拾壱



 伝ってきた汗を舐め、ザンカは先刻の突きの威力を鑑みる。一点集中である刺突の一撃は真正面から受ければ重い、、だろう。しかしザンカは咄嗟と言えどいなした、だと言うのにいなしたはずの一撃はまるで弩砲を受け止めたかの様な痺れを左腕に残していた。

 サコンの体格と膂力による部分もあるが何より扱う得物にこそ注意を払うべきだ、ザンカはサコンが軽々と扱っている刀に視線を動かす。

 巨漢の振るう刀はザンカの大刀よりも分厚く長大な形状しており斬ると言うよりも叩き潰す機能に特化した『太刀』である。まともに打ち合えばザンカが押し負ける事は必至。

 無頼としてのザンカが取るべき最善の一手は『戦わない』事だが────

「──良し。やろう」

 自らに喝を入れ脚に力を込めて前へと踏み出す。サコンの巨体と太刀によって成される間合いは極めて広い。間合いの外側に近い位置にいるほど一方的に強烈な一撃を叩き込まれるだけだ。故にザンカは前進していた。

 踏み込んだと同時、左側から太刀が振り下ろされたのを見る。しかしザンカは止まらない。

ッ!」

 歩法を変えたザンカに一瞬にして斬撃の内側へと潜り込まれ、サコンが舌打ちした。

「ちっ、縮地か」

 間合いの内に入られながらもサコンには焦った様子などまるで無い。

 ごぅと風を纏って放たれた拳がザンカの胴を狙う、サコンは尚も迫るザンカに向けて左腕を突き出していた。

 されど、ザンカは胴を捻りながら地を蹴って飛び上がりこれを回避する。そしてサコンの腕を足場にして更に跳ぶ。僅か二手の内にザンカはサコンと肉薄する程に接近していた。次の一手でサコンの側頭部へと膝を打ち込み気絶させる、ザンカが左膝を持ち上げた瞬間だった。

「────ッ!?」

 空中で突然両手を拘束され宙吊りになったザンカを困惑が襲った。

「ざぁーんねんでした!」

 下卑た笑い声と共に発された言葉にザンカは己が未熟さを痛感して奥歯を噛み締める。

 悔しさに震えるザンカを見てサコンが自慢げに語り始めた。

「お前みたいに跳ね回る奴とは何度も戦ってきたからなァ。そういう奴は分かりやすい隙を用意してやるとこんな簡単に引っ掛かりやがるんだからマヌケ過ぎて泣けてくるぜェ」

 ぶははは、とひとしきり笑った後サコンがすっと表情を変えると同時ザンカの頬に衝撃が奔り、じんわりと広がる痛みと共にそれがサコンの放った平手打ちだと遅れて気付いた。

「おい何とか言えよ。ごめんなさぃ〜とか命だけはぁ〜とかよぉ、おら言えよ」

 言いながら何度も平手打ちをサコンが振るう。その度、ザンカの視界が揺らぐが瞳は目の前の男をしっかりと睨み付けていた。

「……もう勝ったつもりか?」

「あ?」

 サコンがザンカの眼に苛立ちを覚え今度は平手では無く岩の様な拳を握った瞬間。ザンカが三度笠に貼られた札起動させ────閃光。

 夜の森に太陽が落ちたかの様な強烈な白い光がザンカとサコンの立つ場所を起点に周囲へと溢れ返った。

「ぬぐぁあぁッッ!?」

 無防備な状態で閃光に目を焼かれたサコンが苦悶の声を上げてザンカの身体を手放す。宙吊りから解放されたザンカは軽やかに着地するとゆっくりと瞳を開いた。

 閃光の札は強力だがじきに慣れる、、、、、、、ザンカは刀を拾い上げ後方を見やる。そちらは賊達が進んでいった方向であり里に続く獣道があった。

 前方では視界を取り戻しつつあるサコンが怒声を放つ。

「この野郎ォ舐めたマネばかりしやがってぶち殺してやるぞォォ!!」

 サコンが太刀を振り回し周囲の木々を薙ぎ倒す、尋常では無い膂力を振るうサコンの姿にザンカはかつて戦った『鬼』を想起した。

 技では優っても生命としての基準が違う相手である。やはり戦い方は選ばなければならない。

 ──ならば。

「逃げるつもりかァ! 逃がすわけがねぇだろォォッ!」

 背を向けて走り出したザンカを追いかけサコンも足を動かす。ザンカは背後に響く地鳴りの様な足音を聞きながら迷い無く森の中を駆けていく。

 前方の視界に一本の木が映り、ザンカはその手前でその木を目掛けて跳び上がる。足音は間近に迫っていた。

「木の上に上がろうがんなモン関係ねぇぞオラァッ!」

 サコンがザンカの登った木を太刀で斬りつけると同時、ザンカは木から離れる様に飛び退く。

「ちょこまかしやがって──! むぅ!?」

 サコンは自らの足元に違和感を覚えて視線を下に向けた。そこには足首に巻きついた一本の鎖が───────。

 瞬間、サコンの身体に向かって無数の意志を持った鎖がどこからともなく襲いかかる。

「なんッだ──!? クソがッ!」

 道中ザンカが貼り付けていた札の一つ〈縛〉の札が貼られた木が今サコンが斬ったモノだった。効果としては然程強力な部類では無いが人間の範疇に収まる相手に対してはほぼ絶対的な拘束が出来る。

 巻きつかれながらも止めどなく迫る鎖を叩き落すサコンであったが次第に脚を腕を封じられ抵抗する術を失うと全身を鎖で固められ、完全に身動きを取れなくなりその場に拘束された。

「さて……」

 鉄鎖で縛られたサコンの前に立ち、ザンカはその巨体を見上げる。頭部だけは鎖による拘束はされていない為、サコンが憤怒の表情でザンカを見下ろしていた。

「くそったれがァ……!」

 鎖を引きちぎろうと力を込めているのだろう。顔を真っ赤に染めていたが、〈縛〉の札は対象が抵抗する程拘束力を強める。それを敢えて教える必要もないが、とザンカは溜息を吐く。

「人斬りサコン、なにゆえあの里を狙う?」

「へっ……そんなに知りてぇかよ? ならこの拘束を解くんだな」

「誘い文句にしてもつまらん。いいから答えろ」

 戯言とザンカが斬り捨てると、サコンの態度が変わった。何かに取り憑かれたかの様に虚ろな笑みを浮かべ瞳の奥に欲望の色が映るのをザンカは見た。

「……あの里にはあるのさ、〈力〉がな。この世を支配出来ちまう程の圧倒的な力が……」

「力?」あの平和な里のどこにそんなものが。

「俺はそれを教えてもらったのさ、奇妙な男だったぜ」

 酒に酔ったかの様な表情で語るサコン。ザンカには淫蕩の世迷言にしか思えない、しかし一つ気になる事もあった。

 龍脈の里と龍眠ル断崖の噂が流れ出したのは最近の出来事だ。だとすれば巷に流れる噂の出元はサコンの言う『奇妙な男』である可能性が高い。ならばなぜその男はこの地に人を集めようとしているのか────その時おぞましい気配にザンカはハッとサコンを見やった。

 拘束されているサコンの内で邪悪な気配が増していく。何が起きているかなど、ザンカには考えるまでも無かった。

 ────この気配は。

 人の身であれば破壊出来るはずも無い〈縛〉の拘束がばきばきと音を立てて崩壊する。解放されたサコンの右手には禍々しき妖気を纏った太刀が。

「魔生────!」

 

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