シーリンの宿の外に出て大きく呼吸をすると澄んだ空気が一瞬で肺に回り、ここにいるだけで生命力が溢れる様な感覚があった。里の周囲が森に囲まれているからかそれともここが特別な場所だからなのか。

 ザンカは通りを歩く人々へと目を向けた。里の人々は目に明るい色使いの衣類を纏っている者が多く、どれもひらひらとしている事から京の陰陽師達を思い出させる。これがこの里の伝統の衣装なのだろうか。

「みんなお洒落でしょ? ここは行商人が沢山来るからね。いろんな町や遠くの国のものがいっぱいあるんだよ」

 サザメが元気よく言ってザンカの横で楽しげにくるくると回ってみせる。

 サザメの衣装も白衣と緋袴という巫女によく見られる組み合わせだがよく見れば所々に細かい意匠が施され、衣装自体も従来の巫女服とは違い腕の部分がパーツ分けされ袖口は大きく開かれていた。緋袴の方も少し丈が短くこの所よく見る“すかあと”と呼ばれる腰布に似た意匠になっており、全体的にひらひらとしていて大変可愛らしくなっている。

「森の中にある里だというのに行商人は何を目的にここまで来るんだ?」

 ザンカの滞在していた港町の行商人達の間では噂しか流れておらず誰も龍脈の里の場所について知っている者はいなかった。その為、噂をたよりに西へと進むしかなかったのだが────

「ここは商人にとって聖地みたいな場所だからかなぁ。だってここで祀ってる神様は商いの神〈ギタール〉様だから」

「龍脈の里という程だからここの神様は龍じゃ無いのか?」  

 信仰の類にザンカは疎く、そうした事は寺の僧侶達くらいのものだと思っていた。以前聞いた話によると旅を祝福する神というのもいるらしかったが旅とは安全を願って往くものではない。旅とは常に未知との出会いだからこそ楽しい。ザンカはそう考えている。

「ザンカさん知らないの? ギタール様は龍の姿をしてるんだよ?」

「金子を好む龍か……そう聞くとなんだか俗っぽいな」

「それ以外にもこの里は色んな場所の“龍脈”の流れが交わる場所だからここでギタール様にお祈りするとどこに行っても商売が繁盛するみたいに言われてるんだよ!」

「成る程……なら己れもお参りしておこうかな。どこに行っても行き倒れるのだけは勘弁だし」

「それならわたしが案内してあげるよ!」

 元気よく言ってサザメが前へと躍り出てザンカの手を引いた。

「はは、ありがたいけどそんなに急くと転けるぞ?」

 ザンカは頭二つ分サザメよりも身長がある為腕を引かれるとゆるく前屈する姿勢で歩く事になる。そうして歩く二人はどこか姉妹じみていて道ゆく人々が微笑ましく眺めていた。

 

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