第22話  持つ者と持たざる者

「呆れた…信じられない程弱いわね。」

 箒に横座りし、頬杖を付きながら地面を見下ろすフレデリカの言葉。

「あーもうっ!!いつまで泣いてんのよ、泣き虫アイア!!」

 しゃがみ込んで泣きじゃくるアイアを、叱りながら引っ張って立たせようとするサッポー。

「ヤダァ!!怖いよぉー!!」

 しかし、泣き止むどころか上空のフレデリカと目が合い、更に泣き出す。

「はぁ!?この世界一の美少女たるフレデリカ様を見て怖いですって!!巫山戯んじゃないわよ!!」

「ピィぃ!!ごめんなさーいっ!!」

 泣き叫ぶながらフレデリカから走って逃げるアイア。

「ちょっと!!二人とも待ちなさいよ!!荷物運ぶの手伝いなさいよ!!」

 追いかけっこを始めた二人。サッポーの怒鳴り声が森に響き、木々から鳥たちが驚いた様子で飛び立った。



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「これからニ週間程、皆のお友達になる、魔法使い見習いのフレデリカちゃんで〜す。仲良くするんですよ~。」

 アイアやサッポー、十数人の子供たちを前に、フレデリカの両肩に背後から手を置いたヒルメはそう言った。

 『仲良くするんですよ』は、子供たちというより、自分に向けて言っている様に、フレデリカには感じた。だからといって仲良くする気は微塵も起こらなかった…


「アンタ、フレデリカって言うのね。私はサッポーよ。」

 小さな子どもたちに囲まれ、それらの相手をしながらフレデリカに自己紹介をするが、それはフレデリカに無視される。

「ちょっと!!なんか言ったら!!」

 せっかく話かけたのに、無視されたサッポーは口調を強める。

「サッちゃん、駄目だよぉ…師匠が仲良くしろって言ってた…ごめんなさい!!」

 慌てて間に入ったアイアは、フレデリカとサッポーの両者から睨まれ、涙目になって謝る。

「アンタが何処の誰で、先生とどういう関係か知らないけど、そういう態度じゃ、誰も相手にしてくれなくなるわよ!!」

「それで結構よ。端からアンタたちみたいな下民なんて相手にしてないもの。私は世界一の天才美少女フレデリカ様なの。アンタらみたいな地中の芋どもとは根本的に違うの。まあ、空っぽの芋頭じゃあ、そんなことも理解出来ないんでしょけど。」

 サッポーの正論に、フレデリカは不機嫌さ全開で答える。

「はぁ!?なんでアンタにそんなこと言われなきゃいけないのよ!!」

「サッちゃん、駄目だってばぁ~。そ、それに、お芋美味しいから、僕は好きだよ…」

 サッポーを宥めようとするアイア。

「アイア!!アンタも私が芋だって言いたい訳!?あー、そう!!魔法使いどうし仲良くすればいいのよ!!」

 ギッ!とアイアを睨むサッポー。泣きそうになりながら反論しようとしたアイアを遮り、フレデリカが言葉を返す。

「魔法使いどうし仲良く?巫山戯ないでくれるかしら。フレデリカ様をこんな落ちこぼれと一緒にすんな!!そもそも!!私はこんな奴を魔法使いと認めてないわ!!」

 なんとか仲裁しようと、なけなしの勇気を奮ったのに、散々に罵られたアイアは、部屋の隅っこに逃げ出し、フレデリカとサッポーの口喧嘩を聞きながら、一人で泣いていた。

 

「アンタ、絶対友達いないでしょ!!そんな性格じゃ当然だけど!!」

「煩い!!この芋女!!ブス!!ああ…ごめんなさい、フレデリカ様の美貌が羨ましかったのね。私としたことが気付けなかったわ。悪かったわね、このブス芋!!」

「美貌?言う程美貌かしら?あんまり私と変わらないんじゃない?性格の悪さが顔に出てるわよ、金色まな板!!」

 サッポーとフレデリカの罵り合いは続いていた。

「まな板…?何わけのわかんないこと言ってるのかしら、この赤毛芋。」

 サッポーの言葉の意味が分からず、鼻で笑うフレデリカ。

「アンタ、まな板も知らないの?…アイア!!いつまで泣いてるのよ!!台所からまな板持って来て!!」

 サッポーは、部屋の隅で静かに泣いていたアイアに指示する。アイアはグスグスと泣きながら部屋を出た。

「持って来たよ~、サッちゃん。」

 一枚の木の板を持って現れたアイア。

「これがまな板よ。アンタの胸にそっくりでしょ?」

 勝ち誇った様に板を指差し、胸を張るサッポー。そこには年相応の膨らみがあった。

「何?そんなに死にたいわけ?」

 握り締めた拳をプルプルと震わせ、フレデリカが言う。

「あらあら、顔が真っ赤。フレデリカちゃんったら、よっぽど悔しかったんでちゅね~。」

 更に煽る様に言うサッポーにフレデリカの怒りは最高潮を遥かに越えていた。

「や、やめようよぉ~、二人とも…」

 フレデリカから溢れ出す魔力に顔色を悪くしたアイアは、涙声でそう言う。

「煩い!!先ずはアンタからよ!!」

 杖を取り出したフレデリカは、何故かアイアにそれを向ける。

「なんでー!!」

「なんでですって!?自分の胸に聞きなさい!!」

 ピィピィ泣きながらフレデリカから逃げるアイア。 

 逃げるアイアの歳不相応な大きな胸が揺れる度に、フレデリカの殺意は増していった。


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「皆、仲良くしてますか~?…あらあら、早速鬼ごっこですか~。仲良くなったみたいで何よりです~。」

 アイアに魔法を撃ちながら追いかけるフレデリカを見て、部屋に戻って来たヒルメは的外れなことを言う。

「師匠ー!!助けてー!!」

「クソっ!!無駄に頑丈ね。」

 フレデリカの攻撃を身体強化で耐えながら逃げ回るアイアにそんな感想を漏らすフレデリカ。

 ほんの数時間前まで彼女を襲っていたトラウマなど、完全に消え去った様な、容赦ない攻撃魔法を放っていた。

「フレデリカちゃん、本調子に戻ったみたいですね~。」

 そうなフレデリカの攻撃魔法を霧散させ、彼女の目の前に立つヒルメ。

「ちょっと!!邪魔しないでよ!!…アンタが一番の敵ね。」

 ヒルメの言葉は一切耳に入っていないのか、フレデリカはさらに強大な敵意をヒルメに向けた。

 アイアでさえ小さく見える。そんな巨大な山が二つ、ヒルメの胸にあるからだ。

「う〜ん?…ああ、そういうことですか~。」

 フレデリカの視線に気付き、ポンと納得した様に手を叩くヒルメ。

「大丈夫ですよ~。フレデリカちゃんはまだまだ成長期ですから〜。きっと大きくなりますよ~。」

 ほんわかと笑って、フレデリカを抱きしめた。彼女にとって憎しみの対象であるその巨大な塊が押し付けられ、フレデリカはますます不機嫌になるのだった。


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「さてさて、アイアとサッポーちゃんにお遣いを頼んでもいいですか~。」

 暴れるフレデリカを抱きしめたままヒルメは呑気に言う。

「はい、先生!!任せて下さい!!」

「怖いのは嫌だよ、師匠…」

 ヒルメからお願いされたことが嬉しいのか、元気よく返事をするサッポーと対称的に、あまり乗り気でないアイア。

「アイア、怖くないから大丈夫ですよ~。村にお薬を届けて、その帰りに食糧を買い込んで来るだけですから〜。」

 ヒルメの言葉に、安心した様子で頷くアイア。それを見て、ヒルメは言葉を続けた。

「フレデリカちゃんも一緒に連れて行って下さいね~。」

 その言葉に、嫌そうな顔を隠せないサッポーと、泣き出しそうなアイア。

「大丈夫ですよ~。フレデリカちゃん強いですから〜。」

 そういう問題じゃない。そう言いたい二人だったが、それどころじゃない事態になっているのに気付き、慌ててヒルメに伝える。

「先生!!死んじゃう!!その子死んじゃいますよ!!」

「師匠ー!!手を離してー!!」

「?」

 ヒルメは先程まで、腕と胸の中でバタバタと暴れていたフレデリカが妙に大人しくなったことに気付き、腕の中を見る。

「大変です~。フレデリカちゃん気絶してます~。誰がこんな酷いことを〜。」

 フレデリカは、ヒルメの深い谷間で窒息し、気を失っていたのだった。

 この一件以降、フレデリカの憎しみは更に深くなるのだった。



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 三人がお遣いに出ていった後、ヒルメは社の奥に一人入る。

「アイアの覚醒はもう暫く掛かりそうですね~。…それにしても、フレデリカちゃんはサロメちゃんに似てますね~。」

 筆を走らせながらそんなことを呟く。

 露出の多い衣装に身に着けた褐色肌の妹弟子とフレデリカの姿を重ねる。

「懐かしいですね~。もう二千年以上前になるんですね~。」

 ふふっ、と笑うヒルメ。

 

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「ペクション!!誰か噂してるのかな~?」

 暗闇の中に響くくしゃみの音。

「クソババア…本当に閉じ込めやがった。あーもう、二年は長過ぎるって〜。」

 局部のみを隠した痴女ファッションで退屈そうにダレる褐色の美女。閉じ込められ数ヶ月、漸く一つのお仕置きが終わったばかりだった。

「今回のお仕置きはどのパターンかなぁ…」

 頬杖を付き、ダランとしながら考える。

「どのパターンでも、嫌だなぁ…」

 修行時代、何百、何千回も食らったお仕置き。そのどれもが、幾千の戦場の経験よりも恐ろしかった。

「はぁ、始まったみたいだね~。」

 空間内に僅かに現れる魔力の揺らぎ。それが開始の合図だ。

 自身の得物、大鎌の杖を握り、警戒態勢をとる。

「あれ〜?なんも起こんないじゃん?」

 普段ならとっくに始まっているお仕置きタイム。なのに何も起こらない。何も起こらない方が彼女にとっては良いことなのだが…

「ははーん、さては遂にボケたな、クソババア!!」

 キャッキャと笑う。

 まるで、それが聞こえていたように始まる。いや、始まっていた。

「あれ?なんか肩が軽い…っていうより…」

 恐る恐る自身の胸を触る。

「無い!!無い!!なんで!!ヤダ!!そんな!!せっかく…せっかく作ったのにぃ~!!」

 微かな膨らみだけになった自身の胸に泣き叫ぶ。


「なんで!!なんでその女を選ぶのよ~!!サロメちゃんの方が可愛いのにぃ~!!」

「だって、こっちの方がおっぱい大きいもん。」

「おっぱい大きいから好き。」

 かつてサロメを襲ったトラウマが襲い掛かる。

「やめろーッ!!うぁーっ!!」

 ブンブンと大鎌を振るい、幻影を薙ぎ払うが、消えることは無く、何度も形を変えて襲い掛かる。

 更に幻影は姿を変え、二人の姉弟子と最強の師が現れる。

「畜生…自分たちが大きいからって、いい気になりやがって…」

 二人の姉弟子、特にヒルメの方と恐ろしい師を歯ぎしりしながら睨む。

「ヒルメェーッ!!その乳切り取って、サロメちゃんの糧にしてやるから覚悟しろやぁっ!!」

 チャキ、と大鎌を握り直す。

 

 このお仕置き空間では、過去を変えられないし、乗り越えることは出来ない。

 サロメ自身嫌という程分かってるいた。

 二千と八百年前と同様、為す術も無く、完膚無き迄に叩き潰され、涙を流していた。



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「フレデリカちゃんに、サロメちゃんの可変式おっぱいのやり方を教えてあげましょう。」

 良案が思いついた。と手を叩くヒルメ。

 

 森の中で、フレデリカのくしゃみが響いた。








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