第23話 お遣い
「アメノ・ヒルメ…殺してやる!!あの乳牛、絶対殺してやる!!」
邪悪なオーラを纏い、呪詛を吐きながら箒で空を飛ぶフレデリカ。
「みっともないわね。無いもんは無いんだから仕方無いって割り切りなさいよ。」
そんなフレデリカに、地上から呆れた様にサッポーは言う。
「お、大きくても良いことないよ…肩凝るし、汗も溜まるし…ヒィッ!!ごめんなさい!!」
持つ者としての意見を述べたアイアは、フレデリカから凄まじい殺気を浴びて、泣き出してしまう。
「あーもう…アイアをイジメても、自分が惨めになるだけよ。アイアもすぐに泣くのをやめなさい!!」
二人を窘めながら歩くサッポー。
「…それで、村はどこにあるのよ?見たところ、森と山しか無いんだけど。」
上空を飛ぶフレデリカには、延々と続く森と、遠くに見える山しか見えない。
「そんなに遠くないわよ。まあ、先生のお陰なんだけどね。」
フレデリカは、サッポーの返事に首を傾げながらも高度を下げ、地上歩く二人の近くを飛ぶ。
「師匠は凄いんだぞ!!僕も師匠みたいに…」
やる気を見せたアイアをフレデリカが睨み、声が小さくなる。
「コラッ!!アイアをイジメない!!確かにアイアは泣き虫でどうしようもないけど、先生の弟子なんだから!!」
アイアを庇う様に立つサッポーに違和感を感じるフレデリカ。
ヒルメによって強制的に連行されたあの場所。子供は沢山いたが、魔力を持つ者はアイアだけだった。
アイア以外の者は、ヒルメを『先生』と呼び、アイアだけが『師匠』と呼ぶ。
ヒルメ程の魔女なら、こんな身体強化しか出来ない欠陥品よりも、優秀な魔法使いを弟子に出来る。というより、『最果て』の弟子になれるなら、一級魔導士どころか、大魔道士や魔女でさえも、立場を捨ててでも弟子入りを乞うだろう。
フレデリカ自身、(絶対にしないが)『最果て』の弟子になれるなら(勿論、憧れのセラフィマの弟子が一番だが)、プライドを棄てて頭を地に擦りつけるかもしれない。
そんな『最果て』の魔女、アメノ・ヒルメの弟子がこんなポンコツだということにフレデリカは我慢ならないのと同時に、このポンコツには、何か秘密があるのだろうと察していた。
「到着よ。」
サッポーの先導で、太い縄を締められた大きな楠の前に辿り着く。
「これ、極東式境界術よね…」
以前文献で目にしたそれを記憶から引っ張り出すフレデリカ。
極東式境界術。別名をサグメ結界という。
極東の島国、サグメで独自に発展した境界術で、邪を祓ったり、寄せ付けなかったり等、線引に用いられる術だ。
「神話レベルね。流石は『最果て』ってことかしら…」
しかし、この術式はそれとは一線を画すものであるとフレデリカは溜息を漏らす。
通常の極東式境界術なら、文献を読んだだけの、馴染みの無いフレデリカにも扱える。
それだけで異常なことなのだが、そこは彼女が天才たる所以だろう。
だが、この術式を見て、フレデリカは、神話のレベルと理解は出来るが、再現出来るとは全く思え無かった。というより、全く術式を読み取ることが出来なかった。
「それで、ここから村に渡るってわけね。」
術式は読み取れないが、何の目的の為に作られたのかは分かるフレデリカは悔しそうに言う。
「そういうことよ。まあ、私も何でそこに行けるのか分からないけど。」
そう答えて、首に提げた小さな巾着袋を取り出したサッポー。
「師匠がくれる御守があれば、ここを通れるんだよ。」
同じ様に巾着袋を取り出したアイアがそう言う。
「私、渡されて無いんだけど…」
ムスッとした顔でそう言うフレデリカ。
「大丈夫よ。ほら、手を握りなさい。」
そう言って手を差し出すサッポー。その手を不満そうに握るフレデリカ。
「痛っ!!ちょっと!!そんなしっかり握るな!!…痛い!!痛い!!離しなさいよゴリラ女!!」
魔法で握力を強化し、差し出された手を握り潰す勢いで手を取ったフレデリカに、サッポーは痛みに歯を食いしばりながらも負けずにそう言葉で返す。
「フレデリカ様を馬鹿にしたこと、まだ許してないわよ?」
口元に意地悪な笑みを浮かべ、フレデリカは言う。
「アンタ、本当に器が小さいわね!!私だってアンタなんか大っ嫌い!!」
ギギギ、と痛みに耐えながらフレデリカに啖呵を切るサッポー。
「サ、サッちゃんを離してぇ〜。師匠に怒られちゃうよぉ~。」
二人の喧嘩が始まり、泣き出すアイア。
「黙れ!!アンタが一番気に入らないのよ!!」
サッポーから手を離し、泣き出したアイアに掴み掛かるフレデリカ。
「ウァーン!!サッちゃん助けてー!!」
泣き叫ぶアイアの手を掴み、サッポーは歩き出す。
「アイア、少し我慢しなさい。」
フレデリカに掴まれたアイアを引き摺るサッポー。
ズルズル二人を引き摺り、結界を潜った。
−−−−−−−−−−−−−−−−−
「ここは…」
空間を跨いだ移動、その際に感じるものはなく、ただ門を潜った。そんな感覚だけで、一瞬で変わった風景に戸惑うフレデリカ。
「村のお社よ。境内を抜ければ村に出るわ。」
サッポーの言葉に辺りを見回すフレデリカ。
木々に囲まれた少し拓けた土地に、小さな木造の建物と石の灯籠や動物を模した石像がある。
そんな場所の端に一際大きな木に、縄が締められている。その木の根元近くに、フレデリカたち三人はいた。
「この縄が術式…それとも木自体が…」
あの大きな楠と、この木を術式が繋いでいたのだと確証を得たフレデリカは、未知の術式に好奇心を抑えられず、ペタペタと木や縄を触る。
「先生に聞けば教えてくれるわよ。それより、早くお遣いを終わらせるわよ。」
そんなフレデリカの手を引っ張り歩き出すサッポーに、グチグチと文句を垂れながらフレデリカは引き摺られていく。
「ここが先生のお社から一番近い村、ヒラサカよ。」
サッポーから紹介されたその村は、黄金の稲穂が垂れ、風に揺れる音と、農作業に勤しむ大人たちと、そんな大人たちを手伝う子供や、走り回って遊ぶ子供たちの声しかない。
正しく、長閑な農村というイメージにピッタリなそこに、フレデリカは何の魅力も感じなかった。
「とりあえずお遣いを済ませましょ。」
サッポーの言葉に、フレデリカは素直に頷く。彼女としても興味の無い異国の農村に長くいるよりも、未知の術式の方が遥かに興味があり、そちらに時間をとりたいからだ。
初めて二人の意見が一致し、歩き出そうとした時だった。
「助けてー!!」
情けないアイアの泣き声が聞こえた。
村に到着早々、子供たちに見つかったアイアは、囲まれてイジメられていた。
「コラーッ!!アンタたち、アイアをイジメるんじゃないわよっ!!」
そんな子供たちにサッポーは叱りながら近づいていくと、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
そんな光景を冷めた目で眺めていたフレデリカは、大きな溜息を吐いた。
「なんであんなにも弱いのかしら…」
『最果て』の魔女、アメノ・ヒルメの弟子であるということは、認める程度には実力があるのか、それとも、潜在能力があるのか、そのどちらかの筈なのに、そのどちらの片鱗も見えないどころか、魔法使いの癖にその辺の子供よりも弱いアイアに対し、只々呆れと苛立ちしかフレデリカは抱けなかった。
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