始まった。

 初めこそ有人偵察機もあったが、ルーターを通して距離を伸ばした遠隔操作を無数に行った方が安全なので、自然とそちらに移っていった。

 運悪く軍艦が発見されれば早々に降伏する。抵抗など無駄であり、逃亡が可能ならとっくに逃げている。

 結果、最前線でありながら最も安全場所が軍艦という皮肉になっている。

「見てみたまえ、ライフル銃のようなものを持っている。これは誘導弾ではなく、まっすぐ飛ばすための筒だろう」

「つまりは、自分たちの誘導性も失われる、という訳ね」

「なら、このロボットはどうやって動かしているのですかな」

 ハオランの言葉に、そう、数百年起きなかった時代の幕開けとなる答えがあった。

「中に、パイロットがいるのでしょうな」

 事の重大性に、学者たちは押し黙った。

 今までは遠隔操作での戦いだったおかげで、死人の出ない争い数百年も続いていた。いや、死人が出ないからこそダラダラと何百年も続けられたと言ってもいい。

「もともと帝国の技術は、我々が口を出せるものではない」

「むしろ学者としては、“闇の海”について最新情報が知りたいですがな」

 人類は未だに太陽系から脱出することができていない。

 太陽系の外は、常識が通用しない。相対性理論が狂っているのだ。何もない場所から物質が現れ、突然物質が消滅する。外宇宙を“闇の海”と名付け、今も研究していた。

 帝国の前進となったコロニー群は、その海の研究機関の学者たちなのだ。

 そして戦争中のため、最新情報が数百年入ってこない状況なのだ。学者としては、戦争よりよっぽど頭の痛い事だった。

「さて、このロボット。潜水服は何故ロボットでなくてはいけなかったのかな」

 潜水服、ああなるほどと学者たちは納得した。

 全身は白い布のようなものに包まれ、遥か昔の宇宙服に似ていたが、頭は更に古い古い潜水服に似ていた。

「電波妨害の装置が、大きいのでしょうか。10メートルの大きさじゃなければ詰め込めなかったとか」

 作業用なら全長千メートルはある巨大ロボットも、人の手足に装着する小型パワードスーツもある。

 その中で選ばれたのが、この10メートルだ。

「なんで手足があるんだ? 陸戦ならまだしも、ワシなら球体にする」

「陸戦もできる、という事でしょうな」

「陸戦? 無理だ。重力下で巨大ロボットは操縦できない。馬鹿みたいに何度も実験したではないか」

 重力下で二足歩行の巨大兵器は不可能だと結論が出ている。歩く上下運動で、コックピット内の人間は失神するのだ。

「大体だ、なぜすべてできる兵器を作る必要がある? 宇宙戦なら宇宙戦用の兵器。陸なら陸の兵器でいいはずだ」

 まだSPが開発される前の話、作業用として考案された機械をどうにか軍事用に転用できないかと実験を繰り返していた時があった。その結果、遠隔操作が一番現実的だった。それも強力な電波妨害で使い物にならなくなるのだが。

 陸戦は人間が銃を持って突撃するのが一番現実的という、第一次世界大戦レベルにまで落ちてしまっていた。

「申し訳ない、専門ではなくてわからないのですが、スペースポットもジャミングで無効化できないのですか?」

「強力な電波妨害は狭い範囲でなければいけないのですよ。地球では国境という狭い枠組みだから効果的なんですよ」

 宇宙戦の規模の大きさに何人かがため息をついた。

「つまり、その、広大なジャミングを帝国は作り上げたという事ですか?」

「更に言うなら、もしかすると自分たちだけは妨害されず遠隔操作をしている可能性だってる」

 こりゃダメだと学者たちは頭を振るった。

「話を戻すと、手足があるという事は陸で戦う事を想定している。陸は陸、宇宙は宇宙で分けた方がいいにもかかわらずだ」

「少数精鋭という考え方なのですかな・・・戦果を見るに、たった5人で我らが軍艦を拿捕してしまった」

「対処法は、SF作家に尋ねるのがはやそうだ」

 今度は笑う元気もなかった。

「どちらにせよ、見ての感想しか言えませんわな」

「上はこれと同じものを再現せよって言ってきますよ」

「再現不可能であることをぼかした論文を送ってやれ」

「無理だ、の一言で終わるな。学生たちに読ませる教科書レベルの基礎を織り交ぜて、分厚くしたらいい。いつもわたくしどもはそうしている」

 ハオランは頭を抱える。

「世界一の学者たちも、それで学生ぐらいの知識を得られるといいがな」

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