拾弐



「これが……妖刀の力か! すげぇ、すげぇぞ!」

 携えた太刀から伝う魔を身体に取り込みながらサコンが歓喜の声で叫ぶ。際限無く流れ込む魔によってサコンの肉体すら変質を始め、筋骨の肥大化と額に第三の眼が開く。サコンの肉体は完全に人外へと至りより強大さを増した体躯でザンカを見下ろす。

 変わって──サコンを見上げるザンカはただ静かにされど内に怒りを抱いていた。

 魔生。即ち魔に生きる者の事をそう呼ぶ。

 ザンカはサコンの手に握られた『妖刀』を見て舌を打つ。

 彼女は知っていた、妖刀というモノを。それを使う人間の事を。あれ、、を見れば嫌でも呼び起こされてしまうものだ。

「……馬鹿な事を」

 呟いて刀の柄に唾をくれてザンカが構えるとサコンが嘲笑した。

「おいおいおいおいおい、お前まだ戦う気があるのかよ? ぶははっ馬鹿だぜ!! 見ろ、この俺の体を! 圧倒的なまでの力が体内を渦巻いているのが分かる……これが妖刀の力……ヤツには感謝するぜェェ……」

 魔の与える力に呑み込まれつつあるのかサコンの瞳の焦点は定まっていなかった。

「お前に妖刀を渡したのは誰だ」

「答えると思ってんのか? てめぇはぶち殺す、龍脈の里にある財宝も手に入れてやるのさ……それが、俺の、いや、この刀が望んでいる────がぁぁぁッ!」

「魔に呑まれたか──来い」

 言ってザンカの表情から色が消える。腰を低く落とし、抜き身の大刀を逆手に構える。

 居合にも似た防御姿勢に対しサコンは自らの力だけを恃みにする大上段の構えで相対した。

 客観的に見れば乳飲児と大人ほどに体躯の差は歴然である。ましてサコンの凶暴さに加え妖刀の魔を取り込み人間では無くなり超常の肉体へと変質を遂げている。

 だが……男は亡失していた。

 今の今まで、彼女が刀を一度も振るっていないという事を。

「────死ねェェェッッ!!」

 理性の一欠片も無い絶叫と共にサコンが太刀を振り下ろす。先刻とは比べるまでも無く速度を増した一撃がザンカの真上に迫る。避ける間など無い。超重速、絶命必死の一撃であった。

 あまりの威力に太刀が振り下ろされた直後に地面を砕き砂塵が巻き上がり周囲の視界が遮られる。砕かれた地面は歪んだ円形の窪みを作っていたが、男は今の一撃に違和感を覚えていた。それが錯覚であれば良かったが男は人斬りである、人を斬った感触であれば身体に刻み込まれておりそれを紛う事など無い。それはつまり────今の一撃は躱されていた事を示していた。

 サコンが砂塵の中を凝視しようと目を向けた瞬間、鈍くひらめく光があって──視界が割れた。

「は────え、?」

 何が起きたのか理解出来ず、サコンは間抜けな声を漏らしていた。それが自分の声である事すら分かってはおらず、必死に思考を巡らそうとするが考えようとすればするほど思考の崩壊は加速していく。そして、舞い落ちる砂塵の中に立つ黒炭色の三度笠を見て漸く理解する。

 ──死ぬのか……俺は!? 

 窪みの中心に立つザンカが大刀に血振をくれてサコンを睥睨していた。その眼は酷く憐れなものを見る眼であり、同時にサコンに一つの噂話の一片を思い出させた。

『黒笠の無頼人は羅刹である』

 それは幾十年と語り継がれてきた伝承じみた噂。どれだけ昔から存在していたのかすら覚えている人間もいない。残火の様にいつまでと燻り燃え続けている。そんな噂話だ。

 崩壊していく自我と思考の渦中でサコンはザンカの姿をはっきりと捉え、その姿に噂話の羅刹を重ねながら頽れる。

「……ら……せ…………つ」

 その一言を最後にサコンは絶命した。

「外法に身を染めた奴に言われたくない」

 何一つの感慨も抱かない冷めた一瞥をサコンに向け、ザンカは刀を鞘へと収めると、小さく首を動かして周囲を確認する。


 サコンに続く賊の列は無かった。先んじてザンカの妨害工作に嵌まった賊への処遇については里に戻った後考えればいい。

 ────一先ずの危機は去った。

 ザンカが短く息を吐いて戦闘態勢を解いた瞬間、森の中から近付いてくる音があった。

 ざりざりと地面を擦る音は五つばかし、しかし鎧や刀剣の鞘がぶつかる音は無い。

「──!」

 ぼぅ、と輪郭が顕になった音の主である集団はザンカの姿を見留めるなり驚いた表情を浮かべると同時、手に持った木製の棍を構える。ザンカの前に現れた四人は修行僧の様な服装で全員が一様に剃髪である。

「貴様何者だ!」

 ──里の者か、けど音が一つ足りないな。考えつつザンカは戦闘の意思が無い事を伝えるため刀を地面に置き両手を上げて見せる。

「やめよ!」

 直後、後方から響いた一喝によってザンカへの警戒は解かれた。

 四人の僧侶達の奥から二人の人間を連れて赤と白の装束に身を包んだ少女が現れる。その姿を見留めたザンカはまだ見知ったばかりの少女の名を呼んだ。

「……サザメ」

 彼女が前へと進み出ると周囲の僧侶達は彼女の為に道を開け跪く。昼間の元気な少女とは変わり荘厳さすら覚える雰囲気にザンカでさえ息を呑む。何か発言を許されないそんな空気があった。

 少女は静かに瞑目した後、ゆっくりと目を開きザンカを見据えて告げる。

「旅の者よ。この地を血で穢した罰を受けてもらう────捕らえよ」

「はっ!」

 四人の僧侶達がザンカを棍を持って取り囲み両手を枷で拘束する。ザンカが抵抗しなかったのはそれが少女の本意では無いと分かっていたからだった。

 少女の声が僅かに震えている事にザンカだけが気付いていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る