第二章 災禍の稀人




 この地には神掛かみがかりと呼ばれ、龍の神に仕える巫女があるのだと言う。神仏への信仰が薄く、無頼人という気質タチのザンカだが、昨晩森で見たサザメがそう呼ばれていたのを聞いて、確かに“そうなのだと”いう実感があった。

 薄暗い岩屋の壁にもたれかかり、深く被った黒炭色の三度笠の縁を持ち上げる。日が昇り始め草木の朝露が陽光を返すと、滑らかに滴り落ちて飛沫になって地へと帰っていく。やがて立ち昇る朝靄が夜明けの薫りを運んできて、ザンカは岩屋の外に向けて目を眇めた。

「朝か」

 呟いたザンカは岩屋を塞ぐ鉄格子の向こうに見える太陽を眺め、ふぁと小さく欠伸をする。昨晩、サザメの引き連れてきた僧達によってザンカは災禍を起こす不吉と見なされこの岩屋の牢に投獄される運びとなった。

「不吉か。確か昨日武具屋の店主にも同じような事を言われたな」

 思い起こされるは妖刀との繋がりが災いを寄せ付けると言う話だ。まさかと思う反面、昨日は妖刀持ちの盗賊にも斬り合っている。知らぬだけで世にはまだ尋常ならざる因果があるのかもしれなかった。

 だとすれば、サザメや里の者達に迷惑を掛ける前にここを去るのが道理だろう。

「……む」

 考えていると、草履が土を踏む音が聞こえてきた。

 数人の僧とその先頭に長身の白い道衣の人物がこちらへと向かってきていた。見知った顔は無い。恐らくは己の沙汰を告げに来たのだと察する。牢の前に立った白い道衣を纏う人物の顔は白い四方形の布で隠されており、男か女かすら分からない。この里においては何か意味のある風習程度にザンカは受け止める。

「無頼人、お主の放免が決定された」

 程なくして長身の白い道衣の人物が低い声で告げると、同伴していた僧の一人に牢を開けるよう指示した。ごとり、と鉄格子の大きな錠が地面へと落ち、格子が開かれた。

「里の者は無事か」

 色々と聞きたい事はあるが、まずはあの後里に盗賊団による被害が無いのかを確かめたかった。此度に件が、よもやとは思うものの自らが招いたかもしれなかったからだ。

「里の者はみな無事だ。しかし問題が色々と生じておる」

 白衣の人物はただそう告げるのみだった。

 恐らくはその問題に己れも含まれているのだろうと推察する。どういった経緯かは分からないが、ひとまず己れには大きな危険は無いと思われたのだろうか。牢から出て周囲を確認していると嫌な気配を感じた。

 視線を左へと動かし、そこに立つ僧を見やる。いつのまにかその手には鉄棍が握られていた。

 直後、他の僧達も鉄棍を取り出してザンカを取り囲む。警戒しているのだろう。だとしてもそれなら何故己れを牢から出したのだろうか、分からない。

「すまぬ、どう言う事だろうか」

 白衣の人物に向け問い掛けるが、答えは無い。僧達からは今にも仕掛けて来そうな剣呑とした空気が満ちつつあった。

 今のザンカは帯刀していない。当然の事だが牢に入れられる際に取り上げられている。もし戦闘となれば不利には違いない。かと言って彼らを傷つけてまで逃げ出そうとは思えなかった。

「まぁ疑われて然るべきか。好きに調べるといい」

 両手を上げて恭順の意を示す。僧達は互いに顔を見合わせ、そこには困惑の色が滲み出ていた。

「ふむ」

 声を発したのは白衣の人物だった。こちらの挙動に何やら得心がいった様子で白布の下で顎を摩っている。

「やはりサザメ様の言っていた通りか。貴女は危険な者ではないようだ」

「サザメが?」

「うむ。昨晩の盗賊団の騒ぎの後お主の沙汰を巡って話し合いが行われたのだ。というのも────」

 白衣の人物は僧達の警戒を解き、己れが牢に入れられる切っ掛けとなったこの里の伝承について語った。

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