漆
「お前、この刀が何か呼び込む前にとっととこの里を出て行け。さもなくばこの刀を捨てろ」
「……」
店主が言う事が真実であればザンカはこの里にとって災厄以外のなにものでも無い。しかしザンカにはこの刀が妖刀……ましてや災厄を呼び込む刀などには到底思えなかった。
旅を始めた頃から傍にあり今まで共に戦ってきた愛刀である。手放せと言われ簡単に手放せるとは思えない。そこでザンカは店主に一つ提案してみた。
「この刀を己れが持っていなければいいのか?」
片眉を上げて店主は一つ頷く。
「恐らくな。妖刀って言うのは持ち主と“繋がる”性質がある。繋がってはじめて妖刀たる所以を発揮する──と言われてる」
ザンカは数秒黙考し深く頷いた。
「ならこの刀をしばらく店主に預けたい。構わないか?」
「俺がぶっ壊すかもしれないぞ。それでもいいのか?」
店主の答えにザンカは微笑を湛え「それは無い」と断言する。
「あなたみたいな刀鍛冶が刀を殺す事はしない。もし本当に壊す気があったなら己れが差し出した時点でそうしているだろう?」
言われ店主は舌打ちを一つ鳴らす。
「まぁいい。刀は預かってやる、それと代わりにこいつを持ってけ」
店主は店に並んでいる物ではなく、先刻まで店主が作業していた刀を差し出す。その刃渡りはザンカの使用していた大刀と大差は無い。
受け取ってザンカが鞘から引き抜くと鋭い銀光が窓から射す陽光を反射して眩しく煌めく。この刀もまた紛れもない名刀であると言える品だと言われずともザンカには理解出来た。
「これは……?」
「俺の作の中で一番出来の良い刀だ」
興味なさげに言う店主だがザンカは刀を鞘へと収めながら店主に一礼した。
「しばらく使わせてもらう刀だ。銘を教えて貰ってもいいだろうか?」
「んなもん無ェ。好きに呼べ」
店主の素振りからして銘が無いのは本当の様だった。ザンカは先程見た銀光煌めく刃、炎の様に揺らめく刃紋から一つの事を想起した。
「──
ザンカが呟くのを聞いて店主は鼻で笑う。
「ふん、大層な名前付けやがって。折りやがったらタダじゃおかねぇぞ」
「生憎刀を折った事は無い。その大刀を見れば分かるだろう」
そうきっぱりと言われ店主は「うるせぇ!」と怒鳴り「代わりの刀も貸してやったんだとっとと失せろ」と勢いよくザンカを追い出した。
ばん、と勢いよく扉が閉じられ呆けた表情のザンカが通りに残されていた。
「凄まじい店主だな……」
抱きかかえたままの刀──〈陽炎〉を先程まで大刀を提げていた腰帯に巻く。元より少々軽くなり重心の位置に違和感を覚えながらザンカは再び通りを歩き始めた。
「大変だァ!」
唐突にひっ迫した男の声が通りに響いた。
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