サザメの案内で着いた場所はザンカの想像していた寺院の様な場所では無く、どちらかと言えば都にて百年の歴史を持つ宮殿に似た雰囲気を放っている。本堂へと続く階段の前には剃髪の僧侶らしき者達が二人立っており静謐な空気をまとって来る者達に不審な者がいないか目を張っていた。

「見張りが立っているな」ザンカが呟いて寺院にしては珍しいと付け加えた。

 ──噂では秘宝があるという話だがこの厳重な雰囲気からしてその噂は本当の事なのかもしれないな。盗んででも手に入れたいという商人もいるのかもしれない。

「おやサザメ様」

 見張りに立っていた一人がザンカ達の方へとと歩み寄り話しかけてきた。

「ハシトか。見張りご苦労さま!」

 ハシトと呼ばれた剃髪の青年はサザメに一礼しザンカを見やった。

「こちらの方は?」

「わたしが百日行脚の帰りに魔物に襲われていた所を助けてもらったの! すっごく強くてカッコイイんだから!」

「ほう。この森の魔物を打ち倒すとは! 私も是非手合わせを願いたいものです」

 ささやかな胸を張って鼻を鳴らすサザメの後ろでばつの悪そうにザカが三度笠を弄る。

「ハシト殿、己れはその様に大層な者ではない。単なる無頼、まともな武芸者と立ち会う術など持ち合わせてはおらんのだ」

 無頼の戦い方は“最善の一手”を選択していく。特にザンカは無頼の中でも顕著と言って良かった。極論は自分より強い相手とは『戦わない』のが正解だ。

 ザンカの返答にハシトは笑って答えた。

「何を仰る。強者の纏う空気というのは分かる者には分かるのです。自分で言うのもなんですが、かく言う私も武芸に関しては自信がありまして……あなたの内には“羅刹”がいるでしょう?」

 ハシトに鋭い視線を向けられザンカは一瞬だけ言葉に詰まった。己でも曖昧模糊としている心の内をこの男はまるで見透かしたかの様に言う。

「……己れはそんな戦狂いではありませんよ。ただ必要に駆られて武芸は身につけたまで」

「そうですか。では気が向いたら修行場まで来て下され、どうあれあなたとは一度手合わせしたい無頼の戦い方は知らぬものなので」

「分かりました。無頼としてならばお相手致しましょう」

「ハシトったらザンカさんを困らせないでよ?」

 むくれてサザメが言うとハシトは針の様に鋭い視線から元の朗らかな僧侶の容貌へと戻った。

「申し訳ございませんサザメ様。足を止めてしまいましたな。本堂は階段を上りそのまま直進した所に御座います。参拝方式は二礼二拍手一礼です」

 そのまま深く一礼するハシトに見送られ二人は彼の元を後にした。

 本堂に着くとやはり凄い数の行商人と思しき人々が本堂へと続く往来を行き来していた。往来にも出店らしき屋台が並び土産品や異国の品が並べられた露店までもがある。寺院というよりも市の方が相応しい様子が広がる。

 本堂はその奥で商人達を見守る様に静かにされど威容を持って佇んでいた。

「凄いでしょ? ここがこの里で一番賑わってる所だからね!」

「確かにこれは凄い。見た事の無い品ばかりが並んでいる」

「そう言えばザンカさんのいた方では龍脈の里自体知られていなかったんでしたっけ?」

「ああ」

 東側では伝説の様に扱われていた。この里が西と東の境目あたりにある事が影響しているのかは分からないが東側の商人達はこの地について知る者はいなかった。そもそもこの地の噂が流れ出したのもごく最近である。

「それはのぅ」

「うわっ!?」

 突然耳元で囁かれた声に驚いてザンカが飛び退くとそこには紫色の外套を被り杖をついた老婆が立っていた。

「あ。ヨナ婆だ」

「し、知り合いか?」

「うん。里の事なら何でも知ってるよ!」

 驚きで跳ね上がった胸を抑えるザンカの前で老婆は二本指を立てて笑っていた。

「かっかっかっ! サザメ嬢も元気に戻ってきおったな!」

「ザンカさんのおかげでね!」

「なるほどのぅ。こちらが昨日シーリンの所に運び込まれた腹ペコ娘か」

 その認識は勘弁してくれとザンカは肩を落とした。

「して、サザメ嬢よ。里の巫術士連中がオヌシを探しておったぞ。今夜の龍霊神祭の事で話があるのではないか?」

 そう告げられたサザメの顔がみるみる内に青ざめていきヨナ婆はやれやれと言わんばかりにため息を吐いた。

「はよう行っておやり。この娘の案内はワシが代わりにしてやる」

「あ、ありがとうヨナ婆! ごめんねザンカさん、わたし行ってくる!」

「ああ、気を付けてな」 

「うん! お祭り楽しみにしててね!」

 言いながら既にサザメの姿は階段の向こうに見えなくなっていた。

 出会った時も巫女装束を纏っていたが神職という割に落ち着きが無く中々そそっかしい娘だな、とザンカは頬を綻ばせた。

「女一人で旅をしているお前さんとて人の事を言えんじゃろ」

「!?」

 口に出ていたかと思わず咄嗟に両手で口を抑えるザンカ。

「口に出ておらずともそれくらい分かるわい」

 年の功というヤツだろうか。だが先刻ハシトに言われた事と言い己はそんなに分かりやすい性格なのだろうか。

 ザンカが頭を唸らせていると「ゆくぞ」とヨナ婆に言われザンカは顔を上げた。

「まだこの里の事を何にも知らんじゃろ。されに今宵は龍霊神祭、オヌシの様な無頼人が好むこの地の伝説についても教えてやろう」

 

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