里の入り口は二つある。西側と東側にそれぞれ一つずつ。どちらも里を囲む大森林と接しており道らしい道は無い。この地に辿り着けるのはギタールの加護を受けた商人やこの里に元々住まう人々。また里の人間に案内されてやって来る者だけである。

 ザンカが東側の入り口に到着すると、男の言っていた通り怪我を負った行商人が何人かの里の者と他の行商人に介抱されていた。幸い傷は深い様子は無く、肩を浅く斬られただけの様であった。とは言え衣服に血が広がっているのを見るにかなりの距離を走ってきたのだろう失血で命を落とす危険はあった。

「こいつで止血しろ」

 近寄ってザンカは雑嚢から巻物の様に巻かれた布を介抱している里の者の一人に差し出す。

「砂の国の品だ。本来の使い方でな無いが止血には充分機能する筈だ」

「わ、わかった!」

 巻布を受け取って行商人の肩の傷へと巻き付ける。多少出血は止められた様だが失った血のせいか行商人の顔色は悪かった。

「半日に一度布を取り替えるんだ。それと血を失い過ぎている。食事は新鮮な牛の臓物などが良い、ただし熱処理はしっかり行え、毒がある。後はこの辺に植生していればホウレン草も血を補うのに良く効く」

「お、おう。誰だか分からんがおかげで助かった。で、でも────」

 介抱していた男が続きを言おうとするのを遮るが如く、ザンカが刃を引き抜く。

「任せろ。己れの本領はこっちだからな」

 日はじきに夕刻へと差し迫っていた。赤い光を刃が返す。銀と赤が混じる。ザンカの背を見やる人々がその光をザンカの覇気の現れの様にも見紛う。

 ────その背に“戦鬼”を見たり。


 里の者や行商人達を逃し、東側の大森林の向こうをザンカは見据えていた。夕刻を迎えた里は最低限の街灯りを残し森の影に沈んだ里内は暗くなる。おかげで黒い装備のザンカは闇に溶け、変わって大森林の中を進む賊の集団が掲げる松明の明かりはザンカの目からよく見えている。

「十……二十……三十……なるほどこれはそこらの集落のはぐれ者では無いな」

 堂々と入り口に立ちながら松明の数を数えながらザンカが呟く。大方賊というのは食うに困って略奪を行う者の事を指すが、今この里に向かっているのはザンカの知るそれとは違っていた。ザンカのよく知る賊は少人数──それこそ多くて五、六人。食うに困っているから大人数で徒党を組むよりも少人数で行商人や旅人を襲う方が合理的なのだ。

 故に大人数で徒党を組むのは食うには困っていないと言う事になる。なれば正体を推測するのは容易かった。

 元より略奪を生業とする者ども。

「盗賊団か」

 再度呟いてザンカは刀の柄に力を漲らせる。連中は抵抗する術を持たない人間を襲う外れ者の賊とは違う。盗賊団を構成しているのは敗軍の将であったり元は名のある剣士だったりするからだ。腕に覚えがあるから都市だろうが城だろうが見境なく襲う。

 それが三十の徒党を組んでいた。下手な魔物の群れよりも遥かに手強いのは間違い無かった。だが────

「まだ気付いていないな」

 全身を黒い装備にしているザンカは向こうからはまだ認識されていない。そう判断するや否やザンカは自ら盗賊団の迫ってきている森の中へと身を投じた。

 

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