「そいつはこの里の英雄の刀だ。それ以上でも以下でも無い。さぁ用がねぇなら帰れ」

「英雄?」

 ザンカが問うが店主からそれ以上の返答は無かった。しかし店主はザンカの腰に提げられた大刀に視線を向けていた。

「そいつは? 随分使い込まれてるみてぇだが」

 腰の大刀の鞘に手を添えた後、ザンカは店主へと刀を差し出した。腰に提げるには大仰な刀、ましてや女が扱うにはその重量は大柄な子ども一人分もあり重たい。

 店主の疑問はそれだけでは無く、ザンカの持つ刀には見覚えがありそれも名のある刀鍛冶の刀を何故こんな無頼の女が所持しているのか。

「こいつは丙午上斎人ひのえのかみときひとの作だな。どうしてお前みたいな無頼なんざが持ってる?」

 店主の顔つきが険しいものに変わる。その目つきは紛れもなくザンカを疑っていた。この刀は無頼なんぞが持っていてよい物では無いと無言の圧を放つ。

「あの刀鍛冶はそんな名前なのか。どうしてもお前の刀を作りたいと言うから任せたのだが、そんな名工だとは思いもしなかった」

 ザンカの答えに店主は愕然とした。あの丙午上が無頼の為に、しかも自ら刀を鍛つなど信じられない話だった。丙午上斎人という刀鍛冶は名工と呼ばれどその才覚は“鬼才”あるいは“奇才”と言われる程に常識から外れた刀を作る事で有名である。まして彼の作る刀はどれも〈妖刀〉とまで称される程に人を魅了してしまう。

 ────丙午上の刀ある所、戦生ずる。

 そんな言葉が残る程には妖しい力を持っている。店主は改めてザンカを見やった。

「お前この刀が妖刀と知って使っているのか?」

「いや、魔物を相手取るには丁度いいから使っている。しかし妖刀とは人斬りの魅力に取り憑かれた魔生の持つモノだろう?」

「順序が違う。魔生が扱う刀が妖刀になるのでは無い。妖刀を扱う者が魔生となるのだ。お前、この刀を使っていて何か違和感は無かったか?」

 問われザンカはこれまでの旅を思い返す。関東の山中から旅を始めた頃は齢にして十八、それからすぐ船に乗って東北を目指していた所海賊の襲撃に遭って名もなき島に漂着した事。二十の頃に東北の村で邪神に堕ちた神と相対した事。二十一の頃には剣聖なる人物から腕を見込まれて絡繰り塔の攻略に手を貸した事。先月には鬼の捧げ物にされようとしていた巫女を助ける為に鬼と戦った事。

 それらを店主へと語り終えたところでザンカは店主がわなわなと震えているのに気づいた。そして顔をあげた店主が呆れた口調でザンカを見据えて言った。

「お前それ全部この刀のせいだぞ」

「まさか」

 一笑に付すザンカだが店主の表情は至って真剣だった為に冗談では無いのだと察してごくりと唾を呑む。 

「丙午上の刀ある所、戦生ずる。この刀にはそんな常識外れの力があるんだよ」

 言いながら店主の胸中は嫌なモノで満たされていく。この刀の所持者であるザンカがこの里に居ること────それが何か大きな事が起きる前触れなのではないか。

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