伍
「ヨナ殿、〈龍眠ル断崖〉という伝説については知らないか?」
浪漫を追い求める無頼という人種について理解しているヨナはにやりと口の端で笑みを作る、その反応を見るにザンカは期待に頬を綻ばせた。
「なにか知っている事があれば教えてくれないか!?」
「まぁそう慌てるでない。知るべき事とそうではない事、二つには順序があるのじゃよ」
意味深な事を言う老婆にザンカは頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げる、同時に何か嫌な予感が胸中を過った。
「うむぅ……」
押し黙るザンカを横目に老婆は言葉を付け加えた。
「とにかく、まずは本堂にお参りしてからじゃ」
ヨナが指差す方向には朱色が目に鮮やかな木造の拝殿があり、多くの参拝客でごった返しているのが見えた。
普段一人旅であるからか人混みは得意では無かったが老婆の言う事に従ってザンカは拝殿へと向かった。行商人が多いと聞いていたので彼らがどの様な行動を取るのか観察していると、殆どの行商人達は賽銭箱に多額の賽銭を投げ入れるのではなく、袋一杯に詰まった
「大丈夫かこの寺……」
思わずザンカが呟く。商いの神を祀る寺で金銭を神に捧げるのではなくその従僕たる神職達が受け取るのは一見して罰当たりに見えるからだ。
そうして並んでいる内にザンカの番が回ってきた。ザンカも雑嚢から財布を取り出して5ギタルを賽銭箱へと放り投げ従来の手順で参拝を行ったが、他の参拝客と額が違う事で何か言われたりしないかと若干不安を抱いたが特にそんな事は無くザンカは再び老婆のところに戻った。
「おや、おかえり嬢ちゃん」
参道の端で煙管を咥えているヨナが戻ってきたザンカに気付いて煙を吐き出した。
「ヨナ殿なんて言うか全体的に罰当たりじゃないか、この寺」
「かっかっか! ギタール様は商いの神じゃからな。神職である我らが儲ける事はギタール様への信仰の現れという事になるのじゃよ! それに里が繁栄すればそれだけ参拝客も多くなる。全てギタール様に還元されるのじゃ」
言われながら“詭弁ではないか?”という感想を抱くザンカ。しかし里の様相を見るにあながち間違いでは無いのかもと納得する事にした。
「まぁそれは言いとして、そろそろ伝説について教えてもらえるのか?」
「ふむ……参拝を終えたのじゃからな。と言いたいところじゃがそれについては龍霊神祭の時に教えてやろう」
しれっとそんな事を言う老婆にザンカは露骨に肩を落とした。
「本当に教えるつもりあるのか……?」
「安心せい。祭りの時にはしっかり教えてやる。祭は今夜じゃからそれまで時間もある、しばらく里の中を見てくるといい」
老婆の言う通り確かにまだ里の中を見てはいない。ここでしか手に入らないモノもあるかもしれなかった。里に向かう旅の道程で蓄えていた道具や食糧は底をついていた。
「じゃあ少し見てくる。夜になったらまたここに来ればいいか?」
「ああ、わしもサザメのヤツを見てやらねばならんからな」
老婆と別れたザンカは行商の店が並ぶ通りを抜けて、里にある店のある場所へと向かっていた。
行きながら行商の露店も見ていたが多種多様な品揃えをしており、飴玉から刀剣、鎧まで売っている。
「しかし龍を祀っている寺で〈龍殺しの剣〉を売るのはどうなんだ」
龍殺しの剣とは無頼人達の間では爬虫類系統の魔物に絶大な効果がある刀剣であり、北方の刀鍛冶〈ランクトマ〉が作り上げた名剣だ。今やその弟子達が類似品を幾つも生み出し多くの無頼人に愛される品となってはいるものの実際の龍にどれほどの効果があるのかは謎だ。
苦笑しつつ通りを抜けたザンカは目当ての店を見つけ、扉に掌を当てて押し開いた。
店内は通りと打って変わって静か、というよりもザンカ以外の客がいなかった。白い顎髭を山の様にたくわえた強面の男がじろりとザンカを睨め付ける。
「……いらっしゃい」
一応客と認められたのか無愛想な男はそう言って手元の刀剣の刃紋を眺めていた。
端的に言ってしまえばザンカの目当ての店とは武具店である。店内には刀剣以外にも槍や斧、鎌などなど様々な武具が並ぶ。中でも店主のすぐそばに硝子の箱に入れられている刀剣はこの店で最も価値のある物なのだろうとザンカは推測した。
そんなザンカの視線を察したのか店主は作業を止めて彼女を見据えた。
「コイツは売り物じゃない」
「いや売って欲しいとかでは無い。見た事の無い刀だったので、つい」
「そうか、ならいい」
興味なさげに告げる店主にザンカは問いかけた。
「その刀はいったい?」
答えたくないのか、店主は嘆息し無愛想な顔が更に不機嫌さを足した表情になった。
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